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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学53巻2号

2002年04月発行

雑誌目次

特集 RNA

神経分化を制御する神経系特異的RNA結合蛋白質

著者: 今井貴雄 ,   岡部正隆 ,   赤松和土 ,   岡野James洋尚 ,   岡野栄之

ページ範囲:P.84 - P.90

 生物個体の発生過程において,転写調節のみならず転写後調節機構が細胞の分化制御,機能発現を促すために積極的に採択されている。その転写後調節機構は,主にRNA結合蛋白質によって担われている。RNA結合蛋白質は,その構造中にRNA結合ドメインを有する。例を挙げると,RNP type-RNA recognition motif(RRM),KHドメイン(hnRNP K homology domain),double strand RNA結合ドメインなどがある1,2)。それらを有する蛋白質は細胞内においてRNAに作用し,翻訳調節・pre-mRNAのスプライシング・mRNAの安定性制御・mRNAの局所輸送・mRNAの非対称的な分配といったstrategyを巧妙に実行しており,神経系においても,細胞の分化制御にRNA結合蛋白質による転写後調節機構が利用されていると考えられる。
 神経系の細胞群は,哺乳類の場合,多種多様な神経細胞・グリア細胞(アストロサイト・オリゴデンドロサイト)から構成され,それらは胎生期の神経発生が盛んな時期に,多分化能と自己増殖能を有する神経幹細胞と呼ばれる前駆細胞が,対称的な細胞分裂と非対称的な細胞分裂を繰り返すことによって生じる3)(図1)。

神経突起のRNA輸送に関与するタンパク

著者: 安西偕二郎 ,   大橋祥世

ページ範囲:P.91 - P.95

 神経細胞には情報の入,出力機能に対応した極性構造が見られ,それらを構成する神経突起は軸索と樹状突起に分けられる。神経突起の総体積は細胞体の体積の1000倍にも匹敵するが,そのような長大な構造を作るためには,突起の内径が長軸方向の長さに比べて非常に小さいことと相俟って,効率がよくかつ特異性の高い物質輸送システムが必要である。事実,軸索と樹状突起には微小管を利用した輸送系が発達しており,キネシンやダイニンモータータンパク群が解析されている。ことにキネシンについては,構造や役割が異なる45種のアイソフォームが同定され,kinesin super family proteins(KIFs)としてまとめられた1)。それらのKIF分子は,小胞やミトコンドリアなどを輸送するが,疾病との関連も次々に明らかにされ,神経細胞の構造形成や機能発現におけるKIFモーターの重要性が改めて浮き彫りにされている。
 一方,神経突起,ことに樹状突起では,細胞体からの受動的な輸送に加えて突起自身の内部でもタンパクが合成されることが確かなものとなってきた。例えば,ラット海馬におけるシナプス伝達が,BDNFや電気刺激によって長期にわたり増強されるためには樹状突起内部で作られるタンパクが必要なことや2,3),末梢神経系でもアメフラシ感覚ニューロンの長期促通現象が,シナプス局部におけるタンパク合成に依存することが報告されている4)

脳・神経系の選択的スプライシングと神経特異的スプライシング制御タンパク質

著者: 伏見和郎 ,   塚原俊文

ページ範囲:P.96 - P.102

 ヒトの遺伝子の三分の一から二分の一がスプライシングアイソフォームを持つと推察されている1)。スプライシングアイソフォームの数は遺伝子によって異なるが,ダウン症候群との関連が指摘されている接着分子,DSCAMのショウジョウバエホモログは約38,000個のスプライシングアイソフォームを持つ可能性があり2),それぞれのアイソフォームが複雑な神経回路の形成に寄与していると推察されている。このようなゲノム上のエクソンの構成に対応しているスプライシングの制御は複雑であろうと予測できるが,現時点で説明できるほどの知識に至っていない。
 また,スプライシングアイソフォームが作られることがいかに重要かということに関しても,長い間の研究で徐々に知見が蓄積している。たとえば,trkBはニューロトロピン受容体ファミリーに属する受容体チロシンキナーゼであるが,チロシンキナーゼドメインを含まないスプライシングアイソフォームを持ち,チロシンキナーゼドメインを持つtrkBに対して,ドミナントネガティブに働く3)。また,スプライシングによる制御によって,多くの転写制御因子のDNA結合活性や,転写活性あるいは抑制活性が変化する4)。さらにスプライシングの異常が原因になる遺伝性疾患も見つかっており,スプライシングの制御が重要でいかに巧妙に行われているかという点で理解が深まってきているように感じ取られる。

ゼブラフィッシュ発生分化過程に働くRNA情報発現系

著者: 井上邦夫

ページ範囲:P.103 - P.109

 RNAレベルの遺伝子発現制御(以下,RNA情報発現制御と呼ぶ)は,スプライシング,ポリA鎖付加やRNA編集,mRNAの輸送・局在化,安定性制御や翻訳効率の制御など多岐にわたる。多細胞生物の発生分化過程には,これらの制御系が重要な役割を果たすと考えられる。例えば,キイロショウジョウバエ(DrosoPhila melanogaster)の雌雄分化過程には,選択的スプライシングによる性決定遺伝子群の発現制御カスケード系が中心的な役割を担っている1)。また,ショウジョウバエの前後軸形成やアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の胚誘導過程には,卵内における母性mRNAの局在化が必須である2)。このような制御系においては,RNA結合性タンパク質やRNAヘリカーゼの働きが不可欠である。
 われわれは,発生分化過程におけるRNA情報発現制御系の役割解明を目指して,主に淡水性小型魚類ゼブラフィッシュ(Danio rerio)を用いて解析を進めている。ゼブラフィッシュは,近年,脊椎動物の発生現象を理解するための有効なモデル実験生物として脚光を浴びている。飼育しやすいこと,体外受精で胚体が透明なことから初期発生過程を観察しやすいこと,インジェクションや胚移植が容易なことなどに加え,多産で世代時間が3カ月程度と比較的短く,遺伝学的解析が精力的に進められている点がその大きな理由である3)

極顆粒の構築とミトコンドリアrRNA

著者: 網蔵令子 ,   小林悟

ページ範囲:P.110 - P.116

 多くの動物において,生殖細胞である卵や精子に分化する細胞(生殖系列)は,発生の初期に決定される。この生殖系列を形成する因子は,生殖質と呼ばれる卵細胞質に局在すると考えられてきた1,2)。ショウジョウバエの生殖質(極細胞質)は,卵の後極に局在している。この極細胞質を取り込むように形成される極細胞と呼ばれる細胞が生殖細胞に分化することのできる唯一の細胞である(図1)。極細胞質中には極顆粒と呼ばれる顆粒が含まれている。われわれは,ミトコンドリアの大サブユニットと小サブユニットのrRNA(mtlr RNAとmtlsRNA)が極顆粒に局在すること,これらのうちmtlrRNAが極細胞の形成に必須なことを以前に報告した3-5)。最近,これらのmtrRNAsがTudorと呼ばれるタンパク質の働きにより,極細胞質中において,ミトコンドリアから極顆粒へと移送され6),極顆粒表面でミトコンドリアタイプのリボソームを形成していることが明らかとなった7)。おそらく,このリボソームにより,極細胞形成に関わるタンパク質が合成されると考えている。本稿では,これらのRNAに関する解析を中心に,極顆粒と生殖系列の形成との関係を概説する。

RNA結合タンパク質および機能性RNAの機能発現メカニズムに立体構造から迫る―hnRNP D(AUF1),Musashi, Tatアプタマー

著者: 片平正人

ページ範囲:P.117 - P.123

 遺伝子の発現の研究において,これまでは転写に重点が置かれてきた。しかし最近は,転写後調節の重要性が認識され出し,研究の重点もこちらに移りつつある。これに伴い核酸結合タンパク質の研究も,DNA結合タンパク質からRNA結合タンパク質へとトレンドが移りつつある。また,RNAはそれ自身が様々な生理的機能を発揮できることが明らかとなり,いわゆる機能性RNAの研究も注目を浴びている。本稿では,RNA結合タンパク質および機能性RNAが機能を発現するメカニズムを,これらの分子の三次元立体構造に基づいて解明しようというわれわれの研究の成果を紹介させていただく。具体的にはRNA結合タンパク質としては,mRNAの寿命の制御やスプライシング,さらにはテロメアDNAの維持などへの関与が示唆されているhnRNP D(別名AUF1)タンパク質と,標的RNAに結合することで神経系の分化を制御しているMusashiタンパク質を取り上げる。また,機能性RNAとしては,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)のTatタンパク質を捕捉するRNAアプタマーを取り上げる。

RNAエディティングに関与するタンパク―クロロプラストの例

著者: 杉浦昌弘

ページ範囲:P.124 - P.130

 RNAエディティング(編集)とは,前駆体RNAが機能を持つRNA分子になるのに,ヌクレオチドの挿入や欠失あるいは変換を受け,塩基配列が変わるような修飾と定義される。1986年にBenneがトリパノゾーマのミトコンドリア(キネトプラスト)でRNAエディティングの現象を発見した1)。チトクロームオキシダーゼのサブユニットⅡ mRNA配列に,ゲノムにコードされていないウリジン残基を4個見出したのが端緒であった。その後,ウイルス,原生動物,粘菌,哺乳類,植物のミトコンドリアやクロロプラストのpre-mRNAがRNAエディティングを受けることが知られるようになった。さらに,pre-mRNAにとどまらず,pre-tRNAやpre-rRNAでも起こり,Uの挿入以外にもUの削除や塩基の変換(C→U,U→C,U→A,A→Ⅰなど)もある2)。RNAエディティングの機構で最も重要な点は,RNA配列上のどこに挿入・欠失するか,あるいはどの残基を変換するかを正確に識別することである。キネトプラストの場合は低分子のRNA(ガイドRNA)が,哺乳類の場合は特異的なタンパクが識別している。本稿では,最近われわれのグループで解析の進んだクロロプラストの例について述べる。

HIV-1ゲノムRNAの二段階二量体化

著者: 高橋健一 ,   河合剛太

ページ範囲:P.131 - P.135

 HIV-1は後天性免疫不全症候群(AIDS)を引き起こすレトロウイルスである。そのゲノムはRNAであり,同一配列の一本鎖RNAゲノムが二本,二量体を形成した状態でウイルス粒子の中に格納されていることが知られている1)。この二量体形成は感染力のあるウイルスになるために必要であると考えられており2-4),二量体形成に必要な部位が二量体化開始部位(DIS)として同定されている5,6)。その塩基配列から,DISはステム-バルジ-ステム-ループという二次構造をとることが予想され,そのループには自己相補的配列,GCGCGC(またはGUGCAC)が存在することから,次のような二段階の二量体化のモデル,kissing-loopモデル(図1)が提案された5,6)。それによると,まず分子内でステムを組んだDIS同士が近づいて,ループ同士で塩基対を組み,一段階目の二量体(kissing-loop二量体)が形成される。次に分子内ステムがほどけ,すべて分子間のステムに置き換わり,二段階目の二量体(extended-duplex二量体)ができる。分子間塩基対の数の違いから,前者より後者の方が二量体を保持する安定性が高いと予想される。

RNA酵素は生命の謎解きをできるのか

著者: 田中照通 ,   菊池洋

ページ範囲:P.136 - P.141

 触媒機能を有するRNA,すなわちリボザイム(ribozyme)の発見はそれまでの分子生物学の概念を一転させたといっても過言ではない。最初はテトラヒメナや植物ウイルスにおいて見つかった例外的な現象にすぎなかったRNA酵素であるが,試験管内において多種多様な機能を有するものが比較的簡便に選択取得できることが明らかになるにつれて,RNAが触媒機能を有するという現象が当然のこととして世に受け入れられるようになってきた。RNAは生命現象の根幹を抑える要の分子である。タンパク質合成の場を提供するrRNA然り,遺伝情報の担い手であるmRNA然り,アミノ酸の運び手であるtRNA然りである。また,まだ名前すら付けられていないRNAも生体内には多々存在するといわれる。RNAの研究は必ず生命現象の根幹へと返ってくる。本章ではRNAを巡る話題の中からRNA酵素とRNAを切断する酵素についていくつか紹介する。

連載講座 個体の生と死・22

免疫器官の発生―特に脾臓を中心として

著者: 佐々木克典 ,   城倉浩平 ,   荻原直子

ページ範囲:P.142 - P.148

 I.免疫器官形成の概説1)
 哺乳類の免疫系は免疫担当細胞,細胞移動のための経路および免疫担当器官からなり,全身に広範囲な生体防御機構を構築し,個体の直接的な健康の維持に深く関わる。基本的に外部の刺激(病原菌,異物,物理・化学的変化など)に反応する系であり,しばしば神経系に擬される所以である。
 免疫担当器官は免疫担当細胞がさまざまな理由でホーミングする場であり,代表的なものとして胸腺,口蓋扁桃,脾臓,リンパ節,パイエル板があげられる。口蓋扁桃,パイエル板は消化管粘膜下に形成されるものでGALT(gut-associated lymphoid tissue)と総称される。

実験講座

蛍光修飾核酸プローブによるRNAの構造解析

著者: 村上章 ,   馬原淳 ,   坂本隆

ページ範囲:P.149 - P.156

 2001年の始めに,ヒト遺伝子の塩基配列決定はほぼ終了した。これらの情報は新たな生命現象の発見や新しい概念の医薬開発につながることから,今後はそれらの情報に基づく遺伝子の機能解析に研究の重点がシフトしてゆくであろう。では,いわゆるポストゲノム研究として何が求められているか。多くの課題が浮かんでくるが,その一つに三次元構造に依拠したRNAの機能解析が挙げられる。たとえば,リボザイムのようなRNA触媒の作用機構も三次元構造の解析なしでは理解できない。翻訳の過程に関わる主要成分としてのリボソーマルRNA(rRNA),リボソーマルタンパク質,メッセンジャーRNA(mRNA)間の相互作用解析も三次元的視点から評価される必要がある。また,遺伝子制御法の一つであるアンチセンス法も対象mRNAの三次構造の情報を必須とする。最近,大腸菌リボソームの30SサブユニットのX線結晶解析像が報告された1,2)。RNAとタンパク質との相互作用形態の一部が明らかされ,従来のRNAの高次構造に関する知識の見直しが迫られている。今後この方向の研究が加速されるものと思われる。これに対し,mRNAの高次構造に関する情報はほとんど蓄積されていない。その原因として,転写の後にmRNAが細胞質に移行する過程での構造変化,タンパク質の関わり,リボソームとの関わりなどの複雑さが挙げられる。

解説

シナプス後部シグナルプロセッシングの分子基盤

著者: 鈴木龍雄

ページ範囲:P.157 - P.162

 シナプス可塑性は学習や記憶に代表される脳の高次機能の基盤となる神経細胞の持つ基本的性質である。このシナプス可塑性発現の主要な場の一つがシナプス後肥厚部(postsynaptic density;PSD)である。本総説ではPSDを含むシナプス後部コンパートメントに局在する分子とその動態について考察を加える。

回想

私が「発生とRNA」の研究を始めた頃

著者: 塩川光一郎

ページ範囲:P.163 - P.166

 定年の制度も変わるし,独立法人化の本格化が議論されていた2001年の3月,東京大学の古い制度の最後の教官として定年を迎えた。東京では,分子発生学講座という,日本では確か初めての呼び名で,動物学第2講座を運営することにしてもらって,12年間,勤務した。東大を辞し,福岡の田舎で,90歳の両親とほとんど毎週やってくる3人の孫の世話をしながら,結構時間に追われていたそんな折に,この“回想”の原稿執筆のチャンスが与えられた。九大助教授の8年,助手の7年,ニューヨーク留学の2年,武田薬品工業KK生物研究所の3年,学術振興会奨励研究員の1年,そのさらに5年も前,というのがここで回想すべきその時代だ。
 私にとって,あの頃は主任教授の川上泉先生,実質的な研究指導の山名清隆先生,その山名先生の先生だった柴谷篤弘先生,それに当時広島大学で柴谷先生のところの助教授だった大沢省三先生,それに当時名古屋大学教授だった三浦謹一郎先生(九大の同期で,現弘前大教授の武藤晃君の先生だという縁で)の時代だった。国外では,カーネギー研究所のDonald D. Brown,Igor B. Dawid,ケンブリッジ大学のJohn B. Gurdon,Hugh Woodland博士たちがカエル胚の核酸研究を始めた頃のことである。

初耳事典

FOXP2は言語遺伝子か/他4件

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.167 - P.169

 昨年の10月に言語と関係のある遺伝子がはじめて発見されたという報道がなされた。それは発語と文法の使用に障害がある(知能については特別の障害はない)家系に対して一つの原因遺伝子が同定されたというものである。同定された遺伝子はFOXP2と呼ばれるものであった。発現産物(forkhead box P2;trinucleotide repeat containing 10;forkhead/winged-helix transcription factor)はwinged-helix/fork-head DNA-binding proteinと呼ばれるDNA結合タンパクの仲間で転写制御因子である。上記の家系と新たに見つかった少年のFOXP2の変異部位はいずれもそのDNA結合部位にあった。発現タンパクはアミノ酸数715,第7染色体上にある(7q31)。152..191にポリグルタミン領域,504..587にDNA結合部位(フォークヘッドドメイン)をもつ。
 ところで,言語障害というものはけっこう複雑な様相を示すもので,そのなかでFOXP2がどういう位置を占めるかは言語の「遺伝パズル」を解く上で貴重な一例になる。言語の遺伝子樹というものを考えたらおそらくFOXP2は幹にあって,文法に関係する機能(遺伝子)はそれより抹消にあるということになる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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