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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学57巻6号

2006年12月発行

雑誌目次

特集 血管壁

血管の発生と分化―血管内皮

著者: 鈴木康弘 ,   佐藤靖史

ページ範囲:P.534 - P.538

 血管は脊椎動物に共通する体内循環システムを担い,個体発生・生命維持にとって必要不可欠である。血管の基本的な構造は,血管の内腔側に存在する血管内皮細胞とその周辺を取り囲む壁細胞(ペリサイトと血管平滑筋細胞)の二種類の細胞によって維持されている。大きな血管では,血管壁は内膜・中膜・外膜の三層からなり,内膜の内側を単層の内皮細胞が覆い,基底膜・内弾性板を挟んで,中膜に平滑筋細胞が存在している。毛細血管では,内皮細胞とペリサイトが共に基底膜に包まれた構造をしており,互いに接触している。中胚葉に由来する内皮細胞・壁細胞は,それぞれの分化経路を経て発生し,お互いに影響し合うことによって,機能的な成熟した血管を構築する。近年のノックアウトマウスの解析結果から,多くの因子が血管形成のプロセスに関与することがわかってきた(表1)。 本稿では, 血管内皮細胞を中心に血管の発生と分化について概説したい。

血管平滑筋の発生分化と特異的遺伝子発現

著者: 三輪岳志

ページ範囲:P.539 - P.544

 血管系は管腔を一層に覆う血管内皮細胞(endothelial cells)とその外側を内皮細胞が産生した基底膜,その周辺を中膜形成する血管平滑筋細胞(smooth muscle cells),毛細血管ではペリサイト(pericytes)などの周皮細胞からなる壁細胞で構成されている。中膜は収縮弛緩することで血圧や血流を調節している。これら血管系細胞群の発生分化,形成に関する細胞科学的な解析や関連する遺伝子の解析が進み,その過程の理解が飛躍的に進んできた。血管平滑筋の増殖を制御する代表的な因子は内皮細胞が発現するPDGF(platelet-derived growth factor)とそのレセプターであるが,チロシンキナーゼ型レセプターTie-1,Tie-2とそのリガンドである壁細胞が分泌するアンジオポエチン(angiopoietin)は内皮細胞と血管平滑筋細胞の接着や増殖などを調節している。

 本総説では血管平滑筋細胞とは何か,特に発生における組織細胞の由来および成体における各種外部刺激による細胞形質変換について概説し,平滑筋の発生分化を牽引する血管平滑筋細胞特異的遺伝子発現がどのようなメカニズムで行われるのかを,典型的な平滑筋マーカーである血管平滑筋α-アクチン(Smooth muscle α-actin;SmαA)を例にして解説する。

血管平滑筋収縮の概観

著者: 伊東祐之 ,   井上隆司 ,   大池正宏 ,   森田浩光

ページ範囲:P.545 - P.553

 平滑筋細胞の収縮機序に関する研究を遡ると,1960年代の平滑筋から抽出したアクトミオシン系がCa2+により活性化されるという江橋らの研究に辿り着く1)。1970年代に,同じく江橋らにより,骨格筋と心筋の収縮弛緩機序がトロポニンCを介してCa2+により制御されることが確立した。すなわちトロポニン(T,C,I)の発見により骨格筋,心筋の収縮弛緩機序は見事に解明された2)。しかし平滑筋の場合,細胞内Ca2+受容蛋白はトロポニンCではなくカルモジュリン(CaM)であり,Ca2+-CaMによりミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)が活性化され,ついでミオシン軽鎖(MLC20)がリン酸化,そしてミオシンATPaseが活性化し収縮が発現する(ミオシン側からの制御)ことが1980年代になり明らかとなった3)。そして,ミオシンホスファターゼによるミオシン軽鎖の脱リン酸化によりミオシンは不活性型となり,平滑筋は弛緩する4)。しかし,血管平滑筋細胞(VSMC)のアゴニストによる収縮は初期のphasic相とこれに引き続くtonic相であり,前者ではMLC20のリン酸化と収縮との間に一定の相関関係が見られるものの,後者ではMLC20は脱リン酸化されているのが通常である。従ってVSMCの収縮はミオシンのリン酸化,脱リン酸化機構のみでは説明できない。

 最近の研究により,VSMCの収縮弛緩の制御には,骨格筋と同様アクチン側からの制御や新しいCa2+流入経路,新しいCa2+放出調節機序,MLCKの感受性の調節機序などが次々に明らかにされてきた。Ca2+は筋の収縮をはじめ受精から細胞死に至るまで多彩な生理機能を果たす。さらに最近の研究により,VSMCにおいても異なる刺激によるCa2+シグナルが異なる遺伝子発現とそれに引き続く転写を引き起すという5)。このように多彩で複雑なCa2+の生理機能を考察する時,種々の刺激により引き起されるCa2+濃度の細胞内上昇が一様に起こるとは考えにくく,その時間的空間的研究は重要である。さらに,これまで知られている細胞内へのCa2+流入経路やセカンドメッセンジャーであるIP3のみでこれらの複雑な生理機能が営まれているとは考えにくい。また[Ca2+iの上昇とは無関係に収縮が引き起こされることも明らかにされてきた。このように,最近20年間のVSMCに関する研究の進展には著しいものがある。

血管平滑筋収縮―MLCK作用を中心に

著者: 平野勝也 ,   金出英夫

ページ範囲:P.554 - P.559

 分子量20kDaの平滑筋ミオシン軽鎖(MLC)の可逆的リン酸化反応は,血管平滑筋収縮制御において中心的な役割を果たす1)。MLCのリン酸化反応はCa2+依存性の過程であり,細胞内Ca2+シグナルの制御下にある。ところが,細胞質Ca2+濃度と発生張力の関係を解析すると,同じ程度のCa2+濃度変化に対して得られる収縮の程度は,用いた収縮刺激の種類によって異なる2)。例えば,細胞膜受容体を介する収縮刺激は,細胞膜脱分極刺激と比べて,同じCa2+濃度上昇の場合,より大きな収縮を引き起こすことが知られている2)。この現象を,平滑筋収縮装置のCa2+感受性亢進と呼ぶ3,4)。従って,血管平滑筋の収縮は,Ca2+シグナルのみならず,収縮装置のCa2+感受性変化によっても調節されることになる。このCa2+感受性調節において,MLCリン酸化レベルの調節が重要な役割を果たしていると考えられている3)

 MLCリン酸化レベルは,リン酸化反応と脱リン酸化のバランスによって決定される5)。Ca2+非依存性にリン酸化反応が亢進する場合,あるいは,脱リン酸化反応が阻害される場合に,同じCa2+濃度に対して得られるMLCのリン酸化が増加するため,収縮装置のCa2+感受性は亢進することになる。MLCをリン酸化し,ミオシンを活性化するリン酸化酵素としては,1970年代後半に同定されたCa2+-カルモジュリン依存性MLCキナーゼ(MLCK)が長い間唯一の酵素であったが,最近10年余りの研究によって,Ca2+非依存性にMLCをリン酸化し,ミオシンを活性化する新たなリン酸化酵素群が見出された。この発見と並行して,ミオシン脱リン酸化酵素の研究も大いに進み,脱リン酸化反応の調節機構も明らかになっている。これらの新たな知見により,Ca2+感受性調節機構の生化学的基盤の詳細が明らかにされつつある3,5)

血管平滑筋のホスファターゼを介する収縮制御

著者: 仙葉愼吾 ,   北澤俊雄

ページ範囲:P.560 - P.569

 血管平滑筋の生理的な収縮は,ミオシン制御軽鎖(MLC)の19番目のセリン残基(Ser19)のリン酸化によって引き起こされる。すなわち,細胞外からの刺激に応じて細胞内Ca2+の濃度が上昇すると,Ca2+がカルモデュリンに結合し,それがミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)を活性化しMLCをリン酸化する。その結果,ミオシンATPase活性が上昇し,その際のATP分解反応によって得られるエネルギーを利用してアクチン線維を滑らせ,平滑筋細胞を収縮させる。一方,細胞内Ca2+濃度が減少すると,Ca2+がカルモデュリンから解離し,MLCKは不活性化する。その結果,リン酸化MLCを脱リン酸化する酵素であるミオシン軽鎖ホスファターゼ(MLCP)の活性が優位となるため,MLCは脱リン酸化され,ミオシンATPase活性が低下することで平滑筋は弛緩する。従って,基本的に平滑筋収縮の大きさはMLCのリン酸化量によって調整されていることになる。

 この古典的な考え方によると,MLCP活性は特に制御を受けておらず平滑筋収縮はMLCKの活性制御によってのみ調節されている。平滑筋持続収縮を維持するためには,細胞内Ca2+濃度を高く保ち,MLCKの活性を高く維持し続けることでMLCをリン酸化し続けなくてはならない。これはリン酸化のためにATPを消費し続けなくてはならず,持続収縮を起こす平滑筋細胞にとってエネルギー効率上,非常に不利なことである。しかし,実際の細胞では,細胞外からの刺激によってMLCKが活性化されると同時にMLCPの活性が抑制され,効率よくミオシンのリン酸化量を高く維持することで細胞を収縮させている(図1A)。

PI3-キナーゼクラスⅡαアイソフォームを介したカルシウムイオンによる血管収縮活性化の新機構

著者: 多久和陽

ページ範囲:P.570 - P.574

 細胞内カルシウムイオンは平滑筋の収縮をトリガーする主要な因子であり,収縮性受容体作動性生理活性物質や伸展による血管収縮にはこれらの刺激によって引き起こされる細胞内遊離カルシウムイオン濃度([Ca2+i)の上昇が必須の役割を果たしている。カルシウムイオンは,平滑筋の収縮装置であるミオシンフィラメントとアクチンフィラメント間相互作用の活性化を引き起こすことにより,収縮を惹起する。カルシウムイオンによる収縮フィラメント活性化の主要な分子機構は,ミオシン分子の20kDミオシン軽鎖(MLC)サブユニットのリン酸化である。ノルアドレナリンをはじめとする神経伝達物質やホルモンによって引き起こされる[Ca2+iの上昇は,カルモジュリン依存性リン酸化酵素ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)を活性化して,MLCのリン酸化を引き起こす1)

 長い間,カルシウムによって引き起こされるMLCリン酸化は,もっぱらリン酸化酵素であるMLCKの活性化によると考えられてきた。ところが,われわれは最近,カルシウムがMLCを脱リン酸化する酵素ミオシンホスファターゼ(MLCP)の抑制を誘導することを見出した2)。この発見により,[Ca2+iの上昇はMLCK活性化とMLCP抑制の二つの作用を介して,効率的にMLCリン酸化レベルの上昇,さらには平滑筋収縮を引き起こすことが明らかとなった。カルシウムによるMLCP抑制は低分子量G蛋白Rhoを介するが,われわれは,カルシウムによるRho活性化にホスホイノシチド3-キナーゼ(PI3K)クラスⅡアルファ酵素(PI3K-C2α)が関与していることを見出した3)。 本稿では,これらCa2+による血管収縮活性化機構の新展開について述べる。

高血圧と血管

著者: 石川一彦 ,   楽木宏実 ,   荻原俊男

ページ範囲:P.575 - P.579

1 高血圧と血管リモデリング1,2)

 血管リモデリングは高血圧に適応し,血管壁の伸展を正常化するための反応であると考えられる。血管構造のリモデリングは,高血圧においてのみならず,レニン-アンジオテンシン系(RA系)の亢進といったホルモン環境の変化によっても生ずる。特にアンジオテンシンⅡ(AⅡ)は,血管のリモデリングや炎症を通して,心血管系の機能不全をもたらす。

 血管リモデリングについてのポイントは,血管径に対する血管壁厚の比率である。高血圧においては,この比率が大血管および小血管の両者において増大するが,大血管でのリモデリングは血管壁厚の増大によるものであり,肥大によるリモデリングといわれる。これはコラーゲンやフィブロネクチンといった細胞外マトリックス蛋白の蓄積による血管平滑筋の増大が関与しており,しばしば血管硬化を伴う。

正常血管と腫瘍血管

著者: 戸井雅和 ,   牟田真理子

ページ範囲:P.580 - P.584

 正常の血管では血管内皮細胞が管腔を形成し,その外周を成熟壁細胞(平滑筋細胞,ぺリサイト)が取り囲んでいる。成長過程における組織の発達や分化の際には血管は盛んに形成されるが,成熟個体での血管新生は創傷治癒,女性の卵巣,子宮など限られた状態で認められる。また,網膜症,リウマチ性関節炎などの慢性炎症,血管性疾患,腫瘍などが存在する場合には病巣局所に活発な病的血管新生が認められ,各々の疾患の病態形成に深く関与している。特に腫瘍増殖には半永続的な血管新生が必須であり,腫瘍血管新生の活性度は腫瘍の増殖速度に大きな影響を与え,転移や予後と密接に相関する。腫瘍血管は腫瘍細胞と間質系細胞の相互作用によって形成されると考えられているが,正常の血管と比べると極めて未成熟で,脆弱,血管壁細胞の欠如や未成熟をしばしば伴い,構造的不統一,透過性亢進などの特徴を有する。本項では腫瘍血管の特性,腫瘍進展との関連性を中心に解説する。

生活習慣病の血管障害

著者: 今村亜希子 ,   奥村健二 ,   室原豊明

ページ範囲:P.585 - P.589

 生活習慣病というのは日本で命名された疾患であり,英語ではこれほど流布した名前はない。最近ではmetabolic syndrome(メタボリック症候群)の概念が最も近いものであろうが,日本でいう生活習慣病はメタボリック症候群はもちろんのこと,生活習慣に伴うありとあらゆる疾患を含み,糖尿病,高血圧,高脂血症や,冠動脈疾患,脳血管疾患,さらに悪性腫瘍までその概念に含まれる。その個人の生活習慣のなかから発生進行に関与する疾患が生活習慣病であれば,成人の疾患の多くが該当する。今回はこの広義の意味の生活習慣病の中から,いわゆる急性冠症候群や脳血管障害,動脈硬化などに関わると考えられる高脂血症,高血圧,糖尿病やそれらが重複して起こってくるメタボリック症候群,その成因とされる肥満やインスリン抵抗性による血管障害の発症機転について概説していきたい。

ES細胞と血管再生

著者: 山下潤

ページ範囲:P.590 - P.592

 ES細胞(胚性幹細胞:embryonic stem cells)は,初期胚(胚盤胞)に存在する未分化幹細胞である内細胞塊を培養して樹立された細胞株であり,体中のすべての種類の細胞に分化することができる「万能」の幹細胞と考えられている。

網膜血管の特異性

著者: 渡部大介

ページ範囲:P.593 - P.594

 糖尿病網膜症に代表される網膜血管増殖疾患で起こる硝子体出血,血管線維膜による牽引性網膜剥離,あるいは血管新生緑内障などの病態は,患者を失明に至らせる。これらの病態は主として血管新生によって惹起される。糖尿病腎症や神経症などで,毛細血管の萎縮は共通してみられるが,血管新生という病態は網膜だけに特異的にみられる。また,網膜血管には全身の血管に比べて透過性の著しく低い血液網膜関門が存在するが,糖尿病により破綻を起こすと,透過性亢進による黄斑浮腫を生じ,視力低下の一因となる。血管新生や血管透過性亢進は,網膜微小血管の血管壁の脆弱化が基盤となって起こる。本稿では網膜血管の特異性について,糖尿病網膜症を例に解説する。

Cardiorenal syndromeにおける血管病因と液性因子

著者: 平田恭信

ページ範囲:P.595 - P.597

 近年,腎障害が存在すると心血管疾患の予後が悪化するという報告が相次いでいる。たとえば住民調査でも,糸球体濾過値が減少するほど将来の心血管イベント発症率は高くなる1)。透析を必要とする,あるいはそれに近い腎不全ではそのような事態が生じるのは想像に難くないが,もっと軽度の糸球体濾過値の減少や微量アルブミン尿の排泄の段階でもそれがあるとないとでは予後に明らかな差が見られる。この原因として様々な因子の関与が考えられているが,腎臓と心臓の両者を共通に障害し得る体液性因子の関与が注目されている。また治療面から考えると,心臓と腎臓の両者に共通して効果を発揮する薬剤が望まれる。 近年,それについても液性因子の臨床応用が期待されている。

心血管系におけるプロスタノイドの役割

著者: 結城幸一 ,   藤野貴行 ,   高山浩二 ,   川辺淳一 ,   牛首文隆

ページ範囲:P.598 - P.601

 プロスタノイドはプロスタグランジン(PG)とトロンボキサン(TX)より成る生理活性脂質であり,その作用は各々に特異的な受容体を介して発揮される。現在,PGD2,PGE2,PGF2α,PGI2,TXA2の受容体としてDP,EP,FP,IP,TPが知られており,EPにはEP1-EP4の4種類のサブタイプが存在する1)。一方,これら多種類の受容体は,心臓,血管,腎臓や血小板など心血管系の臓器や細胞に広く発現している。また,心血管系で認められる様々な病態に伴い,プロスタノイド産生が亢進することが知られており,その作用が注目されてきた。本稿では,各プロスタノイド受容体欠損マウスを用いた解析から明らかとなってきた,心血管系疾患の病態形成におけるプロスタノイドの役割について,われわれの知見を中心に概説する。

解説

ゲノム情報に基づいた磁性細菌におけるバイオミネラリゼーション機構の解析

著者: 松永是 ,   新垣篤史

ページ範囲:P.602 - P.609

 磁性細菌は,ナノサイズの形態制御された磁性粒子を細胞内に合成し,磁場に応答するユニークな性質を持つ細菌である。近年,磁性細菌の全ゲノム解析が終了し,これに基づいたプロテオーム,トランスクリプトーム解析などによって生物磁石の合成機構の解析が行われている。本稿では,磁性細菌の微生物学的な性質や細菌の合成する磁石の特徴と,近年明らかにされた生物磁石合成の分子機構について紹介する。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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