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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学58巻1号

2007年02月発行

雑誌目次

特集 意識―脳科学からのアプローチ

今なぜ「意識」なのか

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.2 - P.3

 脳の研究は最近の10年間に長足の進歩を遂げた。10年前にはまだ遥かかなたと思われた目標の多くが,今はひどく眼前に迫ってきた感がある。もちろん,脳はいまだに謎に満ちているが,全部がわからないというのではない。わかる範囲が広がるとともに,容易にはわかりそうにない部分との境界がだんだんはっきりしてきたというところであろうか。Chalmers1)のいう,「やさしい問題」と「むずかしい問題」の区別がはっきりしてきた,あるいは科学的な手法で接近できることと,到底できそうにないことが乖離してきた。その接近ができそうにないことの頂点に意識,自意識の問題がある。

 16年前CrickとKoch2)は,「少し前だったら,教室で意識の話をすれば,学生はそっぽを向いて窓の外を見ただろうが,今は少し様子が違ってきた」と書いている。脳の研究者も,意識は手にあまる問題として避ける傾向が強かった。10年前,「脳科学の時代」の研究プロジェクトが発足した時,われわれは20年を目処にして,「やさしい問題」を徹底的に攻略すれば,総堀を埋められた大阪城のように,むずかしい問題のごく間近に到達し,「意識」を間近に包囲できるのではないかと期待した。その中間地点に到達した今日,脳の仕組みに対するわれわれの理解は大いに深まったが,「意識」には果してどこまで迫ることができたであろうか。

知覚闘争のメカニズムとダイナミズム

著者: 村田勉

ページ範囲:P.4 - P.10

 知覚の脳内メカニズムにおける重要な問題の一つは,知覚情報の意識化過程をいかに理解するかということであろう。意識にのぼる内容は,感覚器に与えられる情報によって一義的に決められるとは限らない。このため,感覚情報のどのような側面がいかなる仕組みによって選択され,あるいは構成されて意識にのぼるのか,また,感覚情報と意識化される内容との間にはどのような関係があるのか(整合性など)といった問題が提起される。同じ感覚刺激から複数の異なる意識内容を生じる現象の代表的なものとして,ネッカーの立方体などの多義図形知覚(ambiguous figure perception)および両眼視野闘争(binocular rivalry)をあげることができる。これらの現象では,意識される知覚像(percept)の交替が起きるため,総称的に知覚闘争(perceptual rivalry)と呼ぶことにする。

 本解説では,両眼視野闘争の脳内部位の特定をめぐる研究の進展と,知覚闘争に共通なダイナミズムの性質について説明する。それを通じて,感覚情報から意識内容に至る知覚のメカニズムを考えるためには,様々な処理水準の多数の部位が相互作用しながら構成するシステムの振舞いを考えなければならないこと,その上でシステムの「状態」という観点が有効かもしれないという可能性について議論する。

脳の直接刺激の意識への作用―意識障害に対する脳刺激療法

著者: 加藤正哉 ,   渡辺英寿

ページ範囲:P.11 - P.20

 末梢神経から高次機能と呼ばれる能力まで,すべての神経活動の基本は電気的信号伝達である。ヒトを始めとして,神経回路の中で実際に行われている電気的な情報伝達は,様々な種類の神経伝達物質を介して複雑にしかし効率よく営まれているが,膜電位のレベルまで突き詰めれば,物理的な電気回路の組み合わせで説明できるはずである。

 1950年代の動物実験で,脳内に電極を留置し,自らの脳を電気刺激することができる実験系を作ると,特定の部位を刺激した時に,好んで刺激を求めることが報告された1)。この事実を説明する考え方として,脳内の特殊な部分には,電気刺激によって快楽を生ずる報酬効果が存在するとされ,自己刺激法(self-stimulation)と報酬系(reward system)の概念が生まれた。ヒトでも脳を直接電気刺激することによって類似した効果が得られることが報告されたのは1960年代であり2,3),この考えに基づいて,脳深部刺激療法(DBS:deep brain stimulation)という治療手段が提唱され,現在まで脈々と続けられている。

意識を発現する条件

著者:

ページ範囲:P.21 - P.36

 知覚の研究者は,脳と心を理解する基礎として,視覚の心理についての経験則を長年にわたり蓄積してきた。ゲシュタルト心理学の理論家は,ものの見え方のなかに働いている統一的な法則を見だそうとした1)。当時,主流を占めたのは,ある現象を選んで他から切り離し,それについての詳しい法則を追求する方法であった。時には批判もあったが2),心理学者は現象に対して理論的な説明を与えやすいように,それぞれの現象をより細かく区別する方法を好んだ。多くの人がこれを進歩とよび,彼らの研究を体系的な理論的法則を確立させるためのものとして評価していた。筆者は,研究はバランスがよくとれていることが必要で,理論的な独断とともに,経験主義の退廃は避けなければならないと考えている。意識と脳は一緒に発展してきたのであるから,我々にできるのは,現象論と脳の仕組みの理解を共に発展させることである。

 この論文では,意識の包括的な理論にたどり着くための筆者自身のドンキホーテ的な努力を示し,それが脳の情報処理の仕組みとどう関係するかを明らかにする。まだ進行中の努力なので,論理の飛躍があることは承知されたい。最初にいくらかの基礎概念と概略を述べる。次いで,あとの節では,こういう見方のもつ方法論的,経験的,理論的,概念的な意義を詳しく議論しよう。トラ,山火事,ゾンビの話や幾つかの絵も引きあいに出すことにする。

睡眠と夢の役割

著者:

ページ範囲:P.37 - P.45

 神経-精神分析学Neuro-Psychoanalysis(N-P)は,脳と心を橋渡ししようと試みる新たな分野である。ここに紹介するのは夢見とその睡眠,覚醒,そして無意識との関係についてのN-Pの考え方である。精神分析医たち1,2)は,われわれが無意識のうちに困難を感ずるとき,夢が活性化されて現実における問題の解決を助けるのであるとの仮説を提案している。特に,夢は「先送りされた活動計画」を意味し,あとで危険を探索し,それを減少させるような方向で実現される。そのような活動計画は夢を見る個人と夢を見る種の両方にとって適応的である3,4)。夢見の間に学習したことはレム睡眠が活性化することにより強化される5)。本稿ではそのような考えをレビューし,精神分析の臨床例について考察する。

意識の神経基盤を画像化する

著者: 神作憲司

ページ範囲:P.46 - P.52

 意識を理解しようとするのは,ヒトがヒトを理解しようとする上での不可避な欲求だろう。しかし,われわれが通常用いている意識という単語は,大変広範な概念が網羅されている言語と考えられ,それを厳密に定義しようとすることは現時点では非生産的1)であるし,より実質的には科学的探索の幅を狭めることにもなりかねない。機能的磁気共鳴画像法(fMRI)に代表される近年の神経画像法の技術的発展により,ヒトを対象とする神経科学の実験が広く行われるようになり,そのなかで,意識を理解するにために助けとなりそうな研究も報告されてきた。本稿では,こうしたこれまでの神経画像研究を鳥瞰することを一つの目標とする。この際,便利であるが強い限定も行わない,意識の二つの構成要素は「意識内容」と「覚醒」である2),とする古典的な考え方に沿って話をすすめたい(実際,この一見単純にすぎる捉え方は,筆者が医学部卒業後の数年間,脳神経外科診療を行っていた際に,患者を診察する上で大いに役立った)。

 「意識内容」については,これまでも多くのシステム神経科学者が(意識的であれ,無意識的であれ),研究の対象としてきた。そしてこの意識内容に迫る有力な切り口が,意識にのぼる脳内情報処理と,意識にのぼらない膨大な脳内情報処理(無意識)との相互作用・相互依存性への着目1)と考えられる。いわゆる「気付き」に着目した研究は,視覚刺激を用いた実験系で最も制御しやすいため,これまで主に視覚入力の主観的知覚を対象として行われてきており,本稿でもまず始めに,これらに関連する神経画像研究について紹介させていただく。さらに,意識内容は感覚入力の処理のみならず,運動出力の処理においても「主体感覚」として認識される。感覚運動の情報処理過程に沿って意識内容について論じていくことが,意識の理解に有用だろう3)(図1)。本稿では次に,この感覚運動の情報処理過程に沿って,意識内容についての神経画像研究の全体像を紹介する。

ワーキングメモリと意識

著者: 船橋新太郎

ページ範囲:P.53 - P.64

 「意識」とはどのようなものかを定義するのは難しい。広辞苑では意識を,「認識し,思考する心の働き。感覚的知覚に対して,純粋に内面的な精神活動」,あるいは,「今していることが自分でわかっている状態。われわれの知識・感情・意志のあらゆる働きを含み,それらの根底にあるもの」などと説明している。自分が今していることは何か,そしてこれから何をしようとしているのかを自分で理解しているためには,現在の自分の内的・外的な状態が把握されている必要がある。しかし,今の状態は直前の状態からの延長であり,直前の状態はさらにその前の状態からの延長であるように,今の自分の状態を把握し理解するためには,今に至る自分の内的・外的な状況やその変化の履歴を,時間的な文脈の中で把握する必要がある。周囲の変化や自分自身の中での変化の時間的文脈を把握し,時間軸上で一貫した行動をとろうとすると,少なくともしばらく前の自分自身の状況に関する情報が必要である。

 一方,判断,意思決定,推理や思考などを必要とする時,ルーチン化したステレオタイプな行動のみでは解決できない問題が生じた時,外界のさまざまな情報に注意が向けられると同時に,長期記憶として貯蔵され,普段は無意識下にある関連情報を意識化させ,思考,判断,推論などの内的な情報処理プロセスを働かせる。このような場面においても,問題解決に必要な情報の一時的な保持や活性化と同時に,それらの情報を用いた処理が行われていることに疑問の余地はない。

連載講座 中枢神経系におけるモジュレーション・2

海馬における性ホルモン合成と記憶学習モジュレーション

著者: 川戸佳 ,   木本哲也

ページ範囲:P.65 - P.71

 性ホルモンは脳神経の機能に対し様々な作用を及ぼす。従来,神経内分泌学では脳神経に作用する性ホルモンは精巣・卵巣などの性腺で合成され,血流によって供給されるものと考えられてきた。一方で,海馬のニューロステロイド産生の機構は最近までほとんど解明されていなかったが,われわれの研究などにより女性ホルモン(エストラジオール)をはじめとする様々なニューロステロイドが合成されていることが証明された。さらに,エストラジオールは海馬の記憶学習に関与する神経シナプス伝達を急性的にモジュレートしていることを解明しつつある。本稿では,最新の知見に基づき,海馬における性ホルモンの合成とその神経伝達に係る急性作用,および擬似女性ホルモンである環境ホルモンの作用を解説する。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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