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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学59巻1号

2008年02月発行

雑誌目次

特集 コンピュータと脳

特集「コンピュータと脳」に寄せて

著者: 『生体の科学』編集委員会

ページ範囲:P.2 - P.2

 脳の構造や働きを理解するのにコンピュータはよい類似を与えてくれるが,その間の大きな違いもまた指摘されてきた。仕組みの上での一応の類似性はあるが,本質的な共通性はあるのか,まったく異質な部分は何なのか,人工知能はどこまで可能なのかなど,これまでいろいろな場面で論じられてきた。

 最近,脳の研究が目覚ましく進歩する一方,コンピュータの性能が著しく向上し,用途の拡大も著しい。脳研究の方法論の中にもコンピュータが奥深く入り込んできた感がある。

脳とコンピュータ

著者: 北野宏明

ページ範囲:P.3 - P.9

 脳はコンピュータと対比して議論されることが多い。それは,コンピュータが情報処理を行う機械であり,脳も同様に情報処理を行うことを大きな特徴とした器官であるためであろう。また,脳研究の目標として,「脳型コンピュータ」を作るという目標を掲げるときがある。これが,研究者が本気で掲げている目標かというとかなり疑問である。応用面での成果を求められるので,仕方なくそのようなことを書かされているのが現状であろう。それはともかくとして,基礎研究の方法論として,「作ることによって理解する」,つまり,Understanding by Synthesisというアプローチがある。この場合,人間のような知能を有するコンピュータを作る挑戦の過程において,人間の脳の機能とそれを実現する機構の理解につながるであろう。脳科学はほとんどが基礎研究であるので,脳の機能を合成的手法も含むあらゆる方法論で理解するということが,重要であると考える。

脳の中のコンピュータ―小脳,大脳基底核,海馬,大脳皮質の回路と物質機構

著者: 銅谷賢治

ページ範囲:P.10 - P.19

1 コンピュータと脳

 「コンピュータと脳」のアナロジーはどこまで有効だろうか。今日一般的なコンピュータと脳の最大の違いは,それが外部から設計,製造,プログラムされたものか,自ら進化,発達,学習により形成されていくものかという点にある。しかし,ハードウェアとしては今日のコンピュータを使いながらも,環境の中で自律的に行動し学習するロボットやプログラムを作ろうとして,試行錯誤を重ねるうちにぶつかった問題やたどり着いた解決策は,脳の構造や機能を理解する上で有用なモデルやヒントを与えてくれる可能性がある1,2)

 本稿ではまず,報酬信号からの行動学習の理論的枠組みである「強化学習3)」の基本的なアルゴリズムを紹介する。つぎにそこで必要とされる計算要素が,脳の中ではどのように実現されているのかという観点から,小脳,大脳基底核,海馬,大脳皮質の機能分化と統合の可能性を検討する。また,柔軟かつ確実な行動学習のために必要な制御機構について考察し,その神経修飾物質系による実現の可能性について議論する。

コンピュータの中の脳―情報基盤の進化論

著者: 豊田哲郎

ページ範囲:P.20 - P.32

 システム進化生物学1)によれば,生命の本質は「進化する分子ネットワーク」としてとらえることができる。ここでは,より一般化して“応答ネットワーク”とよぶ。応答ネットワークとは,外界から受ける刺激に対して,並列分散的な情報伝達の連鎖を介して応答するものをいう。生体にみられる応答ネットワークには,免疫系,細胞シグナル伝達系,代謝系,RNA干渉系2)といった,分子認識の相補性で繋がっているものもあれば,神経ネットワークのように細胞線維で空間的に繋がっているものもある。

 これらの応答ネットワークに共通する特徴は,R. ドーキンスが「利己的な遺伝子3)」で指摘した“自己複製”がみられる点である。分子ネットワークはゲノムを介して複製され,ニューラルネットワークは文化的なミーム3)を介して複製される。これを永続的に繰り返すことで,応答ネットワークは進化し続けている。本稿で述べるように,コンピュータで実装されている応答ネットワークにも生命に類似の進化現象が観察される。興味深いことに,この応答ネットワークは,単独で進化しているのではなく,生命の進化,社会の進化,経済の進化などと“共進化”している様子がうかがえる。これらが共進化するようになった背景について,最初に“オミックス進化論”から解説する。

ペタコンの夢:全脳モデルプラットフォーム構築を目指して

著者: 臼井支朗

ページ範囲:P.33 - P.37

 脳はゲノム情報に基づいて作られる蛋白質から神経細胞が作られ,それを機能素子とする特有の構造をもった神経回路網として構成されている。そして環境との相互作用や学習,つまり生命体として生きることによってその高度な機能が作られていく1,2)。しかし,今日の進んだ科学技術の時代においてさえ,その存在は神秘ともいえる。われわれはその基本原理を解明すべく,過去の知見を集積・統合し,全脳モデルとして記述・共有し,そのシミュレーションを通して生命独自の「情報原理」の解明に向けた新しい研究を展開する基盤を構築する必要がある。

 コンピュータを使ったシミュレーション技術は,地球シミュレータなど今日では科学技術研究の理論・実験に次ぐ第3の手法として確立され,次世代統合シミュレーション技術として展開されている3)。こうしたコンピュータによるモデリング技術が実験神経科学と統合されることにより,既存の実験データからより多くの知識が得られるようになってきた。定量モデルは,実験観察や一見したところ無関係な現象を説明するのに役立つ。それらは,実験を通してテストできる仮説を生み,新たな解明を目指す実験を考える上で大きな示唆を与える。

コンピュータアーキテクチャの進歩

著者: 河野崇

ページ範囲:P.38 - P.47

 世界初のコンピュータは1946年に作られたENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)であるといわれている。これは,電子デバイスを用いた汎用的にプログラムできる計算装置という意味であり,計算を自動化する機械装置という意味でのコンピュータは17世紀頃すでに作られている。ENIACの後登場したEDSAC(1949)やEDVAC(1952)といったコンピュータは,2進数で計算を行い,プログラムとデータを共にメモリに置くプログラム内蔵方式を採用したが,これをノイマン型コンピュータと呼び,現代のコンピュータのほとんどがこの方式を踏襲している。コンピュータアーキテクチャ1-5)の基本はこの時代に決まったといっても過言ではない。

 これら初期のコンピュータは電子デバイスとして真空管を用いており,その発熱の大きさや壊れやすさが問題となっていたが,やがて新しく登場したトランジスタなどの半導体が用いられるようになり,信頼性と動作速度の向上,消費電力の低減,小型化などが劇的に実現した。半導体はやがて集積化され,より省電力,コンパクトな電子デバイスへと進化を遂げていく。今日までのコンピュータの劇的な性能向上の原動力は半導体の製造技術のめざましい進歩であり,コンピュータアーキテクチャは年々向上する半導体の性能をいかに生かし切るかをテーマに進歩してきたといえる。

 本稿では,まずこれらノイマン型コンピュータの動作の仕組みを簡単に解説し,半導体の製造技術の進歩によってコンピュータアーキテクチャにどのような改良が施されてきたのか,その重要な要素的技術を取り上げる。そして,最近の技術の動向について解説する。

脳のようなコンピュータ

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.48 - P.58

 ヒトの脳のように働くコンピュータを作るということは現代社会に根強い願望の一つである。しかしこれがいかに難しいかは本特集で北野氏1)が論じられているところであるが,そのようなコンピュータの開発計画がいろいろと形を変えながら発表され,何年かしては消えてゆく。そのたびに何らかの進歩があり,次の計画へと引き継がれてゆくが,果してそれが今どのような段階にあるのか,そのゴールはどの辺に設定されているのか,いかに遠いのか近いのか,どこにそのハードルがあるのか,脳の研究の側にいる筆者としてはひどく気掛かりなことである。

 現実の脳にはお構いなく「力任せに」脳のような働きをコンピュータ化する立場もあれば,「作ることによって脳のことを理解する」という構成的な脳研究の立場もある。「作ることによって大きな社会的な有用性を生み出す」という実践的な立場も重要だが,筆者はそれとはまた別に,脳のことが本当にわかったかどうかを示す究極の証明が「創る」ということの中にあると考えている。意識のメカニズムが本当にわかれば,意識を持つロボットができるはずである。それができないかぎり,意識の問題は本当には理解されていないことになる。

連載講座 中枢神経系におけるモジュレーション・6

前シナプスセロトニン受容体を介するグルタミン酸作動性シナプスの変調

著者: 舩橋誠 ,   松尾龍二

ページ範囲:P.59 - P.65

 中枢神経系において,セロトニン5-hydroxytryptamine(5-HT)は脳幹の正中部に位置する縫線核群のニューロンによってL-トリプトファンから生成され,軸索輸送により脳内の極めて広い領域に放出される。大脳皮質,大脳基底核,大脳辺縁系から小脳にかけての領域に放出される上行性5-HT経路と,脊髄や三叉神経脊髄路核にいたる領域に放出される下行性5-HT経路がある。また,5-HTは上部消化管粘膜に存在する陽クロム親和性細胞(Enterochromaffin cell:EC細胞)においてもたくさん生成される。中枢神経系や腸内の神経叢において生成された5-HTは,シナプス部における神経伝達物質として,または神経終末部に増加して神経修飾物質として働く。5-HTの作用は,心血管系および腸管の運動調節,腸液の分泌調節などの末梢作用から,精神活動や食欲調節,さらには記憶・学習といった高次脳機能に関わる中枢作用まで明らかにされている。生体において5-HTの作用が多岐にわたってみられる理由の一つとして,5-HT受容体にたくさんの種類があることが考えられる。本稿では5-HT受容体のサブタイプおよびその受容機構について概説すると共に,脳内のグルタミン酸作動性シナプスに的を絞り,前シナプス5-HT受容体を介するグルタミン酸放出の調節についてレビューする。

実験講座

レポータータンパク質の再構成法を利用した生体分子イメージング

著者: 菅野憲 ,   小澤岳昌

ページ範囲:P.66 - P.72

 生きた細胞内では,細胞内外の環境変化に応じたさまざまな化学的プロセスや情報伝達が行われている。細胞内の情報伝達は,生体を構成する主要物質であるタンパク質や核酸などの生体分子を介して実行される。生体分子が生きた細胞や生体内で,いつ・どこで・何が・どの程度作用しているかを詳細に解析することは,現在の生命科学研究において重要なテーマである。

 生きた細胞内でのタンパク質の動態を低侵襲的に観察するため,さまざまなレポータータンパク質が使用されている(表1)。レポータータンパク質とは,細胞内でのタンパク質発現や局在を可視化するために用いられるタンパク質のことである。たとえば,緑色蛍光タンパク質(GFP),発光タンパク質ルシフェラーゼなどが挙げられる1-3)。GFPをレポータータンパク質として用いた場合,生きた細胞内のタンパク質の動的な挙動をリアルタイムで観察することが可能である。ルシフェラーゼの生物発光反応による赤色光は,動物組織やヘモグロビンに吸収されることなく動物個体を透過するので,マウスなどの小動物を対象とした低侵襲イメージングに用いられている。GFPやルシフェラーゼなどのレポータータンパク質は,分析対象の標的タンパク質に融合したり,そのcDNAを標的プロモーターの下流に連結したりなど,「タグ」としての利用が一般的である。

解説

グルタミン酸トランスポーター高親和性ブロッカーの開発

著者: 島本啓子

ページ範囲:P.73 - P.79

 グルタミン酸は哺乳動物の中枢神経系における代表的な興奮性神経伝達物質として,記憶や学習といった高次の脳機能を司っている。その一方で,高濃度のグルタミン酸は神経細胞死を引き起こす興奮毒でもある。興奮性神経伝達は,神経伝達物質であるグルタミン酸の放出・受容・除去という過程でそれぞれ制御されている(図1A)。伝達機構解明には,それぞれの過程に選択的に作用する化合物が必要である。これまでは主に受容体の活性化・不活性化という観点から制御物質が考えられ,薬物創成のターゲットとされてきたが,近年「除去」の過程にも関心が集まっている。グルタミン酸の除去は主にグルタミン酸トランスポーターによるグリア細胞への取込で行われている。トランスポーターの機能不全はALS(筋萎縮性側索硬化症)やてんかんといった神経疾患とも関わっていることが示唆されている。われわれはトランスポーターの機能制御に向けた阻害剤の開発について取り組んできた。本稿ではトランスポーター選択的ブロッカーDL-TBOA(DL-threo-β-benzyloxyaspartate)の創製とTBOAによる機能解析,さらに高親和性の阻害剤の開発について述べる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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