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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学57巻3号

2006年06月発行

雑誌目次

特集 ミエリン化の機構とその異常

オリゴデンドロサイトの分化シグナル

著者: 池中一裕 ,   成瀬雅衣

ページ範囲:P.158 - P.161

 中枢神経系の細胞は神経細胞,アストロサイト(星状膠細胞),オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)およびミクログリア(小膠細胞)から成り立っている。この内,ミクログリアを除く三種類の細胞は共通の前駆細胞である神経幹細胞から発生・分化してくる。胎生期に神経幹細胞は脳室を取り囲む脳室壁近傍のVZ(ventricular zone)に広く存在している。しかし,胎生14日目のラット脊髄を背側と腹側に分けて培養すると神経細胞やアストロサイトはどの領域のVZからでも発生してくるのに対し,オリゴデンドロサイトは腹側領域からしか発生してこないことが示された1)。この研究以降,(1)オリゴデンドロサイトの発生起源はどこか,(2)このようにオリゴデンドロサイトの発生部位を限局する因子は何か,という疑問に答えるべく多くの研究が行われた。本総説では上記の疑問に対する答えに関して最新の知見を紹介する。

脳の髄鞘形成開始におけるアストロサイトの関与

著者: 丹-竹内京子 ,   中原仁 ,   相磯貞和

ページ範囲:P.162 - P.166

 中枢神経系は神経細胞,グリア細胞,血管などで構成されている。ヒトの大脳には約140億個の神経細胞が存在しているが,グリア細胞はそのほぼ10倍存在しているといわれている。教科書的には,神経細胞が脳の重要な機能を担う主役であり,グリア細胞は神経細胞の生存とその機能を支持している脇役とされている。しかしながら,近年さかんに研究されている中枢神経系の損傷や神経変性疾患の再生医学において,グリア細胞の重要性が注目されている。

 グリア細胞の中で神経細胞と直接に接触しているのはオリゴデンドロサイトとアストロサイトである。オリゴデンドロサイトの突起は神経細胞の軸索にとりまき髄鞘を形成する。この髄鞘は神経線維の絶縁体としての役割と神経線維の跳躍伝導における役割の二つの意義を有する。一方,アストロサイトは血管と神経細胞の間に介在し,栄養やその他の物質を血管から神経細胞に,あるいは神経細胞の代謝産物を血管に輸送していると推測されている。髄鞘形成のメカニズムについては,神経細胞の軸索とオリゴデンドロサイトとの直接的な関わりあいを中心とした研究が今までに多くなされてきている。しかしながら,培養系において,オリゴデンドロサイトの突起が神経細胞の軸索に接着するためにはアストロサイトとの共培養が必要であることが報告されている1)。また,生体においても髄鞘化にアストロサイトが関与する可能性があることが報告されている2-4)。さらには化学脱髄後にアストロサイトを導入することによって髄鞘の再生が促進されたという報告もあり5),髄鞘形成にアストロサイトが重要な役割を担っている可能性が示唆される。

 本稿では,大脳新皮質の正常発生過程において,アストロサイトが髄鞘形成前のオリゴデンドロサイトにどのような関わりを持っているのかについて,われわれのこれまでの研究成果を中心に概説する。

オリゴデンドロサイトおよびシュワン細胞の細胞体に発現するABCA2蛋白

著者: 山田勝也 ,   稲垣暢也

ページ範囲:P.167 - P.171

 ABC(ATP-binding cassette)蛋白はATP結合ドメインを1分子あたり二つという基本構造を有し,よく保存された膜蛋白質の一群で,遺伝子ファミリーとしてはこれまで知られている中で最大のものの一つである1)。ヒトのABC蛋白は現在約50種類が知られており,AからGまで七つのサブクラスに分けられ,それらはチャネル,トランスポーター,レギュレーターなど多彩な機能を有する。 本稿の主題であるABCA2はAサブクラスに属し, われわれは2000年にラットで初めて全長を単離した2)。 ABCA2蛋白の機能はいまだに不明であるが,脳においてはオリゴデンドロサイトに3,4),また末梢神経ではシュワン細胞に5,6)強く発現することなどをこれまでに報告してきた。興味深いことに,ABCA2はこれら脳および末梢のミエリン形成細胞において細胞体内部およびプロセスにのみ発現し,そのミエリン部分や核には全く発現しない。この事実は,特に脳ではオリゴデンドロサイトマーカーとして用いられてきたものの大多数がmyelin basic protein(MBP)のようにミエリンに対するマーカーであるか,あるいは2',3'-cyclic nucleotide-3'-phosphodiesterase(CNP)のように細胞体の辺縁部およびミエリンをともに認識するものであったため,大変貴重であり,その機能にも強い関心がもたれている7-10)

 ABCA2が属するAサブクラスの分子群は,ABCA1が血中のhigh-density lipoprotein(HDL)が欠損するタンジール病の原因遺伝子であり,コレステロールやリン脂質輸送に関連することが報告されてから急速に注目されるようになった11,12)。Aサブクラスにはほかにも, 黄斑部変性症(スタッガード病)の原因遺伝子であり視細胞に特異的に発現するABCA4が,レチナール/ホスファチジルエタノールアミン複合体の膜輸送に関与すると考えられている13)。 一方, ABCA3は肺に非常に強く発現し14),特異的抗体を用いてヒト肺組織の免疫染色を行ったところ,肺胞Ⅱ型細胞に発現が認められた。 ABCA3は, 脂質に富んだ界面活性剤であるサーファクタントの分泌顆粒として知られるラメラ体の限界膜に特異的に発現していたことから,肺サーファクタントの膜輸送に関与している可能性が示唆されている15)

ミエリン化による神経軸索の成熟化と膜蛋白質の局在変化

著者: 森下博文 ,   八木健

ページ範囲:P.172 - P.177

 ミエリン膜は,非脊椎動物から脊椎動物に至る系統発生の過程で,顎口類以降の脊椎動物の脳神経系に突然獲得された。ミエリン膜による神経軸索の絶縁効果は,神経活動の伝導速度の飛躍的上昇をもたらし,脊椎動物における脳神経系のダイナミックな情報処理能力の向上に貢献したことは疑いがない1)。ミエリン膜の形成は,個体発生の過程においても,構造的,機能的にダイナミックな変化を神経軸索に対して引き起こす。最近になり発達過程のミエリン化が,神経軸索の成熟化に重要な役割を担っていることが分子レベルで明らかになってきた。本稿では,特にミエリンとの相互作用に重要な軸索上の膜蛋白質に注目し,1)ミエリン化の開始,2)ランビエ絞輪の構築,3)ミエリン化の完成といった重要なステップにおける膜蛋白質の局在変化と分子機能に関して,われわれの解析結果も交えて最近の知見を紹介したい。

パラノーダルジャンクションにおける軸索・グリア相互作用

著者: 馬場広子 ,   星登美子 ,   鈴木彩佳

ページ範囲:P.178 - P.183

 神経細胞の出力系としてはたらく軸索は,周囲がミエリンによって覆われた有髄神経軸索と,覆われていない無髄神経軸索に分けられる。ミエリンは,中枢神経系ではオリゴデンドロサイト,末梢神経系ではシュワン細胞によって形成される膜様構造物である。脂質に富み,絶縁体としてはたらくため,興奮は跳躍伝導によってすばやく有髄神経軸索内を伝導する。近年,ミエリンの重要なはたらきの一つとして,軸索の機能的ドメインの形成が知られるようになった1-3)(図1)。有髄神経軸索はミエリンが取り巻くことによって,ランビエ絞輪,パラノード,ジャクスタパラノード,インターノードといったそれぞれに特徴的な形態をもつ四つのドメインに分けられる。これらの各ドメインは,イオンチャネルや接着分子などの膜タンパク質が部位特異的に集積することによって,形態的のみならず機能的にも異なっている。このうちランビエ絞輪には活動電位発生に関わる電位依存性Na+チャネル,ジャクスタパラノードには電位依存性K+チャネルがそれぞれ集積している。この二つのチャネルを隔てるパラノード部分には,軸索とミエリンの間につくられたパラノーダルジャンクション(PJ)と呼ばれる細胞間結合が存在する。近年このPJの形成と軸索上の機能ドメインの維持との関連性がわかってきた。本稿では,PJの形成およびはたらきについて概説する。

老齢脳におけるミエリン形成の分子機構―老化におけるミエリン化とパラノーダルジャンクションの変化

著者: 清和千佳 ,   阿相皓晃

ページ範囲:P.184 - P.190

 高齢化社会を目前にして「脳の老化」が注目されるようになってきた。年老いて脳の機能が低下し,病気になる原因は多様であるが,最近の研究によれば老齢脳ではニューロンよりむしろ白質のオリゴデンドロサイト,特に髄鞘(ミエリン)そのものが減っていることが明らかにされ,そのほか脳機能低下障害や統合失調症などにもミエリンの関与が強く示唆されている1,2)。一方,骨のリモデリング機構に代表されるように,生体には様々なリモデリング機構が存在することが知られている。ミエリン形成においても脳の発達に伴って初期の新生が行われ,成熟した後は脱髄と再ミエリン化が繰り返して行われることによって機能的なミエリンを一生にわたり維持し続けることができると考えられている。このようなミエリンの新生・脱髄・再生の分子機構は深い謎に包まれていて,ミエリンの仕組みの全容解明のためにはこれらの三つのステップがセットで解明されなければ真の解明になり得ないところにミエリン研究の難しさがあるといえる。

 われわれはこれまでにもミエリン形成の全容解明を目指して「ミエリンのリモデリング機構の解明」という新たな概念を提唱し,その分子機構の解明に取り組んできた。本稿ではそのなかでも特に老齢脳における脱髄と再ミエリン化の仕組みについて最近の知見を紹介する。

ニーマン-ピック病におけるミエリン化の異常

著者: 瀧北彰一

ページ範囲:P.191 - P.195

 ニーマン-ピック病C型(NPC)は,コレステロールの細胞小胞内蓄積を特徴とする常染色体劣性遺伝の脂質蓄積病である。主要原因遺伝子NPC1が同定されており,その遺伝子産物NPC1は細胞内コレステロール輸送の重要分子と考えられている1)。ヒトNPC1のマウス相同遺伝子に変異をもつBALB/c npcnihマウスは小児型のNPCと同様の神経病理学的所見を有しており,NPCのモデルマウスとして広く研究に用いられている2)。NPCマウスは進行性の中枢神経障害を示し,生後80日から120日で死亡する。その神経変性のメカニズムは広く研究されているが,神経変性とともに著明なミエリン形成障害がNPCマウスの神経病理学的所見として報告されている3,4)

 中枢神経におけるミエリン化の異常は白質変性症のみならず多様な疾患,病態に関与していることが明らかとなりつつあるが,ミエリン形成のメカニズムにはいまだ不明な部分が多い。多発性硬化症における脱髄後の有髄線維の軸索は回復期には再髄鞘化が認められるが,慢性化した場合は軸索の障害が進み,再髄鞘化が阻害される。再髄鞘化の障害の原因としてオリゴデンドロサイトの枯渇が原因であるか5),あるいは軸索の変性が原因となっているのか6)についてはいまだに議論の余地がある。髄鞘化のメカニズムにおける軸索-オリゴデンドロサイト間相互作用(axo-glial interaction)の役割を明らかにするためには軸索変性をもつ疾患モデルが重要である。

Charcot-Marie-Tooth病におけるミエリン関連タンパクの異常

著者: 山本正彦 ,   伊藤泰広 ,   小池春樹 ,   祖父江元

ページ範囲:P.196 - P.202

 Charcot-Marie-Tooth病(CMT)は,遺伝性ニューロパチーの中でも最も代表的な疾患であり,有病率も比較的高い。わが国の疫学調査では,10万人に4人程度と推測されている1)。遺伝子診断法の普及によって,高齢発症やほとんど無症候な例など,非典型的なCMTの存在が明らかになっている。この疾患は遺伝性運動感覚性ニューロパチー(HMSN)と称されるが,遺伝性感覚性ニューロパチー(HSN),遺伝性感覚自律神経性ニューロパチー(HSAN)と一連の疾患群として,多くのサブタイプに分けられている。近年の分子遺伝学の発展により,原因遺伝子として30種類以上の遺伝子が同定され,遺伝性難聴や網膜色素変性症とならび,遺伝的異質性の高い疾患である(http://www.molgen.ua.ac.be/CMTMutations)。直接的あるいは間接的にミエリン形成に関わる遺伝子として,10個程度があげられる。また,ミエリン化の初期過程に関わる遺伝群の異常では,多面発現としてCMTの表現型以外に,神経堤由来の異常に起因する消化器症状や難聴を合併することがある。

 ここでは,CMTの原因遺伝子となるミエリン関連タンパクを中心に取り上げ,シュワン細胞におけるミエリン形成過程との関係も含め,CMTの分子遺伝学について概説する。

多発性硬化症における脱髄と髄鞘再生

著者: 中原仁 ,   相磯貞和

ページ範囲:P.203 - P.212

 航空機が鉄の塊ではないのと同様に,われわれの中枢神経系(脳・脊髄)もまた神経細胞の塊ではない。中枢神経系を構成する細胞のうち神経細胞は約1割に過ぎず,残りは4種類からなるグリア細胞である。依然として謎が多いグリア細胞の中で最もその役割が明確なのがオリゴデンドロサイトである。一つのオリゴデンドロサイトは最高で約40本もの神経軸索を脂質絶縁体である髄鞘で包み,軸索上のNaチャネルを髄鞘と髄鞘の狭間であるランビエ絞輪に集積させ跳躍伝導を可能にする。この機構により軸索上の伝導速度は約100倍(最高秒速100m)に加速される(図1)。神経機能が単に伝導速度では語れないとしても,手先から足先までいつでも瞬時に自由自在に制御できる能力は髄鞘なくしては得られなかったであろう。生後間もなくの赤子が一人前の人間へと育っていく過程は,まさに髄鞘化と強い相関関係にあることが幾多の髄鞘形成不全疾患で示されている。オリゴデンドロサイトとその髄鞘がわれわれの人間性を影で支えているといっても過言ではない。

 この髄鞘が崩壊する疾患を総じて脱髄疾患と呼ぶ。初期の髄鞘形成過程より障害される髄鞘形成不全疾患や,後天的な脱髄疾患に加え,最近では統合失調症や躁鬱病患者の脳において,髄鞘の構造的異常1)やオリゴデンドロサイトの減少2),髄鞘関連遺伝子の発現低下3)なども示唆されており,これら精神疾患も広義の脱髄疾患に組み込まれつつある。脱髄・髄鞘再生機構を巡る研究は昨今活発化しており,特に脱髄疾患患者数の多い米英においては髄鞘再生療法の開発が国家的命題となり巨額の研究資金が投入されている。

プロテオリピッドプロテイン1の遺伝子変異に基づく髄鞘形成不全疾患

著者: 井上健

ページ範囲:P.213 - P.218

 ペリツェウス-メルツバッハ病Pelizaeus-Merz-bacher disease(PMD)とその対立遺伝子疾患である遺伝性痙性対麻痺タイプ2spastic paraplegia type2(SPG2)は,遺伝性中枢神経髄鞘形成不全疾患のプロトタイプとして最も研究の進んでいる疾患の一つである。PMDとSPG2は,ともに主要な中枢神経系のミエリン蛋白をコードするプロテオリピッドプロテイン1proteolipid protein 1(PLP1)遺伝子の異常で起こる。これまで点変異以外にゲノム重複と欠失がPMDとSPG2の原因変異として見出されており,さらに最近,第4の変異として位置効果も報告されている。これらの変異はそれぞれ異なる機序の病態メカニズムを介して疾患表現型を呈する。本稿では,PMDとSPG2の病態について,最近の知見をふまえてレビューする。

 Friedrich Pelizaeusが最初のPMD家系を記載し,後にLudwig Merzbacherが大脳白質の著明な髄鞘の脱落を見出してから約100年を経るが,PMDの病態の解明は,1985年にPLP1の塩基配列と遺伝子座が明らかになってから急速に進展した。PMD/SPG2患者やマウス,ラットなどの動物モデルにPLP1遺伝子変異が次々に見出され1),その後病態研究が一気に加速した。まず第一点は,PMDの遺伝的な基盤が明らかになったことである。様々なPLP1遺伝子の変異が明らかにされ,これらの変異に起因する疾患が幅広い臨床像を呈すること2),特に臨床的に区別して考えられていたSPG2が同じPLP1遺伝子の変異が原因で起こる対立遺伝子疾患であることがわかった3)。第二点は,分子生物学的な技術を用いた正確な発症早期での遺伝子診断が可能になったことである。 さらに第三点は,PLP1の変異が中枢神経系の髄鞘形成不全を引き起こす病態機序が明らかにされたことである。

シュワン細胞の分化と細胞内シグナル系

著者: 緒方徹 ,   山本真一 ,   中村耕三 ,   田中栄

ページ範囲:P.219 - P.223

 シュワン細胞は末梢神経内でミエリンを形成する細胞で,その名前はドイツの生理学者Theodor Schwann(1810-1882)の名にちなんで付けられている。シュワン細胞はラット坐骨神経などから比較的容易に単離培養が可能で,これまで多くの培養系実験によってサイトカイン・増殖因子に対する反応など,その細胞特性が研究されてきた1)。シュワン細胞分化はミエリンに特異的な蛋白(MBP,MAGなど)の発現上昇や,神経細胞との共存培養系でのミエリン形成量の測定によって捉えることができる(図1)2)

 一般に細胞に対する外界からの刺激は細胞膜上の受容体あるいは接着因子を介して受け止められ,その情報が細胞内の分子間相互作用を介して細胞核に伝わり,細胞の機能を制御する。この細胞内の分子間相互作用が細胞内シグナル系であり,外界からの情報をプロセッシングする役割を担っている。細胞内シグナル系によって,わずかな細胞膜上の変化は増幅され多くの反応を引き起こすことができる。

Sandhoff病モデルマウスから樹立されたオリゴデンドロサイトおよびシュワン細胞株における蓄積複合糖質の解析

著者: 伊藤孝司 ,   辻大輔 ,   桜庭均

ページ範囲:P.224 - P.228

 Sandhoff病は,リソソームに存在する糖質加水分解酵素であるβ-ヘキソサミニダーゼ(Hex)のβ-サブユニットをコードするHEXB遺伝子の変異が原因で発症する常染色体劣性遺伝病である1)。Hexは複合糖質糖鎖の非還元末端にβ結合したN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)あるいはN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)残基を認識して分解する。 また, Hexはαおよびβの二つのサブユニットから構成され,HexS(αα),HexA(αβ)およびHexB(ββ)の三つのアイソザイムが存在する(図1)。生体内ではおもにHexAとHexBが発現しており,HexSはその不安定性のため存在量は少ない。αおよびβサブユニットには各々基質選択性の異なる触媒部位が1ヵ所ずつ存在するが,βが中性糖鎖を認識するのに対し,αは硫酸化GlcNAc残基などを含む酸性糖鎖に対する選択性が高い。また,HexAのみが糖脂質であるGM2ガングリオシド(GM2)をそのGM2活性化タンパク質と協同して分解することができる1,2)

 Sandhoff病では,HexAおよびHexBが同時に欠損するため,GM2をはじめとする糖脂質や非還元末端にGlcNAc残基を含有する糖タンパク質糖鎖などの基質がリソソーム内に過剰蓄積する。これらの蓄積は全身で進行性に起こり,精神運動発達遅滞,痙攣や四肢麻痺などの中枢神経症状や,末梢では肝脾腫などの症状が現れる1)。一方,α-サブユニット遺伝子(HEXA)の変異に基きHexAおよびHexSの同時欠損を伴うTay-Sachs病や,GM2活性化タンパク質遺伝子(GM2A)の変異に基くABバリアントでは, GM2の脳内過剰蓄積を伴い,主として中枢神経症状が発症する1,2)。しかしこれらのGM2蓄積症(GM2 gangliosidoses)の発症メカニズムについては依然として不明な部分が多い。

解説

Non-coding RNA

著者: 栃谷史郎 ,   林﨑良英

ページ範囲:P.229 - P.236

 マウスおよびヒトにおける大規模cDNA解析の結果,ゲノムDNAから想像以上の広い領域から多様な産物が転写され,そのうちの50%以上がncRNA(non-protein coding RNA:蛋白質をコードしないRNA)であることが明らかになった。さらに,これらncRNAは様々な生物学的機能を持つ可能性が明らかになってきている。これらの事実は,本来遺伝学から生じた遺伝子という概念に物質的実体を与えるために唱えられた「1遺伝子1ペプチド」という分子生物学上の「通念」を揺るがすものである。本稿ではゲノムプロジェクト,大規模cDNA解析の結果から明らかになったことを順に解説したうえで,ncRNAの分類や生物学的機能についての考察を試みる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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