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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学55巻4号

2004年08月発行

雑誌目次

特集 心筋研究の最前線

心筋細胞内のカルシウム波

著者: 田中秀央 ,   高松哲郎

ページ範囲:P.278 - P.284

 心臓は個々の心筋細胞がギャップ結合を介して一斉に興奮収縮することにより効率的なポンプとして働く機能的合胞体であり,その興奮・収縮機能における最も重要な制御因子がカルシウムイオン(Ca2+)である。高い時間的空間的分解能で心筋細胞内のCa2+動態が解析できるようになった結果,あらゆる心臓の病態は細胞内Ca2+の動態異常に反映されるといっても過言ではない。本稿では,心筋細胞の代表的なCa2+動態異常であるカルシウム波について,その発生機序,特性,病態発生における意義について述べる。

心不全発症におけるCa2+輸送体の役割

著者: 片野坂友紀 ,   岩田裕子

ページ範囲:P.285 - P.290

 心筋細胞は,胎児期の活発な分裂・増殖を終えると,生後速やかに分裂能を失う。その後の成長は,生理的肥大により行われるが,各種心筋症・高血圧性心疾患・先天性心疾患などの病態では,心筋細胞に過剰に負荷がかかり,生理的肥大の範囲を超えて病的肥大を生じることとなる。これは,病態からの負荷に対する一種の適応状態であると考えられる。それに対し,心不全は,過負荷により適応状態が破綻した状態であり,種々の疾患の終末像として捉えられる。つまり,心肥大は心不全の前段階であり,またさらに虚血性心疾患・不整脈・突然死などを発症させる危険因子でもあることから,心肥大を予防・抑制することは,心不全発症を減少させることに繋がると考えられる。心肥大・心不全発症時の心筋細胞は,様々な情報伝達経路が活性化され,遺伝子発現・細胞形態が変化し,細胞機能が低下することが知られているが,この時に細胞内で起こる分子メカニズムは未だ明らかにされていない。本稿では,「心肥大・心不全発症におけるCa2+イオン輸送系の役割」を,最近のわれわれの研究成果をもとに考察していく。

心筋のMechano-Energetico-Informatics

著者: 菅弘之

ページ範囲:P.291 - P.295

 筆者は拍動心臓の生理学的理解を深めようと,その収縮機能評価や酸素消費規定因子,それらの生理学的情報からのクロスブリッジ(CB)やカルシウム(Ca2+)動態の定量的推定法などの研究に専念してきた。幸いにもいくつかの新概念・新方法を提案し,心臓のmechanics(力学)・energetics(エネルギー学)・informatics(情報学)が一体化した形で纏まりつつある。心臓は心筋組織からできており,両者が共有する生理学的特性は多い。

心筋におけるシグナル伝達

著者: 福富匡 ,   黒瀬等

ページ範囲:P.296 - P.303

 心臓は生体において最も重要な臓器の一つであり,自律運動により血液を全身に送り出している。全身の血液(酸素)要求性に見合った働きをするために,心筋細胞はカテコラミン,エンドセリンやアンジオテンシンⅡなどの神経性因子や液性因子による制御を受けている。細胞外因子と心筋細胞の応答を結ぶのが,細胞膜表面に存在する受容体と細胞膜あるいは細胞内に存在するシグナル伝達分子である。細胞膜表面に存在する受容体には,大きく分けてGタンパク質共役型と受容体自身がチロシンキナーゼ活性を持つグループに分けられる。アンジオテンシンⅡ受容体やエンドセリン受容体はGタンパク質共役型受容体に属する。これに対し,EGF受容体はチロシンキナーゼ活性の活性化により情報を伝える。Gタンパク質はα,βおよびγの三つのサブユニットからなっており,受容体によって活性化されるとαサブユニットとβγサブユニットに解離する。αおよびβγサブユニットはそれぞれ独立して,あるいは協調してアデニル酸シクラーゼなどのエフェクタータンパク質の活性を制御する。Gタンパク質は遺伝子配列と機能によって四つのファミリー(Gs,Gi,Gq,G12)に分類されている。Gsはアデニル酸シクラーゼの活性化,Giはアデニル酸シクラーゼの抑制,GqはホスホリパーゼCの活性化,G12は低分子量Gタンパク質Rhoの活性化をそれぞれ引き起こす。

 高血圧や弁膜症,心筋梗塞などにより過剰な圧負荷がかかると,心臓は抵抗に打ち勝ち全身に血液を送ろうとして肥大する(心肥大形成)。しかし心肥大を引き起こす要因が持続して存在すると,最終的には心不全に至る。本稿では,細胞膜表面の受容体から心肥大形成までの代表的な経路を紹介する。詳細は最近の総説を参照していただきたい1)

心筋細胞におけるアポトーシス

著者: 江原夏彦 ,   川村晃久 ,   北徹 ,   長谷川浩二

ページ範囲:P.304 - P.308

[1] 心不全におけるアポトーシスの役割

 心臓は高度に分化した臓器であり,生後は分裂することがほとんどないと考えられている。高血圧のような血行力学的負荷に反応して,心筋細胞は肥大することにより,負荷に対して代償的に働く。すなわち,負荷の初期段階において,心筋は肥大することにより順応するといえる。負荷が長く続くとこの順応は破綻し,非代償期に陥り,心不全が生じる。順応期から非代償期への移行に関する正確なメカニズムは未だ十分には解明されていない。

 アポトーシスは,内因性および外因性の刺激に対して,自身の死を制御する遺伝子に組み込まれたプロセスであり,特徴的な細胞学的形態を示す(表1)。カスパーゼ(caspase)と呼ばれるプロテアーゼファミリーがアポトーシスにおける中心となる。カスパーゼは不活性型のプロカスパーゼとして細胞内に存在し,アポトーシスのシグナルに反応して分割され活性型(cleaved caspase)となる。

機械的刺激による心筋肥大の分子機構

著者: 大塚正史 ,   小室一成

ページ範囲:P.309 - P.313

 心肥大は様々な血行力学的負荷に対する適応現象として生じるが,心不全の前段階でもあり,代償反応であった心肥大が病期が進むにつれ,心不全や悪性の不整脈発症の危険性へと繋がることが知られている。そのため心肥大の形成機序を理解し,予防・治療に繋げることは重要な課題である。

 これら一連の心不全へと続く,いわゆる“心筋リモデリング”の過程においては,心筋細胞におけるカルシウムホメオスターシスやそれ以外のイオンの調節が異常となり,心室機能異常や悪性不整脈を引き起こす。

Angiotensin Ⅱ誘発心肥大の分子機構

著者: 泉康雄 ,   光山勝慶 ,   岩尾洋

ページ範囲:P.314 - P.318

 レニン-アンジオテンシン系(RA系)の活性物質であるアンジオテンシンⅡ(Ang Ⅱ)は,強力な血管収縮作用を有し,高血圧症の成因の最も重要な因子の一つである。最近の多くの大規模介入試験により,RA系の阻害薬であるACE阻害薬の心肥大や心臓リモデリングに対する改善効果,心不全に対する予後改善効果がすでに証明されている。さらに近年,Ang Ⅱに特異的な受容体の一つであるアンジオテンシン1型受容体(AT1受容体)の拮抗薬としてアンジオテンシンⅡ受容体遮断薬(ARB)が開発され,ACE阻害薬とは作用機序の異なるRA系の阻害薬としてその心保護作用が注目されている(図1)。大規模介入試験でもARBはACE阻害薬と同等の心不全の予後改善効果があり,ACE阻害薬とARBの併用がACE阻害薬単独投与より心血管死および心不全のイベントを減少させることが示された。このように,RA系は心疾患の中心的な役割を演じており,AT1受容体の機能解明は最重要課題である。そこで本稿では,Ang Ⅱにより誘発される心肥大やリモデリングについて,分子機序を中心に解説する。

梗塞心の細胞再生

著者: 高野博之 ,   小室一成

ページ範囲:P.319 - P.322

 これまで心筋細胞は最終分化した細胞と考えられ,生後は分裂増殖しないものとして理解されていた。しかし,Beltramiらはヒトの心筋梗塞後の心臓において増殖分裂している心筋細胞が存在していることを報告した。細胞周期がG2-M期にある細胞で発現が認められるKi-67が梗塞心筋の隣接領域に存在する心筋細胞の4%で陽性であった1)。最近では骨髄幹細胞や間葉系幹細胞などが心筋梗塞後の心臓を再生するという基礎研究の結果が報告されている。本稿では梗塞心などの虚血性心疾患における心臓再生の可能性について概説する。

心筋虚血・再灌流障害のメカニズムとその抑制―治療への展開

著者: 北風政史

ページ範囲:P.323 - P.328

 心筋虚血・再灌流により,心筋スタニングやハイバネーションのような可逆性心筋障害や,心筋壊死のような不可逆性心筋障害が生じる。これらを総称して,虚血・再灌流障害とよぶ。ここでは,虚血・再灌流心筋障害メカニズムを考える。さらに,その強力な内因性抑制物質であるアデノシン・NOの分子メカニズムを解析することにより,心筋保護の新しい手法を検討したい。

単離間葉系幹細胞の心筋細胞への分化

著者: 梅澤明弘 ,   竹田征治

ページ範囲:P.329 - P.333

 「間葉系幹細胞を用いた,心疾患への細胞治療に関する議論」がある。この議論は,いくつかの方向から検討されている。最も重要な論点のひとつは,細胞を移植することによって,虚血などで死滅した心臓に対し,機能的な心筋細胞を回復することができるかどうかである。造血系が主である骨髄細胞を注入することによって心筋が形成されるという報告があるが,その頻度は極めて低く,臨床的意義はない。虚血性心疾患に対し骨髄細胞の局所注入が有効であるという報告は,主に血管形成によるという考えがコンセンサスになりつつある。生体内での心筋形成は疑わしいという研究報告が続く一方,骨髄由来の間葉系幹細胞が心筋細胞へ試験管内において分化することが示されて久しい。試験管内における間葉系細胞を用いた心筋細胞への分化効率は実験系が洗練されるとともに向上している。まとめると,(1)心筋細胞に分化させることが,臨床的な価値をもって可能となるのか。(2)虚血心に対して,血管誘導する治療プロトコールが標準となるのではないか,を明らかにする必要がある。このような課題はあるものの,ここでは「単離間葉系幹細胞の心筋細胞への分化過程」における細胞の形質,分化誘導を生じさせる方法および間葉系細胞の供給源について考えてみる。

骨髄幹細胞の心筋細胞への分化

著者: 中谷武嗣 ,   富田伸司

ページ範囲:P.334 - P.337

 心筋障害が高度な心不全に対して,心臓移植は有力な治療手段でその治療成績も良好であるが,ドナー心の不足が問題である。心補助手段の一つとして,骨格筋を心臓周囲にまきトレーニングを行うことで心補助を行う心筋形成術が試みられた1)。しかし,手術侵襲が大きい割にその補助効果が遅発性で,かつ限定的であるため,現在では行われなくなった。その研究の中で,骨格筋を細胞レベルに細分し心筋へ移植することで,移植細胞の心筋化を伴い,心機能改善効果を得られるのではないかとして,心臓への細胞移植の研究がスタートした2)。その後,移植する細胞種について種々の研究がなされたが,本稿では,細胞源としての骨髄幹細胞を中心に概説する。

骨髄由来細胞による心筋細胞補充の可能性

著者: 河合美樹 ,   上山知己 ,   小林成美 ,   横山光宏

ページ範囲:P.338 - P.342

 従来,障害を受けた心筋細胞は再生しないと考えられていた。しかし近年,骨髄内に多様な細胞に分化する能力を持つ幹細胞が存在することが示され,動物実験で骨髄由来細胞(Bone marrow-derived cells;BMDCs)の移植が障害心筋の再生や心機能の改善をもたらすと報告された。このため,BMDCsを用いた心筋再生療法が可能ではないかと考えられ,BMDCsをヒトの虚血性心疾患の治療に用い,有効性を示す報告もなされている。しかし,直接心臓に移植した骨髄造血幹細胞(Hematopoietic stem cells;HSCs)は心筋細胞に分化転換(transdifferenciation)しないという報告が最近相次いでいる。本稿は骨髄由来細胞を用いた心筋細胞再生の研究・医療への応用の現状と問題点について概説する。

心筋再生への遺伝子治療

著者: 牧野寛史 ,   荻原俊男 ,   森下竜一

ページ範囲:P.343 - P.345

 心疾患の治療は薬物療法や血行再建術の発展によって劇的に進歩した。治療法が進歩し救命率が向上する一方,長期的経過をたどって結果的に重症心不全となる症例が増加した。心筋梗塞,心筋炎,心筋症などの心疾患において傷害を受けた心筋組織は再生せず,残存心筋細胞の肥大で心機能を代償するようになるが,線維化などを伴って最終的に心不全に至る。既存の薬物による保存的療法は,主にこの心不全が進展する過程を減弱・遅延させるメカニズムによるものであるから,根治療法ではないといえる。したがって根本的には失われた心筋細胞を補うことが重症心不全の治療には必要となる。心移植はひとつの解決手段であるが,ドナー不足や経済的な事情などから普及するには至っていない。そこで,このような重症例に対して従来の治療戦略とは一線を画した新たな治療として,失われた心筋組織を再生させる治療法の開発が望まれてきた。本稿では,遺伝子治療を用いた心筋組織の再生の試みについてその現状および今後の展開を紹介する。

連載講座 個体の生と死・31

中年期における精神・身体変化

著者: 大橋俊夫

ページ範囲:P.346 - P.353

 広辞苑で「加齢」という言葉を調べてみると,「新年または誕生日を迎えて年齢を増すこと。加年」と記載されている。同時に「老化」ということばを引いてみると「(1)年をとるにつれて生理機能が衰えること。(2)時間の経過とともに変化し,特有の性質を失うこと」と表現されている。

 私たちヒトが誕生してから死に至るまでの間に,生体にはその構造や機能にさまざまな変化が生じてくる。例えば身長,体重をみてみよう。ヒトは普通,身長が50cm,体重は3kg程度の体格を持って生まれてくる。図1に示すように,この身長,体重は生まれて2~3歳までの幼児期の間に急激に増加し,身長,体重は出生時のそれぞれ1.9倍,4.2倍ほどに到達する。この身長,体重は12~14歳の時期に再度急激かつ爆発的に増加し,成人のそれらにほぼ匹敵するところまで成長する。この成長に引き続き,図1で示すように,生殖器官の完成がみられ成人となる。その後,身長,体重はほぼ一定となるが,成人期以降の体格は,肥満や骨粗鬆症に伴う骨折,腰曲がりなど,疾病や個人差の要因が大きく関与する。体格といった一断面で観察しただけでも,一生の間でとくに著しい生体の構造や機能の変化が生じていることがわかる。この変化は(1)発育・成長とよばれる現象と,(2)加齢・老化とよばれる現象の二つに大別することができる1)

実験講座

中枢神経系における細胞系譜制御機構の解析

著者: 落合和 ,   田賀哲也

ページ範囲:P.354 - P.359

 脳・神経系はニューロンやグリアなどの多細胞群が緻密に連携することにより形態や機能の形成が完遂されるが,これらの細胞は共通の神経幹細胞から分化することで生み出される。神経幹細胞は(1)各細胞群を生み出す多分化能と,(2)分裂により新たな神経幹細胞を生み出す自己複製能により定義される未分化な細胞である。神経幹細胞の自己複製のしくみや分化制御機構の解明は生物学的に興味深いだけでなく,神経変性疾患や神経損傷の治療などへの応用の観点からも重要な研究テーマである。

解説

メタボローム研究をどうすすめるか

著者: 田口良

ページ範囲:P.360 - P.367

 メタボロームmetabolomeとは特定の環境下における生体や細胞の代謝分子の総体を意味し,この解析を目指す学問分野はメタボロミクスmetabolomicsと呼ばれている。メタボローム解析はポストゲノム研究の重要な課題であるタンパク質の機能解析において,ゲノム,プロテオーム解析とともに,欠かすことができないものと考えられ始めている。今後,メタボローム解析と,それに関与するトランスクリプトーム解析,プロテオーム解析を対応させて位置づけることにより,詳細な代謝パスウェイの解明が可能になると予想される。

 このメタボロームに関連する研究においては,質量分析法(MS)がその解析手段として極めて有効であることがわかってきた。さらに,2002年のノーベル賞の対象になったエレクトロスプレーイオン化(ESI)やマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)などのソフトイオン化法の出現と共に,MSの利用方法に一種のパラダイム変換が起ころうとしている。つまり,MSによる分析手法が特定の生理的現象の背後に関与する生体分子を推定する目的で用いられるようになってきた。この解析の特徴はある遺伝子,または生理的,病理的環境などの特定要因の異なった複数の系における,多数の構成分子を網羅的に分析し,そのプロファイルを比較することにより,最も可能性の高い因子を探り出すという考え方に立っている。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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