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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学54巻3号

2003年06月発行

雑誌目次

特集 クロマチン

クロマチンの超微構造―原子間力顕微鏡による最近の研究から

著者: 牛木辰男 ,   星治

ページ範囲:P.160 - P.165

 真核細胞においてDNAはクロマチン(chromatin)という形で細胞内に格納されている。クロマチンはその名の通り,もともと光学顕微鏡(光顕)で色素(chrom-)によく染まる物質(染色質)として名付けられたものであり,ヘマトキシリンなどの塩基性色素によく染まる核内物質として同定される。電子顕微鏡の出現により,このクロマチンが線維状の構造をとることが示され,今日ではこれらが生化学的にDNAと種々の蛋白(ヒストンと非ヒストン)との複合体であることが明らかにされている。ところで近年クロマチンは単に遺伝子DNAの格納の場としてだけでなく,DNAの複製・転写・修復・組み換え・分配の場として,また分裂時の染色体凝集の主要素として脚光を浴び,その微細構造との関連においても新たな知見が期待されている。一方で,クロマチンの微細形態学的解析についても,従来の電子顕微鏡観察とは別に,原子間力顕微鏡(Atomic force microscope;AFM)という新しい顕微鏡をベースにした観察法が出現し,これまでとは異なる角度からの微細構造解析が行われるようになってきている1)

 このAFMは,細い探針を試料に近づけて表面をトレースすることにより画像を得ようとする顕微鏡であるが,その際に探針・試料間に生じるごく微小な相互間力(原子間力やファンデルワールス力)を感知しながら一定に制御することで,試料の表面形状をナノスケールの分解能で可視化することができる2)。このように表面立体形状が画像化できる点では走査電子顕微鏡(SEM)とよく似ているが,金属コーティングなどの導電処理が不要な点や,大気中・液中での観察が可能な点では大きくSEMと異なり,生体物質の微細構造をより微細に,より生理的に解析できる新しいツールとして期待されてきている。ここでは,この顕微鏡で解析されてきたクロマチンに関する所見を紹介しながらクロマチンの微細構造について解説し,この分野の研究の現状と解決されるべき問題点について述べる。

クロマチンのダイナミクス

著者: 木村宏

ページ範囲:P.166 - P.170

 近年,多くの生物種でゲノム塩基配列が決定されてきたが,「ポストゲノム」研究の一つの重要なテーマはそのゲノム情報がどのような機構で正確に維持,複製,発現するかを解明することである。ゲノムの一次情報を担うDNAは,裸で生物内に存在しているわけではなく,そのリン酸基のマイナスチャージを打ち消すように塩基性タンパク質と複合体を形成し,コンパクトな構造を取って存在する。その塩基性タンパク質は真核生物においてはヒストンであり,DNAはヒストンオクタマーとともにクロマチンの基本単位であるヌクレオソーム構造を取ることが知られている。クロマチンは細胞内でさらに高次構造をとり,そのクロマチン高次構造さらに核内微細構造が遺伝子発現をはじめとしたゲノム機能の制御に重要な役割を果たしていると考えられる。その高次構造の詳細やダイナミクスについては,従来全く不明であったが,近年の顕微鏡技術の発達により,安定であるがダイナミックなクロマチン像が浮かび上がってきた。

クロマチン形成

著者: 安井潔 ,   中川武弥 ,   伊藤敬

ページ範囲:P.171 - P.174

 クロマチンと呼ばれるDNA高次構造は,真核細胞の遺伝情報を細胞核内に収納し,さらに正確に発現させるために重要な働きをしている。このクロマチンをヌクレアーゼで処理すると146bpのDNAが形成されることが1970年代のはじめに明らかにされた。これがヌクレオソームコアと呼ばれるものであり,二つのヒストンH2A,H2B二量体と一つのヒストンH3,H4の四量体で構成されるコアヒストン八量体からなり,そのまわりをDNAが1.75回転,左巻にまいている1,2)。また,結晶構造解析からヒストンH3,H4の四量体が中心部にきて二つのヒストンH2A,H2B二量体が外側に結合することが解明された3)

 生体内において,ヌクレオソームが形成されるためにはヒストンシャペロンによるヒストン転移が必要である。しかしながら,クロマチンを形成する際には,ヒストンシャペロンのみでは間隔が揃ったヌクレオソームアレイをとることは困難で,形成効率よくしかもスペースがきれいにとれたヌクレオソームアレイを作るためには,さらにスペーシング因子ACF(ATP dependent chroma-tin assembly and remodeling factor)が必要であることが知られている。本稿ではヒストンシャペロンとスペーシング因子を中心にヌクレオソームがいかにして形成されるかについて述べる。

リンカーヒストンシャペロン

著者: 大隅圭太

ページ範囲:P.175 - P.178

 真核細胞の核クロマチンの基本単位構造であるヌクレオソームは次の2段階の構造からなる。4種類のコアヒストン(H2A,H2B,H3,H4)の8量体にDNAが巻きついたヌクレオソームコアと,それをつなぐリンカー部分のDNAにリンカーヒストン(H1,H5など)が結合したクロマトソームである1)。核クロマチンの複雑な高次構造が構築されるためには,基本構造であるヌクレオソームが適切に形成される必要がある。そのためにはコアヒストンだけでなくリンカーヒストンについても,DNAへの結合が化学量論的にも位相学的にも適切に制御されなければならない。コアヒストンについては,ヒストンシャペロンと呼ばれる酸性タンパク質によってDNAへの結合が制御されることが知られているが,リンカーヒストンについてはシャペロンの報告がなく,DNAへの結合がどのように制御されているのかは長いこと不明であった。最近になって筆者らにより,アフリカツメガエル卵からリンカーヒストンのシャペロンタンパク質がようやく同定され,クロマトソーム形成の制御機構解明への道が開かれた。本稿では,リンカーヒストンのDNAへの結合を制御するシャペロンタンパク質が同定されるまでの経緯をたどり,これまでに得られている結果を紹介する。

セントロメア特異的なクロマチン構造

著者: 深川竜郎

ページ範囲:P.179 - P.184

 正常な真核細胞では,ほぼ決まった時間周期で染色体の複製と分配が正確に行われる。染色体の複製・分配といった基本的な生体反応に狂いが生じると染色体の異数化,がん化など細胞に対する悪影響が生じる。したがって,染色体複製や分配機構を解明することは,複雑な細胞システムを理解するためには不可欠な研究である。細胞周期のS期で複製された染色体は,M期では両極から伸びた紡錘体(spindle)に捕えられ,娘細胞へと分配される。この際,紡錘体が結合する染色体の特殊構造はキネトコア(kinetochore)と呼ばれている。キネトコアが形成される領域はセントロメア(centromere)という言葉で定義されており,その領域に存在するDNAと複数のタンパク質から構成されている。1本のヒト染色体は数十Mbから数百Mbの長さを持つが,セントロメアとして紡錘体が結合する領域は数百kb程度の大きさである。長い染色体からセントロメア領域が選ばれる分子機構には未知な点が数多くあったが,最近の研究の進展から多くの生物種を通じて共通したセントロメア領域のクロマチン構造が存在することがわかってきた。

 セントロメアのクロマチン構造に関する研究は,基礎生物学的な重要課題のひとつとして認識されてきたが,近年,がん細胞で生じる染色体不安定性の要因解明といった視点からの医学研究としても研究が活発に行われている。それらの視点に加え,セントロメアに関する基礎知識をもとに将来的には遺伝子治療などに応用できる人工染色体ベクターの開発への期待も高まっている。本稿では,セントロメアのクロマチン構造に関する最新の研究成果と残された問題点について解説したい。

クロマチン構造とDNA複製

著者: 奥村克純

ページ範囲:P.185 - P.191

 ヒトをはじめとする哺乳類細胞の核は直径わずか1/100mm程度で,その中にのばせば2mにもなるゲノムDNAがコンパクトに収納されている。ゲノムとタンパク質との複合体であるクロマチンは,ゲノム領域によって様々なレベルで折りたたまれ,複製や転写といった核内過程にダイナミックに関与している。大腸菌などと違い真核生物の長大なゲノムは,多数の複製開始点(ori)から成るマルチレプリコン構造で構築され,様々な制御を受けて効率よく倍加され,娘細胞に忠実に遺伝情報が継承される。

 図1に示すように,哺乳類のゲノムでは,このoriのいくつかがクラスターしたドメイン,さらにそのドメインが集まって染色体ゲノムが構築されており,これらが6-8時間におよぶ細胞周期S期の中で異なるタイミングで複製されると考えられるが,大まかな染色体バンド構造の他は,その実体はほとんどわかっていないといっても過言ではない。また,oriは出芽酵母では特定の配列が同定されているものの,分裂酵母では共通配列は特定されず,さらに多細胞生物では,複製はゲノム上の特定部位から始まることもあれば,数kbのゾーンから,場合によっては数十kbにもわたる広いゾーンから始まることも示されている。また,ゲノムの複製のタイミングは,発生過程でコントロールを受け,さらに,遺伝子の転写やゲノムの核内配置,核内ネットワーク構造などと密接に関連することが知られており,こうしたすべてについてクロマチンの構造が直接的に影響する。

 本稿では,筆者らの研究を中心に,哺乳類ゲノムについて染色体レベルから複製の最小単位であるレプリコンのレベルまでをとりあげ,複製と様々なレベルのクロマチン構造との関連性について,最近のトピックスとともに解説する。

クロマチンリモデリングとGAGA因子

著者: 広瀬進

ページ範囲:P.193 - P.196

 ショウジョウバエの唾腺染色体を用いた観察により,転写活性の高い領域はDNA密度の低いパフと呼ばれるクロマチン構造をとることが古くから知られていた。エクダイソンというホルモンを投与したり,熱ショック処理すると,エクダイソンで誘導される遺伝子座や,熱ショック遺伝子座で新たにパフが形成されるため,転写活性化に伴ってクロマチン構造が変換されると考えられるようになった。その後,多くの生物で盛んに転写が起きている活性クロマチンは,ヌクレアーゼに感受性が高いことが判明し1),この考えが支持された。一方,Herskowitzらは,遺伝学的解析から酵母のSwi1Swi2/Snf2Swi3Snf5Snf6遺伝子産物が複合体を形成し,クロマチンを介して一群の遺伝子の発現誘導に関与することを提唱した2)。そして酵母やヒトから精製したSWI/SNF複合体が,ATPの水解を伴ってクロマチン構造を変換することが示された3,4)。さらに,ショウジョウバエの胚からSWI/SNF複合体の他にNURF5),ACF6),CHRAC7)などのクロマチンリモデリング因子が精製され,クロマチンリモデリングの実態が明らかになってきた。

クロマチンリモデリングと遺伝子発現制御

著者: 広瀬富美子 ,   松影昭夫

ページ範囲:P.197 - P.205

[1] クロマチンリモデリングとは

 多細胞動物は,一つの受精卵から出発して,時間的/空間的に精密に決められたプログラムに従って,細胞分裂と分化を進行させて形成される。ヒトの場合,約60兆個の細胞からなり,その種類は200を超える。すべての細胞が基本的には,同一の2セットのゲノムをもちながら,様々な形と機能を持つことができるのは,3-4万個ある遺伝子の発現の違いによっている。特定の細胞で,ある遺伝子は転写され,別な遺伝子は転写されないことは,どのようにして決められているのであろうか。また,ある細胞が外的刺激や分化の過程で質が変わるとき,一連の遺伝子発現のONとOFFの切り換えが必要となる。これを調節する機構はどのようなものであろうか。遺伝子の発現パターンの維持(分裂で生じた二つの細胞もそれは受け渡される)と,変化に伴った発現のシフトをもたらしているのは,DNAのヌクレオチド配列の変化を伴わない(エピジェネティックな)制御機構によっている。これには,DNA塩基の修飾(CpG配列にあるシトシンのメチル化),ヒストンの修飾(アセチル化やメチル化),様々なDNAやヒストンに結合する制御因子や修飾酵素が関わっている。さらに,遺伝子発現パターンが変化するためには,DNAとヒストンで構成されるクロマチンの構造を変化させる必要がある。これに関わるのが,クロマチンリモデリング因子(以下CRF)である。これらの多くの因子による一糸乱れない共同作業があって,転写という壮大なオペラのプリマドンナである転写酵素RNAポリメラーゼが登場できるのである。

 真核生物のクロマチンは,形態学的にはヘテロクロマチンとユークロマチンの二つの状態として核内で観察される。前者はDNAとヒストンの複合体が高度に凝縮した状態で,後者は脱凝縮して弛んだ状態にある。細胞切片を透過電子顕微鏡で観察すると,前者は主に核膜近くで濃く染色され,後者は核中央部に薄く染色される領域として観察される。また,ショウジョウバエの唾腺多糸染色体では,ヘテロクロマチンは濃く染色されるバンド,ユークロマチンは染色バンドの間の薄く染色される領域として見える。機能的には,ヘテロクロマチンにある遺伝子は,転写活性が高度に抑制された状態(silent state)にあり,ここでは,これをⅠ相と呼ぶことにする。一方,ユークロマチン(Ⅱ相)にある遺伝子は,さらに三つの相のいずれかにあると考えられる。転写が不活性な基本相(ground state:Ⅱ-A),転写開始の準備が整った状況(poised state:Ⅱ-B)および転写が進行している活性な相(active state:Ⅱ-C)である1)(図1)。卑近な喩えでいうと,Ⅰは銀行の金庫にしまわれたお金,Ⅱ-Aは取り出し可能な,例えばATMにあるお金,Ⅱ-Bは財布に入っている状態,そしてⅡ-Cは,買い物をして支払をしている状態といえるであろう。

DNAメチル化とクロマチンによるゲノムインプリンティング制御機構

著者: 金田正弘 ,   佐々木裕之

ページ範囲:P.206 - P.210

 哺乳類のゲノムインプリンティングは,父・母由来の対立遺伝子の特定の一方だけが発現される現象であり,体細胞では受け継がれるが生殖細胞ではリセットされるエピジェネティックな修飾により起こる。その修飾の分子的な実体としてDNAのメチル化が知られているが,最近は,ヒストンの修飾も重要な役割を果たすことが示唆されている。 本稿では,まずDNAのメチル化によるインプリンティングの制御機構について述べ,そこにヒストンの修飾がどのように関わるのか述べる。

クロマチンリモデリングとヒストンアセチル化酵素

著者: 山田貴富 ,   太田邦史

ページ範囲:P.211 - P.215

 クロマチン構造は高度に凝縮しているため,DNAに関連した諸現象に抑制的に働く。従って,適当な部位のクロマチン構造が適当な時期に,凝縮度の低い状態へと修飾されることが重要と考えられる。そうしたクロマチン構造の修飾機構として,現時点で,クロマチンリモデリング,ヒストンテールの修飾の二つのカテゴリーが有名である。これらはそれぞれ,ヌクレオソームの配置を変化させる機構,ヒストンのN末端側テール中のリジンがアセチル化されたり,セリンがリン酸化されたりといったように特定の残基が翻訳後修飾される機構を指す。本稿では,クロマチンリモデリングと,ヒストンテールの修飾のうち最も解析の進んでいるヒストンアセチル化について概説する。

ヒト人工染色体とセントロメア機能構造の形成

著者: 舛本寛 ,   大関淳一郎

ページ範囲:P.216 - P.221

 ヒトでは46本ある染色体DNAを両親から受け継ぎ,次世代へと伝えていく。もし47本目の染色体を人工的に構築し細胞内で安定に維持させることができれば,DNA複製や染色体分配など染色体機能の解明やクロマチン構造形成のメカニズムの解明など基礎生物学的な研究に大いに役立つ。人工染色体の概念は,1980年代にDNA複製開始に必要な配列,染色体分配に関わるセントロメア,末端構造を保護するテロメアなどの染色体機能配列が次々に明らかにされた出芽酵母の系で確立された1)。これら機能配列を組み合わせた酵母人工染色体(yeast artificial chromosome:YAC,図1)はベクターとしても巨大DNAの酵母細胞へのクローニングに広く利用されるようになった2)

 ところがヒトを含む高等動物ではテロメア以外の機能配列については長い間不明なままであった。染色体分配機能に必須なセントロメアでは,この領域に存在する繰り返しDNAの巨大領域に阻まれ内部構造や機能の解析は困難であった。最近になり,セントロメア特異的な構成タンパク質CENP-A,-B,-C,-E,-F,-H,hMis12,hMis6(CENP-I),Mad2,BubR1,INCENPなどが次々に明らかにされてきた3,4)。これらのうちの多くのタンパク質は酵母からヒトまで保存されている5,6)。さらにヒトセントロメア領域由来DNA配列を用い,ヒト培養細胞中で本来の染色体外でも安定に複製され分配維持されるヒト人工染色体が構築された。RNAiを用いたタンパク質の機能解析やヒト人工染色体を用いた研究により,ヒトでもセントロメア機能構造の形成過程を解析することが可能になりつつある。本稿では,ヒト人工染色体を中心にセントロメア構造形成に関わる因子について紹介する。

クロマチンを鋳型とした複製・転写の無細胞系

著者: 永田恭介 ,   春木宏仁 ,   農野薫

ページ範囲:P.222 - P.230

 ゲノムが複製し,遺伝子の転写が起こり,転写産物からタンパク質が翻訳されるというゲノム情報の流れをセントラルドグマと呼ぶ。複製と転写の鋳型はゲノムDNAであり,その分子機構の解析ははじめは原核細胞を材料に遺伝学を支えに生化学的な手法を用いて解析が進んできた。やがて真核細胞も研究対象となった。真核細胞の複製と転写反応に関わる主体酵素も,もちろんDNA依存性DNAポリメラーゼであり,DNA依存性RNAポリメラーゼである。ところが,これらの酵素はヌクレオチドの重合を触媒するが,細胞の中で行われるような制御された正確な反応,たとえば開始反応などを自身では再現できない。従って,生化学が最初に目指したのは,原核細胞での研究を手本に真核細胞の正確な複製と転写を再現できる系の構築であり,ついでその解体と再構成による機構解析であった。本論でも簡単に述べるとおり,その努力は基本機構の理解に大きな成果を上げた。真核細胞の研究は,当初から予想されていたように次の問題に直面した。真核細胞ゲノムは,これまでの解析に用いられてきたようなはだかのDNAではなく,タンパク質との複合体を形成してクロマチンとして核内に存在しているのである。クロマチンの複製と転写機構の研究により,はだかのDNAを鋳型として用いてきた系では解決できなかった問題にも解答が見出せる可能性が見えてきた。

 本論では,はだかのDNAを用いた無細胞系から得られた知見を簡単に概観し,ついでクロマチンを用いた無細胞系の現状とそれを基盤とした展望について述べる。

クロマチンサイレンシングと発がん

著者: 二宮裕一 ,   安田季道 ,   菅野雅元

ページ範囲:P.231 - P.237

 神経系・血球系に限らず,われわれの臓器(細胞系)はたった1個の幹細胞から分化してでき上がる多彩な細胞群である。さらに,個体発生の過程でも,造血系幹細胞はAGMから胎児肝,骨髄と移動しながらこの細胞系を形成している。このような細胞系の発生・分化の制御系はどうなっているのであろうか。さらに,このような制御系の破綻が各種疾患の原因であると考えられる。細胞のがん化においても,様々な多段階発がん機構が提唱されている。まさに正常な細胞の発生・分化と同じように,それぞれのステップごとに様々な因子が関与し,細胞の運命決定・コミットメントと,決定されて後の運命の維持・メモリー機構がはたらいていると考えられる。それらの機構と,クロマチンサイレンシングはどのような関係にあるのだろうか。

 クロマチンサイレンシングは,一つの分類の仕方として表1のように6種類に大別できる。表1の中の酵母のmating type lociのサイレンシング以外は,すべて細胞の発がんに関係すると考えられている。これら全てを網羅した話はあまりに膨大になってしまうことや,セントロメア・クロマチン,テロメア・ヘテロクロマチン,X染色体不活化やゲノムインプリンティング,などに関しては本特集号で他の先生方が執筆されているので,そちらを参照されたい。

 ここでは,最近注目を集めているポリコーム遺伝子群によるクロマチンサイレンシングと発がんの話に絞って,解説してみたい。

連載講座 個体の生と死・28

思春期における精神の発達

著者: 吉川徹 ,   橋本大彦

ページ範囲:P.238 - P.244

Ⅰ. 思春期の精神発達

 思春期は人間の一生涯にわたる発達過程の中においても大きな変化の見られる時期である。第二次性徴を迎え,知的な能力も大きく発達する。心理社会的にも親との関係が変化し,友人との関わりも質,量ともに増大してゆく。一方でこうした変化には非常な困難を伴い,子供にとっては危機の時期であり心身症や精神疾患の好発時期でもある。本稿では発達的観点からみた代表的な思春期に関する研究を紹介し,その上で現代の思春期精神科臨床でよく見られる疾患,問題について述べていきたい。

実験講座

エバネッセンス顕微鏡

著者: 寺川進 ,   櫻井孝司 ,   坪井貴司 ,   菊田敏輝 ,   若園佳彦 ,   山本清二

ページ範囲:P.245 - P.253

 開口数がこれまでのものに比べて一段と大きな対物レンズ(NA=1.65)を使用することにより,エバネッセント光を蛍光顕微鏡の励起光源として利用することが容易になり,分子レベルの蛍光像が誰でも簡単に得られるようになった。安価な固体レーザーの登場も追い風となり,エバネッセンス顕微鏡(またはTIRFM)は専門家だけの物ではない身近な顕微鏡になった。共焦点顕微鏡と同程度の操作性で,より高い光軸方向の分解能(nm精度)が達成できるこの方法は,細胞表面の観察や一分子観察に大変優れた性能を発揮する。

 屈折率の違う物質の界面に光を入射させると,全反射を起こすような入射角度の範囲があり,全反射が起きると界面上の低屈折率側にエバネッセント光が生ずることは,古くから知られていた。1970年代後半にD. Axelrodらはこのエバネッセント光を使って生物標本の励起をしてその蛍光像を得るのに成功し1),初めてエバネッセント光を生物顕微鏡の照明に応用する道を拓いた。この方法は,コントラストのよい蛍光法として使われていたが,あまり一般的には広がらなかった。その後,船津らは同じ方法を一分子の蛍光励起に使用し,一分子がリアルタイムの動画像として捉えられることを示してから2),同法が大きな注目を集めることとなった。この時点では,光源の適切な状態を得るにはかなりの技術と苦労が要り,医学生物学に携わる誰にでも使えるものではなかった。

初耳事典

2時間を刻む生物時計/他6件

著者: 影山龍一郎 ,   谷井一郎 ,   目加田英輔 ,   溝口明 ,   松崎有未 ,   山口英樹 ,   八木沼洋行

ページ範囲:P.254 - P.257

2時間を刻む生物時計

(影山龍一郎 京都大学ウイルス研究所)


Ectoplasmic specialization

(谷井一郎 宮崎医科大学解剖学講座)


HB-EGFのエクトドメインシェディング

(目加田英輔 大阪大学微生物病研究所)


Nectin-Afadin細胞接着機構

(溝口 明 三重大学ゲノム細胞医科学神経再生学部門)


SP(side population)細胞

(松崎有未 慶応義塾大学生理学教室)


WASP family

(山口英樹 東京大学医科学研究所)


標的依存性神経細胞死

(八木沼洋行 福島県立医科大学解剖学)

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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