特集 ミエリン化の機構とその異常
多発性硬化症における脱髄と髄鞘再生
著者:
中原仁1
相磯貞和1
所属機関:
1慶應義塾大学医学部解剖学教室
ページ範囲:P.203 - P.212
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航空機が鉄の塊ではないのと同様に,われわれの中枢神経系(脳・脊髄)もまた神経細胞の塊ではない。中枢神経系を構成する細胞のうち神経細胞は約1割に過ぎず,残りは4種類からなるグリア細胞である。依然として謎が多いグリア細胞の中で最もその役割が明確なのがオリゴデンドロサイトである。一つのオリゴデンドロサイトは最高で約40本もの神経軸索を脂質絶縁体である髄鞘で包み,軸索上のNaチャネルを髄鞘と髄鞘の狭間であるランビエ絞輪に集積させ跳躍伝導を可能にする。この機構により軸索上の伝導速度は約100倍(最高秒速100m)に加速される(図1)。神経機能が単に伝導速度では語れないとしても,手先から足先までいつでも瞬時に自由自在に制御できる能力は髄鞘なくしては得られなかったであろう。生後間もなくの赤子が一人前の人間へと育っていく過程は,まさに髄鞘化と強い相関関係にあることが幾多の髄鞘形成不全疾患で示されている。オリゴデンドロサイトとその髄鞘がわれわれの人間性を影で支えているといっても過言ではない。
この髄鞘が崩壊する疾患を総じて脱髄疾患と呼ぶ。初期の髄鞘形成過程より障害される髄鞘形成不全疾患や,後天的な脱髄疾患に加え,最近では統合失調症や躁鬱病患者の脳において,髄鞘の構造的異常1)やオリゴデンドロサイトの減少2),髄鞘関連遺伝子の発現低下3)なども示唆されており,これら精神疾患も広義の脱髄疾患に組み込まれつつある。脱髄・髄鞘再生機構を巡る研究は昨今活発化しており,特に脱髄疾患患者数の多い米英においては髄鞘再生療法の開発が国家的命題となり巨額の研究資金が投入されている。