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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学53巻3号

2002年06月発行

雑誌目次

特集 細胞質分裂

特集に寄せて

著者: 馬渕一誠

ページ範囲:P.172 - P.172

 細胞の分裂は生物が増殖あるいは成長するために必須の生命活動である。その過程は,細胞周期のS期に倍加したDNAを染色分体として分離させる核分裂と,これらを二つの娘細胞に分配する細胞質分裂の二つの段階で行われる。これらの過程は細胞が行う様々な運動の中でも普遍的なものなので,その基本的な機構は進化の過程で保存されてきたと考えられる。核分裂も細胞質分裂も細胞骨格タンパク質が主役として行われるが,前者は微小管系が担い,後者はアクチン繊維系が担うというぐあいに,役割を分担しているところは興味深い。これらの二段階は細胞分裂周期の中で正しい時期に正しい順序で行われる必要があり,そのために細胞内の情報伝達系による整然とした制御のもとにあると想像される。また,これらのできごとは細胞内の正しい部位で行われなければならず,空間的な制御も重要なファクターである。本特集では特に最近,著しく研究が盛んになってきた細胞質分裂の機構についてさまざまな観点からの研究を紹介する。
 動物細胞や酵母の細胞質分裂は分裂面の細胞表層のくびれによって進行する。このくびれ部分(分裂溝)には多数のアクチン繊維を主成分とする収縮環(contractile ring)が見出されている。収縮環はアクチンとミオシンの相互作用によって収縮し,細胞を二分する。この構造は細胞が分裂する時にだけ形成される一過性の構造である。

細胞分裂における収縮環形成の過程

著者: 馬渕一誠

ページ範囲:P.173 - P.185

 動物細胞や酵母の細胞質分裂は分裂面の細胞表層のくびれによって進行する。このくびれ部分(分裂溝)にはアクチン繊維を主成分とする収縮環(contractile ring)が見出されている。収縮環はアクチンとミオシンの相互作用によって収縮し,細胞を二分する。この構造は細胞が分裂する時にだけ形成される一過性の構造である。多くの動物細胞や分裂酵母,細胞性粘菌では収縮環は細胞全体を取り巻くリングとして形成されるが,両生類の卵のような端黄卵では動物極から弧状に形成され,分裂が進んだ後にリングとなる(図1)。

卵細胞における分裂位置の決定

著者: 浜口幸久

ページ範囲:P.186 - P.190

 染色体の分離が起こり核が二つになる核分裂に引き続いて,細胞が二つになる細胞質分裂が行われる。核分裂が細胞の中央で起こるのに対し,細胞質分裂は細胞の表面が分裂に関係する。核分裂と細胞質分裂とが,いまだ実体不明の分裂シグナルを介して,卵細胞中で時間的,空間的にどのように関連しているかを示すことが本文のテーマである。

RhoGTPaseシグナル伝達系と細胞質分裂

著者: 木村和博 ,   成宮周

ページ範囲:P.191 - P.197

 細胞分裂は,核分裂とそれに引き続く細胞質分裂によってその過程を終える。細胞質分裂では,細胞の中心部に並んだ染色体の分離を伴う核分裂の後,赤道面にアクチン,ミオシン繊維を中心とする収縮環が形成され,その収縮により細胞が二分される。これは,核分裂の終了後,何らかの細胞内シグナル伝達系が動かされ,赤道面での収縮環の形成,収縮が惹起されることを示唆している。近年,このような収縮環の形成,収縮における時間空間的制御に,Rhoファミリー低分子量GTP結合蛋白質(Rho, Cdc42, Rac)に属するRhoとCdc42が関与することが明らかとなってきた。しかしながら,細胞質分裂において,Rhoの活性化がいかにして時間空間的に調節されているのか,そしてさらには活性化されたRhoが,その標的蛋白質を介してシグナルを下流へ伝達し,どのように細胞質分裂を制御するのか,その分子機序の詳細は不明な点が多い。そこで,本稿では,細胞質分裂におけるRhoの活性調節機構ならびにその標的蛋白質の働きについて,現在までの知見をふまえて述べてみたい。

細胞性粘菌の細胞質分裂に関わるタンパク質分子の同定

著者: 足立博之

ページ範囲:P.198 - P.203

 細胞性粘菌Dictyostelium discoideumは真核微生物であり,動物タイプの細胞質分裂の分子機構を研究するためのモデル生物の一つとして用いられている。細胞性粘菌は栄養増殖期において単細胞アメーバとして分裂・増殖する。そのアメーバ細胞は細胞壁を持たないため柔軟に形態を変化させることができ,基質に接着した状態で仮足を伸展して活発に運動する。細胞性粘菌アメーバ細胞のプラスチックシャーレなどの基質上での細胞質分裂における形態変化は,動物培養細胞のそれと大変よく似ており,それがモデルとして用いられている一つの理由である。また,細胞性粘菌アメーバ細胞のゲノムは半数体であるため,細胞質分裂の欠陥のために多核細胞を生じる細胞質分裂の変異株が比較的容易に分離できる。実際に,細胞性粘菌の最初の細胞質分裂変異株であるミオシンⅡ遺伝子破壊株1)およびアンチセンス株2)が1987年に報告されて以来(これは細胞性粘菌の最初の標的遺伝子破壊株およびアンチセンス株でもある),多数のタンパク質が,この生物の効率のよい相同組換えによる標的遺伝子破壊やアンチセンスRNA発現によって,細胞質分裂に関わることが明らかになってきた(表1)。
 これらのタンパク質の中には,ミオシンⅡに加えて数種のアクチン結合タンパク質やRhoやRasファミリーに属する低分子量GTPaseが含まれる。

収縮環の収縮に依存しない新規細胞質分裂機構

著者: 上田太郎 ,   長崎晃

ページ範囲:P.204 - P.208

 真核細胞の増殖様式はきわめて多様であり,その多様性に対応してさまざまな分裂方法がとられている。教科書的にみると,細胞壁をもたない動物細胞型の細胞質分裂は,赤道付近に過渡的に形成される収縮環がアクトミオシンにより能動的に収縮し,その結果二つの娘細胞が形成される(巾着モデル)とされている。しかし動物細胞型の細胞質分裂に限ってみても,古典的な巾着モデルとは物理機構の異なる分裂機構があることをここで議論したいと思う。

核分裂から細胞質分裂へ

著者: 寺田泰比古

ページ範囲:P.209 - P.214

 細胞周期のM期(分裂期)は,複数の動的な変化が極めて短い時間に順序正しく行われるようにプログラムされた期間である。染色体の凝縮・分離・脱凝縮,核膜の崩壊と再形成,紡錘体形成と細胞質分裂といったM期のプロセスは,数分のオーダーで進行するダイナミックな運動を特徴としている。核分裂と細胞質分裂は密接に制御された関係にあり,もしも,正常な姉妹染色体分配が終了する前に細胞質分裂が始まると,娘細胞の一つは余分な染色体コピーを持ち,他の娘細胞は欠失した異常細胞ができる。これは,発癌や重篤な遺伝子病の原因となり,細胞にはこのような染色体の異数化(aneuploidy)を阻止するための巧妙な「仕掛け」がある1)
 最近になって,クロモゾームパッセンジャー蛋白と呼ばれる蛋白質複合体が,核分裂と細胞質分裂のタイミングを調節する分子である可能性が指摘され,その分子機構が注目されている2,3)。本稿では,クロモゾームパッセンジャー蛋白の役割を中心に,核分裂と細胞質分裂の二つの独立する事象がどのように連携され,遺伝情報が娘細胞へ正確に分配されていくのか,最近の知見を中心に解説する。

原生生物テトラヒメナの細胞質分裂に関与するタンパク質

著者: 沼田治

ページ範囲:P.215 - P.220

 細胞質分裂は細胞周期の最後の段階であり,細胞増殖や発生分化に必須の現象である。これまでの形態学的な研究により,分裂溝のくびれは分裂溝膜直下に存在するアクチン繊維とミオシンⅡからなる収縮環の収縮によって進行することが明らかになっている。細胞質分裂は分裂面の位置の決定,収縮環の形成,収縮,消失の順に進行する。近年,分子生物学的手法を駆使して,細胞質分裂のしくみの解明は著しく進歩している。本稿では1954年に細胞分裂の同調化が確立され,その後広く細胞分裂の研究材料として利用されてきたテトラヒメナ(原生生物界,繊毛虫門,貧膜口綱)で明らかになった細胞質分裂関連タンパク質について解説する。

細胞性粘菌の細胞質分裂におけるミオシン重鎖リン酸化の役割

著者: 祐村恵彦

ページ範囲:P.221 - P.226

 細胞分裂の最終段階である細胞質分裂は動物細胞の場合,収縮環という細胞内器官が一時的に分裂面に出現し,その収縮によって行われる。収縮環の収縮をもたらすのは,その構成蛋白質であるアクチン,ミオシンの相互作用であると考えられている。ここでは,収縮環形成におけるミオシンの動態および,その調節の機構についてすぐれたモデル生物である細胞性粘菌を用いて得られてきている最新の知見について述べる。

細胞質分裂と膜輸送系

著者: 枝松正樹

ページ範囲:P.227 - P.231

 細胞質分裂は,細胞赤道部に形成される収縮環の収縮が主な原動力になっている。これまで収縮環の構成要素としてアクチン,ミオシン,そして数々のアクチン結合蛋白質が単離され,細胞質分裂における機能が詳細に検討されている1-3)。しかしその一方で,近年,細胞質分裂には,分裂溝への小胞輸送が必須であることが明らかになってきた。線虫などでは,分裂溝への小胞輸送を阻害すると収縮環が形成されても細胞質分裂が完了できなくなることが知られている4)。これらの小胞輸送は,娘細胞の分離に必要となる細胞膜の供給または細胞質分裂に必要な物質の輸送を担っていると推測されるが,真の機能は不明である。
 分裂溝への小胞輸送には二つの興味深い側面がある。ひとつは,時間的,空間的に厳密な制御を受けている点である。小胞は細胞質分裂期にのみ分裂溝へ運ばれなければならない。例えば,分裂酵母では中間期の小胞は細胞の伸長成長をサポートするため細胞端に輸送されるが,分裂期になると逆方向に輸送され赤道部に集積することになる(図1)。そしてもうひとつの側面として挙げられるのは,収縮環の収縮との協調性である。小胞輸送は収縮環が収縮するにつれ適切に供給されなければならないのである。

細胞質分裂と細胞膜脂質

著者: 加藤詩子 ,   榎本和生 ,   梅田真郷

ページ範囲:P.232 - P.236

 細胞を形づくる生体膜の主成分は脂質とタンパク質であり,生体膜は脂質が二層に並ぶ脂質二重層を基本構造としている。これまで膜を構成する膜脂質は,脂質二重層中にタンパク質を埋め込み,その活動の場を提供するための構成成分として捉えられてきた。また,脂質分子が細胞内セカンドメッセンジャーとして機能することが示され,脂質プールとしての膜脂質の役割も明らかにされた。その一方で,主として人工膜を用いた解析から,膜脂質の集合体としての機能は,特定のタンパク質だけでなく特定の脂質からなる,区画された膜ドメインを構築することにあると考えられてきた。生体内においては膜ドメインの実体はほとんど明らかになっていなかったが,ラフトと呼ばれるコレステロールとスフィンゴ脂質に富む膜ドメインが生体内に見出され,重要な細胞内シグナル伝達の場となることが示され,膜ドメインにおける膜脂質の機能も注目されてきている。
 細胞が分裂するときにも,分裂溝において新しく形質膜が形成されることから,分裂時に特異的な膜ドメインが存在する可能性が指摘されていたが,最近になって,タンパク質分子と脂質分子の両面から,このドメインの実体と細胞機能を示唆する分子レベルの知見が得られてきた。本稿では,細胞分裂における膜脂質の機能について概説するとともに,分裂時に形成される膜ドメインが細胞骨格の制御に関与している可能性について論じる。

連載講座 個体の生と死・23

女性生殖器の発生

著者: 諸橋憲一郎

ページ範囲:P.237 - P.242

 卵巣,卵管,子宮,膣からなる女性生殖器は卵子の形成と受精,その後の胎仔の発育環境を提供する。また,卵巣からは女性ホルモンが分泌されるが,このホルモンは女性生殖器の発生と発達や機能維持に不可欠であることが知られている。生殖腺と付属生殖器官の形成について論じる場合,雌雄をそれぞれ単独で議論することは難しい。なぜならば,後に述べるように,精巣も卵巣もともに同一の細胞集団に由来する組織であり,付属生殖器官も雌雄両方向へ分化可能なように中腎管(ウォルフ管)と中腎傍管(ミュラー管)が準備されているからである。従って,一方を議論する時には必ず他方に言及する必要が生じる。本総説は特に女性生殖器官に付いて述べるように設定されているが,雌雄生殖器官の差について言及することになることをお許し頂きたい。

実験講座

胎生期大脳組織の三次元培養:複雑さへの回帰

著者: 宮田卓樹 ,   齋藤加奈子 ,   川口綾乃 ,   小川正晴

ページ範囲:P.243 - P.249

 培養は特定の現象・機構を抽出するための,時間的空間的な「解剖」道具の一つである。「ライブ観察」および「細胞の個別性」という観察上の二大利点を追求するために,組織を刻み,細胞を解離させるのが従来の主流であった。しかし,領域化や細胞の極性・移動・配列など,組織が有する三次元構造と深く関わる問題に挑む上で,培養には,それら二点に加えて「複雑さ」の維持が求められつつある。散発的な蛍光ラベルを施した脳原基スライスの培養は,「ライブ」,「細胞個別」,「三次元」すべての要求に応える重要な手法であり,幅広い利用が期待される。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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