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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学53巻5号

2002年10月発行

雑誌目次

特集 加齢の克服―21世紀の課題

序にかえて

著者: 伊藤正男 ,   石川春律 ,   野々村禎昭 ,   藤田道也

ページ範囲:P.350 - P.350

 21世紀,社会は急速な高齢化の危機に直面しています。子供が減る一方,高齢者が増加し,人口の年齢構成が著しく変化しつつあります。
 アルツハイマー病や脳血管障害などの発症率は加齢とともに著しく増加し,多くの痴呆患者を生み出しています。これらの脅威を科学研究の力により克服する努力がなされ,近年目覚ましい進展が見られます。

第1部 座談会

Ⅰ.アルツハイマー病/Ⅱ.健康老化/Ⅲ.高齢化社会に臨んで

著者: 伊藤正男 ,   岩坪威 ,   北徹 ,   佐藤昭夫 ,   田平武 ,   永井克孝 ,   野々村禎昭 ,   藤田道也

ページ範囲:P.351 - P.375

 伊藤(司会) 『生体の科学』誌では毎年1回倍大特集号を組むのですが,今年は加齢の問題を取り上げました。今回はいつもと違い,座談会と総説を組み合わせたスタイルにしました。論文にするにはまだ早いが,将来を見通してよく議論しておかなければいけないことを今日この座談会で大いに論じていただきたいと思います。
 テーマを三つに分けました。第一に,加齢とともに発症率が指数関数的に増え,社会的な関心も大きいアルツハイマー病は,分子生物学やゲノム科学の手法を駆使して今世界中で攻め立てていますが,その研究が果たしてどこまで進歩し,今後どうなるだろうかという問題です。第二に,そういう加齢にともなって起こる病気の問題が克服されると次に社会の関心の中心になるのは自然老化,健康老化の問題です。高齢化社会ではむしろこちらの方が大事になるでしょう。これは,いろんな成因を含んでいて,骨粗鬆症や糖尿病まで入れれば裾野がひどく広い領域で,まだなかなか系統的な研究が進んでいません。第三には,現在すでに高齢化社会が到来して,いろいろな医学的,社会的な問題が発生してきますが,それにどう臨んだらいいのかという問題です。

第2部 総説 Ⅰ.自然老化

自然老化とはなんだろう

著者: 名倉潤

ページ範囲:P.378 - P.383

 「自然老化とはなんだろう」という,ある意味,極めて哲学的な疑問に対する答え,あるいは統一的見解は未だに存在しない。むしろ,老化の定義に関して,100人の老化学者がいれば100種類の老化の定義が存在するといわれるほど,老化には曖昧模糊とした部分が存在する。この原因の一つは自然老化が非常に複雑で多種多様な形質を発現し,その本質の究明も困難であることであろう。それでは,このように曖昧なものが科学の対象になるであろうか。現時点においては,この問いに対してイエスと答えられるであろう。なぜなら,元来,科学には理論ばかりではなく,観察などに基づく人の感覚が大きなウェイトを占めているからである。例えば,理論のウェイトが大きいと考えられる数学においても,公理の設定によって複数の数学体系が存在し,どの体系を選ぶかは人の感覚に委ねられている。また,用語の定義に関しても,研究の進展に伴って,より正確にあるいはより便利に変化していくことが稀ではない。さらに人の感覚や考え方ですら研究の進展に伴って変わっていくことがある。したがって,特に複雑な自然老化に関する本稿の内容には私見が少なからず混在しており,さらに将来,変化していくものであることを前置きとしたい。

老化と免疫機能

著者: 廣川勝昱

ページ範囲:P.384 - P.393

 生物は次世代を担うに充分な数の子孫をつくり終えると,早晩寿命を迎えて死ぬ。鮭のように生殖を終えるとすぐ死ぬものもあれば,ヒトのように生物としての役目が済んでから何十年と生きながらえるものも少なくない。老化とは生殖の役目を終えた個体が死ぬまでの過程であり,形態学的,生理学的および分子的な衰退現象である。一方,加齢変化とは個体の誕生以降の時間的経過に伴う変化を意味するが,生殖期を終えた個体の場合は加齢も老化も同じような意味で使われることが多い。この老化あるいは加齢に伴う衰退現象は生体防御系にも起こる。
 生体防御は,主として物理的バリヤーとして働く皮膚・粘膜系,マクロファージ・好中球・NK(ナチュラルキラー)細胞などの自然免疫系,そしてリンパ球が主役となる獲得免疫系の三つの系からなる。これら三つの系のいずれも加齢変化を示すが,その中でも獲得免疫系の変化が著しく,生体防御系の加齢変化の中心となっている。

寿命に関する遺伝子―クロック-1ノックアウトマウスの解析

著者: 中井大輔 ,   高橋真由美 ,   本田修二 ,   野尻英俊 ,   清水孝彦 ,   白澤卓二

ページ範囲:P.394 - P.401

 1995年にHekimiらが,線虫C. elegansにおいて咽頭ポンピング,スイミング,脱糞などの生体リズム(ウルトラディアンリズム)が遅くなり,寿命が約1.5倍にまで延長する個体群を発見した1)。この線虫の変異を決定づける遺伝子を生体内リズム異常に関わるものとして,クロック遺伝子群(clk)と命名した1)。1997年にはHekimiらによりclk-1遺伝子が同定され,ホモログが酵母からヒトまで生物界に広く存在することを明らかにした2)
 では,なぜclk-1が欠損するとリズムの遅い,長寿の表現型が出現するのであろうか。線虫,酵母S. cerevisiae(ホモログはcoq 7/cat5)の研究から,クロック-1遺伝子(coq 7/clk-1)は生物のエネルギー合成に必要な補酵素ユビキノン(CoQ)を合成するのに必須であることが明らかにされた3-5)。ユビキノン生合成経路の中でもcoq 7/clk-1はデメトオキシユビキノンの3位に水酸基を付加するヒドロキシレース活性の段階に必須である(図1)。合成したユビキノンはミトコンドリアの酸化的リン酸化に必須で,最終的にATP産生をもたらす。この酸化的リン酸化は電子伝達系と共役しており,ユビキノンは電子輸送体である(図2)。

ミトコンドリア機能と老化

著者: 松田七美 ,   石井直明

ページ範囲:P.402 - P.407

 ミトコンドリア機能の低下が老化の過程や様々な神経変性疾患の病態に関与することについて報告されているが,その分子メカニズムはほとんど不明である。ミトコンドリアは,生体内酸素の90%以上を消費して生命活動に必要なエネルギー(ATP)を供給する細胞小器官であるが,その一方で消費酸素のうちの数%を活性酸素種(ROS)として漏出する生体内における主要なROS産生源でもある。また近年,ミトコンドリアが細胞死の制御にも積極的に関与することが明らかになってきている。これらのことから,ミトコンドリア機能に異常が生じた場合には,エネルギー代謝が大きく影響を受けてATPの供給が低下するばかりではなく,細胞内に産生されるROSが増大すること,また細胞死に異常が認められることが考えられる。
 本稿では,様々な線虫の老化関連遺伝子突然変異体について,われわれが見出したミトコンドリア機能欠損変異体の解析を含めて概説し,ミトコンドリア機能と酸素ストレス感受性,老化との関係について考察する。

老化によるシグナル伝達異常―長寿命遺伝子Shcの変異とその周辺機能

著者: 森望

ページ範囲:P.408 - P.414

 老化とともに生体の様々な機能が低下する。その原因は概して,細胞の応答性の障害である。細胞応答の主体はシグナル伝達に帰結される。したがって,老化による種々の生体変化の主因はシグナル伝達の変化としてとらえることが可能である。興味深いことに,昨今,線虫やショウジョウバエなどでの寿命制御の中核が,インスリン様受容体からPI3KとAKTなる二つのリン酸化酵素を経てFKHR型転写因子へつながるシグナル伝達経路にあることが判明して,老化制御,寿命制御へのこのPI3K-AKT-FKHRシグナルの重要性がほほ確立された。一方で,高等哺乳動物の寿命制御にはShc系のリン酸化チロシンアダプター分子の酸化ストレス応答に関する活性が関係することも明らかになった。寿命制御の進化的共通基盤が様々に議論されながら,分子生物学的には,下等生物と高等生物との間で,老化・寿命制御シグナル系からの理解は必ずしも完全にマッチしたものではなかった。最近になって,FKHR系分子とShc系分子が酸化ストレス下に連関した動きをすることがわかり,ようやく,動物の寿命制御シグナルの共通基盤が見えつつある。さらに,その制御の中心となるのは脳神経系であるらしい。
 本稿では,これらの最近の動向を概観し,さらに,神経系で機能するShc系分子の最近のわれわれの研究成果もふまえて,老化と寿命研究におけるシグナル伝達の問題点を考える。

脳の老化と糖蛋白質

著者: 佐藤雄治 ,   遠藤玉夫

ページ範囲:P.415 - P.420

 ヒトをはじめとして様々な生物のゲノム構造が次々と解明され,その構成要素の設計図が明らかになっている現在,生命科学の探究は,ゲノムから得られた遺伝子情報がどのように生体の中で発現し機能しているのかという次の段階に差し掛かっている。生体内の蛋白質の多くは遺伝子情報から翻訳された後に様々な修飾を受けており,修飾を受けることによって細胞間の認識や,細胞内情報伝達などで機能していると考えられている。蛋白質修飾の中で主要なものの一つに糖鎖がある。親水性の高いこの分子は主に蛋白質の表面に存在し,分子間の認識に大きな役割を持つ。脳のように神経回路を形成し細胞間の認識が特に重要な組織では必須の分子である。また,現代社会において高齢者のサクセスフルエイジングの達成には,痴呆の防止などに向けて脳機能の老化に伴う変化の解明と機能維持の方法の確立が欠かすことができない。そこで今回,脳の老化による変化を糖鎖という観点から考えるとともに,われわれが解析を試みた老化に伴う脳糖蛋白質の変化を中心に概説する。

老化に伴うドパミン神経の選択的細胞死の機序

著者: 丸山和佳子 ,   直井信

ページ範囲:P.421 - P.424

 1.老化に伴うドパミン神経傷害と酸化ストレス
 一般に,神経細胞は加齢に従いその数と機能が低下していくと考えられているが,近年の研究では,必ずしも全ての神経細胞が一律に減少,細胞死に陥っているのではないとされている。黒質線条体系に存在するドパミン神経細胞は実験動物においてもヒトにおいても,加齢に従いその数や神経伝達物質であるドパミン量が減少することが確かめられている数少ない神経細胞である1,2)。老化に伴うドパミン神経細胞の選択的細胞死の原因として,酸化ストレスが最も重要な役割を果たしているとされる。
 ドパミン神経細胞は,(1)神経伝達物質であるドパミンがモノアミン酸化酵素による酵素的酸化,または非酵素的(自動)酸化をうける過程で,hydrogen peroxide(H2O2),superoxide(O2)などの活性化酸素種(reactive oxygen species,ROS)を生成する。(2)ドパミン生成の律速酵素であるチロシン水酸化酵素の活性に必要な鉄イオンが多量に存在する。鉄イオンはROS生成を亢進させる。(3)酸化反応の触媒となるニューロメラニンが存在する。(4)カタラーゼなどの抗酸化酵素活性が低い,などのため高い酸化ストレスに恒常的に曝されている。

加齢臓器障害の分子機序とその克服

著者: 丸山直記 ,   石神昭人 ,   倉元雅史

ページ範囲:P.425 - P.431

 加齢・老化に伴う身体機能の低下は生物であるヒトにとってごく日常的な現象である。しかし,その機能低下の程度や発生部位については個体差が極めて大きい。この差異は老化の重要な特徴の一つである。すなわち老化現象は個体差が大きいことから多因子性であることが予想される。個体の発生から発達の過程は明確にプログラム化されており多くの分子が発見され,その発生における機能が明らかにされてきた。これに対して老化のプログラム過程は極めて曖昧で多くの議論がある。しかし確実に加齢とともに臓器障害の頻度は増加する。いい換えれば臓器の予備能は低下する。この事実は老化を構成する重要な要素である。それではどのような要因が老化の成立に関与しているのであろうか。多因子とは考えられるが,老化の成立あるいは抑制に中心的な役割を果たす分子が存在するならば加齢・老化の克服へ可能性が見えるかもしれない。本稿ではわれわれが発見した加齢指標蛋白質SMP30の研究成果を基に上記の可能性について述べたい。

Ⅱ.病的老化

アルツハイマー病における神経原線維変化形成と神経細胞死

著者: 高島明彦

ページ範囲:P.432 - P.440

 アルツハイマー病では老人斑,神経原線維変化,神経細胞の脱落という病理学的特徴がある。これらは,正常老化といわれる脳においても観察されることから,アルツハイマー病の病理は脳老化の終末像であるといわれることもある。アルツハイマー病の成因を理解する上で,家族性アルツハイマー病の原因遺伝子に関する研究から,老人斑の構成要素であるβ-アミロイドの蓄積が主要な原因であるとするアミロイド仮説が提唱され,多くの研究者から支持されている。この仮説では,会合したβ-アミロイド繊維が神経細胞に作用し神経原線維変化と神経細胞死を引き起こすというものである。確かに,神経培養細胞に予め会合させたβ-アミロイドを添加すると神経細胞死とタウ蛋白のリン酸化が起こることが報告されている1,2)
 一方でアミロイド前駆体蛋白(APP)に家族性アルツハイマー病の変異を挿入したトランスジェニックマウスでは,ヒトと同様の老人斑の形成が観察されている3-6)。さらに,いくつかのトランスジェニックマウスではアルツハイマー病の特徴的な行動異常である記憶障害を示したのである。しかしながら,このマウスでは老人斑が出現するにも拘わらず神経原線維変化も神経細胞の脱落も観察されていないのである。この点がアミロイド仮説の大きな弱点となっている。近年,タウの遺伝子異常が家族性の前頭葉側頭葉痴呆症FTDP-17から見出されている7)

膜内配列切断を行うγセクレターゼとプレセニリン複合体

著者: 富田泰輔 ,   岩坪威

ページ範囲:P.441 - P.447

 アルツハイマー病(AD)は高齢者の痴呆の原因として最も頻度の高い神経変性疾患である。その病理学的特徴である老人斑は,アミロイドβ(Aβ)蛋白を主要構成成分としている1)。AβはAPPから連続した二段階の切断を受けて産生される。二段階目の切断はγ切断と呼ばれ,APPの膜貫通ドメイン内で複数の部位で切断が起こることなどから,γ切断を行う酵素(γセクレターゼ)は,既知の通常のプロテアーゼではないものと考えられていた2,3)。しかし家族性AD(Familial AD;FAD)の原因遺伝子として同定されたプレセニリン(Presenilin;PS)1,2の同定とその分子細胞生物学的解析,さらに最近になって報告され始めたγセクレターゼ阻害剤の開発,そして線虫・ショウジョウバエの遺伝学的解析などから,PSが他の蛋白と複合体を形成した巨大な蛋白複合体がγセクレターゼそのものである可能性が強く示唆されている。またAPP以外の基質の同定などから,γセクレターゼがさまざまな生理機能に関与している可能性も示唆されつつある。本稿においては,PSの代謝とその機能,そしてγセクレターゼにかかわる最近の知見をまとめてみたい。

コレステロール代謝からみたアルツハイマー病成立機構

著者: 柳澤勝彦

ページ範囲:P.448 - P.454

 アルツハイマー病(AD)の主要病型である孤発性ADの発症要因として,コレステロールが注目されている。コレステロール代謝とAD発症との関係は,コレステロール輸送蛋白の一つであるアポリポ蛋白E(apoE)の遺伝子多型がAD発症に深く関わることが確認されて以来,多くの研究者の関心を集めてきた。最近,ADおよびAD発症前病態と考えられる軽度認知障害(mild cognitive impairment,MCI)の患者において血清コレステロール値が高値を示す傾向が認められ,さらには高コレステロール血症治療薬であるスタチン服用によりAD発症が抑制される可能性が報告された。これらの疫学データは,コレステロールに依存してアミロイドβ蛋白(Aβ)の産生,重合,そして脳内蓄積が促進されるという生物学的事実とも相まって,AD発症促進の直接的因子としてコレステロールに注目を集めることとなった。しかしながら,中枢神経系の脂質代謝はこれまで必ずしも十分研究されておらず,コレステロールが分子レベルあるいは細胞レベルでどのようなメカニズムによって,AD病態の進行を加速するのかは不明である。本稿においては,はじめに中枢神経系におけるコレステロール代謝の特性を整理し,その上でコレステロールとAD発症に働く中核分子との接点を様々な視点で探ってみたいと考える。

アルツハイマー病のワクチン療法

著者: 田平武

ページ範囲:P.455 - P.460

 アルツハイマー病の脳では老人斑と神経原線維変化,それに神経細胞の変性・脱落がみられるのが特徴である。中でも老人斑に沈着するβアミロイドは病態形成の中心的役割を果たしていると考えられ,アルツハイマー病の発症機序の解明,予防・治療法の開発はβアミロイドを中心に研究が進められてきた。その中から,脳に老人斑を形成するマウスをβアミロイドの主成分であるAβペプチドで免疫すると,すでに沈着したβアミロイドが除去され,新たな沈着が防止されることがわかり,ワクチン療法という概念が生まれた。ワクチン療法というのはウイルスや細菌感染に対し,当該抗原であらかじめ人為的に免疫記憶を成立させ,感染に対する免疫防御機構を強化する手段であり,用語としては正しくないが,ここでは第一開発研究者が用い,また一般的に広く用いられているので,ワクチン療法という言葉を使う。以下,アルツハイマー病のワクチン療法について,ヒトへの応用結果,将来の展望を含め解説する。

ネプリライシン活性制御によるアルツハイマー病の予防と治療の可能性

著者: 高木淑江 ,   岩田修永 ,   濱江美 ,   津吹聡 ,   西道隆臣

ページ範囲:P.461 - P.465

 アルツハイマー病(AD)は,痴呆を主症状とする進行性の神経変性疾患であり,昨今の少子高齢化に伴い罹患者数は年々増加している。痴呆は患者本人の人間性を崩壊させると共に介護にまわる家族にも多大な負担を強いるため,早急に予防法や治療法を確立することが渇望されている。AD脳の病理所見では,約40アミノ酸残基から成るアミロイドβペプチド(Aβ)を主成分とする老人斑の形成,微小管結合タンパク質タウが高度にリン酸化を受けた結果生じる神経原線維変化などの異常構造物や神経細胞の脱落による脳の萎縮が観察される。これらの病理像の中で老人斑の出現は最も初期に起こる現象であることから,Aβ濃度の上昇および蓄積がADを引き起こす原因になると考えられている。Aβ自体は細胞から定常的に分泌される生理的ペプチドであり,アミロイド前駆体タンパク質(APP)からセクレターゼの作用によって切断を受けて産生するが,通常は速やかに酵素的分解を受けている。このように産生速度と分解速度の適度なバランスによって正常脳にも一定量のAβが存在しているが,産生亢進や分解活性の低下によりこの代謝バランスが崩壊するとAβの蓄積が起こり,AD発症が誘発されると考えられる。したがって,根本的ADの克服のためには脳内Aβを低下させることが必要で,Aβの産生阻害や分解促進がその標的となる。

アルツハイマー病アミロイドセクレターゼ種間の相互関係と創薬

著者: 石浦章一

ページ範囲:P.466 - P.472

 アルツハイマー病は21世紀の長寿社会が直面する大きな社会問題になりつつあり,この予防と治療の確立は医学の中でも最重要課題となっている。その直接の標的となっているのが,アミロイドセクレターゼである。
 アルツハイマー病(家族性,孤発性)の脳には共通して,老人斑という銀染色陽性の物質が認められる。老人斑の主成分は,アミロイド前駆体タンパク質(APP)に由来するアミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる42-43アミノ酸からなる不溶性のペプチドである。このAβが長い間かかって沈着して神経細胞が死ぬため,その結果として精神機能が損なわれると考えられている。通常,APPはαセクレターゼによってAβの真ん中で切断を受け,N末端側の部分が細胞外に分泌される。しかし,老化に伴って,Aβの両端を切断するβとγセクレターゼ活性が強くなり,沈着性のAβが作られるようになる。このα,β,γの3種のセクレターゼがアルツハイマー病発症の鍵を握っているのである1)

脳血管性痴呆とNotch3遺伝子

著者: 高橋慶吉

ページ範囲:P.473 - P.477

 血管性痴呆はわが国における老年期痴呆の二大原因の一つであり,その発症原因として従来,高血圧,高脂血症などの卒中危険因子が注目されてきた。しかし,高血圧,高脂血症の治療・改善の進展にもかかわらず血管性痴呆患者は増加傾向にある。さらに血圧が正常であっても脳梗塞症などにより痴呆を起こす者が相対的に増加してきており,遺伝要因の関与や生活習慣の変化による新規危険因子の出現などを反映した発病形態に変わりつつある。このような背景から脳血管の老化・変性の分子機構,関与する遺伝子や危険因子を解明する研究の重要性が強調されているが,アルツハイマー病に比べ非常に遅れているのが現状である。その原因の一つとして発症原因となる遺伝子が明らかにされてないために,原因遺伝子を用いた発症機序の解明ができない点にある。
 CADASIL(cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy)は,1993年Tournier-Lasserveらにより提唱された新しい疾患単位で,中年以降に発症し,再発性脳卒中発作,片頭痛,進行性痴呆と仮性球麻痺などを呈する常染色体優性遺伝様式を示す家族性白質脳症である1)。1996年に本疾患の原因遺伝子として19番染色体短腕(19p 13.1)のNotch3が同定された。

MRIで診る血管の老化

著者: 鈴木順一 ,   豊岡照彦

ページ範囲:P.478 - P.482

 MRIで生体を診ることは,生体内に比較的多量に含まれる奇数原子番号を持つ原子,具体的には1H,23Naや31Pの密度やその動きを,四方に張り巡らした0.5~1mm大の多数の定量的デジタルセンサーにより,0.04~0.1秒という短時間で一斉に捉えることである。血管の老化現象として最も普遍的な動脈硬化をMRIで診れば,生体を全く傷つけずに内皮下の粥状動脈硬化病変を肉眼に近い空間分解能で巨視的に捉えたり,内皮機能に作用する流体力学的現象を0.04~0.1秒という時間分解能をもって定量評価することが可能である。本稿では前者の例として冠動脈粥状硬化病変の形態評価について,後者の例として大血管におけるNO産生を規定している壁せん断速度の計測について述べる。

老化の脳神経への関与―脳卒中後の機能回復の脳内メカニズムと老化

著者: 宮井一郎

ページ範囲:P.483 - P.489

 いうまでもなく日本の社会の高齢化は急速に進行しており,高齢障害者の主要原因としての脳卒中の医療・福祉分野に対するインパクトはますます高まっている。高齢障害者の自立を促進するために,リハビリテーション(リハ)による介入がなされるが,欧米のstroke unitを主体としたrandomized controlled trialの結果,多角的なリハアプローチは脳卒中患者の日常生活動作や歩行などのdisability(能力障害)を改善,在院日数を短縮し,自宅復帰率を高めることが明らかになっている1)。しかし,その方法論(具体的にどのようなリハを行うか)は経験的な集大成によるところが大きく,機能回復における神経科学的な根拠が必ずしも明らかではない。一方,近年の機能的脳画像や基礎的研究の進歩により,運動麻痺などのimpairment(機能障害)の回復に伴って,脳内の神経ネットワークの再構成が生じることが明らかになってきた。
 本稿では,そのような機能回復の脳内メカニズムについて主に運動の側面から解説するとともに,加齢による影響や神経伝達の観点からの機能回復の修飾,とりわけ薬物による機能回復の促進についても考えたい。神経科学的根拠に基づいた再現性のあるリハの方法論を確立し,高齢者の自立度を高めることは,医療・介護分野に対する経済効果の観点からも重要な課題と考えるからである。

老化による骨粗鬆化の分子メカニズム

著者: 川口浩

ページ範囲:P.490 - P.496

 骨は常に骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収を繰り返して再構築を営み続けている組織であり,骨量はこの二つの異なる細胞系列間の機能的平衡状態により維持されている。そこには,カルシウム調節ホルモンなどの全身因子や各種サイトカイン,成長因子などの局所因子による複雑な調節機構が存在している。この調節機構が破綻をきたし,骨吸収が骨形成を相対的に上回ったときに骨粗鬆症をはじめとする骨代謝異常症が発症する。老化は,このアンバランスを引き起こす重要な要因のひとつといえる。
 老年期の骨量は主として以下の三つの要素によって決定される(図1)。第一は青壮年期における最大骨量(peak bone mass)である。最大骨量達成後,女性は一生のうちに皮質骨の35%,海綿骨の50%を失うとされている。男性においてはその三分の二以下の骨量喪失しか起こらないため,骨粗鬆症は女性にとってより重要な問題といえる。この骨量喪失に重要なのが,骨量を決定する第二の要素であるエストロゲン欠乏に起因する閉経後の急激な骨量減少と,第三の要素であるその後の加齢・老化による緩徐な骨量減少である。後者の二つが原因で起こる骨粗鬆症を総称して退行期骨粗鬆症と呼んでいる。さて,これら三つの要因はそれぞれ独立した分子遺伝学的背景を持ち,どのひとつが異常でも老年期で骨粗鬆症となる。

Ⅲ.高齢化社会

超長寿社会構成員となる要件―からだを動かす能力の保持

著者: 宮下充正

ページ範囲:P.497 - P.501

 わが国が世界に類を見ないスピードで高齢社会に突入したことは,だれでも知っている事実である。機械化が進み過酷な労働から解放されたこと,食料が十分に得られるようになったこと,保健・医療制度が高度に発達・普及したことが主な原因である。しかし,遺伝子治療がさらに進歩するとしても,遺伝子に組み込まれた老化というプログラムによってもたらされるからだの機能の衰えを止めることはできない。
 したがって,介護,介助を必要とする高齢者人口の増加に対する施策を立てることが,わが国では急務とされる。そのためには,まず,現代の科学技術の力によって介護,介助の電子化・機械化が促進されるべきである。同時に,介護,介助の優れた専門家の育成は必須なことである。

後半生における食餌制限の抗老化作用

著者: 後藤佐多良 ,   高橋良哉 ,   荒木幸子 ,   中本英子

ページ範囲:P.502 - P.508

 多くの人の長寿が達成されつつある世界の先進国では,人々の願望は単なる長生きから健康長寿へと変化してきた。J. Anti-Aging Medicineの発刊や抗老化を謳った学会やシンポジウムの開催は,その現れであろう。実験的には,本稿で取り上げるカロリー制限(食餌制限)のほか,抗酸化物質の摂取,適度な運動,変温動物の場合は,低体温や冬眠の寿命延長作用が研究されている。カロリー制限には,多くの動物種(ネズミ,サカナ,ハエ,クモ,線虫,ミジンコなど)において寿命延長効果がある1)。その仕組みは,十分には明らかでないが,いずれの場合も,老化の進行にかかわるとされる酸化ストレスの軽減が有力視されている2)
 なお,最近は,出芽酵母の“寿命”も培地のグルコース濃度を下げると延長することが明らかにされて,カロリー制限の寿命延長効果の普遍性が注目されている。しかし,この単細胞生物と上記の動物の寿命は,同一に定義しがたいことから3),“寿命”延長の仕組みは異なると予想される4)

百寿者の多面的検討

著者: 新井康通 ,   権藤恭之 ,   西川佳之子 ,   広瀬信義

ページ範囲:P.509 - P.514

 わが国を含む発展国では高齢者,特に超高齢者の人口は急速に増加している。かつてに比べ元気で活力のある高齢者が増えたことも事実であるが,虚弱で介護を必要とする高齢者数も増加しており,社会の少子化傾向も併せ,将来に向けては高齢者医療費をはじめとした社会保障費の増大,介護力の低下などが大きな問題となりつつある。こうした中,いかに健康で自立した高齢期をすごすかということが個人にとっても社会にとっても非常に重要なテーマとなってきており,わが国でも健康な長寿の達成に関連する因子の特定を目指した高齢者の疫学研究がさかんになりつつある。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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