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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学53巻6号

2002年12月発行

雑誌目次

特集 ゲノム全解読とポストゲノムの問題点

ゲノム配列の比較に基づく古細菌の生命科学

著者: 鈴木理

ページ範囲:P.518 - P.524

 かつて生物は,その細胞の形態から,真核生物(核やミトコンドリアなどのコンパートメントから細胞が構成される)と原核生物(コンパートメント構造がない)に2分類されていた。1980年頃以降,原核生物が2グループ(遺伝子構成や遺伝子配列が異なる)に分かれていることが次第に明らかになり,今では,真核生物,真正細菌(大腸菌など典型的な原核生物の多く),そして,古細菌(新しく確立された原核生物のグループ)に3分類されている1,2)(図1)。30億年前にラン藻による好気性の光合成が始まった結果,大気中の酸素濃度が急上昇した。このため,地表や海洋表面から古細菌は姿を消し(ほとんどの種が嫌気性),この系統の認知が遅れたと説明することも可能である。
 古細菌が従来型の生物学の対象となったことはまれで,ゲノム塩基配列や蛋白質立体構造に基づく新しい方法論の有効性が問われる対象である。現在までに16種の古細菌のゲノム配列が決定されており3-18),この中に私達が決定したThermo-plasma volcanium14)が含まれる(図2)。

大腸菌研究の新世紀―全ゲノムが解読されたあとの研究

著者: 石浜明 ,   牧野嶋秀樹

ページ範囲:P.525 - P.531

 1995年,インフルエンザ菌Haemophilusin-fluenzaeの全ゲノム1830kb1)とマイコプラズマ菌Mycoplasmagenitaliumの全ゲノム580kbの配列決定2)が報告された。以来,全ゲノムが解読された細菌は70種を超え(http://gib.genes.nig.ac.jp),わが国単独で解読された細菌ゲノムも十数種類にのぼる。解読中の細菌を含めるとすでに100種を超えている。20世紀分子生物学勃興期のモデル生物,大腸菌Escherichiacoliについては日米両国で異なる菌株でのゲノム解析が行われた。アメリカで行われた野性株K-12由来MG1655株の全ゲノム解読は1997年に終了し3)(http://www.genome.wisc.edu/sequencing.htm),日本グループは,科研費研究班を中心に,小原ら4)が整列クローンを構築したK-12株由来W3110株の配列に早くから着手したが,最近になって,堀内(基生研)・森(奈良先端大)らが配列決定を完成し,その全容は近く公表される(http://ecoli.aistnara.ac.jp/)。その間に,大阪・堺を中心に,病原性大腸菌O157株の集団感染が起きた。林(宮崎医大)・牧野(阪大・微研)らは,その全ゲノムの配列を決定した5)(http://genome.gen-info.osaka-u.ac.jp/bacteria/o157/)。

分裂酵母のゲノムとポストゲノム研究

著者: 松山晃久 ,   吉田稔

ページ範囲:P.532 - P.536

 1893年,Lindnerによってアフリカ東部で作られていた酒(pombe)の中から発見された分裂酵母Schizosaccharomyces pombeは1),1950年代になって本格的な遺伝学的研究に利用されるようになる。1987年,Nurseらは分裂酵母のcdc2温度感受性変異株でヒトのcDNAライブラリーを発現させ,cdc2変異を相補するクローンを単離するという当時としては革新的な方法でヒトのCdc2を同定し,真核生物の細胞周期が酵母からヒトまで共通の因子によって制御されていることを示した。その後の細胞周期研究に果たした酵母研究の功績は周知の通りであるが,この20年間,他のさまざまな研究分野においても酵母はその簡便な操作性から主に遺伝学を中心として利用され,複雑な生命現象を解明するためのモデルとして確固とした地位を築き上げてきた。昨年度,ついに出芽酵母に引き続いて分裂酵母の全ゲノムが解読され2),今後のポストゲノム生物学への貢献に期待が高まっている。本稿では,全ゲノムの解読から明らかになった分裂酵母のゲノム構造に触れるとともに,ポストゲノム研究に向かうに当たって,それが抱えている問題点について述べていきたい。

出芽酵母遺伝子の機能解析研究の展開

著者: 村上康文

ページ範囲:P.537 - P.542

 1ゲノム解析におけるモデル生物の位置づけ
 ヒトゲノム解析は2000年にドラフトシークエンスが完了し,ほとんどのギャップがなく,かつ高精度な配列データも2003年には全染色体について得られる予定である。ヒトゲノム解析の完了が目前に迫った現在,主要な生物種のゲノム構造は網羅的に解明しようというのが世界の潮流となっている。ヒトゲノム解析によって多数の新規遺伝子が同定されたが,これらの新規遺伝子の機能解析をどのような戦略で行っていくか今後の最重要課題となっており,比較ゲノム学的な解析の重要性が広く認識されてきたため,さまざまな生物のゲノム情報が必要となっている。ヒトゲノム解析研究が計画された当初より,ヒト遺伝子の機能解析研究を効率よく行うためには,主要なモデル生物のゲノム解析研究をヒトゲノムの解析に先立って実施し,比較生物学的な解析により,ヒト遺伝子の機能を探求しようという視点は十分計画に取り入れられていたことはいうまでもない。真核生物におけるゲノム解析対象としては,出芽酵母と分裂酵母の二つの酵母と,線虫・ショウジョウバエ・マウスなどがあげられており,現在では,マウスのドラフトシークエンスも完了し,当初の目標であった主要なモデル生物ゲノムの解析は実質的には完了している。
 それぞれの生物種が選ばれた理由は,次のようなものである。

ポストゲノムのショウジョウバエ遺伝学

著者: 相垣敏郎

ページ範囲:P.543 - P.550

 キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の全ゲノム配列が解読されたのは,ヒトゲノムの概要が発表されるほぼ1年前,2000年3月のことである1)。もともと遺伝学の材料であるがゆえに,ゲノム配列解読の効果は覿面である。突然変異体の原因遺伝子をクローニングする過程を犯罪推理小説にたとえてみる。地道な捜査によって少しずつ犯人を追い詰めていたのがゲノム配列決定前の時代だとすれば,容疑者の情報が手元にある状態で捜査を始められるのがポストゲノム時代である。ゲノム配列情報の貢献は個別の遺伝子研究の促進効果にとどまらず,変異体の作製法やマッピング法など汎用性のある新たな方法論の開発にも及んでいる。ポストゲノムの課題が基本的に機能ゲノミクスにあることは自明である。トランスクリプトーム,プロテオーム,インフォマティクスやマイクロアレイなどゲノム時代の方法論をとりいれながら,得意の突然変異体を用いた遺伝子機能解析がますます発展しそうである。本稿では,ショウジョウバエのゲノム配列決定を契機として急速な展開をみせる研究トピックスを紹介しながら,ポストゲノムの課題と展望を議論する。

ヒトゲノム解読のロゼッタストーン―ゼブラフィッシュとフグのゲノム情報

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.551 - P.559

 ヒトを含む複数の生物のゲノムの全塩基配列がほぼ決定され,焦点は,そこに何が書き込まれているのかをいかにうまく理解するかに移りつつある。では,何がわかれば本当の意味でゲノムが“解読”されたといえるのだろうか。筆者は,そのためには以下のような項目がみたされる必要があると考えている。(1)どこに遺伝子があるのかがわかること,(2)それぞれの遺伝子の生理的機能がわかること,(3)それぞれの遺伝子と,その機能不全による発生異常や疾病との関連がわかること,(4)それぞれの遺伝子の制御領域がわかること,(5)どの遺伝子が,どの遺伝子によって制御されているのかがわかる,すなわち遺伝子同士の機能的上下関係(epistasis)がわかること,(6)進化の過程でのゲノム構成の変化と動物の多様化との関連がわかること。
 この総説では,脊椎動物の中で進化においてヒトと最も離れているサカナのゲノム解析が,上に述べたような課題の解決にどれほど重要な貢献をできるのかについて解説する。

マウスゲノム解読とポストゲノムトランスクリプトーム時代の生命科学

著者: 長谷川由紀 ,   林崎良英

ページ範囲:P.560 - P.565

 2000年2月15日,国際ヒトゲノムコンソーシアムがヒトゲノムのドラフトを解読したことに続き1),本年2002年末,マウスゲノムドラフトも解読終了予定となっている。さらに,理研ゲノム科学センターのわれわれのグループにより,史上最大のマウストランスクリプトームも解読され2,3),まさに,ゲノム配列と転写物(mRNA)の双方から,遺伝情報の全貌がわかりつつある。近年の予想外のゲノム解読の速さは,高速シーケンサープラズミドプリペレータ,高速PCRなどのシーケンス技術法の開発,シーケンスコストの低下,ショットガン法とそのアセンブルプログラムなどのシーケンス戦術とバイオインフォマティクスの発展,大型計算機の導入,完全長cDNA合成法の飛躍的発展,完全長cDNAのクラスタリング,全長解読システムと戦術の飛躍的改良,というような要因によって可能となった。
 ゲノム解読が進んだことで,塩基配列が明らかにされ,またその配列情報により,遺伝子の同定の加速など,ライフサイエンスの研究手法が飛躍的に加速化されてきている。

ポストゲノムシークエンス時代の霊長類研究

著者: 黒木陽子 ,   藤山秋佐夫

ページ範囲:P.566 - P.571

 ヒトゲノム計画は,われわれの全遺伝情報が書き込まれたヒトゲノムの塩基配列を全て決定し,一連の配列に含まれる生物学的意味を解読しようという壮大な計画である。世界各国の研究者が知識と技術を寄せ合って1990年代初頭に始められたこの計画は,協調性と開放性をキーワードに進められていることが大きな特徴である。この開放性のゆえに,他の生物についても,まずゲノムの解析から研究の全体をとらえなおすことが一般化するなど,ライフサイエンス研究の全般に研究スタイルそのものの変革をよび起こす,大きな影響を与えている1)
 ゲノムの構造情報を利用できる生物種の範囲が拡大するにつれ,DNAの配列情報から生物学的意味を抽出あるいは発見する手法として,さまざまな種のゲノム構造を互いに比較し,進化の過程で保存され種を通じて共通に見られる塩基配列や遺伝子の構造,あるいは特定の生物種にのみ認められる配列や種間で多様性が認められる構造情報を抽出し,それに基づいた解析研究を行う手法が重要な位置を占めるようになった。これが,比較ゲノム解析とよばれる手法で,A, T, G, Cの各塩基の並びから,われわれが必要とする生物学的意味のある配列を見出すための強力な解析法となっている。

ヒトゲノム解読の課題と展望

著者: 清水信義

ページ範囲:P.572 - P.578

 ヒトゲノム解析は,30億の塩基対からなるヒトの設計図・ゲノムを全て解読するという壮大な目標のもとに,国際協力プロジェクトとして1991年に開始され,2003年春のシーケンシング完了というゴールに向かってラストスパートの段階である。この間,1999年12月に,その最初の成果として,われわれは英米3チームとの協力で22番染色体のシーケンシングを完了し,その解読によって545個の遺伝子を含む染色体丸ごとの特徴を初めて報告した(図1)1)。次いで,2000年5月,日独4チームとの協力で21番染色体のシーケンシングも完了2-4),さらに,2001年2月には世界16チームの成果としてヒトゲノム全体の大雑把なシーケンスの解読結果から,約32000個の遺伝子を含む「ヒトゲノムの概要版」5)を公表した。
 これらの成果は,ヒトという生物を理解するためのライフサイエンス・基礎医学研究の領域にとどまらず,すでに医療の世界にも大きなインパクトを与えている。特に,疾患の原因遺伝子の究明や発症の分子機構の解明が急速に進展しており,今まさにゲノムの情報や技術を基盤にした新しい医療の黎明期を迎えているといえる。

連載講座 個体の生と死・25

出生時の呼吸生理

著者: 福田純男 ,   戸苅創

ページ範囲:P.579 - P.584

 出生時に起こる大きな生体の変化として,胎児の胎盤による呼吸から新生児の肺による呼吸への移行が観察される。この変化は血液の循環動態の根本的な変化を伴っており,各臓器の活動が大きく変化する分娩前後の生体の中でも特に注目される点である。それだけに異常が発生する例も多く,新生児死亡率の劇的な低下が見られる今日でも新生児医療の中で呼吸障害に対しては多くの課題が残されている。

実験講座

摘出脳ブロック標本

著者: 荒田晶子

ページ範囲:P.585 - P.591

 生体の機能を分子レベルからネットワークレベルまで,同じ条件で解析できたらどんなに素晴らしいか,と考えている人は多いと思う。今回は,その要望にある程度答えられる実験系を紹介する。それは,摘出脳ブロック標本である。この標本は,調べたいと思う神経回路を保持した形で,目的に合わせて切り出して研究に使用する(しかし,これには少しばかり制限がつくのであるが)。
 この標本の先駆的な研究は,大塚正徳先生らによる新生ラット摘出脊髄標本であった。後根刺激に応じて脊髄からSubstance Pが放出されることを,この標本を用いて明らかにされたのである1)。その後,摘出脳幹-脊髄標本において呼吸活動が記録できることが発表された2)。電気生理学的,薬理学的アプローチに優れ,この標本によって,呼吸リズム形成機構3-6),中枢性化学受容7-9),肺伸展受容器反射10,11),呼吸性ニューロンのネットワーク解析12,13)といった呼吸の中枢メカニズム解明に多大な貢献をもたらすことになった。さらに,摘出脊髄標本を用いた歩行運動5,14,15),摘出脳幹-胸髄標本を用いた血圧調節中枢の研究16,17),摘出脳幹-脊髄標本を用いた咀嚼リズム形成機構18),摘出脊髄-尾標本を用いた痛み反射機構19),三叉神経-脳幹-脊髄標本を用いた痛み記憶に関する研究20),橋-延髄-脊髄標本による青斑核ニューロンの特性21)など多岐に渡って応用されている。

解説

パーキンソン病とその新しい治療薬の開発―アデノシンA2A受容体拮抗剤

著者: 加瀬広

ページ範囲:P.592 - P.600

 パーキンソン病(PD)は中年以降に発病し,年齢とともに徐々に進行する神経性疾患である。特徴的な症状は,振戦,固縮,動作緩慢,姿勢保持障害で,PDの4大症状といわれる。神経変性疾患の中ではアルツハイマー病に次いで多い。病理学的には中脳黒質緻密層(substantia nigra pars compacta;SNc)から線条体に投射するドーパミン(DA)神経細胞の変性・脱落に伴い,線条体のDA含量が著明に減少している。PDは孤発生(sporadic)疾患であるが,数%の症例で家族性発病が見られ,特に発病が若い場合にその頻度は高い。
 1960年代後半に,線条体のDAを補う意味で導入され画期的な治療効果を示したL-DOPA1)が現在でもPD治療の基本となっている。しかしながら,L-DOPA治療を長期間続けると効果の動揺現象(wearing-offやon-off現象),ジスキネジア(異常不随意運動)といった運動性合併症状や,幻覚など精神症状の問題が現れて,QOL低下とともに満足な治療ができなくなり,最も重要な問題点となっている。これらを克服するために近年DA作動薬(pergolide,ropinirole,pramipexoleなど)やCOMT(catecholamine-O-methyl-transferase)阻害剤が開発された。

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生体の科学 第53巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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