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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学56巻6号

2005年12月発行

雑誌目次

特集 構造生物学の現在と今後の展開

特集に寄せて

著者: 前田雄一郎

ページ範囲:P.554 - P.555

 本特集は構造生物学である。構造生物学とは生体高分子(蛋白質,核酸,糖など)の原子配置を解明し,それに基づいて生体の機能発現のメカニズムを明からにしようとする学問であると,まずは理解していただくのがよいであろう。

 本特集の各論考から以下の点をくみ取っていただきたいと希望する。

結晶構造を解明してから始まる生理学の新しい展開―トロポニン・トロポミオシン・アクチンによるカルシウム調節メカニズムの研究

著者: 前田雄一郎

ページ範囲:P.556 - P.563

 1955年,江橋節郎らは,試験管中にアクチン,ミオシン,ATPを共存させると収縮は再現できるが,弛緩は再現できないことに注目して,弛緩因子を発見した。それは筋小胞体由来の膜画分であった。この膜画分はATP加水分解に駆動されたCa2+取り込み活性(Ca2+-ATPase)を持つ。江橋らはCa2+が筋小胞体に取り込まれて弛緩が起きるのであれば,筋小胞体からCa2+が放出されるメカニズムと,収縮蛋白質フィラメント上に結合したCa2+の受容体があるに違いない,と確信した。こうして発見されたのが,Ca2+放出チャネルとトロポニン(Tn)・トロポミオシン(Tm)である。収縮のカルシウム説は,筋小胞体へのCa2+の貯蔵,興奮による筋小胞体からの放出チャネルを通ってのCa2+放出,Tn/TmによるCa2+受容と収縮の開始,弛緩時の筋小胞体へのCa2+取り込み,の要素からなる。これは細胞内でCa2+が介在する信号伝達のメカニズムの最初の発見であって,その生物学における一般的な意義は極めて大きい。それまではCa2+の細胞内での役割は全く理解されていなかった1)

 江橋らはカルシウム説のひとつの重要な結論として,筋肉の細いフィラメント(以下ではアクチンフィラメント複合体と呼ぶ)の分子模型(図1下図)を提案した。アクチン重合体上に周期的にTmとTnが結合している。Ca2+はTnに結合し,その信号はTmを経てアクチンフィラメント全体に伝搬し,ミオシンとの滑り運動が始まって張力が発生する。アクチンフィラメント複合体は収縮力を発生するモーターの一部であると同時にスイッチでもある。分子配置の美しい周期性はTn/Tm/アクチン=1:1:7という分子の存在比に対応する。しかし,アクチンフィラメント複合体によるカルシウム調節のメカニズムを理解するには分子模型では不十分であって,原子模型すなわち原子座標の精度の構造を解明する必要がある。

蛋白質複合体結晶構造が明らかにした蛋白質相互作用の多様性,巧妙性―核外輸送複合体の場合

著者: 松浦能行

ページ範囲:P.564 - P.570

 分子間相互作用の原子レベルでの構造情報は生命現象の分子論的理解を大きく進展させ,研究の質を格段に高める。本稿では最近筆者が解いた核外輸送複合体の結晶構造を例にとり,複合体の構造解析の意義を考察する。

 細胞は蛋白質やRNAなど生体高分子複合体からなる分子装置の集まりである。これら分子装置のほとんどは,結合・解離が巧みに調節された複合体であるところに生理的意義がある。すなわちどのような生命現象であれ,その分子機構をつきつめていくと,問題の核心は分子間相互作用とその制御にあることがはっきりしてくる。相互作用を理解するには,複合体の立体構造を原子レベルで解き,構造情報に基づいて機能発現のメカニズムを推論・検証していくのが正攻法であることは生命科学の歴史が証明しているといってよいであろう。ひとたび重要な複合体の構造が解けると,研究に質的な変革がもたらされるところが構造研究の醍醐味である。換言すれば構造生物学は生物学を質の高いサイエンスに高めるためのひとつの重要な役割を担っている。

X線結晶学は膜タンパク質の構造解明にどのように立ち向かっているか

著者: 山下敦子

ページ範囲:P.571 - P.580

 ヒトの生体内の約70%は水であり,生命活動をささえるほとんどの化学反応,タンパク質間相互作用,遺伝子間およびタンパク質-遺伝子間相互作用はこの水中でおこっている。そしてこのわれわれの体内にある「水」は,生体膜というリン脂質二重膜によって多種多様な細胞や細胞内小器官に仕切られている。ところが,この「膜」があるがために,タンパク質・遺伝子・および低分子化合物が膜を介して細胞と細胞の間を行き来することが不可能になってしまった。そこで活躍しているのが,膜に埋まった形で存在する膜タンパク質である。ゲノムに記録されているタンパク質のうち約20-30%が2回以上膜を貫通している膜タンパク質であるといわれており1),膜を介した情報伝達・情報変換・物質輸送・エネルギー変換などを担っている。この中にはホルモンなどの受容体,トランスポーター,チャネルなど生理的に重要な役割を果たすものが多数存在し,さまざまな疾患の原因タンパク質や治療薬の標的分子となっているものも少なくない。

 しかしながら,これまで膜タンパク質の構造解析が極めて困難であったため,構造に基づく機能の理解がほかの水溶性タンパク質にくらべ大幅に遅れていた。このことは現在Protein Data Bankに登録されている全構造データのうち膜タンパク質のものが約0.5%しか含まれておらず,全部で96の膜タンパク質の構造しかわかっていない(2005年10月現在)ことからも歴然としている。立体構造情報,特にX線結晶構造解析によって得られる原子レベルでの構造情報は,今日タンパク質の機能の理解にあたって欠かせない存在である。その中で構造生物学者はこの困難な課題である膜タンパク質の結晶構造解析にどのように立ち向かってきたのか,本稿ではこれまでの取り組みについて触れ,またその実際例の一つとして,筆者らが最近報告したNa/Cl依存性神経伝達物質トランスポーターの構造研究2)と,そこから何が明らかになったかについて紹介したい。

フィラメント構造体の構造をどのように解明するか―アクチンフィラメントの場合

著者: 小田俊郎

ページ範囲:P.581 - P.585

 アクチンは1942年にStraubにより発見されて以来1),いまだに研究対象となっている蛋白質である。これは,アクチンが細胞内で最も豊富な蛋白質の一つであり,細胞内運動,細胞分裂など,多岐にわたる生命現象に関与するためである。

 このアクチンに関する研究を概観するならば,初期の研究は,アクチンが乾燥筋肉から多量に抽出されることもあり,筋蛋白としてのアクチンと性格づけられ,筋収縮を担うアクチンとミオシンとの相互作用の研究が盛んであった。また,当時からG-アクチンは中性塩の添加によりF-アクチンに重合することが知られており,重合性蛋白質としてのアクチンでもあった。1960年代後半になり,非筋細胞からもアクチンが精製されるようになり2),細胞内でのアクチンの様態にも関心がもたれるようになった。光学顕微鏡など細胞生物学の手法の発展により,フィロポディア・ラメラポディアの活発な運動が可視化され,細胞運動の実体(モーター)としてのアクチンが認識された3)。また,G-蛋白質依存的にF-アクチンをキャップするmDiaやフォルミンの発見によって,シグナル伝達の最終ターゲットとしてのアクチンの性格も加わってきた4)。また,最近では,核内にアクチン分子が存在することが共通認識となり,その機能にも関心が集まっている。

電子顕微鏡立体構造解析法が拓いた世界,これから拓く世界

著者: 藤吉好則

ページ範囲:P.586 - P.592

 神経細胞などにおける情報伝達の中心に位置するチャネルや受容体は,膜に内在するいわゆる膜タンパク質であるために,X線結晶学やNMR法による構造解析が飛躍的に進歩した現在においても,それら膜タンパク質の構造解析は困難な研究課題として残されている。このような膜タンパク質の構造を脂質に入った状態で解析できる方法として,電子線結晶学は有力な候補となりつつある。

NMR分光法とクライオ電子顕微鏡法によるアクチンフィラメント研究―筋肉収縮・弛緩における分子スイッチ機構

著者: 若林健之 ,   村上健次

ページ範囲:P.593 - P.605

 骨格筋と心筋では,細胞内カルシウム濃度が1μMを越えるとアクチンを主体とする“細いフィラメント”と“太いフィラメント”を構成するミオシンとの相互作用が活性化され1),二種類のフィラメントは滑りあって筋収縮が生じる。カルシウムイオンの標的は細いフィラメントに組み込まれたトロポニンであり,カルシウムによるトロポニンの構造変化は収縮制御のスイッチのトリガーとなる。この変化はトロポミオシンを介してアクチンに伝達される。

 トロポニンは三つのコンポーネントからなっている。TnT(Tropomyosin-binding)はトロポミオシンと結合し,TnC(Calcium-binding)はカルシウムを結合し,TnI(Inhibitory)はアクチンと結合して収縮を阻害する。カルシウムを結合したTnCはTnIと強く結合し,TnIの阻害活性を喪失させる。TnCとCa2+の結合は結晶解析やNMR分光法により原子レベルで詳しく研究されてきた。しかし,筋弛緩の分子機構を明らかにする上で重要なTnIとアクチンの結合の原子レベルでの詳細は不詳であった。本稿では主にこの点について述べたい。

蛋白質NMR構造解析の可能性を拡げる―SAIL法

著者: 甲斐荘正恒

ページ範囲:P.606 - P.613

 様々な生物に関する膨大な遺伝情報の集積が急速に進みつつある中,蛋白質の立体構造と生物機能の関わりを詳細に探求する学問―構造生物学―が再び脚光を浴びている。しかしながら,立体構造情報に比べ,遺伝情報の集積がはるかに先行するという状況の下では,構造生物学において伝統的に利用されてきた様々な構造研究手法における革新も当然要求されるであろう。現在,年間4,000を越える蛋白質の立体構造データがPDBに登録されている(図1a)1)。これらの構造の内,約85%はX線結晶解析法によるものであり,NMR法による溶液構造は残り15%程度にすぎない。立体構造決定技術としては20年弱の歴史しかもたないNMR法にしては,この寄与を高く評価すべきであるとの見方もあろうが,この数年の傾向を見る限りNMR法による構造集積に対する寄与はむしろ徐々に低下している。

 NMR法は結晶化を必要とせず,蛋白質が機能を発現する状況に近い,水溶液やミセルなどにおける蛋白質の“動的”構造解析が可能であるために,これまで大きな期待が寄せられてきた。しかし,現在のNMR技術はいくつかの重大な方法論的制約を抱えており,近い将来にそれらの抜本的解決が図られなければ,このような期待に応えることはできない。蛋白質の構造解析手法としてのNMR法の歴史は浅く,これからも画期的な方法論の誕生する余地は大いにある。また,そのような技術革新なしには,少なくとも立体構造決定技術としてのNMR法は,構造生物学の表舞台から早晩消え去ることになろう。われわれが,過去10年にわたり科学技術振興事業機構(JST)の助成を受け,CREST(戦略基礎研究推進事業)課題として取り組んできたSAIL(Stereo-Array Isotope Labeling;立体整列同位体標識)法の開発は,次世代の蛋白質NMR解析技術の発展へ向けて,新たな基盤を与えるものである2-5)

NMRを用いた高分子量タンパク質複合体の相互作用解析

著者: 嶋田一夫

ページ範囲:P.614 - P.620

 測定装置や解析方法の革新的開発により,タンパク質の立体構造情報は飛躍的に伸びつつある。この立体構造情報を役立てるためには,タンパク質がどのような機構で機能を発揮しているかを明らかにすること,すなわちタンパク質およびそれらと相互作用する生体高分子の相互作用を詳細に解明することが重要である。

 構造生物学的手法の一つである核磁気共鳴法(NMR)は,タンパク質や核酸など生体高分子の立体構造や相互作用様式に関する情報をわれわれに提供する。しかしながら,NMRで立体構造を求めることができるタンパク質は,対象タンパク質の分子量がおよそ30K以下のものに制限されている。これは,高分子量タンパク質になるとNMRシグナルの線幅が著しく増大し,詳細な解析,とくに構造決定プロセスに必要なNOE解析が著しく困難になることに起因する。

質量分析の可能性―未知生体分子の探索ツールとして

著者: 高尾敏文

ページ範囲:P.621 - P.625

 生体は多種多様な分子の複雑な混合物であり,それぞれの分子は秩序正しく配置され,時間および空間軸で量変動や構造変化をしながら機能を発揮している。さらに,生体分子の複雑かつ巧妙な点は,一つの分子が微細な構造変化によって空間的配置を変えたり,相互作用する分子のレパートリーを変えたりすることにより,生理機能を発揮している点である。従って,それらを理解するには,複雑な生体分子の集合体を網羅的に調べ,そこに存在する全ての分子を同定,さらには,存在量や構造変化などを解析するということが重要である。多種多様な分子で構成される生体を一網打尽に解析できる方法は今のところない。また,生体という複雑系を考えると,そのようなことは到底かなう話ではない。しかし,現在の網羅的解析の方向を生んでいるのは,様々な生物種のゲノム塩基配列の決定を背景に,質量分析による蛋白質同定がハイスループットで簡便に行えるようになり,生命科学においてパラダイムシフトが起きたからにほかならない。現在では,蛋白質に留まらず,糖や脂質などの様々な生体分子の網羅的解析にも利用されるようになり,質量分析をフルに活用した“オーム”解析が盛んに行われるようになった。

 どんな分析においても測定分解能と感度は分析技術の発展には欠かせない重要な要素である。前者は複雑な構造を解き明かす上で,後者は微量にしかない,例えば生体分子などを検出する上で重要である。質量分析も正にこの二つのポイントに集約される技術開発が盛んに行われてきた。特に,測定感度という点においては,まず試料を気化し,イオン化する必要があるわけだが,30年程前までは,一般に揮発しにくい生体分子はまったく測定の対象外であった。1980年代に入り,いくつかの画期的なイオン化法が開発されたことにより,分析対象は一挙に生体高分子にまで拡がり,測定感度は飛躍的に向上し,今や,アト(10-18)モル量の極微量試料でも測定の範疇に入るほどの高感度測定が可能となった。

「蛋白質がわかる」ための理論と計算の役割

著者: 郷信広 ,   米谷佳晃

ページ範囲:P.626 - P.631

1 蛋白質がわかるということ

 蛋白質分子は20種のアミノ酸が特定の配列で一列につなぎ合わされた線状の高分子で,細胞内の特定の環境下で,アミノ酸の配列で定まる特定の立体構造に折りたたまれ,機能を発揮する。特定の立体構造を持つ状態は天然状態と呼ばれる。この状態において,立体構造は詳細に見ると平均構造のまわりに複雑な動きを示しており,その動きや分子間の相互作用を通して分子は機能を発揮する。

 アミノ酸配列は,生物進化の過程で繰り返されてきた突然変異と淘汰によって選び出されてきたものである。突然変異は多くの場合,1アミノ酸置換をもたらす。その置換は,配列によって定まる特定の立体構造とその安定性に影響を及ぼし,さらに平均構造のまわりの運動や分子間相互作用に影響をもたらすことにより機能に影響する。生物個体にとってその構成要素である蛋白質分子の存在理由は,分子が発揮する機能にかかっている。したがって,突然変異によってランダムに引き起こされる個々のアミノ酸置換によって,機能がそれぞれどのように影響を受けるかがわかれば,蛋白質分子が理解できたと考えてよいのではないか。

構造生物学における弱い分子間力の重要性―CH/π水素結合

著者: 梅沢洋二 ,   西尾元宏

ページ範囲:P.632 - P.638

 Stentは分子生物学の発展を古典的時代,ロマンチック期,ドグマの時代,アカデミック期に分けて考察している1)。この意味で,タンパク質の立体構造解明に始まる構造生物学はアカデミック期のピークを迎えようとしているように見える。タンパク質データバンク(PDB)に原子座標が登録された生体高分子の数は3万を超え,いまも指数関数的に増加している。

 生体高分子の構造解明は21世紀の生物学を構築するために必須の足場であるが,これらが関わる分子間力の吟味と作用機構の研究を待ってはじめて本来の意味で「生物学」に値するものになる。ヘモグロビンの結晶解析により構造生物学の創始者となったPerutzは,すぐさま異常ヘモグロビンの研究(分子病理学)に歩を進め2),薬物の作用機序解明3)(分子薬理学),アロステリック制御機構の研究4),分子間相互作用の解析へと進んだ。

解説

加齢による免疫機構の変化と抑制性レセプター

著者: 中村晃 ,   高井俊行

ページ範囲:P.639 - P.645

 加齢に伴い免疫機能が低下することは,一般概念として広く受け入れられている。実際,高齢になると感染症に罹患しやすくなり,また重症化しやすい。また,インフルエンザワクチンをはじめ各種ワクチンの接種効果の減少や,不顕性感染ウイルスによる罹患が増加することもよく知られている。高齢者における肺結核再発もこの例にあてはまる。このような免疫機能の低下は一概に免疫系のみの障害ではなく,協調して作用を及ぼしあう神経・内分泌系システムとのネットワーク全体の機能が加齢に伴い低下することに起因していると考えられている。従って加齢に伴う免疫機能の低下を一元的にとらえることは難しいと思われる。

 一方,これまで加齢による免疫担当細胞の機能低下について様々な報告がなされてきたが,最近になりマウスを用いた研究により,各細胞上に発現する受容体(レセプター)の機能障害について詳細な報告がなされるようになった。そこで本稿では,免疫担当細胞の加齢に伴う機能変化について最近の知見を概説するとともに,抗体反応を制御するB細胞上の抑制型レセプターに焦点をあてて加齢変化との関わりについて述べたい。

グリア分泌蛋白質と神経回路の恒常性

著者: 糸原重美

ページ範囲:P.646 - P.649

 古典的にニューロン間の隙間を埋める細胞として位置づけられたグリア細胞は,活動電位を発しないがゆえに,脳が司る高度の情報処理機構の中では永くその意義が問われなかった。しかし近年,グリア細胞とニューロンの相互作用は脳の発達過程のみならず,成体における情報処理機構に関与する証拠が断片的ながら出されるに至り,にわかに注目を集めている。その生物学的意義の認識は大きく変わろうとしている。グリア細胞はミクログリア,オリゴデンドログリア,アストログリアに大別され,ヒトの脳ではニューロン総数の約10倍,げっ歯類でもニューロンと同等数存在すると見積もられている。ミクログリアは骨髄由来の単球系細胞であり,老廃物の貪食に与かる。オリゴデンドログリアは末梢神経のシュワン細胞と同様にニューロン軸索を取り囲み,軸索を電気的に絶縁し,活動電位の伝達効率を高める役割を担う。アストログリアの細胞突起はニューロンの前シナプスと後シナプスを取り囲み,ニューロンとアストログリア間の相互情報交換の場となりやすいので,三者シナプスと呼ぶことが提唱されている。三者シナプスにおけるシナプス伝達効率の調節について,グルタミン酸や細胞外イオン濃度の調節を介する機構については比較的取り上げられることが多く,ここでは触れない。

 ニューロンとアストロサイトの相互作用の観点で,アストロサイトが示す極めて高度の形態的可塑性が注目される。特に,多様な原因で生じる脳の障害時に誘導される反応性アストロサイトの形態変化はよく知られている。この変化は当然三者シナプスの形態変化を伴うので,必然的にシナプス伝達効率を修飾すると考えられる。この変化はアストロサイトにおける遺伝子の発現変化を伴う。アストロサイトの細胞骨格を構成するグリア酸性蛋白質(GFAP)や,低分子カルシウム結合蛋白質S100Bをコードする遺伝子の発現変化は,反応性アストロサイトを特徴付けるものとして古くから知られている。アストロサイトから分泌される蛋白質がシナプス伝達を積極的に制御するとしても,その効果は比較的緩やかな時間経過を辿ると考えられるし,比較的広範囲に影響を及ぼすと考えるのが適切かもしれない。情報の伝達にニューロンネットワークのように明白な極性を持たないアストロサイトネットワークが,緩やかな時間経過でニューロンのシナプス伝達を制御することの意義は何か。ここでは,シナプス可塑性に関与するとされるグリア細胞由来の蛋白質因子の脳機能の中での意義について考察したい。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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