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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学57巻5号

2006年10月発行

雑誌目次

特集 生物進化の分子マップ

序にかえて

著者: 伊藤正男 ,   石川春律 ,   野々村禎昭 ,   藤田道也

ページ範囲:P.342 - P.342

 単細胞生物が地上に出現し,それが多細胞生物を生み,さらに脊椎動物へ,哺乳類へ,霊長類へと膨大な時間をかけて進化しました。その過程の中に,遂には人類に到達した生物進化の謎を解き明かす鍵が隠されています。特に,主要な機能分子のありようを各生物について比較し,その変遷を辿ることによって,壮大な生物進化の筋書きを読み取ることが出来る筈です。

 本倍大特集号はそのような期待のもとに企画されたものですが,次の3点に特に注目しました。(1)同一の分子種が下等な生物から高等動物に至るまで,その構造を少しずつ変化させながら共通に維持されていること。この考察は,下等動物と高等動物の共通項を括りだし,この共通項の上に進化が何を付け加えていったかをとらえる視点を与えてくれる。(2)多くの分子種が沢山の亜系を生んで,大きなファミリーを作り,そのファミリーが変遷すること。一つの生物種においても,主要な機能分子の多様性には目を見張るものがある。この観点は,多くの機能分子が大きなファミリーを作って存在する所以を理解する手掛かりを与えてくれる。(3)同じ分子種が生物種によっては違った状況にはめこまれて,違った働きをすること。同じ生物種でも,身体の部分によって(例えば脳の部位によって)同じ分子が全く違う働きをする例が知られている。同じ分子に多様な機能を発揮させるという,生物の成り立ちに見られる驚くべき経済性である。

1.ゲノム

遺伝子レパートリーの進化―脳・神経系の進化過程

著者: 五條堀孝 ,   野田彰子

ページ範囲:P.344 - P.346

 1995年に,Haemophilus influenzaeの完全ゲノム配列が生物として初めて解読決定されてから現在まで,実に350種以上の生物の完全ゲノム配列が決定され,また大規模な完全長cDNA配列決定プロジェクトがヒトやマウスで進行している1)。このような完全ゲノム配列を用いた研究は,これまで遺伝子レベルで行われてきた分子進化の研究をさらに進めて,個々の生物の特徴と系統進化を浮き彫りにするだけでなく,一つの遺伝子の進化を見るだけではわからなかったような,生物のもつ多種多様なシステムの起源とその進化過程の検証を可能にしていくものと思われる。このような検証を可能とする完全ゲノムを利用したアプローチには,大きく二つの視点が考えられる。一つは,遺伝子の並び方などゲノム構造を生物種間で比較することで,ゲノムのダイナミックな進化をみるという視点である。もう一つは,ゲノムに含まれる全遺伝子セットの生物種間比較から,生物がもっている遺伝子のレパートリーがどのように変化してきたかを見るという視点である。前者の視点は,すでにいくつかの報告例も出てきているが,後者の視点ではまだ殆ど手つかずの状態になっている。そこで本稿では,後者の視点である全遺伝子セットに注目し,生体システムとしては難解ではあるものの非常に興味深い脳・神経系の進化過程を調べたわれわれの最新の研究を一例として紹介する。

イントロンの進化

著者: 剣持直哉

ページ範囲:P.347 - P.349

 真核生物の核ゲノムには多数のイントロン(スプライセオソーマルイントロン)が存在する。これらのイントロンは,どこからやってきたのか,なぜ必要なのか,いまだ多くの謎が残されている。近年のゲノム解析の進展により,種々の生物のイントロンをゲノムワイドに比較することが可能となった。新たな展開をみせるイントロンの進化について,最近の議論の争点を述べる。

2.分子系統樹

収斂進化と分子系統樹の多次元ベクトル空間表現法

著者: 北添康弘

ページ範囲:P.352 - P.354

 われわれの研究分野の目的は,特定の核酸(またはアミノ酸)配列から,現存する生物種の進化機構を明らかにすることである。その発端はKimura1)の“中立説”の提唱にあり,核酸の置換の大部分はその生命種の機能に直接関係ないというものであった。しかも,このような置換が確立事象として認識されるに至り,進化の様子が統計的手法を用いて解析可能となった。確立過程が放射性同位元素の物理学的事象ように,あらゆる生物種の最も基本的要素である遺伝子レベルで起きているということは,地球上の生命体の進化機構の本質を解明する上で,大変興味深いことである。

 分子系統樹の構築は,哺乳類のような生物種間の系統関係とHIVのように生物種内のそれとの二つに大別される。前者では二つの遺伝子配列の間の相違数が大きく,one site当たりの多重置換も無視できないため,統計的解析を用いた最適化が要求される。後者では相違数も多重置換数も小さいため,前者より厳密な解析が可能であり,理想的には系統樹の各分岐点の配列を一義的に決める完全解が要求される。前者の代表的な解析法として“最尤法”2)があり,後者では“最大節約法”3)がある。

3.生物の起源

生物の共通の祖先細胞の起源

著者: 山岸明彦

ページ範囲:P.356 - P.357

 遺伝子の配列をもとに作成された分子進化系統樹から,全生物の進化系統樹が作成された。図1はWoeseが作成した全生物の進化系統樹である1)。Woeseは,小サブユニットrRNA遺伝子の配列をもとに全生物の系統関係を解析して,無根系統樹を作成した。京都大学の岩部らとドイツのGogartenらは,全生物の分岐以前に機能分化したと推定されるファミリータンパク質を利用して根の位置を決定した2,3)。Woeseは,自分のrRNA無根系統樹にその根の位置を採用して有根系統樹を作成した。それが図1である。

 この系統樹に基づくならば,全生物は「全生物の共通の祖先(コモノート)」で二つにわかれ,一方は真正細菌に,もう一方は真核生物と古細菌になったことになる。もし,いま根本に近い生物の性質から全生物の共通の祖先の性質を推定すると,全生物の共通の祖先は現存する原核生物に類似した生物であろうと推定される。すなわち,おそらく1μm程度の大きさの細胞からなる単細胞生物であって,細胞内に複雑な内膜系はもたない。1~2Mbp程度の2本鎖環状DNAをゲノムとしてもち,DNA複製,転写翻訳など遺伝の仕組みの基本的なメカニズムはすでにもっていた4,5),かなりできあがった生物であったことになる。

真核生物の起源の解明―古細菌ピロコッカスの真正細菌γプロテオバクテリアへの共生

著者: 篠沢隆雄 ,   堀池徳祐 ,   宮田大輔 ,   濱田一男

ページ範囲:P.358 - P.359

真核生物の起源―古細菌の真正細菌への共生

 真核生物の誕生は,生命の歴史38億年の中で10数億年を要した一大イベントである1-3)。1989年,岩部らにより,真核生物のEF-1αとEF-2はそれぞれ古細菌と真正細菌の分岐以後に古細菌のEF-Tu,EF-Gから分岐したことが示された4)。しかし,後にほかの遺伝子の系統樹解析から多くの矛盾する結果も報告された。Brown & Doolittleは真核生物,真正細菌,古細菌の系統関係を示す339報に及ぶ様々な遺伝子の系統樹解析の報告から系統樹をいくつかのパターンに分類し,結論を導く難しさを議論している5)。われわれは,真核生物である酵母と多数の原核生物の全ゲノム情報から遺伝子の類似度を網羅的に相互比較できる「ホモロジーヒット法」を開発した6)。そして,真核生物の核(遺伝子情報)関連の遺伝子群は古細菌由来,ミトコンドリア関連遺伝子を除く代謝遺伝子群は真正細菌由来,ミトコンドリア関連遺伝子はαプロテオバクテリア由来であることを示した6,7)(図1)。この結果より,Lake8)とMoreira & Garcia9)が提案した真核生物の核は古細菌の真正細菌への共生に由来するとする説が証明された6,7,10)

遺伝子から見た脊索動物の起源

著者: 和田洋 ,   西野敦雄 ,   倉谷滋

ページ範囲:P.360 - P.362

 左右相称動物の共通祖先は,ウルバイラテリア(Urbilateria:ur原型+bilateria左右相称動物)と呼ばれ,形態形成に関わっている遺伝子の発現比較から図1Bのような動物として再構築されている。左右相称動物の形態形成に関わる遺伝子の中で,広く保存されているものの代表的なものがHox遺伝子群である。Hox遺伝子群は染色体の中でクラスターを形成しており,そのクラスターのなかでの位置関係に対応して,体の前後軸に沿った位置づけを行う。そのような染色体の構造と対応したコリニアな機能をもつ点まで左右相称動物で広く保存されていることから,左右相称動物の共通の祖先の体でもHoxによる位置づけ,番地づけが行われていたと推定される。そのほか,Pax6によって分化が制御される光受容器,Nkx2の制御下で発生する循環ポンプ(心臓),Dlxによって形成される体表からの突起構造などをもっていたと推測されている1)

 このようなウルバイラテリアの姿とは別に,前口動物の冠輪動物と,後口動物の間にはもう一つ,繊毛を使って泳ぐ幼生が見られるという共通点もある。このような遊泳幼生は,冠輪動物のものはトロコフォア幼生,後口動物のものはディプリュールラ幼生という名前が与えられている。この二つのタイプの幼生は,口の腹側におけるBrachyuryの発現など,いくつかの共通の遺伝子の発現パターンが認められており,左右相称動物の共通の祖先でも,このような繊毛で泳ぐ幼生が見られたのではないかと考えられる(図1A)2)。面白いことに,この繊毛をもった幼生期にはHox遺伝子群のコリニアな発現は認められない。Hox遺伝子群は,この幼生が変態して成体になっていく過程で体の番地づけを行うために発現しているようである3)。したがって,左右相称動物の共通の祖先は,繊毛を備えた遊泳幼生から,変態して体を後方へ伸ばし,その成体の体の前後軸をHox遺伝子群で番地づけするという生活史をもった動物であったと推定できる。

4.遺伝子

BodyMap-Xsとは―それが目指すもの

著者: 小笠原理

ページ範囲:P.364 - P.365

 形態・生理学的機能・行動などの表現型の進化的変化は,アミノ酸の配列の変化よりも遺伝子の発現調節の進化的変化の方が強く影響しているという説が1970年代から唱えられている。例えばヒトとチンパンジーといったような比較的近縁な種間ではアミノ酸配列に大きな差は見られないが,形態や能力などには大きな違いがある。この違いはおもに遺伝子発現調節の違いによるという考え方である1)。この説は魅力的であるばかりでなく,これが正しければ,遺伝子発現調節の進化を介して表現型の進化と分子進化が結びつく可能性がでてくるため,進化学上非常に興味がもたれるところであるが,これまでは利用可能なデータが少なかったため,検証が困難であった。しかし近年の遺伝子発現解析技術の発展により,研究に必要なデータが現在蓄えられつつあり,まさにこれからこの研究が世界的に進み始めようとしているところである。

 遺伝子発現の進化の研究においても,マイクロアレイによる測定データが使われることが多いが,これには進化学的な解析を行う上で厳しい限界がある。1種類のマイクロアレイを用いて2生物種の遺伝子発現プロファイルを比較する場合,たとえばヒト用のマイクロアレイであるGeneChip HG-U95Aをチンパンジーに適用する場合,HG-U95Aのプローブ配列とチンパンジーのmRNA配列が違えば正しく測定できないので,そのようなプローブを解析からはずす(マスクする)必要がある。オーソログの対応がついており,かつ,プローブがヒト,チンパンジーとも一つの遺伝子にしかマッチしないという条件も加えると,測定可能な遺伝子の数はヒトとチンパンジーの間ですら,測定可能な遺伝子のうちの約56%(未発表データ)にまで減ってしまう。より遠い生物種間の比較はさらに困難である。他方,2種間の発現量を比較するために,それぞれの生物種のために設計された2種類のマイクロアレイを使う論文も発表されているが,一般にシグナル強度はプローブ配列に依存するので,異なるマイクロアレイのシグナル強度の比較は一般に非常に困難である。SAGE(Serial Analysis of Gene Expression)法を使えばこのような問題は大方なくなるが,一方で,SAGE法はタグ配列が短いため遺伝子とタグとの間の対応がはっきりしない場合が非常に多い(一意的に測定可能な遺伝子はヒトUniGene#191クラスタ54,576個のうちのわずか19.3%)という問題がある。

新しいドメイン獲得による遺伝子進化

著者: 藤原晴彦

ページ範囲:P.366 - P.367

 真核細胞のタンパク質は,通常いくつかのドメイン構造(触媒活性などの機能的ユニット)から構成される。ドメインはさらに細かなモジュール構造を含む。モジュールとは本来は機械の部品などを意味するが,タンパク質においては15アミノ酸程度の立体構造をもった構造に対応し,しばしば機能的なユニットと想定される。重要なのは,高等動物などの遺伝子に含まれるエクソンは個々のモジュールに対応していることが多く,またそれらは新たに遺伝子に導入された機能ユニットと考えられるケースが多い点である。例えば,ヘモグロビンの第1エクソンは1番目のモジュール構造に,第2エクソンは2番目と3番目のモジュール,第3エクソンは4番目のモジュール構造に正確に対応している(郷通子博士の発見)。イントロンによって分断された遺伝子構造は,高等な真核細胞においては新たなドメインを獲得した進化的プロセスを示しているとも考えられる。ここでは,新規ドメイン(もしくはモジュール)が別の遺伝子に組み込まれた実例,モジュールに対応するエクソンが新たに組み入れられる進化的プロセスなどについて概説する。

 原核細胞では基本的にはイントロンはなく,下等な真核細胞の出芽酵母では300ほどしかイントロンは存在しない。一方,ヒトではイントロンは22000の遺伝子の95%に見られ,ゲノムの数十%を占める。イントロンはエクソンを持ち込む「場」を与え,組換え(イントロン間の組換え)や転移因子(イントロンへのエキソンの持込み)の働きにより,ほかの遺伝子から新たなエクソン(モジュール)を導入(エクソンシャフリングと呼ばれる)した足跡を示している1)。つまり,ヒトなどの高等な真核細胞のイントロンの多さは,遺伝子機能の多様化と複雑化に対応したものと思われる。一方,かつて約15万と見積もられたヒトの遺伝子総数は,実際には線虫やシロイヌナズナの遺伝子総数と大差なかった。これはヒトの複雑な生命活動を説明するのに一見矛盾する事実と思われるが,ヒトゲノムでは,新たに獲得した転写制御領域を介した遺伝子ネットワークの複雑化に加え,選択的スプライシングによって多数のモジュール的エクソンを使い分けられる点で,線虫などと差別化できる。イントロンや転移因子の存在は,高等真核細胞の遺伝子機能の複雑さの起源を解く鍵となっている。エクソンシャフリングによって遺伝子の多様な機能が獲得されたのは,おもに多細胞生物となってからであり,特に脊椎動物の進化においては極めて重要な役割を果たしたと考えられる。極めて巨大なDNAの収納を可能とするクロマチン構造により,真核細胞はイントロンや利己的遺伝子に免罪符を与えるかわりに,それらの存在により極めて多様な遺伝子機能を獲得するのに成功した。

5.タンパクの3D構造

タンパク三次元構造の初期進化のメカニズム

著者: 長尾知生子 ,   笹井理生

ページ範囲:P.370 - P.371

 蛋白質は美しい天然構造をもつ。そのような天然構造が実現するのは,局所と全体の間に調和が取れた,特別なデザインのためであると考えられるようになった。すなわち,蛋白質の各場所を局所的に取り出すと,その局所部分のとりやすい構造は,その部分が天然構造の中でとっている構造に近い1)。そのように部分と全体が無撞着な設計になっていれば,ほどけた蛋白質の鎖は各場所から構造を作り,自発的に天然構造にフォールドすることができるであろう。この考え方は,80年代初めに郷によって示唆されたが2),その後,多くの蛋白質のフォールディングを定量的に説明する見方であることが示された3)

 さて,こうした無撞着な配列は地球上にどのようにして現れたのだろうか。大きく分けて二つのシナリオが可能であろう。一つは,無撞着な配列が前生物的な化学過程として現れ,そうした蛋白質らしい鎖がRNA世界の生命に採用され,細胞の成分となったという考え方である。もう一つは,原初の生命は無撞着でない,あまりよくフォールドしない鎖を用いており,それがDNAにコードされていたが,突然変異と選択を繰り返すうちに無撞着なよくフォールドする現代的な蛋白質に進化したという考え方である。後者の考え方は,よくフォールドできない配列が現代的な配列に徐々に進化できるという仮定に基づいている。もちろん,痕跡が残っていない大昔のことについて,上の二つのどちらが正しいかはわからない。しかし,後者の考え方が面白いと思われるのには次の二つの根拠がある。まず,ランダム配列から出発して,変異と選択によってフォールド可能な配列を選び出すことが実験的に可能である4)。蛋白質らしい配列は,ランダム配列から到達不可能な隔絶したものではない。次に,ゲノムのコードする蛋白質の半数程度の種類は天然状態では単独では定まった立体構造をとらない5)。そうした蛋白質もほかの生体分子と複合体を作るときには決まった立体構造をとるとすれば,構造が機能に必要であることには変わりはない。しかし,構造が崩れた蛋白質と,構造が決まった蛋白質が細胞の中で共存しており,その境界が鮮明でないことは興味深い。

6.核

羊膜類における染色体構造と核型進化

著者: 松原和純 ,   松田洋一

ページ範囲:P.374 - P.375

羊膜類の核型の特徴

 羊膜類とは,発生の初期段階に胚が羊膜をもつ脊椎動物の総称であり,哺乳類,鳥類,爬虫類がこれに含まれる。ミトコンドリアDNA全ゲノム配列から推定された羊膜類の系統関係1)と各分類群の代表的な核型を図1に示す。爬虫類と鳥類がもつ核型の共通の特徴の一つにマイクロ染色体の存在がある。ニワトリとスッポンの核型は六対のマクロ染色体と多数のマイクロ染色体からなり,シマヘビの核型もニワトリとスッポンほど多数ではないがマイクロ染色体を含む。ワニ類ではマイクロ染色体をもつ種は報告されていないが,系統関係から爬虫類と鳥類の共通祖先の核型にはマイクロ染色体が存在したことが予想されている。一方,哺乳類では原猿類の一部がマイクロ染色体をもつことが報告されているが,その起源は原始爬虫類から保存されてきたものではなく,系統分化に伴う染色体構造変化により派生したものと考えられている。

転写因子から見た咽頭器官の起源と進化

著者: 小笠原道生

ページ範囲:P.376 - P.377

咽頭器官としての鰓裂・内柱

 咽頭は,解剖学的には口腔と食道の間にある消化管の一部分が膨らんだ領域を指し,脊椎動物のみならず後口動物全般で,さらには線形動物,節足動物,扁形動物,有櫛動物といった多くの動物群に存在する。その中でも,われわれヒトとしてはやはりヒトを含む脊椎動物の咽頭に興味が向くところであり,この咽頭がどのように進化してきたのかを理解するためには,脊椎動物および近縁の動物を用いた咽頭研究が鍵となる。

 脊椎動物に近縁な動物群としてはホヤやナメクジウオが知られているが,これらの動物群は脊椎動物と同様に脊索を共有することから,脊索動物の中でも原始的な体制を保持した下等脊索動物として捉えるのがわかりやすい。脊索動物を特徴づける形質としては脊索のほかにも,脊索の背側の神経索,肛門の後ろの尾,咽頭壁の裂け目である鰓裂,咽頭腹側の分泌線である内柱などがあり,これらの形質それぞれについての理解を深めることが,脊索動物の基本体制(ボディープラン)の起源と進化を考える上で重要となる。本稿では脊索動物が共有する形質のなかでも,下等脊索動物の咽頭器官である鰓裂ならびに内柱に焦点を当て,これらの器官で発現する転写因子と咽頭器官の進化について考えてみる。

転写調節・遺伝子制御ネットワークの進化―Hoxシグナル伝達系

著者: 田中博 ,   荻島創一

ページ範囲:P.378 - P.379

「システム進化」概念の提案―階層的入れ子構造による進化

 遺伝子制御ネットワークやシグナル伝達系などの急速な研究の進展にともない,近年の生命科学は,個々の遺伝子を扱う視座から「生命をシステムとして理解する」視点へと移行しつつある。この視点は,個々の分子的ネットワークだけでなく,より深く生命自身の体制的なあり方に適用できるもので,原核生物-真核生物-多細胞生物という生命の体制的進化も,前段階の体制を構成要素として「入れ子」構造的な包摂化により高次な体制へ階層的に進化する過程としてみることができる。

 このような基本的枠組みにあって分子進化の諸概念もシステム生命科学の観点から書き換える必要があろう。すなわち,これまでの個々の遺伝子単位の変異とそれに基づく中立あるいは選択的進化の枠組みではなくて,遺伝子群が相互結合して共同して一定の生命機能を担う生命分子のネットワークを基本単位として,その複雑化の過程として生命進化を見る,いわば「システム進化」的な立場である。個々の遺伝子の変異は自由ではなくシステム的な拘束のもとにおかれる。また,変異の選択も個々の遺伝子の機能ではなく,ネットワーク全体の機能への寄与から選択される。またネットワークの複雑化といっても,生命分子ネットワークは一旦形成されたら進化を断絶させて再構築することはできないため,その進化は既存のネットワークを「入れ子」的に含みつつ高次体制化する形で実行される。「システム進化生物学」的な見方は,これまでの遺伝子単位の分子進化理論に比べ,生物の表現形ともより密接であり,これまでの分子レベルと形態レベルの進化の間隙を埋めるものとして期待される。

AP2多重遺伝子ファミリーの分子進化

著者: 伊藤元己 ,   執行美香保

ページ範囲:P.380 - P.381

 AP2ドメインはおよそ70のアミノ酸残基からなり,植物に特有である。AP2ドメインを含む遺伝子は転写調節因子であると推定されており,AP2/EREBP多重遺伝子ファミリー(以下はAP2ファミリー)を構成し,シロイヌナズナのゲノム中には144個が含まれる1,2)。AP2ファミリーは,一つのAP2ドメインをもつエチレン応答結合タンパク質(EREBP)サブファミリーと,二つのAP2ドメインをもつAP2サブファミリーに分類される。EREBPサブファミリーのほとんどは,環境応答のシグナル伝達系で機能している1)。AP2サブファミリーは二つのグループAP2とANTに分けられ3),花のホメオティック遺伝子であるAPETALA2(AP2)4)と,細胞の数と成長を制御し,側部の器官発生に関わるAINTEGUMENTA(ANT)5,6)が含まれる。

 AP2ファミリーの系統解析は,植物の発生および生理的に重要な遺伝子群の進化を考える上で重要であり,われわれは新たにコケ植物と裸子植物から遺伝子を単離し,分子系統解析を行った。

レギュカルチン遺伝子プロモーター結合タンパクRGPRの比較生物学

著者: 山口正義

ページ範囲:P.382 - P.384

 レギュカルチン(regucalcin)は,EFハンド構造を有しないカルシウム結合タンパクとして,山口らにより発見・命名された1-4)。その後,本タンパクは,数多くの研究により,細胞内情報伝達系の制御タンパクとしての役割を有し,多機能性を発揮することが解明されている5-7)。その中で,レギュカルチンは,カルシウム依存性の各種プロテインキナーゼおよびプロテインホスファターゼ活性を抑制し,核移行によりDNAならびにRNA合成を阻害するなどの機能特性がある。本タンパクを発現増加したクローン化ラット肝がん細胞や正常ラット腎近位尿細管内皮細胞の培養系において,それら細胞の機能関連分子の遺伝子発現を調節することにより細胞増殖やサイトカイン誘導アポトーシスを抑制することが示されている。

 レギュカルチン遺伝子はX染色体に位置し,7個のエクソン構造を有する8,9)。そのプロモーター領域に結合する転写因子として,AP-1,NF1-A1が同定され10-12),転写活性を高めることが示されている。さらに,筆者らは,レギュカルチン遺伝子プロモーター領域のTTGGC(N)6CC(-523/-503)配列に結合するタンパクをyeast one-hybrid法で同定した13)。このタンパクは新規のもので,RGPR-p117(regucalcin gene promoter region-related protein)と命名した。これまでに,RGPRのcDNAがヒト,ラット,マウス,ウシ,ラビットおよびニワトリでクローニングされ,その塩基配列とアミノ酸組成が比較されている13,14)

7.リボソーム

16S rDNAを指標としたヒト腸内常在菌叢の系統解析

著者: 辨野義己

ページ範囲:P.386 - P.388

 ヒトの腸内には多様な細菌が常在し,複雑な常在菌叢を形成し,その大部分が偏性嫌気性菌(酸素のあるところでは生育できない細菌)である。1950年代初頭より,嫌気培養技術の確立・応用により,腸内常在菌叢を構成する大部分の菌種・菌株が偏性嫌気性菌であることが知られるようになった。これによって,それまで解明され得なかった常在菌叢の菌群構成の一部が明らかとなり,ヒトの健康,老化,疾病などとの関係も明らかにされてきた。21世紀に入り,これまでの培養可能な腸内常在菌の解析から16S rRNA遺伝子を指標とした手法を用いて培養困難な未知の腸内常在菌を含む系統解析が行われ,ようやくその全貌が見えてきた。

8.ミトコンドリア

進化におけるミトコンドリアから核への遺伝子移動モデル

著者: 山内淳

ページ範囲:P.390 - P.391

 ミトコンドリアは,自由生活を営んでいたバクテリアの仲間が真核細胞内に取り込まれ,共生関係を獲得したものだといわれている。その後の長い共生関係の間に,ミトコンドリア由来の遺伝情報は徐々に真核細胞の核へと移行して行った。実際,自由生活を営むバクテリアのゲノムサイズ4,000-6,000kbに比して,被子植物のミトコンドリアは160-2,000kbの大きさの中にミトコンドリア関連の遺伝子の10%程度が含まれているにすぎず,さらに動物のミトコンドリアにいたっては16-20kbほどのサイズにイントロンを含まない37個の遺伝子がコードされているだけである1-3)。そしていずれの場合も,ミトコンドリア関連の遺伝子の多くは核ゲノム上に位置している。

 このように,ミトコンドリアDNA(以後,mtDNA)由来の遺伝子が核へと移行する過程はどのように進行したのだろうか。また,動物と植物の間に見られる移行の程度の違いは,どのような要因を反映しているのだろうか。筆者はこれらの問題を考えるために,数理モデルを用いてシステムの挙動を理論的に解析した4)。理論モデルの仮定として,遺伝子を失って小型化したmtDNAは,元々のサイズのmtDNAよりも細胞内で素早くコピーを増やすことができるため,両者が共存する細胞は一定の確率αで変異mtDNAのみを含む状態へと移行するという条件をおいた(細胞内競争:intracellular competition)。

ミトコンドリア全ゲノムデータによる系統推定

著者: 西田睦 ,   宮正樹

ページ範囲:P.392 - P.394

 進化の研究には比較が必須である。そして,まともな比較に不可欠なのが信頼性の高い系統枠である。つまり,生物界の系統構造の解明は,進化に関連するあらゆる研究・考察の前提である。しかし,この事実は意外にも明瞭に認識されていないことが多い。それはおそらく,比較をしようとする際に,既存の分類の枠組みを系統枠の代わりに利用できるからであろう。だが,これでは不十分である。幸い,近年の急速なDNA分析技術の発展は,全生物の系統関係をDNAデータから本格的に推定することが可能であるという希望をいだかせてくれる。しかしながら,著しい多様性をもつ生物界の精緻な系統枠を得ることは,必ずしも容易なことではない。その理由の一端は次項で述べるが,そんな中で筆者らは,ミトコンドリア全ゲノムデータを用いた分子系統解析によって,脊椎動物,とくにその根幹をなす魚類の高次系統枠を推定するプロジェクトを進めており,種々の成果が得られてきているので,ここではその概要を紹介することにしたい。

9.細胞接着

カドヘリンの分子進化

著者: 八木健

ページ範囲:P.396 - P.398

 単細胞生物が多細胞生物に進化する過程には,細胞が一塊に集まること,細胞と細胞との相互作用が生まれることが必要である。多細胞動物において,細胞が単一でなく凝集するのは細胞膜に存在する細胞接着分子によるものである。カドヘリンは,細胞外カルシウム依存的に細胞集合を引き起こす分子であり,発現しているカドヘリンの種類の違いにより細胞凝集の選択性が異なる。カドヘリンは細胞外領域にカドヘリンドメイン(保存されたカドヘリンモチーフ[LDRE,DXNDN]をもつ)が繰り返されたタンパク質であり,このカドヘリンドメインをもつ分子群を現在,カドヘリンスーパーファミリーと表現している1,2)。このカドヘリンドメインをもつ分子群は細胞接着に関わる機能をもつことが予想されることより,長い間,多細胞動物に特徴的な分子群であると考えられていた。しかし,多細胞動物に最も近縁な単細胞動物である立襟鞭毛虫(Monosiga brevicollis)において,カドヘリンドメインをもつ遺伝子が2種類発見された。この遺伝子はカドヘリンドメインの配列より,カドヘリンスーパーファミリーにおけるプロトカドヘリンに類似したものであった。このことから単細胞動物が多細胞動物に進化するのに先行してカドヘリンドメインの分子進化がおこっていることが明らかとなった3)

 また,タンパク質構造によりカドヘリンドメインの由来を見て行くと,単細胞生物である分裂酵母においてもカドヘリンドメインの基本構造(約110アミノ酸のβサンドイッチ構造をもつGreek-keyフォールディング)に類似したタンパク質構造が細胞膜糖タンパク質(Axl2p)に認められた4)。興味深いことに,Axl2pは分裂酵母発芽において細胞極性に関わり,多細胞動物におけるカドヘリン機能に類似している5)。多細胞動物で細胞認識・接着に用いられる遺伝子が単細胞生物において先行して分子進化していたことは,形質の進化と分子進化との関連性を考える上で興味深く,カドヘリンの分子進化は,単細胞生物が多細胞動物へ進化する上で重要な役割を担った可能性がある。

10.細胞骨格

細胞骨格の組織化に関与するkelchホモログ遺伝子の系統進化

著者: 吉田健一

ページ範囲:P.400 - P.401

kelchとは

 kelchは44-56アミノ酸残基からなるモチーフで,通常4-7回の繰り返し(リピート)としてβ-プロペラ構造をとり,おもにアクチンや中間径フィラメントなどとの相互作用により細胞の形態や運動を制御する1-4)。最初のkelchモチーフはD. melanogasterのkelch ORF1で発見された。その機能は,卵形成過程で15個の支持細胞から卵母細胞へと母性因子を輸送するための橋(ring canal)に存在するアクチンの安定化因子であった5)。その後のゲノム解読とバイオインフォマティクスの進展により,ヒトでは70以上,C. elegansD. melanogasterで約18,酵母でも5-8個のkelchホモログ遺伝子が確認されている。

WASPファミリーの分子進化

著者: 末次志郎

ページ範囲:P.402 - P.403

 WASP/WAVEファミリータンパク質は哺乳動物ではN-WASP1),WASP2)およびWAVE1-33,4)(SCARとも呼ばれる)の五つのタンパク質からなる。このタンパク質ファミリーはWASP,N-WASPからなるWASPサブファミリーとWAVE1,WAVE2,WAVE3からなるWAVEサブファミリーの二つのグループに分けられる。共通する特徴はC端部にVCAドメインを,中央部にプロリンに富むプロリンリッチ領域をもつことである5)。VCA領域はアクチン重合を開始するタンパク質複合体であるArp2/3複合体の活性化に重要である。プロリンリッチ領域はプロフィリンに結合しアクチン重合を促進する機能に加え6,7),特にSH3ドメインをもつアダプタータンパク質との結合を通して,様々な制御シグナルを受け取る機能をもっている。プロリンリッチ領域のN端側の領域は,リン脂質や低分子量Gタンパク質による制御シグナルを受け取ることに重要な機能をもっていると考えられている5)。WASP/WAVEファミリータンパク質は様々な制御シグナルを受け取り,Arp2/3複合体を活性化する,いわば細胞内シグナル伝達をアクチン重合へと仲介するシグナルの仲介タンパク質であると考えられる。

 図1に酵母,アメーバ,線虫,ショウジョウバエ,ヒト,アラビドプシスのWASP/WAVEファミリータンパク質の系統樹を示す。しかしながら,酵母にはWASPサブファミリーはあるがWAVEサブファミリーは見つかっていない。アラビドプシスのWAVEサブファミリーはほかの種のものとは大きく異なっていて8),WASPサブファミリーに属するタンパク質は今のところ見つかっていない。

11.酵素

DNAポリメラーゼの分子進化

著者: 武村政春

ページ範囲:P.406 - P.407

 真核細胞は古細菌を祖先とする共生の産物であるといわれる。この共生説には様々な証拠が存在するが,中でも1999年,Lakeらによりなされた真正細菌,古細菌,酵母の核ゲノム遺伝子の比較によって,真核細胞の複製・転写・翻訳に関わる遺伝子のほとんどが古細菌型であることが明らかとなったことは特筆に値する1)。本稿ではこのうち,複製に関わる遺伝子について取り上げる。

 DNA複製反応において,デオキシリボヌクレオチド重合反応に携わるのがDNAポリメラーゼであり,真核生物では計15種類のものが知られ,このうち,通常のDNA複製反応を司るものがDNAポリメラーゼα,δ, そしてεである2,3)

ジヒドロピリミジナーゼ(DHP)とDHP関連タンパク質群(DRPs)の分子進化

著者: 竹本忠司 ,   木村博

ページ範囲:P.408 - P.409

ヒトのジヒドロピリミジナーゼ(DHP)とDHP関連タンパク質群(DRPs)

 DHP(dihydropyrimidinase)は亜鉛を結合する金属酵素であり,ピリミジン塩基分解の反応を触媒し,肝臓と腎臓でおもに発現している。興味深いことに,この酵素を欠損したジヒドロピリミジン尿症では,約半数で痙攣や精神運動遅滞などの中枢神経症状をともなう1)。一方,DHPと高いアミノ酸配列相同性(57-59%)をもつ分子であるDHP関連タンパク質(DRPs;DHP related proteins)は様々なアプローチにより機能が明らかにされてきた(CRMP, collapsin-response-mediator protein;Ulip, Unc-33-like phosphoprotein;TOAD-64, turned on after division, 64kDa)2-5)。特に面白いのはDRPsが神経発生においてシグナル伝達分子(神経成長円錐の退縮に関与)として働いていることであろう3)。実際,この細胞質性のリン酸化タンパク質は,発生過程でおもに神経系で発現している。現在では,DRPsとして,ヒト,ラット,マウスでは5種(CRAM, CRMP-associated molecule6-8)を含む),ニワトリでは4種が知られている。また,脊椎動物のDRPsはDHPとの高い相同性にもかかわらず,ピリミジン塩基の分解機能はすでに失っている。

真核生物におけるGAPDH遺伝子の複雑な進化

著者: 瀧下清貴 ,   石田健一郎 ,   丸山正

ページ範囲:P.410 - P.412

 グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(glyceraldehydes-3-phosphate dehydrogenase:GAPDH)はカルビンサイクルや解糖/糖新生系において機能し,この酵素をコードする遺伝子は,真核生物の進化研究における系統マーカーとして比較的よく調べられている。

 本稿で扱うGAPDH遺伝子は大きく二つのグループに分けられる。一つは真核・細胞質型のGapCタイプで,もう一つは真正細菌型のGapA/Bタイプである。一次共生由来の葉緑体を有する緑色植物(緑藻類+高等植物)や紅藻類は両方のGAPDH遺伝子を核にもっており,GapCは細胞質のGAPDHを,GapA/Bは葉緑体内で働くGAPDHをそれぞれコードしている。それらのGapA/Bは,ラン藻類が有するGAPDHの一つと近縁であることから(図1),一次共生による葉緑体の獲得に伴ってラン藻類から宿主核に転移した多くの葉緑体タンパク質遺伝子の一つであることが容易に想像できる。ところが紅藻類を起源とする二次共生由来葉緑体(従属栄養性真核生物が真核藻類細胞を取り込むことで獲得された葉緑体)をもつ真核生物では状況が異なる。

P型ATPaseの分子進化

著者: 岡村英幸 ,   大庭良介 ,   竹安邦夫

ページ範囲:P.413 - P.415

 P型ATPaseは,能動輸送によっておもに細胞内外のイオン濃度環境のコントロールを旨とする膜輸送タンパク質である。最初の細胞が原始地球のいずこかの水中で,遺伝因子を外界環境から膜を用いて隔離・独立させることで生じた瞬間から,膜を隔てた外部環境と内部環境の間の各種イオンの濃度調節は細胞にとって必須課題となった。P型ATPaseは,生命誕生以来,細胞の進化と歩調を合わせ,細胞の要求に応じてバリエーションを増やして,現在では五つのファミリー,11のサブファミリーからなるスーパーファミリーとなっている1,2)

クレアチンキナーゼの分子進化

著者: 鈴木知彦 ,   宇田幸司

ページ範囲:P.416 - P.418

 クレアチンキナーゼ(CK)を含むホスファゲンキナーゼ(PK)酵素群の進化には,分子進化の面白さが凝縮されている。祖先型酵素であるアルギニンキナーゼ(AK)は,その基質認識部位を巧みに変化させ,少なくとも6種類の酵素へと進化した。われわれ脊椎動物にはこのうちの一つ,CK遺伝子が受け継がれている。CKの起源は少なくとも8億年前に遡る。この間,遺伝子の重複と融合は頻繁に起こり,AKとCKでは異常な2ドメイン型あるいは3ドメイン型酵素が少なくとも4回独立に生じた。また,AK活性をもつ酵素も3回独立に進化している。

12.ホルモン/生理活性ペプチド

ナトリウム利尿ペプチドの進化

著者: 井上広滋 ,   竹井祥郎

ページ範囲:P.420 - P.421

 ナトリウム利尿ペプチド(NP)ファミリーは,保存性の高い17アミノ酸からなる環状構造を構造上の特徴とするホルモンファミリーである1,2)。心房性ナトリウム利尿ペプチド(Atrial NP;ANP)が哺乳類の心臓から単離されて以来,ブタの脳よりB型NP(BNP),ウナギやサケ類の心臓から心室性NP(Ventricular NP;VNP),ブタやウナギの脳からC型NP(CNP)など,構造の類似するホルモンが次々と発見された。さらに近年,魚類ゲノムの研究からCNPには4種類の分子種(CNP-1~CNP-4)が存在することがわかったため3),NPファミリーは少なくとも7種類の分子種から構成されることが明らかになった(図1)。ANP,BNP,VNPは環状構造のアミノ末端側,カルボキシル末端(C末端)側の両方にペプチドの伸張(テールと呼ばれる)があるのに対し,CNPはC末端テールを欠くことが構造上の特徴である(図1)。NPファミリーは利尿をはじめ体液調節にかかわる様々な機能をもつことが知られているが,その作用様式から二つのタイプに分別することができる。ひとつは,心臓でおもに発現し,血流にのって体内を循環するタイプ(循環型)で,ANP,BNP,VNPがこれに相当する。もう一方は,脳や一部の末梢器官で傍分泌的に作用するタイプ(傍分泌型)で,CNPの多くがこれに相当する。

 現存するなかで最も原始的な脊椎動物である円口類は1種類のNPしかもたない。メクラウナギ類のNPはC末端テールをもっているが,分子系統解析によりCNP-4に近いことがわかっている。また,ヤツメウナギ類のNPは,C末端テールを欠くCNPタイプで,CNP-4に最も近い。従って,NPファミリーの祖先はCNP-4型であったと考えられる4)

外分泌タンパクprolactin inducible protein(PIP/GCDFP15)遺伝子の進化

著者: 大澤資樹

ページ範囲:P.422 - P.423

 prolactin inducible protein(PIP)(OMIM:176720)は,gross cystic disease fluid protein 15(GCDFP15)とも呼ばれる15-17kDの糖タンパクで,唾液,母乳,精液,涙,汗など外分泌液中に含まれ,アポクリン腺で共通して産生されている。発現がテストステロンなど男性ホルモンやプロラクチンに反応性であることが特徴である1)。CD4や細菌類と結合能をもつことから免疫系の機能や,獲得性の精子膜タンパクとして存在し,抗精子抗体の主要抗原となっているなど生殖系での機能が報告されている。

 アロ抗原として同定されたマウス精嚢由来seminal vesicle autoantigen(SVA)はPIPのホモログであり,さらに三つのSVA類似遺伝子が同定され,SVA-like proteins(SVAL)1, 2 and 3と命名されている2,3)。これら遺伝子はマウス染色体7q34上でPIP・SVAL2・SVAL1・SVAL3・SVAの順にクラスターを形成し,PIP/SVA遺伝子族と呼ばれる。アミノ酸配列ではシステイン残基とZn2+結合ドメインが特に保存されている。系統樹解析を行うと,SVA・SVALでは進化速度が速い可能性が認められ,dN/dS比も高値を得る。すなわち,正の自然淘汰が作用しているのか,過剰となった遺伝子が機能的制約開放され,無秩序なアミノ酸置換を蓄積していると考えられる。また,涙腺・耳下腺・舌下腺・乳腺・精嚢・大腸などの外分泌臓器において遺伝子発現を調べたところ,5遺伝子間で発現臓器の相違を認め,遺伝子重複を繰り返し複数となった遺伝子群は,発現の分化を獲得している4)

プロオピオメラノコルチンの分子進化

著者: 高橋明義 ,   川内浩司

ページ範囲:P.424 - P.425

 プロオピオメラノコルチン(POMC)はメラノトロピン(MSH),コルチコトロピン(ACTH),エンドルフィン(END)などの共通前駆体である1)。MSHとACTHは共通にHis-Phe-Arg-Trpという活性配列を有しており,メラノコルチン(MC)とよばれる。ACTHは副腎皮質に作用し,ステロイドホルモンを介してストレスを解消する。 MSHは色素細胞に作用し,体色を背景にカモフラージュしストレスを緩和する。β-ENDは強力な麻酔作用によってストレスからの回復を促す。すなわちPomcは体内外の環境への適応を司る一連のホルモンをコードしているのである。その分子進化を理解することは脊椎動物の繁栄の秘密を解くヒントとなる。

オキシトシン/バソプレッシンスーパーファミリーの進化

著者: 南方宏之

ページ範囲:P.426 - P.427

 オキシトシン(OT)とバソプレッシン(VP)は,哺乳類の下垂体後葉から分泌されるホルモンで,OTは子宮筋収縮や乳汁分泌など生殖機能,VPは血管収縮と抗利尿など体液調節に重要な役割を果たす。脊椎動物はOTとVPに構造の類似した二種のペプチドをもつ。C末端から二番目が中性アミノ酸のものはイソトシン-メソトシン-OT系統,また塩基性アミノ酸のものはバソトシン-VP系統に分類される。また,アミノ酸の極性の違いが受容体との特異的相互作用を決定する1)。脊椎動物で最も原始的な無顎類がバソトシンだけをもつことから,約5億年前,無顎類と有顎類が分岐したとき祖先型遺伝子が重複をおこし,二つのファミリーが進化し,スーパーファミリーを形成したと考えられている1)。無脊椎動物からもバッタのロクプレシン,ミミズのアネトシン,そして巻き貝とアメフラシのLys-コノプレシンなどが発見されている。脊椎動物と異なり,無脊椎動物には,一種の動物に一方のファミリーに属するペプチドだけが存在し,そのペプチドがOT様とVP様の両方の機能を兼ね備えるとされてきた。また,スーパーファミリーの共通の祖先は約6億8,000万年前,新口動物と旧口動物が分岐したとき,すでに存在したと考えられている1)

 アネトシン(AT)はミミズの体節にある腎管の収縮物質として単離された2)。AT前駆体の基本的な構造はシグナル配列,ペプチドの配列,C末端アミド化と切断シグナルである-Gly-Lys-Arg-配列,およびニューロフィジン配列からなり3),スーパーファミリー前駆体の基本構造と同様である。ニューロフィジンは14個のCys残基が形成するジスルフィド結合によって安定な立体構造をとり,分泌顆粒の中でペプチドと結合してそれを保護する。AT前駆体のニューロフィジン配列にあるCys残基の数や位置が一致している3)(図1)。

タキキニン関連ペプチドの進化

著者: 佐竹炎

ページ範囲:P.428 - P.429

 タキキニン(TK)は哺乳類で極めて多彩な生物現象に関与している神経ペプチドである1)。ほぼすべてのTKにPhe-X-Gly-Leu-Met-NH2というコンセンサス配列がC末に保存されていることが配列上の特徴だが1-3),動物種による構造上や機能上の多様性が示されている。

レニン-アンジオテンシン系の進化

著者: 竹井祥郎 ,   渡辺太朗

ページ範囲:P.430 - P.431

 レニン-アンジオテンシン系は循環調節や体液調節に重要な酵素・ホルモン系である1)。腎臓から分泌されるレニンは,肝臓で作られる血漿タンパク質であるアンジオテンシノゲン(AGT)に作用して,N末端からアンジオテンシンⅠ(ANGⅠ)を切り取る。ANGⅠは肺循環を通る間にアンジオテンシン変換酵素(ACE)により活性型のANGⅡに変換される。ANGⅡは強力な血管収縮作用,飲水誘起作用,アルドステロン分泌促進作用などを示し,ACE阻害剤やANGⅡ受容体のアンタゴニストは心不全,高血圧,水・電解質代謝異常などの治療において,重要なターゲットとなっている。

 これまでに,AGTを含む血漿とレニンを含む腎抽出物をインキュベートしてANGⅠを産生し,それを精製することにより多くの動物でANGⅠの配列が決定されてきた(図1A)。調べられた動物は,円口類に属するヤツメウナギから哺乳類まで多様である2)。しかし,系統的に原始的な種では血漿AGT濃度やレニン活性が低く,十分な量のANGⅠを生成するためには百ミリリットル単位の血漿と数十グラムの腎臓組織を必要とする。そのため,まれにしか捕獲できない種や腎組織が未発達なメクラウナギなどでは,この方法を用いて配列決定に十分な量のANGⅠを生成することは不可能であった。

ゴナドトロピン放出ホルモン受容体(GnRH-R)の分子進化

著者: 大久保範聡 ,   長濱嘉孝 ,   会田勝美

ページ範囲:P.432 - P.433

 神経ペプチドの一種であるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)は,下垂体からのゴナドトロピン分泌促進を介して生殖腺を発達させるとともに,性行動を誘起するはたらきをもつ。それゆえGnRHは,生殖機能を中枢レベルで支配する最も重要な因子であると考えられている。脊椎動物からは三種類のGnRHパラログ(GnRH1,GnRH2,GnRH3)が見つかっている。しかし,三種類すべての遺伝子を保持している動物種は一部の魚類に限られており,多くの動物種では,一つもしくは二つのGnRH遺伝子が欠損していることがわかっている。例えば,ヒトを含めたすべての四足動物はGnRH3を欠損しているようである。ラット・マウスはさらにGnRH2も欠損している。複数種のGnRHをもつ動物種では,それぞれのパラログが機能分化している。GnRH1が下垂体からゴナドトロピンを分泌させる主因子として機能する一方,GnRH2とGnRH3はおもに脳内で神経修飾物質として機能する。一部のGnRHパラログを欠損している動物種においては,残っているほかのパラログがその機能を補っていると考えられている。

 一方,GnRH受容体(GnRH-R)は7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体(GPCR)である。最近の研究によって,リガンドと同様,脊椎動物は複数のGnRH-Rパラログをもち,その分子進化は極めて複雑であることが明らかとなってきた。これまでに脊椎動物から同定されたGnRH-Rは,三つもしくは四つのサブタイプに分類することができる。

脊椎動物におけるインスリンの構造と機能の進化

著者: 安藤忠

ページ範囲:P.434 - P.435

 インスリンは動物界に広く存在し,IGF,リラキシン,ボンビキシンなどと共にインスリンスーパーファミリーを形成するペプチドホルモンである。系統発生的起源はカイメンまで遡り,かなり古い1)。しかし,無脊椎動物のものについては配列の相同性や機能から,インスリンと呼ぶよりもインスリンスーパーファミリーに属するものと捉えた方がよいようである。ここでは脊椎動物のインスリンに限定して構造と機能の進化について述べたい。

カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)ファミリーの分子進化

著者: 御輿真穂 ,   竹井祥郎

ページ範囲:P.436 - P.438

 カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)ファミリーは,構造の保存された複数の分子からなるホルモンファミリーである。そのメンバーとして,これまでに哺乳類においては,CGRP,アミリン,アドレノメデュリン(AM),カルシトニン受容体刺激ペプチド(CRSP)が報告されている。CGRPは神経伝達物質であるほか,強力な循環調節作用を示す1)。アミリンは膵臓のβ細胞において産生され,糖代謝を調節する2)。AMは多機能ホルモンであり,循環調節作用,免疫調節作用,体液調節作用などが報告されている3)。最近同定されたホルモンであるCRSPについては,その作用はまだわかっていない。最近われわれは,AMが硬骨魚類において5種類に多様化(AM1-5)し,CGRPファミリーの中で独立したサブファミリーを作っていることを明らかにした4)。このように複雑なCGRPファミリーの分子進化を明らかにすることにより,このファミリーがもつ多様な機能への理解が深まることが期待される。

 われわれは,硬骨魚類におけるCGRPファミリーの多様化の歴史を明らかにするため,遺伝子マッピングの手法を用い,メダカにおいて各遺伝子の染色体上の位置を決定した。その結果,AM1とCGRP1,AM2とAM4とCGRP2,およびAM3とアミリンはそれぞれ同一の染色体上に位置していた(図1)。さらに,ゲノム情報が明らかになっているほかの魚類や哺乳類における各遺伝子の染色体上の位置情報と比較することにより,脊椎動物におけるファミリー全体の進化の歴史を明らかにすることができた。

13.時計遺伝子

時計遺伝子の進化

著者: 吉村崇 ,   海老原史樹文

ページ範囲:P.440 - P.441

 生物は地球の自転によって生じる24時間の環境の変化によりよく適応するために,おおむね24時間のリズム(概日リズム:circadian rhythm)を刻む計時機構を進化の過程で獲得した。概日リズムは原核生物からヒトに至るほぼ全ての生物に普遍的に観察されるため,生物の進化を考察する上で貴重な情報を提供するものと考えられる。過去10年あまりの研究によって概日リズムが「時計遺伝子」と呼ばれる遺伝子の転写,翻訳のフィードバック制御によって発振されていることが様々な生物種において明らかになってきた1)。ごく最近になって,葉緑体の祖先と考えられているシアノバクテリア(藍色細菌)では,時計遺伝子の転写,翻訳を停止させても時計タンパク質のリン酸化リズムによって概日リズムが発振されることが示された2,3)。この結果は少なくともシアノバクテリアにおいては転写,翻訳のフィードバック制御がリズム発振に不可欠ではないことを示唆しているが,このモデルがその他多くの真核生物に該当するかは未だ明らかにはされていないため,ここでは時計遺伝子の進化について議論したい。

 地球上に生命が誕生したとき,地球は自転していたため,あらゆる生物種において時計遺伝子が保存されていることが想像された。しかし予想に反してゲノムスケールの塩基配列の比較の結果,時計遺伝子は動物,菌類,植物,バクテリアなど,界の間ではあまり保存されていないことが判明した1)。ここで注目すべきは,時計を構成している遺伝子は異なっていても,転写,翻訳のフィードバック制御が重要であるという事実は界をまたいで共通しているということである。

線虫におけるクロック遺伝子ホモログ

著者: 長谷川建治 ,   三枝徹

ページ範囲:P.442 - P.443

 現在,多くの生物で概日リズムに影響を与える遺伝子が多数同定され,それら時計遺伝子の転写/複製の負のフィードバックループが概日時計の心臓である,という共通した機構が提唱されている1)。線虫にも,CRYを例外として,時計遺伝子群と相同性の高い蛋白群が存在する。表1に,線虫データベース,WormBase(http://www.wormbase.org/)2)を使って検索した,ショウジョウバエとマウスの時計蛋白群と30%以上の相同性をもち,機能的ドメインまたはモチーフを共有し,かつその機能が判明しているものの一覧を示す。発生への関与が明らかにされているものが多いが,概日時計への関与は不明のままである。例えば,periodper)ホモログのlin-42は,発生後期に約6時間間隔で行われる脱皮に同調して4回だけ発現し,成虫になると測定不能なレベルに低下する3)。またtimelesstim)の相同遺伝子tim-1は,lin-42などと協同して発生後期に成虫への成長を遅らせる調節をしている4,5)。しかし,成虫線虫がはっきりした行動の概日リズムを示す6)こと,また後期発生L1期7)の行動と幼虫期の高塩浸透圧耐性8)に対しても明確な概日リズムを示すことが明らかにされており,線虫も孵化から死ぬまで24時間周期の時を刻み続ける概日時計機構をもっていることは間違いない。

 多くの時計蛋白は,basic-helix-loop-helix(bHLH)とPAS構造をもち,dioxinなどの環境汚染物質に対する毒素代謝に関与するARNTやショウジョウバエ中枢神経発生に関わるSIMなどと共に,環境変化の感知と適応(発生時の細胞を取り巻く環境も含む)に関与するbHLH-PAS蛋白に分類されている9)。PASは,PER-ARNT-SIMに由来する10)。bHLHのbasic領域はDNAへの結合,HLH領域はほかの蛋白とのダイマー形成に機能し,これにPAS領域が結合する。神経や気管支の発生,低酸素反応,および対毒素代謝などでの役割が明確にされ,かつbHLH-PAS蛋白の機能はよく保存されていることが明らかにされている。それに対し,概日時計での役割は見通しがよいとはいい難い11)perをノックアウトしても概日リズムが消失しない事例が多数報告されるようになってきた1)

14.細胞間基質

テネイシンファミリーの分子進化

著者: 松本健一

ページ範囲:P.446 - P.448

 細胞外マトリックス(ECM)・テネイシンは,1980年代にミオテンディナス抗原,ヘキサブラキオン,サイトタクチン,GP-250,J1などの名前で,数グループにより,筋腱接合部組織,脳,培養細胞から同定された。これらのECMは,遺伝子構造,生化学的免疫学的性質より同一の物質であることが明らかにされ,1986年にラット乳腺における発現や癌胎児性抗原であることから,テネイシンと名付けられた1)

 次いで1990年代に入り,タンパク質のドメイン構造がテネイシンと共通なテネイシン様分子が相次いで明らかにされた。特異抗体との反応性によりテネイシンR(TNR/レストリクチン/J1-160/180)が,主要組織適合性抗原複合体(MHC)のクラスⅢ領域のゲノム解析よりテネイシンX(TNX)が,EST解析よりテネイシンW(TNW/TNN)がクローニングされ,最初に同定されたテネイシンはテネイシンC(TNC)と改名され,テネイシン(TN)ファミリーが明らかとなった。

15.膜関連

カベオリンの分子進化

著者: 向後寛 ,   藤本豊士

ページ範囲:P.450 - P.451

 カベオラは細胞膜の凹みであり,カベオリン(cav)はカベオラ形成に重要な膜蛋白質である1)。脊椎動物では三つのcavが存在する。カベオリン1,2(cav1,cav2)はリンパ球などを除く細胞に広く発現し,カベオリン3(cav3)は筋細胞特異的に発現する。ヒトcav1,cav2の遺伝子は7番染色体上に隣接してあり,cav3遺伝子は3番染色体にある。cav遺伝子は線虫を含む無脊椎動物にも存在する。これまでに同定されているcavの分子系統樹は図1のようになる。

 分子系統樹からは,進化の過程でまずcav2が分かれ,その後にcav1とcav3が分かれることがわかる。cav2とcav1,3のエクソン・イントロン構造には違いが見られ,無脊椎動物の一部のcav遺伝子のゲノム構造はcav2に類似する1)。cav2に特異的な最後のエクソンにコードされるアミノ酸配列はcav1,3との相同性が低い(図2)。これらの事実はcav2がcavのプロトタイプであることを示唆する。細胞生物学的な性質を見ても,cav1,3は単独でカベオラを形成し得るが,cav2は脂肪滴やゴルジ装置などの細胞内膜系にとどまるという違いがある2)。無脊椎動物にカベオラがあるかどうかは不明だが,cavの祖先分子は細胞内膜系で機能する分子として存在した可能性がある。cav1,3の共通祖先分子の出現によってカベオラが形成され,より発達した細胞機能を担うようになったのかもしれない。実際cavは,ラフトが関与するシグナル伝達やエンドサイトーシスに高次の制御を及ぼす分子と考えられている3)

ジストロフィンの分子進化

著者: 小澤鍈二郎

ページ範囲:P.452 - P.453

ジストロフィン(dystrophin;DYS)ファミリー

 現在DYSファミリーとして考えられているのは,DYS,ユートロフィン(utrophin:UTR,旧名DYS related protein;DRP。またはDRP1),DRP2と,それらからはかなり離れているがDYS結合タンパク質の一つ,ジストロブレヴィン(dystrobrevin;DB)の4種である。これらは全体としてスペクトリン,α-アクチニンなどの遠縁に当たると考えられている。

 DYS遺伝子は,筋ジストロフィーの中でも最も頻度の高いX-連鎖性(Xp21)劣性遺伝性のDuchenne muscular dystrophy(DMD)の責任遺伝子として,1987年にクローン化された。責任遺伝子とはその遺伝子に変異があれば,ある疾患になる遺伝子である。従って正常人ではDYS遺伝子は正常であり,そのタンパク質産物は正常筋繊維の成分である。名前はまぎらわしいが,DYSが発現するとDMDになるのではない。DYSは筋繊維の細胞膜下の細胞骨格のアクチン繊維と,細胞膜貫通性タンパク質β-ジストログリカン(DG)とを結ぶ非常に細長いタンパク質である。DYS自身細胞骨格タンパク質である。

16.細胞内輸送

SNAREの分子進化

著者: 大庭良介 ,   竹安邦夫

ページ範囲:P.456 - P.457

SNARE分子の構造と分類

 SNARE分子は,「特定の輸送小胞がどの細胞内小器官と融合するか」という細胞内の膜流通を管理する重要因子である。小胞側と標的膜にそれぞれに存在するSNARE分子との間の特異的結合により,膜融合の特異性が決定される。

 SNARE分子は,C末端の疎水性領域で膜に貫通し,中ほどのSNAREモチーフと呼ばれるコイルドコイル領域で別のSNAREと結合する。SNAREは,会合の中心となるSNAREモチーフのアミノ酸(0レイヤー)がグルタミン(Q)もしくはアルギニン(R)であることから,Q-SNAREとR-SNAREに分類される。さらにQ-SNAREは,そのモチーフの分子系統的特徴からQa-SNARE,Qb-SNARE,Qc-SNAREに分類される。一般に,小胞にはR-SNARE,標的膜・SNAPにはQ-SNARE(標的膜上にはQa,SNAPにはQb,Qc)が存在し,分子の会合の際には,各モチーフが一つずつ使用される1,2)。Qa,Qb,Qc,Rの各SNAREグループ間の進化距離はほどよく離れており,各グループは早い段階で分化し,おのおので多様化してきた。

シナプトタグミンの分子進化

著者: 福田光則

ページ範囲:P.458 - P.459

 シナプトタグミン(synaptotagmin)はシナプス小胞上に豊富に存在するカルシウム・リン脂質結合タンパク質として,1990年にはじめて報告された(シナプス小胞をプレシナプス膜に「タグ」するの意)1)。シナプトタグミンは現在では一つの大きなファミリーを形成し,植物,無脊椎動物,脊椎動物を含む様々な生物種に見出されている(図1)2,3)。シナプトタグミンファミリーはいずれもアミノ末端側に膜貫通領域(TM)を1ヵ所,細胞質側のカルボキシル末端側にはカルシウム依存性プロテインキナーゼ(PKC)のC2調節領域と相同性をもつ領域を2ヵ所タンデムに有している(C2AおよびC2Bドメインと呼ばれる)4-7)。シナプトタグミンと同様に,カルボキシル末端側にタンデムC2ドメインをもつタンパク質は多数存在するが(例えばラブフィリン,シナプトタグミン様タンパク質(Slp)ファミリーなど)2,5),アミノ末端側の膜貫通領域の有無でシナプトタグミンファミリーとは明確に区別することができる。また,進化的に見て幅広い生物種に保存されているタンデムC2タンパク質はシナプトタグミンファミリーのみである2,5)

 ヒトやマウスなどの哺乳類では15種類の異なるアイソフォーム(Ⅰ-XV)が存在し,このうちシナプトタグミンⅠおよびⅦは線虫,ショウジョウバエからヒトに至るまで進化的に保存されている。線虫やショウジョウバエに固有のアイソフォームや哺乳類に固有のもの(Ⅲ,Ⅴ,Ⅵ,Ⅹなど)も存在しておりかなり多様性に富むが,動物のシナプトタグミンファミリーはいずれも同じ祖先に由来するものと考えられている。植物にもシナプトタグミンは存在するが,系統樹上は動物のシナプトタグミンとは明らかに異なるブランチを形成することから(図1),両者は異なる祖先タンパク質から進化したものと考えられる。相同性検索の結果,植物のシナプトタグミンに最も相同性の高いタンパク質は,酵母に存在するトリカルビン(tricalbin)というタンパク質であった2,6)。このタンパク質はシナプトタグミンと同様にアミノ末端側に膜貫通領域を1ヵ所,カルボキシル末端側にはC2ドメインを三つ連続してもつことから(C2A,C2B,C2C),植物のシナプトタグミンは進化の過程で三番目のC2ドメインを失うことによって生じたのではないかと推測されている2)

17.受容体

Gタンパク質共役受容体(GPCR)ファミリーの多様性

著者: 諏訪牧子

ページ範囲:P.462 - P.463

 生体は外界からの情報を細胞内に伝達しながら極めて重要な機能を発現するが,多くの場合,情報伝達の起点となるのが細胞膜中のGタンパク質共役型受容体(GPCR)である。これは,7本の膜貫通へリックスで構成され,哺乳類では約数百種類存在し,神経伝達物質,ホルモン,ペプチドなど数万を越える分子が結合できる。このような多様性がどのように生じ,広がってきたのか理解するため,GPCRを網羅的に解析することが必要である。

 その目的で,われわれは様々な生物種ゲノムからGPCRを網羅的に同定するシステムを開発した。これは,段階的に様々なプログラムを最適な閾値,順番で組み合わせ,解析パイプライン化したものである。まず,遺伝子予測ツールによりゲノム配列からタンパク質コード領域を抽出する段階であり,次はこれらの配列に対し相同性検索,特徴的なモチーフ,ドメイン帰属,膜貫通へリックス予測を組み合わせ,GPCR候補を抽出する段階である(現状では既知のGPCRに対し,感度99.4%,選択性96.6%を示す精度で予測が可能)。収集したGPCR遺伝子にファミリー情報,ゲノム上の位置情報などを付加し,視覚的にデータベースに収めてある(SEVENS,http://sevens.cbrc.jp/)1,2)

GRK(G-protein-coupled receptor kinase)特にGRK1とGRK7の系統進化

著者: 松川淑恵 ,   和田恭高 ,   河村悟

ページ範囲:P.464 - P.465

 GRKは活性化されたG-protein coupled receptor(GPCR)にリン酸基を結合し,不活性化する。GPCRは植物,菌類や動物に保存されている7回膜貫通型受容体であり,外界刺激情報をG蛋白質に伝達する。特に動物では,様々な外界刺激に対応した多種のGPCRが存在し,その下流のG蛋白質以降の細胞内情報伝達経路についても多様である。近年,視細胞においてGRKによるGPCRの不活性化が視細胞の光応答特性に与える影響について解析されている。

リアノジン受容体の分子進化

著者: 小川靖男

ページ範囲:P.466 - P.468

 リアノジンRyは南米ベネズエラ,トリニダード島原産のイイギリ科の植物の茎,根から抽出されるリトマス中性のアルカロイドである。殺虫剤として使われ,昆虫では多くの場合麻痺性筋弛緩を起こすのに対し,哺乳類骨格筋に対しては遅効性の不可逆的な強い筋拘縮を起こすことで注目されていた。Ryは開状態のCa2+誘発性Ca2+遊離CICRチャネルに高親和性に結合し,チャネルを開状態に保持することが明らかにされ,Fleischerら1)はウサギ骨格筋筋小胞体からRy結合蛋白を単離した。非常に大きな蛋白であり, CICRチャネル活性を示すことも確かめられた。即ちリアノジン受容体RyRとは(筋)細胞のSR/ER膜に存在するCICRチャネル蛋白である。Takeshimaら2)は初めてRyRの塩基配列を確定した。

 RyはRyRを開口固定するが,その効果は筋の種類により異なる。例えば骨格筋では拘縮を起こすが, 心筋では負の変力作用(収縮力低下)を示す。これは心筋ではNa+/Ca2+交換反応による細胞外へのCa2+汲み出しが強力で,SRのCa2+が枯渇するためである。このほかにCa2+ activated Cl- channel,K+ channelなどの活性変化を介した膜電位変化も考慮しなければならない。

18.チャネル

ナトリウムチャネルの比較生物学

著者: 中山仁

ページ範囲:P.470 - P.471

 電位作動性Naチャネル(Nav)は,ほかのイオンチャネルとともにスーパーファミリーを形成するが,進化上では最後に出現したといわれる。1984年に初めてその一次構造が明らかになり1),その後明らかになったKチャネルが六つの膜貫通セグメント(6TM)から成るドメイン一つで構成されるのに対し,Caチャネル(Cav)同様に四つの相同ドメイン構造(4D=6TMx4)をもつことからも,Cav,Navは遺伝子重複という分子進化の基本機構で,より後期にできたとの考えには妥当性がある。

カリウムチャネルの比較生物学

著者: 高橋賢 ,   曽我部正博

ページ範囲:P.472 - P.473

 イオンチャネルの起源は,われわれ真核生物の誕生のはるか昔,今から35億年以上前に存在した細胞生物の共通祖先にまで遡ると推測されている1)。真核生物と原核生物のカリウム(K)チャネルアミノ酸配列のホモロジー検索の結果,原核生物にもKチャネル関連遺伝子が複数特定された2)。これらは膜蛋白をコードしており,その3次構造はポア領域をはさむ1,2,3または6個の推定膜貫通領域を構成している(図1A)。ポア領域にはチャネルのKイオン選択性に必須であるアミノ酸配列G-[Y/F/L]-Gモチーフが共通して存在する。機能的なKチャネルのポア領域は,膜を貫通する2本の疎水性のヘリックスとそれをつなぐリンカーから成っており,この構造自体が2TM(trans membrane)というKチャネルの構造的クラスのひとつを形成している。この構造が倍加することで4TMクラス(two pore domain K channels,2P-Kチャネル)が形成され,2TMにほかのTM領域が加わったことで6TMクラスができたと考えられている。

 高等動物などに見られる電位依存性Kチャネル(Kv)のS4領域は,疎水性のアミノ酸残基3または4個ごとに正電荷の塩基性残基を含んでいる(図1B)。この配列は電位依存性NaおよびCaチャネルにも存在しており,S4領域は電位センサーとして働くと考えられている。いくつかの原核生物にはKvチャネルに特徴的なS4様配列が見られるほか,内向き整流性Kチャネル(Kir)と類似の配列が見られ2),ここに真核生物のKvおよびKirチャネルの起源があると推測される。しかし,真核生物のKチャネルと原核生物のそれとのホモロジーは緩やかであり,原核生物のKチャネルが真核生物のように高いKイオン選択性を有する「真の」Kチャネルと呼べるかどうかは,さらなる研究を待たねばならない。

クロライドチャネルの比較生物学

著者: 稲垣千代子

ページ範囲:P.474 - P.475

 クロライドチャネルには,ClCファミリー1),CFTR(cystic fibrosis transmembrane regulator)2),CaCC(Ca2+-activated chloride channel),VRAC(volume-regulated anion channel)およびmaxi Cl-チャネルが知られている。これらのチャネルは電位依存性(ClC),ATP要求性(CFTR),Ca2+依存性(CaCC),または浸透圧・細胞体積変化(ClC,VRAC)などにより活性化され,またその分子構造から推定される膜貫通回数は1回型(Isk),4-5回型(CaCC),10-12回型(ClC,CFTR)と多様である。後者はカチオンチャネルやクロライドチャネル内蔵型の神経伝達物質受容体とも異なるトランスポーター(輸送体)型で,分子進化を考える上で興味深い。

水チャネルの比較生物学

著者: 石橋賢一

ページ範囲:P.476 - P.477

 生物に水は必須であり,水を効率よく通す水チャネルは細菌から存在している。しかし細胞膜やほかの輸送体も水をよく通すので,水チャネルがなくてもそれほど困らないのも事実である。水チャネルの実体はアクアポリン(aquaporin:AQP)とよばれる膜6回貫通タンパクで,前半と後半の繰り返し構造になっている。これは3回膜貫通のタンパクの遺伝子が重複重合してできたと考えられる。前半部分のほうがより変異しているのは,水の通り道を規定しているのが後半部分であるためと考えられる。それぞれによく保存された短い疎水領域(アスパラギン(N)-プロリン(P)-アラニン(A)を含む)NPAボックスがある。この部分は膜にめり込んで水の通り道(pore)を形成する。4量体を形成してそれぞれの単体にporeが存在する。

19.モータータンパク

単細胞生物から見たキネシンの分子進化

著者: 岩井草介 ,   須藤和夫

ページ範囲:P.480 - P.481

 キネシンは微小管に沿って滑り運動をするモーター蛋白質の一群である。現在では数百種類以上もの類似蛋白質が単細胞生物からヒトに至る広範な真核生物で同定されており,少なくとも14のサブファミリーからなる大きなスーパーファミリーを形成していることがわかっている1)

 本稿では,真核生物の進化において比較的初期に分岐したと考えられる二つの単細胞真核生物,細胞性粘菌Dictyostelium discoideum(増殖期は単細胞)とランブル鞭毛虫Giardia lambliaより同定されたキネシン遺伝子2-5)をもとに,初期の真核生物に存在していたキネシンを推測する。また単細胞生物を用いたキネシン研究の例として,最近われわれが発見したキネシン1の新しい機能についても紹介したい。

20.収縮タンパク

アクチンの比較生物学

著者: 小田俊郎

ページ範囲:P.484 - P.485

 アクチンはアミノ酸配列がよく保存され,類縁蛋白質をもたないファミリーを形成していると思われてきた。1990年に,アクチン1),HSP70(70kDa heat shock protein ATPase domain)2)の三次元構造が決定され,アクチンと類似立体構造をもつ蛋白質があることが示された。また,1992年に,α-アクチンと47%の相同性をもつ,酵母遺伝子(ACT2)にコードされた蛋白質が発見された3)。これらの発見により,アクチンが類縁蛋白質をもたない蛋白質であるという見方は一変した。

ミオシンの比較生物学

著者: 高橋正行

ページ範囲:P.486 - P.487

 ミオシンは,ATPを加水分解することによって得た化学エネルギーをアクチンとの相互作用による運動に変換するモータータンパク質である。ミオシンは筋肉で収縮に関わるタンパク質として発見されたが,その後,おもに遺伝子配列の解析から,多数のミオシン類似タンパク質の存在が確認され,スーパーファミリーを形成するまでになった。

トロポニンの比較生物学

著者: 大槻磐男

ページ範囲:P.488 - P.489

 生理的な横紋筋の収縮弛緩の過程は微量のカルシウムイオンによって制御されているが,トロポニンはこのカルシウム制御に関わる調節タンパク質であり,三つの相異なる成分(トロポニンC,IおよびT)によって構成されている。トロポニンC(TnC)はCa2+受容成分である。またトロポニンI(TnI)は収縮抑制成分として働き,トロポニンT(TnT)はもうひとつのカルシウム調節タンパク質であるトロポミオシンに結合するなど,それぞれがトロポニンの特徴的な性質を分担している。

 脊椎動物の横紋筋を構成する骨格筋速筋,骨格筋遅筋および心筋には,それぞれの筋肉に固有のトロポニンアイソフォームが存在する。詳しく見ると,TnIとTnTでは遺伝子の異なる3種類のアイソフォームが存在し,TnCでは骨格筋遅筋と心筋が同一遺伝子によるため2種類となる。また,TnTではスプライシング機構によって複数のアイソフォームが産生され,その数は動物と筋肉の種類によって異なり,また筋肉の発達の時期によっても変動する1-3)。それぞれの筋肉のアイソフォームの発現とその機能についての知見を紹介する。

コネクチンの比較生物学

著者: 木村澄子

ページ範囲:P.490 - P.491

 横紋筋(骨格筋と心筋)の収縮は,太いフィラメントに細いフィラメントが滑り込むことでおきるが,収縮と弛緩を繰り返してもその構造は乱れることがない。横紋筋には,サルコメアのZ線とM線を1分子でつなぐ弾性タンパク質コネクチンが存在し,その弾性によってバネのような働きをし,A帯をサルコメアの中央に維持させて横紋構造を保つ役割をしているからである1)。なお,コネクチンはタイチンとも呼ばれており,両者は同一のタンパク質である。

軟体動物から見たtwitchinの分子進化

著者: 舩原大輔 ,   渡部終五

ページ範囲:P.492 - P.493

 二枚貝閉殻筋やムラサキイガイ前足牽引筋(ABRM)に代表される軟体動物平滑筋は,キャッチと呼ばれる省エネルギー筋収縮運動を行う。キャッチ状態ではエネルギーをほとんど消費することなく張力を発生し続けることができるが,その制御機構においてtwitchinが中心的な役割を果たしていることが,筆者らの研究によって明らかとなってきた。本稿ではキャッチ筋におけるtwitchinの機能について,他生物種と比較しながら紹介する。

ナメクジウオ脊索に見る筋肉タンパクの進化

著者: 和田洋 ,   佐藤剛毅 ,   鈴木美穂

ページ範囲:P.494 - P.496

 われわれの祖先は,脊椎骨を獲得して脊椎(せきつい)動物となる前夜,初期カンブリア紀に脊索(せきさく)動物として姿を現す。その姿はグールドの「ワンダフルライフ」で有名になったピカイアや,最近,中国の澄江で発掘されたハイコウエラなどに見ることができる1)。脊索動物は,左右に並んだ筋肉を交互に収縮させることで体をくねらせて泳ぐようになった動物であり,この体制には,体の中心軸を走る脊索の獲得が不可欠であった。脊索を獲得した後に,脊椎骨が脊索や神経管を取り囲んで中心軸の強度を増すことに成功したものが脊椎動物である。その結果,脊椎動物は体の大型化に成功し,陸や空へとニッチを拡げていくことができた。脊椎骨は沿軸中胚葉に由来する硬節細胞から形成され,脊索よりは筋肉などと近い系譜の細胞から生み出されている。

 ナメクジウオの脊索は,脊椎動物が脊椎骨により強度を増していったこととは全く異なった方向に進化を遂げた。現生のナメクジウオは発達した筋節を有しているが,マグロやカツオのように活発に泳ぎ続けているわけではない。むしろ大半の時間を砂の中に潜って過ごしている。砂に潜る際にナメクジウオは頭の方からも,尾の方からも潜ることができる。そのような行動に適応してか,脊索が神経管の先端を超えて,頭部の先端まで伸びている。このナメクジウオの脊索細胞には左右に筋線維が走っており,背側に位置する神経管に突起を延ばして,神経支配により収縮することで,硬さの調節を受けると考えられている(図1)2)

21.感覚受容

味覚情報伝達のキー酵素PLC-β2の分子進化

著者: 安岡顕人 ,   阿部啓子

ページ範囲:P.498 - P.499

 ホスホリパーゼC(PLC)は細胞外の刺激により活性化され,細胞膜中のホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)からイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DG)を生成する酵素である。産物のIP3とDGは細胞内情報伝達物質としてイオンチャネルやタンパク質リン酸化酵素に作用することにより,様々な細胞応答を引き起こす。本稿ではPLC-β,特に味受容細胞に発現する分子種PLC-β2を中心として,その構造と機能を種間比較を交えて解説する。

ロドプシン類の分子進化

著者: 塚本寿夫 ,   寺北明久 ,   七田芳則

ページ範囲:P.500 - P.501

 視覚を代表とする動物の光受容過程の多くには,ビタミンAの誘導体であるレチナールを発色団としてもつ光受容タンパク質が関与している。最もよく研究されているのが脊椎動物の桿体視細胞に存在するロドプシンである。そのため,これらの光受容タンパク質をロドプシン類と呼ぶことが多い。ロドプシン類は7回膜貫通α-ヘリックス構造をもつ膜タンパク質で,その構造やアミノ酸配列モチーフは神経伝達物質受容体やホルモン受容体などと共通である。また,これらの受容体は,受容したシグナルを三量体Gタンパク質を介するシグナル伝達系に伝える。そこで,ロドプシン類を含めたこれら一群の受容体はGタンパク質共役型受容体(GPCR)と呼ばれている。

 分子系統樹の解析から,ロドプシン類を含むGPCRの一群は共通の祖先から分子進化してきたと考えられている。一般に,GPCRは拡散性のアゴニスト(低分子化学物質やペプチドなど)を結合することにより活性状態になり,Gタンパク質を活性化する。ロドプシン類ではタンパク質部分(オプシン)にもともとアンタゴニスト(11シスレチナール)が結合しており,光エネルギーを使ってそれをアゴニスト(全トランスレチナール)に変換することにより活性状態になる。これまでのロドプシン研究のおもな対象であった脊椎動物のロドプシンは, アゴニストと直接結合する能力はなく,光受容によってのみ活性状態になる1)。もしロドプシンがアゴニストを直接結合すれば,それは光がこない状態で活性状態になる確率が増え,視細胞の暗ノイズの原因になると考えられる。したがって,分子進化の過程でアゴニストを結合する能力をなくしたことが,脊椎動物における高感度な光情報伝達系の構築に至ったと想像できる。では,どのようなメカニズムでこの性質が獲得されたのだろうか。ロドプシン類の分子進化を考える上で重要な課題である。

22.形態形成/分化

Hox遺伝子の進化

著者: 生田哲朗 ,   西駕秀俊

ページ範囲:P.504 - P.505

 ホメオボックス遺伝子のサブグループであるHox遺伝子は,系統上,刺胞動物より上位の動物で見出されている。Hox遺伝子は,DNA結合ドメインであるホメオドメインの類似性から13(あるいは14)のparalogousサブグループ(pg)に分けられ,さらにanterior(pg1,2),pg3,central(pg4-8),posterior(pg9-13)の四つに大別される。多くの場合,複数のHox遺伝子が染色体上の狭い領域に集まって存在し(Hox遺伝子クラスター),それらのクラスター内での並び順と胚の前後軸に沿った発現域の配置順が一致すること(コリニアリティ)が知られている。そして,発生過程で前後軸に沿った位置価(Hoxコード)を付与し,動物の形を決めている。このような性質から,Hox遺伝子は動物に共通な前後軸に沿った体制の源である一方で,そのクラスター構造の変化や発現パターン,機能の変化を通じて動物界に形態的な多様性をもたらしたと考えられている1)

 Hox遺伝子クラスターの成立を考える時,Para-Hox遺伝子群を外すことはできない。Hox遺伝子に非常によく似た配列をもつGsx,Xlox,Cdxの三つの遺伝子が独自のクラスターを形成するこれらの遺伝子は,後生動物の進化のかなり早い段階で一つの遺伝子クラスター(ProtoHox遺伝子クラスター)からクラスターレベルの遺伝子重複によって生じたと考えられている2)(図1)。刺胞動物では,Hox遺伝子とParaHox遺伝子の両方が見つかっており,海綿ではいずれに相当するものも報告例はない。従ってProtoHox遺伝子クラスターの成立は,刺胞動物以前,海綿動物以後と考えられる。しかし,これまで知られている刺胞動物のHox遺伝子はすべてanteriorとposteriorグループに属するものに限られ,pg3とcentralに対応する遺伝子は見つかっていない。 またParaHox遺伝子についてもXloxが報告されていない。こうしたことから,刺胞動物と旧口・新口動物の共通祖先がanterior,posteriorに対応する二つのHox遺伝子のみをもっていたのか,pg3とcentral,Xloxは刺胞動物の系譜で失われたのかは未だ決着していない。

性決定遺伝子SryおよびSoxファミリーの分子進化

著者: 長井光三

ページ範囲:P.506 - P.507

 有性生殖をする生物の性決定機構は,分子生物学や生化学さらに医学的にも興味深い。胚発生後の性決定は無脊椎動物, 脊椎動物の魚類, 両性類,爬虫類,鳥類および哺乳類で各々の方式が異なる。例えば,無脊椎動物のショウジョウバエではY染色体は性決定に無関係で,X染色体と常染色体(A)の比率X/Aで雌か雄かが決まる。ところが,鳥類はW染色体が雌性決定因子となり,ZZは雄で, ZWで雌となるが,爬虫類では卵孵化温度により性が容易に転換してしまう。一方,哺乳類ではX-とY染色体を保有して後述のSryが雄性を決定する。

 1990年の哺乳類の性決定遺伝子としてY染色体短腕上のPAR近傍におけるSryの発見は,ヒトのXY雌性表現の原因が遺伝子変異によることの解明などが端緒となったが,また同年にマウスのSryも報告された。さらに1991年,XX受精卵へのクローン化したSryのみを含む14KbDNAの単独導入により,精巣をもつトランスジェニックXX雄性マウスの発生で具体的に性決定機能が同定された。その後,有袋類を含む数十種の哺乳類のY染色体上のSryが報告された。

甲状腺の分化に関連する遺伝子Nkx2.1の分子進化

著者: 鈴木雅一 ,   田中滋康

ページ範囲:P.508 - P.509

 Nkx2.1は甲状腺特異的転写調節因子-1(Thyroid-specific transcription factor-1;TTF-1, TITF1)あるいは甲状腺特異的エンハンサー結合タンパク質(T/EBP)とも呼ばれ,甲状腺ホルモンの合成に必須なサイログロブリン遺伝子のエンハンサーに結合する転写因子として1990年に報告された1)。この分子は中央付近に60アミノ酸残基からなるホメオドメインを有しており,ショウジョウバエのNK-2ホメオボックス遺伝子と相同性が高い。 Nkx2.1は甲状腺だけでなく,肺や脳でも重要な役割を果たすことが知られているが,本稿ではNkx2.1の構造と機能,そしてこの遺伝子の起源と多様性について,甲状腺との関係を中心に解説する。

進化の観点から見たCCNと細胞外蛋白の相互作用

著者: 勝部憲一

ページ範囲:P.510 - P.512

脊椎動物の進化過程で出現したCCN遺伝子群

 現在,蛋白をコードする遺伝子は無脊椎動物と脊椎動物ではほとんどが共通し,数やバリエーションが異なるだけだというのが大方の認識になってきた。しかし進化的には骨・関節のような内骨格をもつ脊椎動物は外骨格に依存する節足動物のような無脊椎動物より後の時代に出現しており,何らかの分子メカニズム創成が考えられる。そのことと関係するのか脊椎動物でしか見つからない,すなわち新しく出現したと考えられる遺伝子群も認識されるようになってきた。その一つが本稿で述べるCCN遺伝子群である。

23.免疫

古典的補体経路の起源―コラーゲンをもつレクチンの分子進化

著者: 藤田禎三

ページ範囲:P.514 - P.515

 免疫系の機能を簡潔にいい表すと,異物(非自己)を識別する能力とそれを排除する能力である。高等動物における免疫系は,初期感染防御において重要な働きをする自然免疫(innate immunity)と,特異的な認識機構とその記憶に特徴をもつ獲得免疫(acquired immunity)に分けることができる。

 抗体やリンパ球や主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)などの獲得免疫の基本形と補体古典的経路は,サメやエイに代表される軟骨魚類で完成したと考えられている。最も原始的な脊椎動物の円口類(ヤツメウナギなど)と多くの無脊椎動物には獲得免疫は存在せず,パターン認識分子が自己と非自己を識別し,自然免疫に機能していると考えられる。一方,補体蛋白の中で最も重要な働きをするC3は,最近サンゴやカブトガニなどの種々の無脊椎動物で発見されており,補体の起源は,当初考えられていたよりかなり古いことが推定される。原索動物のマボヤにおいてはレクチンを認識分子として機能するレクチン経路の原型の存在が確認されている。この原型をもとに,遺伝子重複とエクソンシャフリングなどを重ね,哺乳類に存在するレクチン経路や古典的経路に進化したものと思われる。補体系の活性化に働くマンノース結合レクチン(mannose-binding lectin;MBL)とフィコリンは,自然免疫において生体に侵入した病原体を非自己と認識するパターン認識分子である。そして,MBLとフィコリンはコラーゲン構造をもち,獲得免疫で働く補体古典的経路のC1q分子とは類縁関係にあると考えられている1)

MHCを中心とした獲得免疫の進化

著者: 野中勝 ,   塚本健太郎

ページ範囲:P.516 - P.517

 獲得免疫は極めて高い特異性と記憶の存在により,自然免疫と区別される。非自己の認識は,自然免疫が病原微生物に固有の分子パターンを個々に認識する受容体によっているのに対して,獲得免疫の場合は体細胞におけるDNA組換えにより高度の多様性を生み出す抗原特異的な受容体が使われている。獲得免疫において非自己認識の主役を担うリンパ球はT細胞とB細胞に大別されるが,両細胞の抗原受容体はイムノグロブリンスーパーファミリーに属する近縁な分子である。さらにT細胞受容体の場合は抗原を直接認識することができず,抗原がペプチドに分解されたあと,MHC(主要組織適合性抗原複合体)分子上に提示されてはじめて認識することが可能になる。T,B細胞の抗原受容体遺伝子や,その体細胞における組換えに必要な遺伝子,およびMHC分子の遺伝子などは,軟骨魚類のサメにはすべて揃っているが,円口類のヤツメウナギやヌタウナギのゲノム中には存在しない。従って,リンパ球とMHCが主役を果たす獲得免疫は,約6億年前に有顎脊椎動物の共通祖先で確立されたと考えられる。

 最近,円口類の血球細胞の表面に存在し,やはり体細胞における遺伝子組換えで多様性を作り出していると考えられる分子が発見されて注目されている。VLR(variable lymphocyte receptor)と名付けられたこの分子は,T,B細胞の抗原受容体とは構造上の類似性は一切示さず,またこれまでのところ抗原認識に関わっていることを示す直接的な証拠も得られていない。実際にこの分子が獲得免疫と呼ばれるにふさわしい生体防御機構に関わっていたとすると,脊椎動物の進化の初期段階で獲得免疫系が独立に2回も出現してきたことになり非常に興味深く,今後の研究の進展が注目される。

硬骨魚の哺乳類IL-15ホモログ

著者: 末武弘章 ,   鈴木譲

ページ範囲:P.518 - P.519

魚類サイトカインブーム

 魚類のゲノム科学は脊椎動物の中でも特に進展が著しく,すでに,トラフグ1),ミドリフグ2),ゼブラフィッシュなどでゲノム配列の概要が報告されている。そもそもの出発点は比較ゲノムの対象としてではあったが,水産上重要魚種でのEST情報の蓄積もあいまって,免疫学など魚類の基礎科学は一変した。例えば,魚類の免疫関連因子の多くは哺乳類のものとの相同性が低いことから,その同定が著しく遅れていたが,魚類ゲノムデータベースにおける相同性検索およびシンテニー解析は,こうした因子の解明を極めて容易にしてしまった。特にタンパクレベルでの検出が困難なサイトカインにおいて威力を発揮し,この2-3年でIL-23),IL-124),IL-155),IL-213),IFN-γ6)など多くの魚類サイトカイン遺伝子が急激に同定され,魚類サイトカインブームといえる状況となった。現在はこれら魚類サイトカインの測定システムや組換え体を用いた機能解析などが精力的に進められており,魚類においても,サイトカインネットワークを介した免疫系調節機構の一端がようやく明らかになりつつあるのである。

免疫グロブリンスーパーファミリーに属する新しい膜タンパク質Protogeninの比較生物学

著者: 渡邉裕二

ページ範囲:P.520 - P.522

protogenin遺伝子の構造

 protogenin(プロトジェニン)はわれわれが同定した免疫グロブリンスーパーファミリーに属する新規膜タンパク質をコードする遺伝子である。protogeninは孵卵3日目のニワトリ胚の予定視蓋領域(中脳背側)に発現する遺伝子として同定され,そのcDNA全長が単離された1)。その遺伝子産物は1187アミノ酸残基で, 細胞外領域にシグナルペプチド, 四つのIgドメインと五つのフィブロネクチンⅢ型ドメインをもつ1回膜貫通型の膜タンパクである(図1)。現在までにヒト,マウス,ラット,ニワトリ,ゼブラフィッシュでprotogenin遺伝子が同定されており,脊椎動物に広く保存されていると考えられる(図2)。

 Protogeninと相同性の高いタンパク質には三つのサブファミリーが存在する。 これには1)神経系の接着因子であるL1/NCAMサブファミリー,2)軸索誘導因子の受容体であるDCC/Neogeninサブファミリー,3)機能のよくわかっていないProtogenin/Punc/Nopeサブファミリーがあげられる(図2)。Protogeninとその相同タンパク質の間で相同性が高いのは細胞外領域においてであり,細胞内領域での相同性はほとんどみられない。これらの膜タンパク質は,細胞外領域でのタンパク質-タンパク質相互作用を介して接着因子や受容体としてはたらくと考えられている。

24.その他

遺伝子から見た脊椎動物の軟骨の起源

著者: 和田洋 ,   米田雅彦

ページ範囲:P.524 - P.526

 軟骨は脊椎動物で新規に獲得された構造である。進化の過程で新たな構造が進化するとき,魚類が肺をうきぶくろとして用いたように,ある構造をそれまで果たしてきたものとは異なった用途に使うこと(延用co-option,あるいは外適応exap-tationと呼ばれる)によってもたらされることが多い。しかし,軟骨細胞のように,全く新しいタイプの細胞が出現することもある。このような新しい細胞あるいは構造の出現は,どのような分子進化過程によってもたらされるのだろうか。

 軟骨の主要な構成タンパク質はコラーゲンである。中でも線維性のタイプ2コラーゲンと呼ばれるものが最も多く含まれており,同じく線維性タイプ11コラーゲンも含まれている。脊椎動物には11の線維性コラーゲン遺伝子があり,これらは大きく三つに分類される(図1)。軟骨をもたないホヤやナメクジウオにも,これら三つのグループに属する線維性コラーゲンの遺伝子があり,ホヤと脊椎動物の系統に分かれた後に,遺伝子重複によってホヤでは四つの遺伝子が,脊椎動物では11個の遺伝子が進化してきた1)。ホヤの四つの遺伝子はいずれも脊索で発現していることから,脊索動物の祖先における線維性コラーゲンの一つの機能は脊索鞘の形成にあったと考えられる。脊索鞘などに用いられていた線維性コラーゲン遺伝子が,脊椎動物の祖先でおこった遺伝子重複によりレパートリーを増やし,それらが軟骨や骨の基質として延用されていったという歴史が見てとれる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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