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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学56巻2号

2005年04月発行

雑誌目次

特集 味覚のメカニズムに迫る

味蕾細胞の分子と遺伝子

著者: 武田正子 ,   鈴木裕子

ページ範囲:P.80 - P.84

1 味蕾細胞は上皮細胞と神経細胞の性質を併せ持つ

 哺乳類の味蕾は,舌乳頭,口蓋,咽頭,喉頭蓋などの重層扁平上皮内につぼみの形で存在し,味蕾内に侵入する多数の神経線維と接触して味覚を中枢に伝える感覚器である。味蕾の細胞は,上皮細胞の性質と,神経細胞の性質とを併せ持っている。つまり,両方の細胞に認められる分子,タンパク質を持っている。

 味蕾細胞は,周囲上皮の基底細胞が分裂,増殖,分化して味蕾の基底(Ⅳ型)細胞となり,さらにそれが分化して細長い紡錘形の基底側から味孔まで伸びるⅠ,Ⅱ,およびⅢ型の細胞になる。このうちⅢ型細胞のみが神経線維と求心性シナプス接合を行う1,2)。これらの細胞は上皮細胞と同様,絶えず入れ替わっており,寿命は約10日で3),アポトーシスにより死ぬと考えられている4)。また,味蕾細胞には周囲上皮細胞と同じようにデスモゾームから伸びるケラチンフィラメントの束が見られる。この束は,周囲上皮細胞が味蕾を外から支えるために多数の太い密集したフィラメントの束を持つのに対して,味蕾細胞のフィラメントはまばらな束で,周囲上皮細胞とは異なる45kDのサブユニットのケラチンタンパクを含む5)

味蕾細胞間情報伝達

著者: 吉井清哲 ,   大坪義孝 ,   熊澤隆

ページ範囲:P.85 - P.89

 なぜ味蕾という細胞集団が必要なのだろうか。魚類や数種の両生類,出産直後のほ乳類には,単独で化学受容を行う細胞,solitary chemosensory cellやこれと類似の細胞が発見されている1,2)。わざわざ味蕾を形成するからには,生物学的意義があるに違いない。近年,味蕾を形成する細胞,味蕾細胞間に相互作用のあることがわかってきた3)。本稿では,ほ乳類,特にマウス味蕾がギャップ結合および傍分泌作用によって連結された味蕾細胞ネットワーク(図1)として味応答の生成に寄与する可能性を紹介する。

 ほ乳類味蕾細胞は,形態学的にⅠ型からⅣ型までの4種に分類され,各細胞型の役割が示唆されている。Ⅰ型からⅢ型までは,味孔に向かって伸びるelongated cellで,味物質と接触する可能性をもち,Ⅰ型細胞は支持細胞,Ⅱ型は味物質受容体を持つが味神経と化学シナプスを形成しない細胞,Ⅲ型は味神経と化学シナプスを形成する細胞である。Ⅳ型細胞は他の細胞型の幹細胞あるいはprecursor cellで味蕾基底部に分布する。マウス茸状乳頭味蕾(舌前半に分布する味蕾)は~50個のelongated cellを含み,Ⅱ型が~25%,Ⅲ型が~5%,残りをⅠ型が占める。もし,Ⅱ型細胞が受容した味物質の情報を脳へ送ろうとするなら,味神経との化学シナプス以外のルートが必要となる。

うま味感覚におけるグルタミン酸受容体

著者: 豊野孝 ,   瀬田祐司 ,   片岡真司 ,   豊島邦昭

ページ範囲:P.90 - P.93

 うま味を示す物質には,アミノ酸系および核酸系のうま味物質がある。池田菊苗博士によって,アミノ酸系うま味物質であるグルタミン酸が昆布だしから初めて抽出された。核酸系うま味物質には椎茸のだしに含まれるグアニル酸や,鰹節のだしに含まれるイノシン酸などがある1)。これらのうま味物質は,単独では弱いうま味しか惹起しない。しかしグルタミン酸にイノシン酸,またはグアニル酸を混合した場合,強いうま味が引き起こされる(相乗効果)。これらのうま味物質は,苦味や甘味と同様に,味毛上のG蛋白質共役型受容体(GPCR)に結合することにより引き起こされると考えられている。現在までにうま味,特にグルタミン酸の受容体として,代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)の一種であるtaste-mGluR4などや,T1R1およびT1R3のヘテロダイマー受容体がクローニングされ解析が行われている。今回はこれらの受容体の特性および細胞内シグナル伝達系に関して解説する。

甘味受容体などのクローニングと発現解析

著者: 日野明寛

ページ範囲:P.94 - P.101

 食事から得られる喜びは,他のいかなるものによっても置き換えることができない。味覚はその最も重要な要素の一つであり,ヒトは様々な味を感じている。このうち,甘味・苦味・塩味・酸味・うま味の五つの味は基本味として,辛味や渋味などその他の味とは別に扱われる。これは,基本味が味覚受容器である味蕾で受容された後に味神経を介して脳に伝達される味の情報であるのに対して,その他の味は,味の情報の他に,口腔内に生じる痛覚・温覚・触覚などの一般体性感覚の情報を含んでいると考えられるからである。味を感じるメカニズムは長い間研究されてきたが,最近ようやく,味の受容を担う受容体(味覚受容体)が明らかになってきた。しかしながら,ノックアウトマウスの解析などにより味覚に関与することが直接明らかにされていた分子はほとんどなく,味覚機能の分子レベルの研究は他の感覚機能研究に大きく遅れていた。そのような中で,最近になり味覚受容体が相次いでクローニングされ,機能解析も進んでいることから,甘味受容体を中心にその概要を説明したい。

味細胞に存在する細胞内シグナル伝達系

著者: 浅野-三好美咲 ,   榎森康文

ページ範囲:P.102 - P.108

 脊椎動物では,甘味・苦味などの様々な味は味蕾と呼ばれる感覚器官で受容される。味蕾は50~100個の細胞が上皮中に花の蕾状に集まった組織で,舌の乳頭や口腔,魚類ではヒゲや体表にも分布している。味蕾の細胞の約3割が味神経とシナプスを形成しており,味細胞であると考えられている。味細胞の味孔側に存在する味覚受容体で受け取られた信号は,細胞内シグナル伝達系を経て膜の脱分極を引き起こし,シナプスを介して味神経へと伝えられる。では,味細胞では様々な味の情報がどのように処理されているのだろうか。

 哺乳類では,味覚は一般に四ないしは五つの基本味―甘味・旨味,苦味,塩味,酸味―に分類されるが,このうち塩味と酸味の受容体はイオンチャネルであると考えられている。一方,甘味・旨味,苦味の受容体については,従来の生理学・生化学的な解析から味蕾細胞内の環状ヌクレオチドやイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)といったセカンドメッセンジャーの応答が観測され,Gタンパク質共役7回膜貫通型受容体であると予想されていた。

レプチンによる甘味感受性の修飾

著者: 吉田竜介 ,   重村憲徳 ,   安松啓子 ,   二ノ宮裕三

ページ範囲:P.109 - P.113

 レプチンは肥満遺伝子(ob)の産物で,主に脂肪細胞によって産生され,摂食,エネルギー消費,体重の調節に寄与するホルモンである。レプチンはdb遺伝子にコードされる受容体(Ob-Rs)と結合しその効果を発揮する。Ob-Rsは五つのアイソフォーム(Ob-Ra-e)をもつが,そのなかで細胞内ドメインが長いOb-Rbが機能的受容体であると考えられている。Ob-Rbは主に視床下部に存在し,レプチンはそれら脳部位を介して機能を果たしている。Ob-Rbは中枢に比べると少ないが末梢にも存在する。近年,われわれはそのOb-Rbが味細胞にも発現しており,その受容体を介してレプチンが味覚感受性を末梢で調節することを発見した1)。本稿はその末梢味覚器におけるレプチンの働きについて紹介する。詳細については総説2)を参照していただきたい。

味覚の中枢

著者: 山本隆

ページ範囲:P.114 - P.123

 砂糖は甘くておいしいが,キニーネ溶液は苦くてまずい。お腹がいっぱいといいながらも甘くておいしいデザートならスーっと入ってしまう。人によってはマヨネーズが好きで何にでもかけてしまう。このように味覚の特徴は甘い,苦い,塩からいといった味の質的な認知とともに必ず快・不快(おいしい・まずい)の情動性を伴うことにある。さらに忘れてはならないことは,味覚は食行動を大きく左右することである。おいしいと思えばもっと食べたいと思い,実際の摂食行動が生じる。また,食べ物の味は情動性要因とともにすみやかに記憶され,好き嫌いの嗜好性発現にも結びつく。いったん好きになるとやみつきになって,いつでもどこでも食べたくなることもまれではない。

 本稿では以上のような味覚発現から食行動に至る脳機序について解説したいのではあるが,紙面に限りがあるので筆者の興味のあるトピックに絞って記載することをお許し願いたい。

味覚研究モデルとしてのショウジョウバエ

著者: 廣井誠 ,   谷村禎一

ページ範囲:P.124 - P.129

 昆虫は様々な生得的な行動様式を示し,古くから行動・生理学の研究材料として用いられてきた。遺伝学的手法が利用できるショウジョウバエでは,1970年代から様々な行動突然変異体が分離され,神経系の遺伝学的解析が行われている。近年では,分子遺伝学的手法が開発され,味覚分野でも,受容体遺伝子の発現1-3)や味質ごとの味受容細胞の中枢への投射様式4,5)を調べるなど,味物質の受容から中枢神経,行動におよぶ味覚受容機構を遺伝子レベルから解析できるようになった。本稿では,ショウジョウバエの一次感覚神経細胞における味覚受容機構を,その生理学的特性および分子生物学的解析を交えて紹介する。

解説

味覚研究の歴史

著者: 森哲哉 ,   栗原堅三

ページ範囲:P.130 - P.136

 本稿では,まず基本味について論じ,ついでうま味が第五番目の基本味として認知されるに至った経過を紹介する。近年,味覚受容体に関する研究が急速に進展してきているが,受容体発見の背景を紹介する。

 味覚はわれわれの食生活においてもっとも重要な役割を果たしている感覚である。食物の味は意外と少数の成分によって決定されていることを紹介する。最後に,特異な活性をもつ甘味タンパク質や味覚機能を修飾する物質の発見の足跡をたどってみる。

実験講座

味蕾細胞の初代培養系

著者: 岸幹也 ,   榎森康文 ,   阿部啓子

ページ範囲:P.137 - P.143

 一つの味蕾には40~120個程度の異なるタイプの細胞が含まれている。その中には味を受容・伝達する味細胞が10~30%存在する。近年,味覚受容と味細胞のシグナル伝達系に機能する遺伝子の同定とその発現解析が進み,分子の面で味蕾の理解が進んでいる。しかし,味蕾細胞の一つ一つを取り出し,それらを分子細胞生理学的に観察・解析するには多くの技術的な問題が当初から存在し,現在でも残されている。

 すでに本書の別稿にあるとおり,味蕾を構成する細胞は様々である。このヘテロな細胞集団を分類する重要なキーワードは3個ある。一つ目は機能であり,味蕾には味細胞のほか,構造維持や分泌などの機能を持った(味細胞とは明らかに異なる)支持細胞などがある。二つ目は形態である。味細胞を含む多くの味蕾細胞は紡錘形であるが,その形状は一様ではなく,また,基底部側には円形(球形)に近い細胞も存在する。三つ目は時間である。味蕾細胞は平均10日程度の寿命しかなく,常にターンオーバーしている。したがって,味蕾の細胞はどこか(おそらく味蕾の基底部側近傍)で生まれ,味蕾中で分化・成熟し,やがて寿命を迎えて死ぬ。

微細加工技術を利用したオンチップ細胞培養計測技術の新展開

著者: 安田賢二

ページ範囲:P.144 - P.149

 ポストゲノム時代の新しい計測手法として,細胞の後天的情報獲得,保持機構の研究を可能とする1細胞レベルの解析技術の開発を行っている。この技術の概要と得られた成果,応用の可能性について紹介する。

連載講座 個体の生と死・34

日本人の出生,死亡,寿命の疫学―第2次世界大戦後の社会,経済および人口要因が及ぼした影響に関する研究

著者: 荒記俊一 ,   北村文彦 ,   金会慶

ページ範囲:P.150 - P.156

 日本人は明治~大正期を通じて欧米諸国民と比べて著しく短命で,1921-25年には男女の平均寿命はわずか42.1歳,43.2歳と短かった。これに対し,最近は男子が78.4歳,女子が85.3歳(2003年)と2倍近くも延長し,世界で最長寿の国民になっている。また,急速な少子化と晩婚化が進行している。筆者らは国際的にも歴史的にも特徴のある日本人の平均寿命・総死亡率・出生率などの健康指標と人口動態,生活習慣病・自殺・交通事故などの主要死因,および職業別死亡率に対する社会,経済,人口要因の影響を明らかにするために,厚生労働省,総務省などによる国レベルの広範な統計資料を用いて多変量解析法により種々検討を加えた1)

 本稿では,第2次世界大戦後の高度経済成長期からオイルショックによる経済不況期を経て,最近のバブル経済の破綻による社会改革期に至る半世紀に,日本人の出生,死亡,および寿命に与えた都市化,経済発展,若年・老年人口などの因子分析法で抽出した基本的な社会生活因子の影響を,筆者らのこの20年間の研究論文をもとに要約する。あわせて近年急速に経済発展しつつある中国における共同研究の事例を付記する。

話題

「筋弾性タンパク質の国際シンポジウム」報告記

著者: 尾嶋孝一 ,   反町洋之 ,   木村澄子

ページ範囲:P.157 - P.159

 「筋弾性タンパク質の国際シンポジウム」が2004年11月19日から21日まで,千葉大学西千葉キャンパスで開催された。

 脊椎動物の横紋筋に存在する「コネクチン」はサルコメア内でZ線からM線まで1μm以上の距離を1分子で局在し,300万以上の分子量をもつ巨大な弾性タンパク質である。1976年に丸山工作博士(当時京都大学教授)により発見され,その後,千葉大学での研究により確立されたものである。今回のシンポジウムは,2003年11月に急逝した発見者である丸山工作博士を追悼し,弾性タンパク質およびその関連タンパク質の研究者が一堂に会して行われた(写真)。

初耳事典

上皮細胞の形態的多様性

著者: 滝戸二郎

ページ範囲:P.160 - P.160

 上皮細胞は形態学的な多様性を持つことで知られている。その多様性は,それぞれの細胞が局在する場で持つ多彩な機能の反映でもある。多様性の振幅はあまりに大きく,形態に基づく上皮細胞の分類を著しく困難にしている。そこで操作上,細胞の縦横比を目安として柱状細胞,立方細胞,扁平細胞に分類している。しかし,その生成機構は不明である。

 われわれは,細胞外基質タンパク質ヘンシン(hensin)の遺伝子欠損マウスを作製した(J. Cell Biol. 166:1093-1102, 2004)。ヘンシンは,腎臓の上皮細胞の細胞膜極性反転因子として発見された分子量230kDの細胞外基質タンパク質である。ヘンシン欠損マウスは,胎児の子宮粘膜への着床直後に死亡した。着床直後に出現する上皮細胞(visceral endoderm)の分化異常が死亡の原因と考えられた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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