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特集 こころと脳:とらえがたいものを科学する
時間順序の知覚
著者: 北澤茂1 和田真1
所属機関: 1順天堂大学医学部生理学第一講座
ページ範囲:P.37 - P.43
文献購入ページに移動 脳のニューロンの信号の伝導や伝達には時間がかかり,しかも多数のループがあるので,信号の順序の情報は失われやすい。コンピュータであれば,正確なクロックで信号の到着時刻を逐一記録することも可能だし,1秒を1000分割してメモリに割り当てれば1秒間の信号の順序を1msの正確さで保つことも可能である。しかし,脳とコンピュータには歴然としたハードウエアの違いがあるから,脳の時間マネージメントはコンピュータとは自ずと異なっているはずである。脳は果たしてどのように信号の時間順序を決めているのだろうか。
本論では,信号Aと信号Bという2個の信号の時間順序を判断する,という一見単純な課題を脳がどのように解決するのかを考える。物理学的な観測では,理想化された観測者が時計を持っていて,信号Aの発生と同時に時計を読み,信号Bの発生と同時に時計を読み,その読みを比べて順序をつけることになろう。実際,古典的な時間順序判断のモデルではこのような「決断機構」の存在が仮定されている1)。脳の中にも「決断機構」(図1)があって信号に時間順序を与えているのだろうか。もしあるとするなら,脳のどこに位置するのだろうか。時間順序を見失わないようにするための一つの解決策は,できるだけ入力に近いところで順序を固定することである2)。信号Aと信号Bの時間順序が失われないうちに時間順序を判断して,その結果を“B after A”あるいは“A before B”で象徴されるような安定した表現に直して神経系を流通させようという考えである(図1)。実際,時間順序が極めて重要な音の情報処理では両耳間のサブミリ秒の到達時間差を検出する機構が脳幹に存在する。しかしこの機構は,音源の定位のための情報を提供し,主観的には一つの音が知覚されるに過ぎない。本論で対象とするのは,われわれが主観的に二つの事象として区別できる時間差の信号に対して脳がいかにして順序を与えるか,という問題である。面白いことに,二つの信号が同時か非同時かの弁別閾値は感覚種によって異なるが(聴覚が最も鋭敏),時間順序判断の弁別閾値は感覚種によらず30ms程度と報告されている3,4)。感覚種に共通の時間順序判断機構が存在することを示唆するだろう。
本論では,信号Aと信号Bという2個の信号の時間順序を判断する,という一見単純な課題を脳がどのように解決するのかを考える。物理学的な観測では,理想化された観測者が時計を持っていて,信号Aの発生と同時に時計を読み,信号Bの発生と同時に時計を読み,その読みを比べて順序をつけることになろう。実際,古典的な時間順序判断のモデルではこのような「決断機構」の存在が仮定されている1)。脳の中にも「決断機構」(図1)があって信号に時間順序を与えているのだろうか。もしあるとするなら,脳のどこに位置するのだろうか。時間順序を見失わないようにするための一つの解決策は,できるだけ入力に近いところで順序を固定することである2)。信号Aと信号Bの時間順序が失われないうちに時間順序を判断して,その結果を“B after A”あるいは“A before B”で象徴されるような安定した表現に直して神経系を流通させようという考えである(図1)。実際,時間順序が極めて重要な音の情報処理では両耳間のサブミリ秒の到達時間差を検出する機構が脳幹に存在する。しかしこの機構は,音源の定位のための情報を提供し,主観的には一つの音が知覚されるに過ぎない。本論で対象とするのは,われわれが主観的に二つの事象として区別できる時間差の信号に対して脳がいかにして順序を与えるか,という問題である。面白いことに,二つの信号が同時か非同時かの弁別閾値は感覚種によって異なるが(聴覚が最も鋭敏),時間順序判断の弁別閾値は感覚種によらず30ms程度と報告されている3,4)。感覚種に共通の時間順序判断機構が存在することを示唆するだろう。
参考文献
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