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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学58巻2号

2007年04月発行

雑誌目次

特集 シナプス後部構造の形成・機構と制御

シナプス後肥厚部の分子構築と動態

著者: 岡部繁男

ページ範囲:P.74 - P.80

 シナプス後肥厚部(postsynaptic density:PSD)とは,中枢神経系の興奮性シナプスのシナプス後部膜の裏打ち構造を形成する,膜蛋白質と細胞質蛋白質から構成される分子複合体である。生化学的・分子生物学的解析によってPSDに存在する多様な分子群が同定され,その中にはグルタミン酸によるシナプス伝達に必須のグルタミン酸受容体,シナプスでの接着に働く接着分子,またこれらの膜蛋白質からの情報を細胞内に伝達する情報伝達分子など重要な役割を果たす分子が含まれている。複数の蛋白質と相互作用し,機能分子の配置を制御する役割を持つと考えられている足場蛋白質(scaffolding proteins)もPSDの重要な構成要素である。

 近年の分子生物学・形態学・電気生理学的解析により,PSD分子の数,分布,相互作用を直接高精度に測定することが可能となった。本総説ではPSDの形態と構成蛋白質,その動態について解説し,さらに単一シナプスにおけるPSD蛋白質の定量的解析の現状と将来的な展望についても紹介する。

シナプス後肥厚部構築に関わる蛋白質群を概観する

著者: 祖父江憲治 ,   福本健太郎

ページ範囲:P.81 - P.87

 スパインはCajalにより最初に記載され,その後Crickによる記憶の最小素子としての役割が提唱され注目を集めるようになった。スパインの役割が今日のように脚光を浴びるようになったのは,分子および生物学的手法と電気生理学手法により,スパインダイナミクスとその機能解析ができるようになったことに依存している。また,精神遅滞(mental retardation)や統合失調症の病理脳でスパインの形態異常が認められることが判明し,スパインの形成および構造,機能異常面からのアプローチも飛躍的に発展した。

 スパインは樹状突起より突出する構造物で,軸索に由来するシナプス前部との会合によりシナプスを形成する。従って,スパインはシナプス形成後のシナプス後部のみを指すのではなく,その前駆体を含めた広義の樹状突起の突出構造物である。電子顕微鏡を用いると,興奮性シナプスのシナプス後部に電子密度の高い特徴的肥厚構造が観察される。これをシナプス後肥厚部(postsynaptic density;PSD)と呼んでいる。PSDは細胞接着因子とその受容体・神経伝達物質受容体(NMDA受容体・AMPA受容体・代謝性グルタミン酸受容体など)と多数の足場蛋白質(PSD蛋白質)の集積により構築されており,シナプス形成・可塑性・神経伝達に中枢的役割を果たしている。PSD蛋白質群の検索と機能解析が,PSDの役割解明の糸口となった。本稿では,PSD蛋白質からスパインダイナミクスを概観する。

ネクチン-アファディン系による神経シナプスの形成機構

著者: 山田知広 ,   匂坂敏朗 ,   高井義美

ページ範囲:P.88 - P.97

 神経シナプスはニューロン間の細胞間接着である。脳に数多くあるシナプスの中でも,海馬CA3領域の苔状線維終末と錐体細胞樹状突起の間に形成されるシナプスは,神経活動に依存して最も活発に再構築されている。このシナプスの形成と再構築は,記憶や学習の基盤となるシナプスの可塑性と密接に関連していると考えられている。その形は神経伝達の場(synaptic junction;SJ)を中心に,その周りをシナプスの機械的な接着(puncta adaherentia junction;PAJ)が取り囲むという同心円状の形をしている1,2)。SJの前シナプス膜には,カルシウムチャネルが集積しているアクティブゾーンが存在し,シナプス小胞と連結している。後シナプス膜では後シナプス肥厚(post synaptic density;PSD)と呼ばれる膜裏打ち構造が存在し,神経伝達物質のレセプターが集積している。一方,PAJは上皮の細胞間接着と同様に,前,後シナプス膜が対称的な形態を保っており,細胞間接着分子が集積している。これら膜ドメインは神経活動に依存して活発に再構築されている。この膜ドメインの再構築は,記憶や学習の基盤となるシナプスの可塑性と密接に関連していると考えられている。近年,神経伝達の研究によってアクティブゾーンとPSDを構築する分子が多数単離され,SJの分子構築は明らかになりつつあるが,シナプスの形成機構はほとんど解明されていない。

 一方,上皮細胞の細胞間接着には,形態学的に特徴的なtight junction(TJ)とadherens junction(AJ)が存在する。TJでは細胞膜貫通タンパク質であるクローディンとオクルーディンがTJストランドを形成し,細胞膜裏打ちタンパク質であるZOタンパク質ファミリーであるZO-1,-2,-3を介してアクチン細胞骨格に連結している3,4)。また,TJには免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着分子であるjunctional adhesion molecule(JAM)が局在し,細胞内でZOタンパク質ファミリーと結合している5)。一方,AJではカドヘリンが必須の接着分子として機能しており,細胞内でβ-カテニン,α-カテニンと結合している6,7)。α-カテニンは直接的,ならびに他のF-アクチン結合タンパク質ビンキュリンを介して間接的にF-アクチンに連結している。このカドヘリン-カテニン系は神経シナプスにも濃縮していることが明らかとなっており8),シナプスの形成機構は上皮細胞の細胞間接着の形成機構とよく似ており,カドヘリン-カテニン系はシナプスの形成にも必須の役割を担っている。

シナプスの長期制御と受容体の局在化機構

著者: 柚﨑通介

ページ範囲:P.98 - P.102

 記憶の本体は,神経活動の変化によって引き起こされるシナプスの変化(可塑性)であると考えられている。シナプス可塑性のモデルとしては,長期増強(Long-term potentiation:LTP)と長期抑圧(Long-term depression:LTD)がこれまでに詳しく研究されてきた。神経活動が一定期間亢進すると,特定の神経細胞間のシナプス伝達効率が増強する現象がLTPであり,逆に低下するのがLTDである。LTPやLTDの実体は,シナプスにおけるグルタミン酸伝達効率の変化にほかならず,シナプス前部からのグルタミン酸放出の変化や,シナプス後膜におけるグルタミン酸受容体の感受性や数の変化により担われる。近年,シナプス後膜におけるAMPA型グルタミン酸受容体の数と局在の変化が,LTPやLTDの発現にとりわけ重要であることが判明してきた。

 本総説では,AMPA受容体の局在化機構についてわかってきた最新の知見を概括し,あわせてわれわれの研究室の研究について紹介する。誌面の都合で詳述できなかった部分については他の総説1)を参照されたい。

スパイン形成とシナプス後部アクチンの特殊化―ドレブリンの関与

著者: 高橋秀人 ,   白尾智明

ページ範囲:P.103 - P.107

 中枢神経系において,興奮性シナプス(グルタミン酸作動性シナプス)の約9割は樹状突起から伸びる大きさ1ミクロン程度の小突起上に形成されている1)。この小突起を樹状突起スパインとよぶ。樹状突起スパインの大きさとそのスパインが持つシナプス伝達効率には強い相関がある2)ことから,樹状突起スパインがどのように作られるかは,脳機能の発達・成熟にとって重要な問題となっている。

 スパインは脳の発達過程で特徴的な形態変化を示す。生まれたばかりのネズミの脳の神経細胞樹状突起には,フィロポディアと呼ばれる細長い先細りの突起が多数存在する(図1左)。フィロポディアは運動性が高く,軸索との接触をシナプス形成期に盛んに行う。そして,生後2週頃から,頭部と頚部を持つキノコ状のいわゆる成熟したスパイン(図1右)(以下,この成熟スパインをスパインと呼ぶ)が急激に増加し始める3)。では,一体どのようにしてスパインが形作られていくのだろうか。最近のタイムラプスイメージングの研究成果などから,樹状突起フィロポディアと軸索との物理的接触がシナプス結合の始まりであり,軸索と接触したフィロポディアがスパインへ変化すると考えられている4)。しかし,スパインへ変化する途中のフィロポディアの実体はどのような小突起なのか,さらには,フィロポディアからスパインへの形態変化がどのような分子機構によって担われているのかは不明であった。

シナプス構築におけるMAGuKファミリータンパクp55の関与

著者: 鈴木龍雄 ,  

ページ範囲:P.108 - P.112

 筆者らは,シナプス後肥厚部(postsynaptic density, PSD)画分に付随するmRNA種の同定を切り口として,未同定ないし新規のPSD関連タンパク質の同定と機能解析を続けている1-8)。このプロジェクトの過程で,ある一つの未同定mRNAをコードするcDNAをクローニングしたところ,それがラットのp55(r-p55)をコードしていることが明らかになった9)。本総説では,筆者らが明らかにした脳のr-p55の性質について解説する。

神経回路におけるシナプス入力特異性とPMES-2

著者: 田口隆久

ページ範囲:P.113 - P.118

1 神経細胞がつくる回路網動態解析へのアプローチ

 脳の高次機能が神経細胞のつくる回路網の動的変化に因ることは自明である。したがって,この変化の個々の分子や個々の細胞の動態を見据えながら意味との相関を探求する必要がある。解離培養系は計測手法のアクセスの容易さから,そのための優れた実験系のひとつである。われわれは早くからこれに適した実験系の検討を開始し,ニワトリ胚大脳の神経細胞培養系を確立した(図1)1)。このニワトリ胚培養系はシナプス形成の詳細な解析に適した系であり2),活動依存的回路形成3),サイレントシナプスの先行形成4)を明確に示すことができた。また,刷込み現象の臨界期におこるシナプス機構変化も明らかにした5)

 シナプスの動的な変化に関わる分子を探索する目的で神経突起伸長促進蛋白質の同定や構造機能解析を行い,Neurocrescin,MDP77などを発見した6-10)。 また,長期増強(LTP)に代表されるシナプス可塑性がこの系で解析可能であることを示し,LTPを誘導する蛋白質因子の存在を明らかにした11-14)

PSD-95クラスタリングにおけるPDZドメインの役割

著者: 土井知子

ページ範囲:P.119 - P.124

 シナプスにおける軸索から樹状突起への入力情報は,シナプス後肥厚(PSD;postsynaptic density)を通して調節される。PSDには,神経伝達物質受容体や関連するシグナル伝達分子が集積している。この分子集積を担う足場タンパク質であるPSD-95は,分子内の3個のPDZドメインを用いたタンパク質間相互作用によって情報伝達を調節している。分子内の重複したPDZドメインがPSDタンパク質の局在化やシナプス形成に果たす役割を,構造生物学的側面から探求した。

シナプス後肥厚部タンパクのクラスタリングとセマフォリンシグナリング

著者: 五嶋良郎

ページ範囲:P.125 - P.129

 樹状突起上のスパインは興奮性の入力を受け取る部位であり,神経可塑性に関わる重要な役割を演ずると考えられる。しかし神経発生・発達の過程でどのように生ずるかについてはまだ十分な理解には至っていない。近年の研究成果は,スパインおよびシナプスが発生と消失をともなうダイナミックな制御の下に置かれている事実を明らかにした。YusteとBonhoefferは,スパインとシナプスとの形成を別の概念として区別した1)。その理由は,(1)成熟したスパイン形成へと導く完全な発生学的なプログラムは,軸索終末が欠如していても進行する。(2)シナプス形成はスパイン形成より遅延することもあり,その逆のこともある。(3)シナプス形成が完成するには数日,場合により数週間を要するが,スパイン形成は分単位で形成される。従って,この二つの現象は相互に密接に関連するが,別個のものであると考える方がより正確であろう。

 本稿では,反発性軸索ガイダンス分子として知られるセマフォリン3A(Sema3A)とスパイン形成との関わりを中心に,軸索ガイダンス分子によるシナプス成熟の意義について論ずることとする。

樹状突起フィロポディア形成・維持による緩やかなシナプス成熟―終脳特異的細胞接着分子テレンセファリンの役割

著者: 吉原良浩

ページ範囲:P.130 - P.134

 われわれの脳は,学習・記憶・認知・情動・意志決定・意識といった可塑的な機能を有する。このような高次脳機能の発現には,外部からの情報に対応してシナプスが柔軟に変化することが重要であると考えられている。では,シナプスの柔軟な構造的・機能的変化にはどのような分子が関与し,どのようなメカニズムで起こるのであろうか。本稿では,脳の最も吻側に位置し,高次脳機能を司る終脳セグメントのニューロンにのみ発現する細胞接着分子「テレンセファリン」に着目し,その構造・局在・機能を概説する。特にテレンセファリンによる樹状突起フィロポディア形成と緩やかなシナプス成熟についての最新の知見を紹介し,脳の神経回路を柔らかく構築し,可塑性を維持するための分子メカニズムについて論じる。

シナプスのスカフォールディング蛋白の発現調節

著者: 那波宏之 ,   横幕大作 ,   武井延之 ,   難波寿明

ページ範囲:P.135 - P.138

 成長円錐やデンドライトからシナプスへの分化・成熟課程はどのように制御されているのであろうか。前稿に紹介されているように,PDZ蛋白を含む数百の分子がその構造構築に関与していることが判明しつつあるものの,何がその調節を担っているか不明な部分が多い。その問題点は,成長円錐による標的の認識・識別メカニズムとその後に起きるシナプス構造の分化成熟課程とが,実験的に弁別しづらいことによる。様々な分子,ニューロリジンやニューレキシン,カドヘリンなどが細胞接着因子として同定されているが,個々の分子が成長円錐のガイダンスに作用しているのか,標的認識に関与しているのか,シナプスの成熟に関与しているのか議論が分かれる1)。これらのプロセスは一連のものであり,その1ステップを識別する必要性があるのかすら明確でない。本稿では,前シナプスなどから放出される可溶性の栄養因子に着目して,PDZドメインを有するスカフォールディング蛋白の発現調節と後シナプス構造の発達への影響に関して議論をしてみたい。

シナプス後肥厚部のNMDA受容体のリン酸化と神経因性疼痛

著者: 片野泰代 ,   伊藤誠二

ページ範囲:P.139 - P.143

 末梢組織に侵害刺激が加わると,その刺激は1次求心性線維によって脊髄後角へ伝達され,2次ニューロンとシナプスを形成し,上行性に脳へと伝達され「痛み」として認識される。痛覚は生体における侵害刺激に対する警告信号であり,侵害刺激の除去および末梢組織での傷害の治癒によって消失する。他方慢性疼痛は,末梢組織の傷害によって誘導された侵害的な痛みの一部に,伝達経路の修飾といった異なる新たな要因が加わることによって発症するもので,脊髄後角の中枢性感作によって維持されるものと考えられる。中枢性感作では,脊髄後角での反応性の増大および受容野の拡大が認められ,その発症機序としてワインドアップやシナプスの再構築および脱抑制といった可塑的変化が報告されている。

 記憶・学習におけるシナプス可塑性の「場」は海馬であり,海馬を用いた多くの報告から,スパインの形態変化1,2),シナプス膜への機能性分子のトラフィッキングによる発現量変化3,4),そして翻訳後修飾に伴う機能変化5-9)からなるシナプス可塑性による伝達効率の変化が明らかにされている。シナプス可塑性には,興奮性が増大する長期増強(Long-term potentiation;LTP)と,低下する長期抑圧(Long-term depression;LTD)の二つの可塑性10)が知られている。最近,脊髄後角でも,後肢へのカプサイシン投与によって作製された炎症モデルでは,C線維への低頻度刺激によってLTPが誘導されることが報告され11),LTPが慢性疼痛の中枢性感作の一因であると考えられるようになった。さらに,慢性疼痛の一つである神経因性疼痛では,通常痛みを感じない触覚刺激が痛みとなるアロディニアや,痛覚閾値が顕著に低下する痛覚過敏が生じ,脊髄後角での反応様式の変化や興奮性が増大する可塑的変化が生じる12,13)ことからも,痛みにおける中枢性感作にはLTPと同様の現象が含まれているものと考えられる。

連載講座 中枢神経系におけるモジュレーション・3

神経栄養因子BDNFの機能変調と精神疾患の発症

著者: 狭間俊介 ,   小島正己

ページ範囲:P.144 - P.148

 NGF(nerve growth factor)の発見以来,神経栄養因子の研究は進展が続いている。神経栄養因子は神経細胞の成長,生存,シナプス伝達の調節因子として神経系において多様な作用を行っている。本稿では,第2のNGFとして発見されたBDNF(brain-derived neurotrophic factor)の機能変調と脳の疾患の関係について概要する。BDNFの生理作用は他の成長因子と同様に1990年代にかなり明らかになった。特に,BDNFは成熟脳で発現が高いこととその受容体も脳に広く分布していることから,シナプス機能の調節因子としての研究が進展した。しかし,ポストゲノムのBDNF研究は脳精神疾患の発症要因としてのBDNFの機能変調や脳の個性の理解につながる一塩基多型の研究へと進展している。

 誘引性の分泌タンパク質が神経回路の形成を調節するというトロフィック仮説の検証には,神経成長因子(NGF:nerve growth factor)をはじめとしたニューロトロフィン(neurotrophins)の発見1)とその研究が貢献してきた。ニューロトロフィンは,NGF,脳由来神経栄養因子(BDNF:brain-derived neurotrophic factor),ニューロトロフィン-3(NT-3:neurotrophin-3)およびニューロトロフィン-4/5(NT-4/5:neurotrophin-4/5)から成る成長因子ファミリーであるが,その生理機能は1)神経細胞の生存維持,2)神経突起の伸長,3)シナプス機能の亢進とシナプス数の増加など多様である。つまり,ニューロトロフィンはトロフィック仮説で想定された狭義の概念を超えた多機能因子となった2,3)

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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