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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学56巻3号

2005年06月発行

雑誌目次

特集 Naチャネル

Naチャネルと生物進化

著者: 吉田繁

ページ範囲:P.164 - P.174

 研究者による意見の違いはあるが,地球が誕生したのは約46億年前で,生命が誕生したのは約40億年前だと推定されている1,2)。生命は複雑な進化過程を経て多種多様な生物として繁栄しているが,生命現象に関与するイオンチャネルも進化を遂げてきている。この稿では,最高度に発達したイオンチャネルと考えられているNaチャネルに焦点をしぼり,生物進化とどのような関係を持ってきたのかを眺める。いまだに説明のつかない謎に満ちたテーマではあるが,それだけに興味は尽きない。

Naチャネルの電位センサー機構

著者: 久木田文夫

ページ範囲:P.175 - P.180

 本稿では神経の活動電位を担う電位依存性Naチャネル(以下Naチャネル)のゲート機構を教科書的に概観し,最近のKチャネルの研究の発展,特に三次元構造と機能の関連に関する話題を述べる。また,構造と機能の関連を調べる上でイオンチャネルの揺らぎが重要である点を述べ,筆者の研究も紹介する。

「非典型的」Naチャネルと神経機能

著者: 筒井秀和 ,   岡良隆

ページ範囲:P.181 - P.189

 この稿では,従来,一般には非典型的で例外的と考えられてきたNaチャネルが,実は中枢神経系の神経機能において重要な役割を果たしているのではないか,という可能性についてわれわれの最近の研究成果を中心にレビューする。

 われわれは,変化する外界の環境に対して生物が柔軟で適応的な反応をすることに興味を持ち,このとき神経系の情報処理において中心的役割を果たすイオンチャネル・レセプターの生物学的機能や神経核における情報処理の機構を解明するために,実験に有利な特徴を極めて多く持つある種の魚類脳内ペプチドニューロンと,それとは別種の魚類脳の視床神経核に注目し,各種の神経生物学的手法を駆使して多角的研究を展開してきた。その過程において,生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin-releasing hormone, GnRH)と呼ばれるペプチドを産生するニューロンが常に示す規則的な自発活動であるペースメーカー活動が,テトロドトキシン耐性持続性Naチャネルにより生成されること,および,視床神経核の投射ニューロンがシナプス入力刺激や電流注入に対して示す特徴的な応答が,不活性化状態からの回復が極めて遅いNaチャネルの性質に基づくこと,を発見した。以下に,それぞれの系におけるNaチャネルの特徴とその生理的機能について述べることにする。

後根神経節ニューロンにおける電位依存性Naチャネルの機能的分類

著者: 松冨智哉 ,   緒方宣邦

ページ範囲:P.190 - P.198

 電位依存性ナトリウムチャネル(Naチャネル)は膜電位の変化に応じて開閉し,興奮性細胞において活動電位(スパイクあるいは神経インパルス)の発生を引き起こす膜蛋白質である。Naチャネルは従来,比較的種差や組織差,あるいは機能差の少ないイオンチャネルであると考えられてきた。しかし最近の研究により,Naチャネルには多くのサブタイプが存在し,それらの機能は発現している組織の種類やチャネル機能を制御する調節蛋白質の有無などによって大きく影響を受けることが明らかになってきた。また,サブタイプの中には,組織特異性を示すものが多く,Naチャネルがさまざまな生体機能に役割を果たしていることをうかがわせる。

 Naチャネルの中心的な役割の一つに,末梢(一次知覚神経)から中枢への活動電位による感覚情報の伝搬がある。一次知覚神経には8種類のNaチャネルサブタイプが発現しているが,これらは一様に分布しているわけではなく,ニューロンの種類によって発現パターンが異なっている。このような,異なったNaチャネルサブタイプの分布が,多様な感覚モダリティの伝搬に関与していると考えられる。しかし,異なった性質を持つそれぞれのNaチャネルサブタイプが,実際にどのように感覚伝搬における活動電位の発生に寄与しているのかに関しては,未だはっきりとはわかっていない。

Naxチャネルの脳内ナトリウム濃度センサーとしての生理機能

著者: 檜山武史 ,   野田昌晴

ページ範囲:P.199 - P.205

 電位依存性ナトリウムチャネルの実体は,約20年前に野田らによるデンキウナギ発電器官およびラット脳からのcDNAクローニングと,その機能的発現によって明らかとなった1-3)。現在,哺乳類では10種から成る遺伝子ファミリーを形成することが確認されている。そのうち9種は細胞膜電位の変化を感知して開口する電位依存性チャネル(Nav)であったが,Naxだけは長くその働きが不明であった。われわれはNax遺伝子ノックアウトマウスを作製し,個体,組織,細胞の各レベルの解析を通して,Naxが脳室周囲器官に発現し,細胞外液のナトリウムイオン(Na)レベルを感知して開く全く新しいタイプのチャネルであることを明らかにしてきた。また,個体レベルの研究から体液Naレベル検出と塩分嗜好性制御にNax機構が関わっていることが次第に明らかとなってきた。本稿では,われわれのこれまでの研究成果を中心にNaxの生理機能について概説する。

上皮型Naチャネル(ENaC)の浸透圧による制御機構

著者: 新里直美 ,   丸中良典

ページ範囲:P.206 - P.210

1 上皮型ナトリウムチャネル(epithelial Na channel;ENaC)

 上皮組織でのナトリウム能動輸送を担うイオンチャネルとして,Ussingらによりその存在を報告されたのが,アミロライド感受性上皮型ナトリウムチャネルである1)。アミロライド感受性ナトリウムチャネルは,1993年から1994年にかけて,ラット大腸よりα,β,γの3種類のサブユニット遺伝子がクローニングされて,ENaC(epithelial Na channel)と名付けられた2,3)。各々のサブユニットは膜2回貫通型の膜タンパク質で,二つのαサブユニット,一つのβと一つのγサブユニットが四量体を形成してイオンチャネルとして機能しており,αサブユニットがチャネルポアを形成すると考えられている(図1)。ENaCは興奮性膜に存在しているフグ毒感受性の電位依存性Naチャネルとは特性が異なり,アミロライドという利尿剤に感受性のあるNaチャネルとして特徴付けられている。現在,五つの遺伝子ファミリーに分類され,Deg/ENaCスーパーファミリーと呼ばれている。

上皮型Naチャネル(ENaC)活性化因子プロスタシンによるNa再吸収調節

著者: 北村健一郎 ,   冨田公夫

ページ範囲:P.211 - P.215

 プロスタシンは,1994年にChaoのグループが新規セリンプロテアーゼの精製を目指し,ヒト精液より精製した分子量40kDaのセリンプロテアーゼである1)。プロスタシンはpI4.5~4.8で,トリプシン様の酵素活性をもち,合成基質をもちいた検討ではアルギニン残基のC末端を選択的に切断することが判明している。酵素活性の至適pHは9.0付近で,アプロチニン,ベンザミジン,アンチパイン,ロイペプシンなどにより活性は阻害される。アミノ酸レベルでは血漿カリクレイン,凝固系第Ⅺ因子,hepsin,プラスミノーゲン,acrosin,testisin,prostaseなどのセリンプロテアーゼに相同性を持つ。組織分布は前立腺,腎臓,大腸,肺,胃,皮膚,膵臓,肝臓,唾液腺,卵巣などに発現が認められる。

 1995年にヒトプロスタシンのcDNAがクローニングされ2),light chainおよびheavy chainから構成されるGPI-anchored proteinであることが判明した。また,ヒトではプロスタシン遺伝子は第16番染色体に(16p11.2)マップされる3)。1997年にRossierのグループがA6細胞から上皮型Naチャネル(ENaC)を活性化するセリンプロテアーゼとしてCAP-1(channel-activating protease-1)をクローニングし4),2000年および2001年にそのmammalian homologueがプロスタシンであり,プロスタシンがENaCを活性化することが示され5,6),以来急速にプロスタシンの機能解析が進展した。

Nav1.6チャネルの持続性Na電流の制御機構

著者: 白幡恵美 ,   早坂清 ,   岡村康司

ページ範囲:P.216 - P.220

 電位依存性ナトリウムチャネルは速い活性化と不活性化する性質を有し,活動電位の形成と伝播に重要な役割を果たしている。しかし,近年の解析により,不活性化せず持続的に開放し続けるチャネルが存在し,持続性ナトリウム電流を形成し,生理機能に重要な役割を果たしているだけでなく,持続性電流の出現がある種のチャネル病の病態に関与していることが明らかにされてきた。しかし,いまだ持続性ナトリウム電流の形成機構の詳細については明らかにされていない。われわれは神経系において持続性ナトリウム電流の形成に重要な役割を果たしていると考えられるNav1.6の電気生理学的検討,およびその持続性ナトリウム電流の制御機構について検討したので紹介する。

軸索起始部とランビエ絞輪へのNaチャネル局在化機構

著者: 駒田雅之

ページ範囲:P.221 - P.225

 神経細胞の役割は,感覚器や他の神経細胞から受け取った神経シグナルを効果器や他の神経細胞に伝えることである。このシグナルは活動電位と呼ばれる電気信号として神経細胞の軸索上を伝わる。そして活動電位の発火と増幅を行うため,神経細胞では“軸索起始部”と“ランビエ絞輪”と呼ばれる軸索上の特定の領域に電位依存性Naチャネルが高密度でクラスターを形成している。本稿では,これらの領域への電位依存性Naチャネルの局在化の分子機構について,最近の知見を紹介する。

心筋Naチャネル病の分子病態

著者: 蒔田直昌

ページ範囲:P.226 - P.229

 心筋Naチャネルは心室筋の活動電位第0相の急速な立ち上がりを担うイオンチャネルで,心房筋・刺激伝導系にも発現している。心筋に発現する主たるNaチャネルはSCN5A(αサブユニット)と,その調節機能をもつβサブユニットである。心筋の活動電位の持続時間(APD)や波形は,Na・Ca電流をはじめとする内向き電流とK電流を主とする外向き電流の微妙なバランスによって維持されている。SCN5Aを原因遺伝子とする疾患は「心筋Naチャネル病」と総称され,1)QT延長症候群,2)Brugada症候群,3)家族性心臓ブロック,4)新生児突然死症候群,5)洞機能不全症候群,6)家族性心房停止,7)家族性房室ブロックがこれに該当する。これらの疾患は完全に独立した疾患ではなく,互いに臨床像がオーバーラップする症候群である。図1は現在までに同定されているSCN5A変異の一部を示す。疾患の種類と変異の部位には特定の傾向はない。

Naチャネル異常による不整脈疾患―いかに分子異常を病態と結びつけるか

著者: 伊藤英樹 ,   井本敬二

ページ範囲:P.230 - P.234

 遺伝子情報の蓄積や技術的な進歩により,遺伝子異常の同定は目覚しく加速化され,遺伝子異常に起因する疾患の数は急速に増加している。疾患全体から考えれば,単一の遺伝子異常による疾病は少数であろうが,これらの疾病は病態を理解する上で重要な情報を提供してくれると期待されている。しかし遺伝子異常の解明がただちに病態の理解や治療法の開発につながる訳ではないことは,家族性アルツハイマー病の例を見れば明らかであろう。分子の異常と個体の疾病の間の因果関係をたどっていくことは,それほど容易なことではないようである。

 イオンチャネルは細胞膜にある膜タンパクであり,骨格筋,心筋,神経細胞など興奮性細胞の電気活動と密接に結びついている1)。他の疾患の場合と比較して,イオンチャネル異常による疾患にはいくつかの特徴があると考えられる。すなわち分子の異常と細胞・臓器の異常の関係が比較的直接的である。また,イオンチャネルの機能解析が定量的に可能であり,培養細胞などの発現系を用いて機能解析を行うことも確立された技術となっている。これらの点は,分子の異常と病態を結びつける研究として,イオンチャネルの異常による疾患が一つのモデルケースになりうることを示唆している。

てんかんとナトリウムチャネル遺伝子変異

著者: 山川和弘

ページ範囲:P.235 - P.240

 ナトリウムチャネルサブユニット遺伝子変異を原因とするてんかんに関する研究は,ここ数年ますますホットな分野になりつつあるように思われる。本稿ではわれわれが今までに得た結果も交えてこの研究分野における最近の知見を紹介するとともに,それらを踏まえて,変異がチャネル蛋白の機能にもたらす効果およびてんかん発症におけるそれらの意義について私見を述べたい。

骨格筋Naチャネル病の病態とその修飾因子―血清カリウム濃度と温度変化による影響

著者: 杉浦嘉泰

ページ範囲:P.241 - P.246

 家族性周期性四肢麻痺あるいは先天性パラミオトニー(paramyotonia congenita;PC)といった遺伝性発作性筋疾患において,骨格筋電位依存性Naチャネル(Nav1.4)αサブユニットをコードするSCN4Aの遺伝子変異が報告されている。この遺伝子変異は,最初に高カリウム性周期性四肢麻痺(hyperkalemic periodic paralysis;hyperKPP)1)で見出され,先天性パラミオトニー2)やカリウム惹起性ミオトニー(potassium aggravated myotonia;PAM)3)においても報告された。さらに近年,低カリウム性周期性四肢麻痺(hypokalemic periodic paralysis;hypoKPP)4)と正カリウム性周期性四肢麻痺(normokalemic periodic paralysis;normoKPP)5)家系においてもSCN4Aの点変異が同定された。このように骨格筋Naチャネル病では発作時に血清カリウム濃度の変化を呈することが一つの特徴である。もう一つの特徴は,1886年のvon Eulenburg6)による先天性パラミオトニーの報告以来知られていることであるが,寒冷曝露により症状の増悪を来たすことである。このように骨格筋Naチャネル病においては,血清カリウム濃度の変化や温度変化が,麻痺あるいはミオトニー発作の誘因と考えられるが,その機序は未だ明らかではない。これを明らかにすることは治療戦略を考える上でもきわめて重要である。

 一方,パッチクランプ法を用いた変異Nav1.4の電気生理学的機能解析から,麻痺あるいはミオトニー発作の発現に,Naチャネルの速い不活性化(fast inactivation)と遅い不活性化(slow inactivation)の異常(高橋らの稿247-253頁参照)が関与することが報告された。本稿では骨格筋Naチャネル病における発作誘因である血清カリウム濃度および温度の変化と変異Nav1.4チャネルキネティックス,特に速い不活性化との関連について最新の知見を紹介する。

骨格筋Naチャネルの遅い不活性化と遺伝性筋疾患

著者: 高橋正紀 ,   青池太志 ,   佐古田三郎

ページ範囲:P.247 - P.253

 電位依存性Naチャネルをはじめいくつかのイオンチャネルには,イオンを透過する開(open),透過しない閉(close)状態以外に,不活性化(inactivated)という状態が存在する。不活性化状態は,イオンを透過しない点では閉状態と同様だが,電位変化やアゴニストにても透過可能とはならないという点で異なる。電位依存性Naチャネルの場合,数msオーダーの脱分極で速い不活性化(fast inactivation)が生じ,活動電位の収束や不応期などの生理的現象を担っている。また,心筋・骨格筋型Naチャネルの遺伝子異常による速い不活性化の障害は,他の総説1,2)や本号の前稿にて詳述されているように,心筋ではQT延長症候群,骨格筋では高カリウム性周期性四肢麻痺や先天性パラミオトニーなどといった疾患の病態に関与することが近年明らかにされてきた。一方,数sオーダーの長い脱分極によって生じる遅い不活性化(slow inactivation)については,60年代からNarahashiによって現象の存在自体は観察されていたが,生理的意義は不明であった3)。しかし,上記疾患の研究により,遅い不活性化の病態への関与が示されたことなどから,近年かなり理解が深まった。本稿では骨格筋型Naチャネルの遅い不活性化について,生理的特性のみならず病態との関与を含め概説する。

連載講座 個体の生と死・35

ヒトの生物学的死と長寿科学

著者: 祖父江逸郎

ページ範囲:P.254 - P.259

 高齢社会を迎え様々のことが変ってきたが,中でもとりわけ注目され,関心も深く,話題となっているのは,死をめぐる問題である。高齢が現実のものとなり,高齢で過す期間の延長と共に,人間のもつ種々の不安が表面化してきた。すべての人間はやがて死を迎え,この世を去るわけで,避けて通れないのが死であることは当然よくわかっている。実際には,死に至る道程はどうか,その過程での苦しみ,死後の家族はどうなるのか,死後の様々の変化はどうか,など未知のことがあまりにも多いだけに,やたらに不安がつのるのは当然であろう。

 ヒトは生物である限り,その死も生物学的なもので,したがって死は生物学的側面から直視すべきであるが,同時に社会の一員としての存在でもあるため,社会的な複雑な関係の中で死が考えられる。ヒトの死をキーワードとした場合,関連する領野は幅広く,裾野は際限なく広がっていく。したがって,広汎な領域にまたがり,学際的な広がりをもつ長寿科学とは重なりが大きく,密な関連をもつ。こんなことを頭に浮べながら,ヒトの生物学的死と長寿科学についてまとめてみた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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