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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学54巻4号

2003年08月発行

雑誌目次

特集 ラフトと細胞機能

ラフトの概念

著者: 石塚玲子 ,   小林俊秀

ページ範囲:P.260 - P.265

 生体膜を構成する脂質は,主としてリン脂質,糖脂質,コレステロールからなる。異なる物理的性質をもつ脂質分子が同一の膜に共存すると,それらは互いに分離してドメインを形成する。このような現象はモデル系で古くから知られていた。一方,細胞における脂質二重膜のイメージは,1972年に提唱された流動モザイクモデル(図1)によるところが大きかった。このモデルは脂質の海にタンパク質の島が浮かんでいるように,生体膜中でタンパク質は静的に固定しているのではなく,流動的な脂質二重膜中にあるというものである。実際の細胞膜は数千種の脂質分子からなるにもかかわらず,このモデルでは膜脂質はマトリックスにすぎないという印象が強い。

 しかし最近になって,モデル膜で観察されていたのと同様に,同一細胞膜上で脂質分子は一様に混ざっているのではなく,不均一に存在する,すなわちドメインが形成されているということが明らかになってきた。さらに特殊な脂質によって形成されるドメインには,様々な機能タンパク質が含まれ,ドメイン自身が膜輸送やシグナル伝達などの大切な機能の発現に関わっていることが示唆され,その重要性が注目を浴びている。このドメインは,「ラフト=いかだ」と呼ばれ,細胞膜上にあるプラットフォームのようなもの,として定義づけられている。ここでは「ラフトの概念」と題して,ラフトの定義,モデル膜と細胞膜のラフト研究についての知見を述べたい。

リピドラフトの動態と細胞骨格

著者: 馬場健

ページ範囲:P.266 - P.271

[1] リピドラフトの構成

 1. 流動モザイクモデルとラフト仮説の提唱

 現在まで一般的に受け入れられてきた細胞膜のイメージは,SingerとNicolson1)による流動モザイクモデルに基づいたものである。細胞膜は二次元的な広がりを持って流動している均質な脂質の海であり,そこに多種多様な膜タンパク質が浮かんでいるというものである。このモデルは広く受け入れられ,その結果,膜タンパク質のみが主な研究の対象となり,膜脂質の研究は取り残されてきた。しかし,現在では細胞膜の脂質は決して均一ではなく,多様な構成からなる膜微小領域(マイクロドメイン)を形成し,それがモザイク状に混在していると考えられている。

 リピドラフト2)はこういった多様なマイクロドメインの一種であり,生化学的には界面活性剤に不溶性の軽い分画,detergent-resistant membrane(DRM)をラフト分画として扱うことも多い。しかし,DRMは特定の細胞に特定の処理を加えた結果得られた標品であり,細胞ごと,また研究者ごとに異なる分画をラフトと呼んでいる可能性が高い。また,DRMが生きた細胞でのラフトをそのまま単離できている保証もない。したがって,ラフトは類似した性質をもった多様な膜領域の混合物であり,現段階でははっきりとした定義は与えられないかもしれない。

ラフトマイクロドメインとシグナリング

著者: 清河信敬 ,   片桐洋子 ,   藤本純一郎

ページ範囲:P.272 - P.277

 脂質二重層である細胞膜の構造は均質ではなく,局所的に特定の脂質や蛋白が集積して機能的なマイクロドメインを形成し,1)細胞接着,2)細胞膜輸送,3)刺激伝達などの様々な細胞現象に関与していると考えられている1)。このようなドメイン構造の概念は1970年代の始めにすでにその原形となるモデルが提唱されており,その後多くの発見とともに変遷し2,3),現在の“脂質特性の差に基づいて細胞膜上で特定の蛋白のみを局在化させる分子装置”という概念に発展してきた。このドメイン構造は,その概念確立の過程で様々な名称で呼ばれてきたが3),近年は“細胞膜上で筏のように浮かんだプラットフォーム”をイメージした“lipid rafts(ラフト)”という呼称が最も一般的なものとして定着しつつある4)。しかし,後述のように細胞膜上には構造,性格や機能の異なる多様なマイクロドメインが存在すると考えられることから,これらすべてを包括する名称として“ラフト”を用いることには異論もある3)。また,その構造や機能の詳細については未解明な部分も多い。本稿ではこの“ラフト”の刺激伝達への関与について概説し,今後解明が期待される問題点について言及する。

脳由来ラフトのプロテオミクス

著者: 前川昌平

ページ範囲:P.278 - P.283

[1] ラフト領域あるいはラフト画分

 細胞膜中のスフィンゴ脂質とコレステロールに富む微小領域で,これらに親和性を持つタンパク質(たとえばGPI-アンカー型タンパク質)が局在する領域がラフトとして認められてきた1-4)。ラフト領域の解析における現在の課題の一つは,脂質二重層の外葉では確かにこれらの脂質とタンパク質の局在が観察されているが,内葉における脂質の種類,局在や外葉-内葉間の相互作用などについてはほとんど知見がないという点である。生化学的には低温下での非イオン性界面活性剤処理では可溶化されず,密度勾配遠心により低比重画分に回収される膜構造がラフトに対応すると考えられており,この画分に特異的に回収される細胞内タンパク質が存在することから,内葉においてもなんらかの脂質の特異的集積が存在する可能性が高い。もう一つの課題は,ラフトの生化学的解析においては上記の手法により様々な細胞領域由来のラフト領域が一つの画分として回収されるため,個々の構成因子の相互作用分子の同定には別の手法が必要であるという点である。高度に発達した細胞間相互作用と細胞極性,神経分泌に代表されるメンブレンサイクリングシステムが特徴である脳組織に存在するラフト領域においてはこの点が特に重要となる。

 いわゆるラフト画分に回収される脂質やタンパク質は用いる界面活性剤により変動するが,この項では界面活性剤としてTriton X-100を用いた生化学的処理によって得られたラット脳由来のラフト画分の構成因子について述べる。一方,膜画分を超音波処理やアルカリ処理により細分化し,その後の密度勾配遠心により得られた低比重画分をラフトと呼ぶこともあるので注意が必要である4)。少なくとも神経系においては,この2種の画分間では構成因子に大きな違いが存在する5)

シナプス後部lipid raftとシナプス後肥厚部(PSD)

著者: 鈴木龍雄

ページ範囲:P.284 - P.290

 シナプス可塑性発現に関わる主要なシグナルプロセシングの場の一つとしてシナプス後肥厚部(PSD)が注目される中,タンパク質間相互作用の視点からPSDの分子構築に関する情報が急速に集まりつつある。また,最近lipid raftに焦点を当てた研究が盛んになり,急速に情報が集まっている。lipid raftはコレステロール,スフィンゴミエリンに富む微小膜領域で,細胞内情報伝達,細胞接着,membrane trafficking,タンパク質ソーティングなど,多彩な細胞内機能に関与すると考えられている。2001年に筆者らはシナプス後部にもlipid raftが存在していることを示した1)。lipid raftの一般的事項については,本特集の他の部分で述べられているので,本総説では脳,特にシナプス近傍のlipid raftについて説明と考察を加えるが,筆者は昨年,シナプス後部のlipid raftに関する英文総説2)を書き上げたばかりであり,また,日本語総説(生体の科学,解説)3)でもシナプスのlipid raftに触れている。本質的な部分はすでにそれらに記載されていることをはじめにお断りする。

アミロイド前駆体蛋白質とラフト

著者: 櫻井隆 ,   貫名信行

ページ範囲:P.291 - P.296

 Alzheimer病発症に重要な役割を果たすアミロイドβペプチド(Aβ)は,アミロイド前駆体蛋白質(APP)からβおよびγセクレターゼという2種のプロテーゼの切断により生じるが1),ラフトはAPPとβ,γセクレターゼの相互作用,Aβ産生の場として重要であると考えられている2)。最近,APPはキネシンⅠと結合し軸索輸送顆粒とキネシンⅠをつなぐアンカーとして働くことが示された。同じ顆粒にβ,γセクレターゼが結合しており,単離した顆粒でのAβ産生に伴ってキネシンⅠが遊離することから3),APP代謝と輸送制御が関連する可能性もある。ラフトが小胞輸送のソーティングに関与していると考えられていることから4),APPが関与する軸索輸送,APP代謝とラフトの関連について議論したい。

リピドラフトとT細胞シグナリング

著者: 中島泉

ページ範囲:P.297 - P.303

 免疫系では,その発生から抗原刺激による活性化と調節まで,細胞間と細胞内の情報伝達が特に重要な働きをする。この情報伝達を左右するのが,細胞外からの刺激を受け止めて細胞内に伝達する細胞膜とその中の受容体である。受容体は外部刺激を受け取って細胞内にその情報を伝達するが,受容体のこの働きを支えるのが細胞膜であり,細胞膜の中で特に重要な役割を担うとされるのがリピドラフトである。免疫の働き全体を調節するT細胞において,リピドラフトの働きは特に重要であり,リピドラフトの基本的な働きのいくつかはT細胞での解析で明らかにされた。

 本稿では,T細胞のシグナル伝達の研究の流れを,リピドラフトに焦点をあてて振り返るとともに,関連の最近のトピックスを,筆者らの研究室での最新の結果も含めて紹介する。

リピドラフトと免疫―Bリンパ球シグナリング

著者: 鍔田武志

ページ範囲:P.304 - P.309

 細胞膜は脂質二重膜からなるが,その組成は均質ではなく,その中にスフィンゴ脂質とコレステロールを多く含む微小領域(マイクロドメイン)が存在し,リピドラフト(ラフト)と呼ばれる1)。ラフトはその他の領域と脂質の組成が異なるばかりでなく,含まれる膜分子や細胞膜に会合している分子の組成が,その他の領域とは異なっており,シグナル伝達や分子輸送に関わる特定の分子の集積が見られる。ラフトの詳細は,他の稿で述べられているので,本稿では,ラフトのBリンパ球シグナル伝達での役割について述べる。

細菌の感染におけるラフトの役割

著者: 度会雅久 ,   牧野壮一 ,   白幡敏一

ページ範囲:P.310 - P.315

 リピドラフトと呼ばれる細胞膜上に存在するミクロドメインは,多くの生命現象および疾病に関与することが知られるようになり,その存在が認知されつつある1)。最近になって,種々のウイルス,細菌および原虫の感染,特に細胞内寄生性病原体の細胞内侵入にリピドラフトが関与することが報告されている2)。これらの病原体の細胞侵入に関与する病原体側因子および宿主細胞側受容体(レセプター)は個々の病原体によって異なるが,細胞侵入時にリピドラフトの形成が共通して認められることには何らかの意義があるのではないかと考えられる(表1)。

 本稿ではリピドラフトが病原微生物感染のゲートウェイとしての役割を持つことに注目して,細菌の感染,特にわれわれが研究を行っているレジオネラ菌およびブルセラ属菌の細胞侵入を中心に解説する。

プリオン病とラフト

著者: 逆瀬川裕二 ,   八谷如美 ,   金子清俊

ページ範囲:P.316 - P.320

 平成13年9月,千葉県で日本初の牛海綿状脳症(以下BSE)に罹患した乳牛が発見され,日本中にBSEに対する懸念が広がっている。その一因は,変異型クロイツフェルト-ヤコブ病(variant CJD)と呼称されるヒトのプリオン病が,BSEに由来することに起因することによる1)。残念ながら,vCJDを含むプリオン病は現時点では有効な治療法がなく,100%致死性の疾患であるといわざるを得ない。

 プリオン病はヒトおよび動物における神経変性疾患の一群の呼称であり,プリオン蛋白がその病因に関与することが明らかにされてきている2)。この疾患群には,ヒトにおけるクールー(Kuru),クロイツフェルト-ヤコブ病(CJD),ゲルストマン症候群(GSS),家族性致死性不眠症(FFI),ヒツジにおけるスクレイピー,前述の牛海綿状脳症(BSE,いわゆる狂牛病),伝播性ミンク脳症(TME)などが挙げられる(表1)。この中で,スクレイピーが最も古くから認識されていたこともあり,現在ではヒツジのみならず,感染性を持つプリオン蛋白を一般にPrPスクレイピー(PrPSc)と呼称している。プリオン病には感染性および遺伝性という二つのタイプが知られているが,両者が重複する場合もある。感染症でもあり遺伝病でもあるという,一見極めて特異的に思われた病像が,研究の進展に伴い病因としてより普遍的である可能性も呈して来ている。

実験講座

Diced-siRNAライブラリーによる効果的な遺伝子ノックアウト法

著者: 大嶋啓介 ,   川崎広明 ,   多比良和誠

ページ範囲:P.321 - P.325

 遺伝子のノックアウトをなるべく簡便に,高効率に行うにはどうすればよいだろうか。現在最も注目を集めており,それらの条件を最大限に満たしてくれる方法としてRNA干渉を利用した方法がある。

 RNA干渉(RNAi)とは二本鎖RNA(dsRNA)が誘発する遺伝子サイレンシングであり,線虫をはじめとしてショウジョウバエ,植物そして哺乳動物にも存在する現象である。RNAiは配列特異的に標的遺伝子発現を抑制するため,遺伝子の機能解析のツールとして最近注目されている。線虫や植物では長鎖のdsRNAが用いられているが,哺乳動物ではこの長鎖のdsRNAが非特異的な翻訳抑制などを導くため,21-23塩基の合成siRNAが用いられている。

解説

スペインかぜではなぜかくも多数の人が死んだか

著者: 加地正郎

ページ範囲:P.326 - P.332

 1918-1919年のスペインかぜは全世界で罹患者6億(当時の人口は20億とされている),死者およそ3,000万というインフルエンザの流行史上まさに空前絶後の慘禍を齎した。その流行規模の大きさとともに死者の数の多さもまた記録的であって,医学の歴史のみならず一般社会における歴史的大事件としてもその名をとどめている。このスペインかぜとはどのような流行であったのか。

話題

日本薬理学会・日本生理学会合同学会を終えて

著者: 井上隆司

ページ範囲:P.333 - P.334

 平成15年3月24日から3日間,福岡国際会議場・福岡マリンメッセ・サンパレス福岡を会場として,第76回日本薬理学会年会(伊東祐之会長)・第80回日本生理学会大会(今永一成・河田溥代表当番幹事)が共同開催された。互いに四分の三世紀以上の歴史を持ち,学術・人材両面での長い交流関係を有しながら,このような本格的な合同学会が開かれたのは,全く初めてのことであった。幸い,未知の試みに対する当初の危惧は杞憂に終わり,総演題数は2000題を越え,総参加人数は4288人に達し,それぞれの学会にとっても例年以上の盛会となった。また,シンポジウム,一般口演セッションの三分の二以上は双方の学会の共同企画ということもあり,会場のいたる所で熱のこもった発表と質疑応答が行われ,全体として活発な交流が行われたという印象が強かった。事実,参加者の中からも,一度の参加登録だけで異なる学会の講演や演題を自由に聞くことができ,また同時にそれぞれの学会独自の雰囲気や考え方に直接触れることもできて大変刺激になり且つ新鮮であった,という感想が寄せられているようである。

初耳事典

Cdc42/他4件

著者: 武藤悌 ,   馬渕一誠 ,   菊池淑子 ,   秋山徹 ,   入江康至 ,   及川達夫 ,   奥田優

ページ範囲:P.335 - P.337

Cdc42

(武藤悌 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻/馬渕一誠 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻)


SUMO化酵素

(菊池淑子 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)


癌抑制遺伝子産物APCとキネシンスーパーファミリー

(秋山 徹 東京大学分子細胞生物学研究所分子情報)


新規蛋白質アミダ

(入江康至 大阪大学大学院医学系研究科情報薬理学)


中心体とサイクリン

(及川達夫・奥田優 山口大学農学部家畜内科学研究室)

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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