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雑誌目次

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生体の科学54巻5号

2003年10月発行

雑誌目次

特集 創薬ゲノミクス・創薬プロテオミクス・創薬インフォマティクス 第1部 座談会

座談会

著者: 野々村禎昭 ,   板井昭子 ,   田中利男 ,   谷口寿章 ,   松田譲 ,   石川春律 ,   藤田道也

ページ範囲:P.341 - P.364

 野々村(司会)『生体の科学』誌では毎年10月に増大特集を組んでいます。今年は「創薬ゲノミクス・創薬プロテオミクス・創薬インフォマティクス」というテーマで,座談会と総説の二部で企画してみました。このテーマは,はやりに乗ったような題で申しわけないのですが,ただ,創薬ゲノミクスと言っている人は少なくて,pharmaco(薬理)ゲノミクスで始まっている言葉が使われるのが普通です。

 今日はこの方面の新しい動き,現状,問題点などをお伺いできればと思っています。本日の座談会をどういうふうに進めようかと考えていたのですが,創薬ゲノミクスという言葉は,薬理学会の中でも,今日ご出席いただいている田中利男先生などは非常に早くからこの言葉を使われて,そういう方向で仕事を進めておられました。初めは薬理学会の人たちもあまり関心を持っていなかったのですが,最近はずいぶん関心が出てきたと思います。今年の薬理・生理合同学会などでもこれに関するものが非常に多く出されていました。

第2部 総説 Ⅰ 創薬ゲノミクス

薬理ゲノミクス/ケモゲノミクスと創薬ターゲットバリデーション

著者: 田中利男

ページ範囲:P.368 - P.374

1. 薬理ゲノミクス/ケモゲノミクスの誕生と展開

 2003年4月14日,「国際ヒトゲノム計画」におけるヒトゲノムシークエンスの解読完了が,関係6ヵ国首脳により宣言された。2001年2月15日(Nature),16日(Science)にヒトゲノムドラフトシークエンスの詳細が公表1,2)されてから約2年余を経過して,99.99%の精度で一部を除き解読された。その結果,現実にポストゲノムシークエンス(機能ゲノミクス)時代がスタートした。いうまでもなく,この機能ゲノミクスを基盤にして薬理ゲノミクス3)とケモゲノミクス4,5)が構築されつつある。ゲノム創薬は,この薬理ゲノミクスやケモゲノミクスにより初めて可能になることから,今後の展開は熾烈さを極めると思われる。

 一方,これらの報告からヒトゲノム上に約4万種の遺伝子が認められ,転写・翻訳・翻訳後における調節機構の結果約30万の分子種の存在が示唆されている。すなわち薬理ゲノミクス研究は,約4万種類の遺伝子から発現し,修飾された数十万種の分子種を識別する薬理プロテオミクスの必要性が高まってきた。薬理ゲノミクスは,既存医薬品の作用/副作用に関与する遺伝子クラスターを同定,ゲノム/プロテオーム機構を解明し,薬物応答性の個体差機序を解明する。さらに最終目的として未解決のヒト病態(主に多因子疾患)に有効な新しい薬物療法を確立することにある。現在までの非常に長い試行錯誤の歴史から,人類はわずか483種類の医薬品ターゲット分子種しか獲得してこなかった(図1)6)。しかしながら精密なゲノム地図が完成した今世紀には,人類史上初めて経験する,想像もできない速度での創薬ターゲット発見/バリデーションや新しい治療法開発が成し遂げられることが期待されている。

ケミカルゲノミクスによる創薬戦略

著者: 長谷川慎 ,   水上民夫

ページ範囲:P.375 - P.379

1. ヒトゲノム解読の医療,創薬に及ぼすインパクト

 1990年に活動を開始したヒトゲノムプロジェクトは,途中Celera Genomics社との競合もあり,初期の計画より早く,2003年4月にヒトゲノム解読完了の宣言を行った。DNA二重螺旋構造の発見後50年の節目の年に,科学者は高品質のデータ精度をもつヒトDNA塩基配列を手にしたわけである。

 ヒトゲノムプロジェクトを牽引した米国ヒトゲノム研究所(NHGRI)のCollinsらは同月発行された「Nature」誌に,ゲノミクス研究の将来ビジョンを発表しているが,そこにはゲノムの構造・機能の解明を究極の目的とした生物学上の挑戦課題,社会貢献への活用のための挑戦課題と並んで,解読されたヒトゲノム配列情報を人類の健康・福祉向上に活用するために,今後挑戦すべき課題が6項目に分けてまとめられている(表1)1)

ゲノム機能解析のためのマウスランダムミュータジェネシス

著者: 若菜茂晴

ページ範囲:P.380 - P.385

 ヒトゲノム解読の完了宣言がだされ,ゲノム科学研究の時代は新たな方向へ展開しはじめた。マウスのゲノム解読もセレラ・ジェノミクス社から3系統のゲノム配列情報が市販されたのにつづき,公的機関でも国際協力によりC57BL/6J系統のゲノム配列の概要が公表されている1)。さらに理研のFANTOMプロジェクトよりマウスcDNA配列情報が公表されており,マイクロアレイを用いた網羅的な発現プロファイルの解析が可能となってきている2,3)。今日,比較ゲノム学によって哺乳動物であるヒトとマウスについての遺伝子構造の情報解析が当初の予想をはるかに超えるスピードで進み,マウスの詳細な解析により様々な遺伝子機能の情報がもたらされている。すなわち個体レベルにおける様々な表現型情報は,いいかえると遺伝子情報の集積であり,塩基レベルの変異(SNPs)情報と表現型の変化が一体となったとき,網羅的な遺伝子機能解析が可能となるといえる。この遺伝子機能解明のための有力なアプローチが,体系的にマウス突然変異体を開発しそれによって個体レベルでの表現型についての情報を集積するマウスランダムミュータジェネシスプロジェクトである。国際的にマウスミュータジェネシスプロジェクトは,英国MRC,ドイツGSFで先行し,米国においてもJackson Laboratoryをはじめ各地で相次いで立ち上がっている。わが国でも,平成11年4月から理化学研究所のゲノム科学総合研究センターにおいて,同様なプロジェクトが開始された(プロジェクトディレクター城石俊彦,チームリーダー野田哲生,若葉茂晴)。

癌の化学療法・予防法へのゲノミクスの利用

著者: 曽和義広 ,   酒井敏行

ページ範囲:P.386 - P.392

 1953年にワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造をNature誌に報告して以来1),遺伝子および遺伝子情報の持つ意味の解明は生命科学において最も重大なテーマであり,その発見からわずか50年後の本年2003年にヒトゲノム計画の完了宣言,すなわちヒトゲノム完全解読が行われたことは,その間の科学技術の著しい発展を反映しているといえる。しかしながら,今回の完了宣言は極めて限られた人数のゲノム解読が完了したことを意味するものであり,今後は各個人におけるゲノム情報の解読が精力的に進められていくものと予想される。

 医療分野は,生命科学領域の進歩の恩恵を最も直接的に受ける分野であり,疾患発症機構の解明やその治療法の開発において遺伝子情報に基づくゲノミクス,タンパク質情報に基づくプロテオミクスは極めて重要な開発ツールとなっている。

副作用を薬理ゲノミクスの立場から考える

著者: 千葉寛

ページ範囲:P.393 - P.398

 医薬品の有害作用(ADR)はQOLの低下につながり,場合によっては死にいたることもあるため,薬物治療上の大きな問題点のひとつとなっている。同様に,ADRはしばしば新薬の開発中止や市場からの回収の原因となるため,ADRは新薬を開発する上での重要な課題のひとつでもある。

 一方,薬理ゲノミクス(pharmacogenomics)は薬理遺伝学(pharmacogenetics)をさらに発展させた概念として,1990年代の末頃から広まってきた新しい考え方である。薬理遺伝学は医薬品に対する反応性の個人差を遺伝の面から研究する学問分野であるが,薬理ゲノミクスはその研究領域に医薬品開発をさらに包括させた概念であり,SNPs(single nucleotide polymorphisms)解析や遺伝子発現の網羅的解析技術などを適用することにより,テーラーメイド医薬や個別医療を確立しようとするものである。

DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析による薬物の分類

著者: 佐藤陽治 ,   石田誠一

ページ範囲:P.399 - P.404

 ヒトをはじめとするゲノムシーケンスプロジェクトの進展とDNAマイクロアレイの登場によって,ゲノムおよびトランスクリプトームの大部分をカバーするまでの網羅的な遺伝子発現解析が可能となりつつある。現在行われている,もしくは考えられている医科学分野におけるDNAマイクロアレイの代表的用途は,主に二つの方向性に分けることができると考えられる(表1)。一つは生体の特性解析を行う方向で,もう一方は生体自身ではなく生体に作用する物質の特性解析を目指す方向であり,DNAマイクロアレイを介した薬物のバイオアッセイと考えることができる。後者は比較的最近試みられるようになったもので,例としては,1)薬物の標的遺伝子の同定とそれに基づく分類,および2)トキシコゲノミクス―化学物質の毒性関連遺伝子の同定とそれに基づくプロファイリング―が挙げられる。1)と2)はその技法として共通する部分も多いが,研究の初段階における焦点を化学物質の薬効に置くか毒性に置くかという点が大きく異なっており,一般的に薬効を示す用量領域は毒性領域よりも低濃度側にあるため,実験計画も実験結果も異なってくる。筆者らは現在,DNAマイクロアレイを応用した核内受容体リガンドの評価法に関する研究を行っている。

 本稿では,DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析に基づく薬物の標的遺伝子の同定と分類について,主に筆者らの経験をもとに概説する。

DNAチップによる機能ゲノム科学とゲノム創薬

著者: 塩島聡 ,   辻本豪三

ページ範囲:P.405 - P.412

1. ゲノム創薬科学の誕生

 生命のプログラムともいえるヒトゲノムの全解読が,2003年4月に報告された。ヒトのみならず,100余種の生物のゲノムも解析されつつあり,ヒトを含む多数の生物種間での遺伝子配列の近縁関係が明らかにされる日も近い。得られている情報と科学は塩基配列というゲノム構造に関するもの(structural genomics)から,個々の遺伝子の機能に関する情報と科学(functional genomics)に質的・量的に確実に展開しており,現在ゲノム情報は驚異的な速度で蓄積しつつある。厖大な情報を前にして,それらを整理し,組織し,統合し,活用する科学,生物情報科学(bioinformatics)は必然であり,これらを総称してゲノム科学(genomics)と呼ばれる科学がすさまじいスピードで展開されつつある(図1)。ゲノム科学の応用は医療に大きく寄与することが期待されている。中でも医薬品を作り出す創薬が人類福祉への直接的還元としてその期待が大である。

 創薬研究は先端的な科学と技術の融合の上に成り立っているため,歴史的にその時代の先端的な科学と技術によって,研究コンセプトや開発手法は大きく推移している。ゲノム創薬はゲノム情報とゲノムテクノロジーを駆使して治療標的を絞込み,新たな治療を創製する戦略である。創薬はこれまで一定の標的を定め,多数の化合物や天然物をスクリーニングすることで行われてきた。この創薬アプローチの経験から,優れた医薬品を発見するためには,まず標的自身が新しく,ユニークでなければならないことは自明である。これを可能にする創薬における画期的変化がゲノム科学を基盤にした標的の発見とそのダイナミックな活用であり,これがゲノム創薬研究プロセスである。ゲノム情報の蓄積によりゲノム科学を基盤とする科学としてのゲノム創薬科学が誕生した。中でもDNAチップ技術はゲノム創薬科学における重要な基盤技術の一つであり,今後のゲノム研究の焦点は,網羅的な転写単位の決定(トランスクリプトーム)を含めた遺伝子の高次機能解析であろう。

Ⅱ 創薬プロテオミクス

質量分析を基盤としたプロテオミクス解析技術とその創薬プロテオミクスへの応用

著者: 谷口寿章

ページ範囲:P.413 - P.419

 昨年度のノーベル化学賞が核磁気共鳴(NMR)と質量分析(MS)の生体高分子構造解析への応用研究に対して与えられ,後者のテーマでは日本から田中耕一さんが共同受賞したことは,まだ記憶に新しい1)。一方で,今年4月にヒトゲノム配列の完成版が発表された。2年前の『概要版』の発表時に比べると,マスコミの対応は静かなものであったが,概要版に比して得られた配列の完成度は高く,10年以上の歳月と多額の国家予算を費やしたヒトゲノム計画の目標がほぼ達成されたと考えてよい2)。現在注目されている質量分析を基盤としたプロテオミクス解析技術は,この生体高分子(=タンパク質)の質量分析と,ゲノム解析の結果として充実した,遺伝子配列データベースの両者を利用することで確立された技術である3)。この技術を用いることで,細胞に含まれる数千種類のタンパク質を,一挙に同定することができる。本稿では,プロテオミクスとはそもそも何か,現在使用されている解析技術は,質量分析とゲノム配列の何をどのように利用し何ができるか,それが創薬にどのように役立つかを考える。

腫瘍マーカー開発のためのプロテオミクス

著者: 近藤格

ページ範囲:P.420 - P.427

1. 癌研究とプロテオミクス

 プロテオミクスとは,発現量,活性,翻訳後修飾,相互作用,分解などのタンパク質の有様を時間的,空間的に包括的にとらえ,全体を見ることで得られる知見をもって生命現象を理解しようとする学問である。一般的に癌研究においては,特定の遺伝子・タンパク質を徹底的に調べることで現象をまず個別に理解し,個別の理解を集積することで全体を理解しようというアプローチが主流である。一方,癌のプロテオミクスでは,癌細胞・組織におけるタンパク質の状態を網羅的に調べることでまず全体像をとらえ,そして全体から部分へと理解を深めていくというアプローチをとる。mRNAの発現を包括的に調べるトランスクリプトームの分野では,mRNAの発現解析の結果を用いた癌のメカニズムの解明そして臨床応用へ向けた研究が盛んに行われている。その一方で,遺伝子がコードする情報の実体のほとんどはタンパク質であること,多くのタンパク質の発現はmRNAの発現と一致しないこと,活性,翻訳後修飾,相互作用などは塩基配列やmRNAの発現量からは推定できないことなどがわかってきており,トランスクリプトーム解析で成果が挙がっているだけに,癌のプロテオーム研究にかかる期待も大きい。癌研究の分野では,癌のメカニズムの解明に加え,創薬,治療ターゲットの発見,そして腫瘍マーカーの開発がプロテオミクスの大きな目標となっている。本稿では腫瘍マーカーの開発に焦点を絞って現行のプロテオーム解析技術をレビューし,われわれが実際に行っている研究について紹介する。

G蛋白質共役型受容体と核内受容体の系統的蛋白発現からのゲノム創薬

著者: 児玉龍彦 ,   先浜俊子 ,   増田一之 ,   田中十志也 ,   浜窪隆雄

ページ範囲:P.428 - P.435

1. 2010年への系統的創薬への展望

 2001年のヒトゲノム解読をうけ,生命科学はそれまでの1個1個の蛋白や遺伝子の解析を積み上げていくボトムアップの手法に加えて,ゲノム情報上の約33,000個の遺伝子を系統的に解析していくトップダウンの手法が大きく展開をはじめた。ゲノム解読から,もっとも大きな社会的影響が生まれつつあるのは医薬品の開発についてである。今日まで知られる医薬品は,ターゲットとして人間または病原生物の蛋白に作用するものがもっとも多い。人間の標的蛋白には様々なものがあるが,ゲノム解読とともにその系統的解析が進んできた。

 表1にあげる主な創薬標的の中でも,もっとも注目されるのはG蛋白質共役型受容体1,2)や核内受容体3,4)などの鍵となる化学物質受容体である。これらは生体機能調節の細胞間シグナルの受容体として医薬品の標的として従来からも注目されている。胃かいようのヒスタミンH2受容体拮抗薬や,高血圧にかかわるアンギオテンシⅡ受容体阻害薬など臨床上も重要になっているし,それに加えてオレキシンのような睡眠にかかわるG蛋白質共役型受容体など多数の新規機能をもった受容体が存在する。におい受容体も加えて888個以上の存在が推定され,そのうちにおい受容体が400個程度と考えられる。におい受容体のうちにも白血球で発現しているGTARファミリーなどその機能に注目されるものが多い。

Ⅲ 創薬インフォマティクス

ニューロインフォマティクス:動向と展望

著者: 臼井支朗

ページ範囲:P.436 - P.442

 21世紀を迎えた今日,コンピュータネットワークを中心とする高度情報通信技術(IT)の普及は,あらゆる学術分野に新しい展開をもたらし,われわれの外部環境を形成している宇宙や,内部世界である生命の理解に向けた研究も新たな時代を迎えている。特に,われわれの意識や思考,学習や記憶などの脳の高次機能は,1千億以上といわれる神経細胞の形態やチャネル蛋白,生体アミンなどの分子レベルの振る舞いと複雑に絡み合った神経回路網の動的相互作用の結果として創り出されている。こうした脳・神経系に関する研究成果が日毎に蓄積されていく一方で,研究の専門化・細分化が極度に進み,脳神経系全体としての機能をシステムとして捉えることが著しく困難になりつつある。正に「木を見て森を見ず,森を見て木を見ず」という危機的な状況に陥りかねない。

 こうした現状を改善し,脳・神経科学をさらに飛躍的に発展させるためには,この分野における情報の解析・処理・伝達・蓄積・統合・保存・利用・継承などを促進する情報科学技術「ニューロインフォマティクス」の推進が不可欠といえる。特に,脳研究に関連する諸分野の個別の知見を記述し統合する数理モデルは,脳をシステムとして捉えるための様々な仮説を検証する思考のプラットフォームとして,また,膨大な知見を統合するための共通言語として,21世紀の脳・神経科学における研究基盤の中心的役割を担うことが期待される。

文献データベースからの生医学インフォマティクス

著者: 武田浩一 ,   浦本直彦 ,   松澤裕史 ,   猪口明博 ,   村上明子

ページ範囲:P.443 - P.448

 大量文書からの知識発見を目指すテキストマイニングの手法は,構造化されていない文字列として表現されたテキストから,単語,固有表現(遺伝子,タンパク質の名称など),係受け(「Aが+Bを+抑制する」といった関係など)といった多様なレベルの情報抽出と,それらの要素間の統計的な分析によるパターンや傾向の発見を可能にした。ライフサイエンス分野では,約1,200万件の論文アブストラクトおよび書誌データを含むMEDLINE文献データベースや,同分野に現れる概念と用語を体系化したUMLSというシソーラスが広く利用可能であるため,近年になってテキスト情報に基づくインフォマティクスの中心的課題として非常に研究が盛んになってきた。

 本稿では,このようなライフサイエンス分野におけるテキストマイニングの研究動向を,特に情報抽出技術を中心として概説するとともに,著者らの研究する特徴語分析,傾向分析,相関分析といったマイニング手法とそれを統合したシステムについて述べる。

プロテオーム創薬へのin silicoアプローチ

著者: 松尾洋

ページ範囲:P.449 - P.457

 先頃(2003年4月14日)完了が宣言されたヒト全ゲノム配列決定計画は,その完了以前から創薬に大きな影響を与えてきた。配列決定により次々と列挙される遺伝子が,各種細胞の様々な状況とタイミングにおいてどのようなパターンで発現しているかを網羅的に調べることが可能になった。そして,それら遺伝子のどれがどのような疾患と関連しているかを系統的に調べることが可能になった。また,遺伝子の多型を網羅的に調べることが可能になり,それぞれの多型と疾患発症リスクとの相関が系統的に調べられ始めた。これらの状況を活かすことにより,ゲノム創薬と呼ばれるアプローチが可能になった。

 一方,ヒトの持つ遺伝子の総体すなわちタンパク質の総体(プロテオーム)があらかじめ与えられることにより,各種細胞中に存在するタンパク質群を網羅的に同定することが可能になった。任意のタンパク質のサンプルを得ることが大幅に容易になった。そして,各タンパク質が他のどのような分子とどのように相互作用するか(つまりタンパク質の分子機能)を網羅的に調べることが可能になった。また,それら分子機能を実現させている立体構造を網羅的に決定することが可能になった。こうして,タンパク質を中心とする分子のネットワークが構成するシステムの姿と,それら分子システムと生理的機能との関係が,次々に明かされようとしている。この状況を受けて,プロテオーム創薬と呼ぶべきアプローチが可能になった。

Ⅳ 創薬への利用

SNPsを用いた関連解析と疾患遺伝子座同定

著者: 柳内和幸 ,   加藤規弘

ページ範囲:P.458 - P.462

 ヒトゲノムの遺伝情報は32億の文字(塩基対)の並びで表され,個人間では0.1%程度の違い(すなわちバリエーション)を示すことが知られている。そのようなバリエーションの代表が一塩基多型(single nucleotide polymorphisms;SNPs)であり,全ゲノム中には300万ヵ所以上存在すると推測されている。そのなかに疾患の罹りやすさ(疾患感受性)に関係するものが存在すると考えられ,それらの同定を目指したSNP解析研究が精力的に進められている。疾患の成因・病態を分子(遺伝子)レベルで解明しようという「分子遺伝学」の研究アプローチにより,これまでに多くの単一遺伝子疾患の責任遺伝子が同定されてきた。方法論,解析ツールの目覚ましい進歩とともに,近年,こうした単一遺伝子疾患から多遺伝子疾患,特に高血圧や糖尿病などの「多因子」疾患へと対象疾患が広がりつつある。多因子疾患は,複数の遺伝要因および食事などの環境要因が複雑に関与し合って発症するため,特定の疾患感受性遺伝子の疾病型対立遺伝子(アレル)を持つ個体が実際に発症する確率(浸透率)は単一遺伝子疾患より相当低く,責任遺伝子の同定は容易でない。解析ツールとしてSNPsをいかに活用するかが成否の鍵を握っており,本稿では,SNPsを用いた多因子疾患の研究戦略について概説する。

HER2を分子標的としたハーセプチン®の開発とテーラーメイド治療

著者: 仁平新一

ページ範囲:P.463 - P.468

 癌は複数の遺伝子の異常・変異が蓄積した結果として発生すると理解されているが,膨大な遺伝子情報の集積・解析を通じて,癌の発生,増悪に関する分子レベルでのメカニズムの理解が,近年急速に進んできている。分子レベルでの発癌メカニズムの解明により,特定の遺伝子産物を分子標的とした抗癌剤の創薬の可能性が開けてきた。その意味で,抗癌剤の領域は,個々の患者での遺伝子異常・変異の理解に基づいたテーラーメイド薬物療法の確立が早期に期待される領域のひとつと考えられる。実際,いくつかの分子標的抗癌剤の候補化合物が現在,開発段階にあり,一部は臨床試験段階で明らかな有用性と安全性が確認されている。

 本稿では,ヒト化抗HER2モノクローナル抗体であるハーセプチン(一般名:トラスツズマブ)について,その標的分子および効果予測因子であるHER2の生物学的意義,本剤の生化学的特徴,作用機序,臨床試験結果,患者選択と検査方法,そしてテーラーメイド医薬品の開発におけるいくつかの留意点について考察したい。

分子ターゲットでのがん治療薬の開発:メシル酸イマチニブ(グリベック®

著者: 都賀稚香 ,   中島元夫

ページ範囲:P.469 - P.476

 がん治療薬の創薬・開発に臨む場合,まず有効性を念頭に置かなければならない。より高い有効性を見出すためには,がんの発症から病態を把握し,それに対応する創薬・開発コンセプトの確立が必要となってくる。今までの抗がん剤開発を省みると,アルキル化剤を始め,代謝拮抗剤,抗がん性抗生物質,自然界から抽出された抗がん物質のいずれにおいても,細胞増殖抑制をコンセプトとした創薬がなされており,がん病態の特徴である(異常な)細胞増殖に対応した薬剤であった。しかしながら標的とした細胞増殖は,生体の恒常性維持にも必要な事象であったことが,副作用の発現に繋がり,臨床応用を制限した。すなわち,標的事象のがん特異性の低さが,薬効と副作用というコンセプト上のジレンマを生じさせたのである。

 このジレンマを解決したのは,分子生物学的研究の発展であった。標的事象となってきた細胞増殖のさらなる詳細な機序が,分子レベルにまで解明され,がん化の原因分子を特定できるまでに至ったのである。がん細胞に特異的な分子イベントの解明は,新たに対応すべき標的を絞りこみ,がん細胞に特化した薬剤の可能性を提示した。この概念は分子標的と呼ばれ新たな抗がん剤の創薬・開発コンセプトとして広く研究され始めた。本稿では,ノバルティス ファーマ社において分子標的治療薬として開発された慢性骨髄性白血病(CML)治療薬メシル酸イマチニブの開発経緯について概説する。

トキシコゲノミクス

著者: 菅野純

ページ範囲:P.477 - P.481

 ヒトやマウスなどの全ゲノム解読が進みマイクロアレイ技術が進歩した結果,「全遺伝子発現プロファイリング」が,体内での分子レベルの出来事を解明する手段として利用可能となった。毒性学を含む生物学的解析に本手法を用いる場合,今までに蓄積してきた知見を補強する,あるいは,個々の知見のその背景を分子レベルで解明するためには,遺伝子発現変化を何らかの形質(所見)に結びつけようとする方法が採られる。この場合は,有意義な突破口が一つでも見つかれば目的を達したことになる。

 これに対して,もう一つの方法は,通常の解析方法(例えば病理組織像)によって形態変化が観測されない状態(時間的,用量的,あるいは生体反応の種類により),あるいは,形態変化とは結びつかない(実験者が予想しないだけなのかもしれないが)状態を網羅的に解析する方法である。この方法では必ずしも明瞭な形質発現が見られなくても,全遺伝子プロファイリングとインフォマティクスを組み合わせることにより,従来の毒性知識に束縛されない形でmRNAの変動という面から生物現象を解析できるという前提に立っている。生物学におけるリバース手法,すなわち,機能が不明であっても遺伝子側から発現形質を求めて行く方策,例えば遺伝子ノックアウトマウスの作製などに見られる手法であるが,この「遺伝子から形質発現」への手順を毒性学に当てはめることが可能となった。毒性所見とリンクする遺伝子変化を追いかけるのではなく,全遺伝子の変動を解析することによって,観測され得る形質を説明しようとするものである。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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