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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学55巻1号

2004年02月発行

雑誌目次

特集 ニューロンと脳

ニューロンと神経回路と脳

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.2 - P.6

特集に当たって

 長い進化の過程で,ニューロンと呼ばれる特殊な細胞が分化した。この細胞は突起を長く伸ばして,他のニューロンに信号を伝えることができ,たくさんのニューロンがつながりあって回路を作る。このような神経回路が次第に発達し,脊椎動物の脳へと進化し,遂には人間の脳にまで到達した。こうして,クラゲなどにみられる原始的なニューロンからヒトの脳へ,膨大な年月をかけて進化した。脳科学はその道筋を辿り,再現しようとしている。

 これまでの科学の方法論は分析・還元が主役であった。脳は神経回路網に分解され,個々のニューロンに,さらにそれを構成する分子へと還元された。それが,分子からニューロンへ,ニューロンから神経回路へ,さらに脳へと合成・統合への方向転換の転機がやって来た。これは科学全体における還元から統合への方向転換の大きなうねりの先端を行くもので,21世紀の大きな挑戦となるだろう。

脳細胞の分化

著者: 福田信治 ,   田賀哲也

ページ範囲:P.7 - P.13

 脳・神経系は生体内において複雑な構造をした器官の一つであるが,元々は受精卵に由来する幹細胞が自己増殖と分化を繰り返した結果構築されたものである。神経幹細胞と呼ばれる比較的少数の細胞が適切に分化・増殖を繰り返し,最終的に高度に秩序立った構造が形成されるためには,これを可能とする分化制御機構が必要である。近年の研究から,この機構には細胞周囲の環境からもたらされる多様な細胞外シグナルと細胞自身が持つ内部プログラムが重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。本稿では神経系の細胞分化を制御する細胞外シグナルと転写因子ネットワークを中心に,著者らのグループが進めている胎生期マウス終脳由来の神経上皮細胞培養系での研究結果を交えながら,未分化神経幹細胞からニューロン・アストロサイト・オリゴデンドロサイトの各細胞系譜への運命決定機構について概説する。

神経成長円錐の移動メカニズム

著者: 上口裕之

ページ範囲:P.14 - P.19

 複雑かつ精巧な神経回路網は,神経細胞体から伸長して標的細胞へ到達した軸索突起により構成される。伸長過程にある軸索突起の先端部は成長円錐と呼ばれ,その周囲環境を感受し目的の方向へ移動する機能を有している1)。二次元培養基質上での成長円錐は,活発に運動する扁平な膜突起である周辺部,細胞内小器官に富んだ中心部,および両者の境界領域である移行帯から構成される(図1)。成長円錐周辺部に存在する膜突起は,その形態およびアクチン線維の重合様式により糸状突起と膜様突起に分類される。三次元培養基質内での成長円錐は,文字通り円錐状の構造体から糸状・膜様突起が突出した形態を示し,生体の神経組織での形態と類似する。

 成長円錐周辺部にはアクチン線維が豊富に存在し,成長円錐中心部には主として微小管が存在する。平行に走るアクチン線維の束が糸状突起の形態を支持し,膜様突起にはランダムに交差したアクチン線維のメッシュと糸状突起へと伸びるアクチン線維束が存在する2)。これらのアクチン線維は,神経接着分子などの膜貫通蛋白の細胞内領域に結合することにより,成長円錐周囲環境と生化学的・力学的に相互作用する。一方,微小管は細胞内小器官の輸送(神経細胞体-軸索突起-成長円錐間の両方向性の輸送)に中心的な役割を果たしており3),成長円錐周辺部が必要とする分子も微小管を介して運ばれる。さらに最近では,微小管とアクチン線維の相互作用が注目されており4),成長円錐周辺部と中心部が協調して軸索を伸長するメカニズムが明らかになりつつある。本稿では,細胞骨格(アクチン線維と微小管)と神経接着分子の役割,さらに成長円錐を構成する細胞膜の機能に焦点を絞り,軸索伸長の分子機構を概説する。

抑制性ニューロンの分化と回路形成

著者: 小幡邦彦

ページ範囲:P.20 - P.25

 GABAが神経伝達物質である抑制性ニューロンの発生に関して,最近の大きな知見は,大脳新皮質では,興奮性ニューロンが側脳室壁の脳室帯(ventricular zone;VZ)で生み出されるのに対し,GABAニューロンは線条体原基のganglionic eminenceで発生し,新皮質原基を水平移動(tangential migration)して新皮質に配布されることがあきらかになったことである。

 少し前のもう一つの知見は,小脳皮質分子層の抑制性ニューロンであるバスケット細胞,ステレート細胞は第4脳室上壁のVZで生まれて,白質を分裂し続けながら分子層まで移動することがわかったことである。これらのニューロンは,それまで顆粒細胞と同じ起源であって,外顆粒層で生まれるとみなされていたが,これがくつがえされて,プルキンエ細胞,ゴルジ細胞を含めて小脳皮質の抑制性ニューロンはすべて同じ起源をもつことになる。

脳の神経回路形成の臨界期

著者: 一坂吏志 ,   畠義郎

ページ範囲:P.26 - P.32

 われわれの脳は百億個を越える神経細胞からなるが,それらは発生,発達の過程で整然としたネットワークを構築するようになる。このネットワークの基本は,遺伝情報に基づくプログラムに従って構築されるが,大枠ができあがった後,神経活動に依存したネットワークのチューニングが行われる。この後期過程においては,感覚や運動を通して環境との相互作用そのものが脳の形成過程に影響を与えるため,ネットワークの基本構造に個体差はなくとも,生後の環境要因によって最終的な形や機能は大きく変化する。さらに,この環境要因は多くの場合,生後発達の一時期に大きな影響を与える。例えば,言語は他者とのコミュニケーションという経験を通して初めて獲得される脳機能であり,言語を習得する能力は幼児期に極めて高いということはよく知られている。同様の現象は鳥の歌学習やインプリンティングなど数多く知られており,この,脳機能が環境要因に対して特に敏感に変化する時期を「臨界期」と呼ぶ。臨界期は言語などの高次脳機能だけでなく,視覚や聴覚といった感覚知覚にも認められ,脳機能発達の基本的な性質と考えられる。

 臨界期に脳内で何が起きているのかという点は視覚系について特に広く研究されてきた。ヒトの乳幼児の視力は生後数ヵ月の間に急速に発達し,その後数年かかって成人と同等になる。しかし,白内障などにより正常な視覚入力が得られないと視機能の発達は妨げられる。乳幼児期に治療を行い視覚入力を改善すると,視機能は急速に発達するが,成人になってから眼を治療しても視機能は十分回復しない1)。このことから,視機能の発達には生後初期の視覚経験が重要な役割を担っていることがわかる。

海馬におけるシータリズム位相コードと記憶

著者: 山口陽子

ページ範囲:P.33 - P.42

 海馬は人間では陳述記憶,特にエピソード記憶,個人的に体験された出来事の記憶の座と考えられている。しかし,出来事という時間空間的に展開し,また意味づけられた情報がどのような形で脳に表現され蓄えられるのかを神経科学的に解明することは,簡単な問題ではない。一方,齧歯類,特にラットにおいては,空間行動課題における海馬神経細胞に関して,行動レベルでの情報の内容と電気生理的な性質とが併行した研究が展開してきた。海馬は何を計算するのだろうか,そしてそれはどのような表現とアルゴリズムによって行われ,また神経細胞のどのような性質によって実現されるのだろうか。ラット海馬の働きに関するこのような問い掛け,計算論が,人間の脳の理解にも役立つのだろうか。最近のラットに関する実験および理論的な研究の展開をもとに,このような問いについて考察したい。

脳回路を作る遺伝子制御

著者: 山森哲雄

ページ範囲:P.43 - P.49

 神経系を構成する遺伝子は,体の他の組織と同じものであり,一個の受精卵から生じた細胞が種々の遺伝子誘導を受けた結果,固有の神経やグリア細胞に分化する。分化した細胞は,軸索を伸長し標的器官と神経結合を完成することによって,神経系を形成する。従って,こうした神経回路の形成は,基本的には遺伝的にプログラムされた一連の遺伝子発現のカスケードによって制御されていると考えられる。近年,ショウジョウバエや脊髄をモデル系として,誘導シグナルによる一連の神経回路形成の全体像が次第に明らかになってきた。無脊椎動物の神経系と哺乳類の神経系の両者に共通の機構は多く,ショウジョウバエと同様の機構でかなりの程度,哺乳類の脳回路の形成も説明ができると考えられるが,哺乳類脳形成に固有な機構があることも確かである。本稿では,哺乳類の脳回路を作る遺伝子発現研究の最近の進歩を紹介する。

大脳辺縁系,前頭前野および側坐核と情動行動

著者: 小野武年 ,   田村了以

ページ範囲:P.50 - P.59

 ヒトをはじめ動物は,生得(本能)的または後天(経験や学習)的な欲求を満たしてくれる食物,水,異性の相手など快感や喜び(快情動)を感じるものには近づき手に入れようとし(接近行動:快情動行動),外敵や危険物など不快感や恐れ,怒りや悲しみを感じるものは排除または回避しようとする(攻撃または逃避行動:不快情動行動)。これら快・不快情動行動を起こすに至る脳内過程を快・不快情動と呼ぶ。ヒトや動物は,情動(生物学的価値評価と意味認知)によって,行為対象が自分にとって報酬なのか罰なのかをすばやく判断して,外界の状況に応じた臨機応変の行動を実践する。また,過去の体験や記憶は将来の類似した状況下でより有利な行動戦略を選ぶのに役立つ。これまでの研究により,大脳辺縁系,とくにその二大神経構造である扁桃体と海馬体がそれぞれ情動および記憶に,また,前頭前野は意欲の持続,推論,意思決定などに重要な役割を果たしている。さらに,これら扁桃体,海馬体,前頭前野などの脳領域からの情報が収束し,腹側被蓋野から密なドパミン作動性入力を受ける側坐核は,誘因動機づけや報酬予測などに役割を果たすと考えられている。

 本稿ではこれら脳領域のうち,まず,大脳辺縁系(扁桃体と海馬体)および前頭前野の役割について,筆者らがこれまでサルを用いて行ってきたニューロンレベルの研究について述べる。ついで,腹側被蓋野-側坐核(中脳辺縁ドパミン)系の快情動行動における役割について概説し,最近筆者らが行っている,ドパミンD2またはD1受容体ノックアウトのマウス側坐核ニューロン報酬予測応答や行動などへの影響に関する最新知見を紹介する。

目的指向的行動を制御する前頭前野の神経ネットワーク

著者: 田中啓治 ,   松元健二

ページ範囲:P.60 - P.70

 前頭前野は視床背内側核から線維投射を受ける前頭葉の前部に広がる領域の総称である。第一次運動野の前にある運動前野や補足運動野などの高次運動野は前頭前野に含まない。大脳の他の領域の損傷の場合に比べて前頭前野に損傷を受けた患者の症状を明確に捉えることは困難であった。日常生活の中では,患者によって衝動性,社会性の低下,同じ動作を繰り返す固執傾向などが観察された。現在では,ウィスコンシンカード分類テスト,ロンドン塔テスト,ギャンブリングテストなど,より複雑な臨床心理テストで前頭前野損傷の影響は比較的一貫して捉えられている。

 サルを用いた破壊実験では,主溝を中心とした前頭前野背外側部の破壊が遅延反応の実行を障害することがJacobsen1)により観察された。無麻酔のサルから単一細胞活動を記録する技術が発達してくると,サルが遅延交替反応を遂行している間の主溝領域の細胞活動が久保田と二木2)により記録され,前頭前野研究の新しい時代が始まった。遅延反応の遅延期における能動的短期記憶に対応する細胞活動は二木3)により初めて記録されたが,Millerら4)が導入し,Baddeley5)が定式化した作業記憶(working memory)の概念を,Goldman-Rakic6)が遅延期に維持される前頭前野細胞活動の解釈に持ち込むと,作業記憶の座として前頭前野の機能を考える傾向が強まった。しかし細胞活動記録実験法の限界もあって,必要な情報を能動的に選択,保持,そして操作を加えるという作業記憶の本来の概念の中で情報の保持の部分だけが強調され,情報の処理の部分が軽視される傾向があった。

オートポイエーシス系としての脳

著者: 河本英夫

ページ範囲:P.71 - P.76

 オートポイエーシス(自己制作)は,チリの神経生理学者マトゥラーナによって,ギリシャ語から作られた合成語である。システムの作動のもっとも重要な特徴を,システムそのものの形成プロセスに置く。形成プロセスは,学習,回復,再構成のような場面に半ば必然的に含まれている。形成経験とは,以下のような場面である。たとえばゴッホの絵を見ることは,絵を対象として見ることと同時に,見ることの形成を行ってしまっている。ゴッホの絵に含まれる黄色は,通常経験のなかに出現することのない黄色であり,色合いではなく,黄色の激しさが類を見ない。また初めて歩き始めた幼児は,一歩歩くごとに歩く行為をつうじて行為する自己を形成している。歩くと同時に歩く自己の形成が生じる。そのため本来同じ一歩を歩くことができない。一般に心の本性は知るという機能を基本にして考えられている。ところが心は,知ること以上に多くのことを行っている。情動は知ることであるより,むしろ自己触発的な運動であり,精神と呼ばれる機能は,知ることだけではなく,自分自身を作り出し,変えていく働きをしている。この形成プロセスをメカニズムとして定式化したのが,オートポイエーシスである。自己組織化の延長上に高次系のシステムを構想しようとすれば,システムがさまざまに変化するだけではなく,それ自体で活動のまとまりとなり,自己と呼べるような主体的な活動の単位が形成される場面が生じる。この場面では,自己組織化の複雑化のプロセスに不連続性が生じる。神経システムや免疫システムは,すでに不連続な飛躍を経た系だと考えられている。そこでこのシステムの構想を,できるだけ現状の研究の理論的なモデルとして活用できるように,工夫したいと思う。最初にこのシステム論の骨子を簡潔に述べ,その後現状の研究に対してどのような示唆をあたえ,どのようなアイディアを出せるかを考えてみたい。

連載講座 個体の生と死・29

青年中期の対人関係の発達

著者: 後藤宗理

ページ範囲:P.77 - P.81

Ⅰ. 青年期の心理社会的危機

 最初に青年期に注目した研究者はHall1)である。約100年前に社会の産物として大人でもなく子どもでもない中間的な存在として青年期をとりあげるようになった。その意味では,青年は社会のなかであいまいな立場に置かれてきたことが特徴である。

 青年期についての代表的な理論家として,Erikson2)をあげることができる。これまでにも本誌連載講座3)のなかでEriksonの心理社会的危機や漸成的図式が取り上げられているように,彼は人生を八つの段階に分け,それぞれの時期に解決すべき課題をあげてきた。青年期の心理社会的危機は「同一性 対 同一性拡散(あるいは役割の混乱)(Identity versus Identity Diffusion)」である。

実験講座

3D-FISH法による染色体テリトリーの核内配置イメージング

著者: 田辺秀之

ページ範囲:P.82 - P.89

 ヒトゲノム完全配列が2003年4月に発表され,ポストゲノムシークエンス時代を迎えた。DNA配列情報は既知のものとした上で,生命科学研究の方向性は,細胞の機能発現の解明に向けられており,ゲノミクスからプロテオミクス研究,とくにRNAやタンパク質分子の立体構造の解析やDNAマイクロアレイを駆使したゲノムワイドな遺伝子発現解析,さらにヒト以外生物種のゲノムワイドな種間比較研究やナノテクノロジーを組み合わせた新しい分野に至るまで多岐にわたっている。細胞の機能発現の主要な場である「核」にはDNA,RNA,タンパク質,その他の核内分子の存在が知られているが,構造物としてはDNAがヒストンと共に高度に折りたたまれた「染色体」がその大部分を占めている。染色体は間期の核ではクロマチンファイバーがほどけて入り混じった状態で,あたかもスープの中のスパゲッティーのように想像されていた。しかし,近年開発された3D-FISH(three-dimensinal fluorescence in situ hybridization)法により,間期核における染色体は高度に区画化され,染色体腕領域,バンド領域,サブバンド領域に至るまで,異なる染色体に由来するクロマチンファイバーが互いに混ざり合うことのない「染色体テリトリー」構造を持つということが,視覚的に明らかにされている1)。「染色体テリトリー」という用語はドイツの細胞生物学者Theodor Boveriによって,今から約95年も遡った1909年に提唱されており,けっして最近用いられた用語ではなく,その研究の歴史は古い2,3)。本稿では,3D-FISH法による染色体テリトリーの核内配置イメージング手法について,霊長類細胞での実験データを例に,関連する最近の研究動向とともに紹介したい。

解説

ベイシジン機能の分子基盤―視細胞の維持を中心に

著者: 村松喬

ページ範囲:P.90 - P.95

 免疫グロブリンスーパーファミリーには抗体と共にCD4,CD8,NCAMといった免疫現象や神経機能などに関与する多様な分子が存在する。ベイシジン(Basigin)は免疫グロブリンスーパーファミリーに属する膜貫通タンパク質であり,その欠失により,精子の形成不全,網膜の変性など様々な異常が生ずる。ごく最近になってベイシジンの個体レベルでの機能が分子的にも解明され,ベイシジンは重要な細胞表面分子であることが確定した。ベイシジンの機能が明らかにされてきた道筋を記すと共に,将来の展望を試みよう。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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