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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学59巻2号

2008年04月発行

雑誌目次

特集 細胞外基質-研究の新たな展開

特集「細胞外基質-研究の新たな展開」に寄せて

著者: 関口清俊

ページ範囲:P.82 - P.83

 昨年11月のヒトiPS細胞(induced pluripotent stem cells)の樹立が生命科学の枠を超えて国内外に大きなインパクトを与えたことは記憶に新しい。ヒトES細胞に比べて倫理的な問題が少ない,患者本人の細胞から作るため拒絶反応がないなど,再生医療への応用の期待も高まっている。しかし,組織幹細胞を利用する再生医療と比較すると,多能性幹細胞を使う再生医療にはまだ多くの障壁があることを忘れてはならない。再生医療は基本的に細胞移植療法であり,ex vivoでの幹細胞の培養・増幅が不可欠である。多能性幹細胞を利用する場合は,さらに標的細胞への選択的分化誘導というより困難な条件も加わる。肝臓を例にしても,肝幹細胞の分離自体が未だ研究段階にあり,多能性幹細胞から成熟肝実質細胞を選択的に分化誘導するなど,まだ遠い先の話である。幹細胞に限らず,組織・臓器を構築する様々な細胞を,その本来の機能を保持したまま培養する方法論は,細胞培養技術が誕生してから100年以上経た今日でも最も先進的な研究課題の一つである。

ヘパラン硫酸プロテオグリカンの器官形成と疾患における役割

著者: 羽渕弘子 ,   木全弘治

ページ範囲:P.84 - P.91

 ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)は,タンパク芯に硫酸化グリコサミノグリカンの一種であるヘパラン硫酸(HS)を付加した負電荷に富んだ高分子である。これらHSPGは細胞表面と細胞外マトリックス・基底膜の普遍的な構成分子である。そのHS鎖部分はヘパリン結合性細胞増殖因子,形態形成因子,細胞外マトリックス・基底膜成分,プロテアーゼインヒビター,プロテアーゼ,リパーゼなど非常に広範なタンパク質と結合し,その活性を制御する1-4)。これらリガンドとHSの結合は生化学的研究やX-線結晶解析による研究から,HSの特異な構造,特に硫酸基のパターンによるものやHS鎖の負電荷に依存するものがあることがこれまでに明らかにされている5,6)

 この10年あまり,HS合成に関連する遺伝子群のクローニングに続き変異体動物が作製され,解析の結果,HS鎖は種々の細胞増殖因子のシグナル伝達を制御して胚発生,器官形成に必須の分子であること,さらに炎症,免疫応答や脂質代謝のような生理的現象,感染症などの疾患にも深く関わっていることが明らかにされた7-10)。本稿ではこのようなHS鎖の多様な機能について筆者らの成果も含めて最近の知見を紹介する。

成長因子とへパラン硫酸プロテオグリカンの相互作用

著者: 岸本聡子 ,   中村伸吾 ,   服部秀美 ,   石原雅之

ページ範囲:P.92 - P.100

 ヘパリンは動物組織(ブタやウシの小腸粘膜や肺など)から商業ベースで分離され,臨床現場においては血液抗凝固剤として今なお不動の地位を占めている。ヘパリンは正常組織では肥満細胞にのみ認められ,その細胞質顆粒内に貯蔵されている1)。他方,ヘパラン硫酸(HS)はコンドロイチン硫酸,デルマタン硫酸,ケラタン硫酸などと並んで,細胞外マトリックス構成成分であるグリコサミノグリカン(GAG)の一員であり,いくつかのHS側鎖がコアタンパク質に共有結合したプロテオグリカン群として存在する。このヘパラン硫酸プロテオグリカン(HS-PG)は,動物組織において細胞膜そして細胞外マトリックスの両方に普遍的に存在している2)

 HS/ヘパリンの生物学的役割は多様であり,よく知られている血液抗凝固活性の他に,成長因子やサイトカインの働き,細胞の接着,認識,遊走,そして様々な酵素活性の調節などいろいろな生物反応に関与していることが知られている2)。それらの生物活性の多くは,各種タンパク質(成長因子を含む)とHS/ヘパリン糖鎖の相互作用によって媒介されていると考えられる。

神経筋接合部の機能におけるヘパラン硫酸プロテオグリカンの役割

著者: 平澤(有川)恵理

ページ範囲:P.101 - P.104

 中枢神経系のシナプスと神経筋接合部の最も大きな違いは,神経筋接合部には神経と筋の間に基底膜成分を介在することである。神経筋接合部は運動神経からの電気的興奮をアセチルコリンによる化学的興奮に置き換え,筋の収縮,弛緩を制御している。筋の収縮弛緩をすみやかに行うため,筋側にはアセチルコリン受容体,アセチルコリンを分解するアセチルコリンエステレースのほか,筋特異的キナーゼ(MuSK),ニューレグリン,ラプシンなどの分子が集束している。神経筋接合部に濃縮する分子の多様性,局在する分子の糖鎖修飾の多彩さは筋の収縮弛緩という特殊な機能を遂行するためと考えられる1)。神経筋接合部には接着分子や細胞外マトリックス分子が豊富であり,神経筋接合部が筋収縮というメカニカルストレスに抗するためと想像される。多くの細胞外マトリックス分子の中でもヘパラン硫酸鎖を保持するヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)は,いくつかの分子の神経筋接合部への集合,濃縮を制御するとして注目される。神経筋接合部にはいくつかのHSPGが時期特異的,組織特異的に発現するが,ヘパラン硫酸鎖とコア蛋白質の機能の違いについての詳細などは充分わかっていない1)。HSPGには膜貫通型のシンデカンファミリー,GPIアンカー型のグリピカンファミリー,アグリン,パールカンに代表される基底膜型の存在が知られる(図1)。

 本稿では神経筋接合部におけるアグリンの機能について概説し,パールカンの機能とヒトパールカン欠損疾患の症状との関連性に焦点をあてる。

コンドロイチン硫酸プロテオグリカンによる神経発生の制御

著者: 前田信明 ,   石井万幾

ページ範囲:P.105 - P.110

 コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CS-PG)は,ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HS-PG)と共に,細胞外基質および細胞表層の主要構成成分として普遍的に存在する分子群である。これまでHS-PGについては,種々の成長因子やモルホジェンなどの活性をHS依存的に制御していることが多数の研究によって明らかにされている。一方,CS-PGは物理的な構造分子とみなされることが多く,シグナル分子群の機能調節に直接的に関与することはないと信じられてきた。しかしながら近年,コンドロイチナーゼABC(Chase ABC)を投与してCSを分解除去すると,軸索再生や神経可塑性が促進することや,神経細胞の極性変化や突起形成異常が起こることが見出され,CS-PGは神経細胞の挙動を制御する重要な分子群であると認識されるようになった。現在,このような現象の分子機構が重要な研究課題となっており,特に,CSの構造特異的な情報伝達制御機構の解明に焦点が当てられている。

初期胚細胞分化における基底膜の役割

著者: 藤原裕展 ,   関口清俊

ページ範囲:P.111 - P.117

 基底膜は,上皮構造をもつすべての多細胞動物に存在する細胞外マトリックスのプロトタイプである1)。最も下等な後生動物である刺胞動物でも,内胚葉と外胚葉の境界には基底膜が存在する。後生動物の基本構造である上皮と基底膜は不可分の関係にある。初期発生においても,最初に形成される細胞外マトリックスは基底膜で,内胚葉と外胚葉からなる二胚葉期にすでに存在している2)。基底膜が初期胚における細胞の分化の開始とともに形成されるという事実は,基底膜が細胞分化と密接に関わっていることを想像させるが,その実態は未だ不明である。その最大の原因は,三次元超分子複合体である基底膜の操作と細胞分化のモニタリングを同時に達成できる実験系がほとんどなかったことにあると考えられる。本稿では,in vitroで基底膜を形成しながら分化する胚様体(embryoid body)とマウス初期胚の解析を通して明らかにされた初期胚細胞分化における基底膜の役割について,最近の知見を交えて紹介したい。

ビトロネクチンのコラーゲンおよび線溶系因子との相互作用

著者: 佐野琴音 ,   小川温子

ページ範囲:P.118 - P.122

1 ビトロネクチンの構造と機能

 細胞外マトリックス(ECM)は,細胞を固定,維持する物理的な「足場」であるだけではなく,細胞の接着,移動,増殖,発育,分化などを調節している。細胞接着性糖タンパク質ビトロネクチン(VN)はECMの主要糖タンパク質の一つであり,0.2-0.4mg/mlの高濃度で血液中にも存在する。VNは細胞のECMへの接着,分化,増殖などに関与する上に,血液凝固系,線維素・組織溶解系,補体系など,種々のタンパク質分解カスケードを制御する多機能性糖タンパク質である1)。外科手術や急性・慢性炎症時に産生が増加する急性期反応物でもあることから,組織修復・再生におけるVNの機能が注目されている2)。本稿では,VNの基本的性質とともに,組織修復に関わる生物学的活性が糖鎖修飾によって調節されるという最近の発見を紹介する。

組織リモデリングにおけるテネイシンの役割

著者: 吉田利通 ,   石垣共基 ,   今中-吉田恭子

ページ範囲:P.123 - P.128

 細胞が組織を構成しているとき,細胞同士が結合して構造を作り,その細胞の集合体の周囲には細胞外マトリックスが存在する。細胞外マトリックスの主な構成要素である膠原線維と弾性線維は組織構造を支える骨格であり,この間にはさらにフィブロネクチン,ラミニンなどの糖タンパク,プロテオグリカン類,ヒアルロン酸など多くの分子が存在し,組織構造を維持するために多彩な役割を担っている。組織リモデリングは炎症,腫瘍,再生,創傷治癒などで生じ,その場の細胞の構成と配置を変化させていく一連の過程である。この過程には,細胞外マトリックスも構成と配置を変化させ,時には線維化などの病変が引き起こされる。リモデリングでは,細胞は静的な既存の細胞外マトリックス構造から離脱し自由に移動する必要があり,マトリックスも動的な変化を受ける。

 このような動的な場を作り出す物質として,リモデリングの初期から最盛期の組織で細胞間に一過性に高発現するタンパクを,matricellular proteinとしてまとめる考え方が近年提唱されている1)。これには,オステオポンチン,テネイシン(TN),トロンポスポンディンなどの細胞外マトリックス糖タンパクが含まれている。これらのタンパクはいずれも発生期では高発現しているが,成体の正常組織での発現は極めて限定的で,線維や基底膜といった構造物を形成せず,細胞と基質間の結合を動的な状態に変化させ,多彩な生物活性により細胞と細胞外の物質との相互作用を修飾することを特徴としている。これらのタンパクの遺伝子欠失(KO)マウスは,不思議なことに一見正常に出生してくることも特徴のひとつにあげられている。

 この総説では,matricellular proteinの代表的なタンパクのひとつであるTNについて,構造と機能,組織リモデリングでの役割などを述べ,病態診断への応用についても紹介したい。

細胞-細胞外基質インターフェイスの病理生物学―組織内微小環境モジュレーター分子ADAMの機能と疾患への関与

著者: 佐々木文 ,   岡田保典

ページ範囲:P.129 - P.133

 多細胞生物は,極言すると細胞と細胞外基質(ECM=extracellular matrix)から構成され,細胞は細胞-細胞間や細胞-ECM間の結合により細胞集団を形成し,多彩な細胞機能を果たしている。また,ECMは組織形態の保持,代謝物質の通路,物質のフィルター作用,バリア形成,増殖因子・サイトカインなどの細胞外シグナル分子の貯蔵庫などの役割を担っている。臓器・組織における細胞集団の形成や構造・機能の維持は,細胞間接着分子,受容体,細胞外シグナル分子,ECMなどからなる組織内微小環境因子によってコントロールされている。組織内微小環境因子の代謝は,細胞とECMとの密接な位置的関係から,主として「細胞-ECMインターフェイス」で行われ,個体の発生・分化時などの生理的な組織リモデリングでみられるほか,関節炎などの炎症性疾患や癌細胞浸潤などの組織破壊性疾患において亢進する。

 組織内微小環境因子の分解にはメタロプロテアーゼが中心的な役割を果たしており,MMP(matrix metalloproteinase)遺伝子ファミリーとADAM(a disintegrin and metalloproteinase)遺伝子ファミリーが関わっている。両ファミリーの基質特異性には重複がみられるものの,MMPはECMの分解に中心的な役割を果たし,ADAM分子は主として細胞間接着分子,受容体,細胞外シグナル分子の代謝に関与すると考えられている。MMPについては他稿で解説されていることから,本稿では組織内微小環境モジュレーターとしてのADAMファミリー分子の構造と機能および疾患への関与について概説する。

細胞外基質リモデリングの制御機構

著者: 大村彰 ,   松崎朋子 ,   野田亮

ページ範囲:P.134 - P.142

 多細胞生物の発生・形態形成は,細胞外基質(ECM)に大きく依存しており,その破綻は時に致死的な効果をもたらす。また,成体内の各組織が示す多様な機能は,それを構成する細胞の種類だけでなくECMの多様性にも依存している。コラーゲン,フィブロネクチン,ラミニン,各種プロテオグリカンを始め,種々の高分子物質から構成されるECMの難溶性3次元ネットワークは,組織構築の支持体(充填物)や細胞移動の場として役立つのみならず,シグナル伝達分子のリザーバーやコファクター,独自の受容体を介したコシグナルとして働くなど多様な役割を持ち,細胞の増殖,生存,分化,運動,形態形成などに多大な影響を及ぼす。さらにECMは他の多くの成体成分同様,分解と合成の動的平衡の上に成立している。ECMターンオーバーの速度は,組織や器官,発生段階などにより様々であるが,例えば,成熟個体の軟骨ではECMの半減期は数年であるのに対し,発生期のラット脳では24時間以下といわれている1)。では,こうしたECMの分解と合成は,どのような調節を受けているのだろうか。

細胞機能の力学的制御と細胞外マトリクス工学

著者: 原田伊知郎 ,   赤池敏宏

ページ範囲:P.143 - P.150

 再生医療の飛躍的な発展にともない,今あらためて細胞外マトリクス(ECM)が注目されるようになっている。それは,細胞をソースとした研究分野では,生体外(in vitro)に取り出した細胞の増殖や分化の機能を思いのままに制御することがいわば究極的な目標であり,そのためには生体内における細胞外環境を見直す必要が出てきたためである。現在まで行われてきたシャーレに細胞を培養するin vitro細胞培養法は,複雑な生体内(in vivo)にある細胞の環境に比べて非常にシンプルであり,細胞培養液中に含まれるサイトカインやホルモンなどの液性因子の添加量を厳密にコントロールすることが可能であることから,その方法そのものには疑いをもつ研究者は少ない。しかし,培養細胞の周辺環境が生体内環境とかけ離れてしまっているために見落としていたことも多く存在することは明らかである。

 とりわけ近年,個体発生,臓器(組織)形成の分子シナリオが少しずつ解読されていくにともない,細胞の足場として,ECMの果たす役割の重要性が指摘されつつある。受精卵からスタートして必要な時刻に,本来あるべき空間位置に,しかも必要な大きさで臓器・組織を形成させる上でECMの果たす役割は極めて大きいと考えられる。近年明らかにされてきたECMの種類の豊富さに加えて,それぞれが異なるシグナルを誘起することからも,ECMはもはや単なる足場ではなく,サイトカインなどの液性因子と同等レベルで捉えるべき細胞機能制御分子であるといっても過言ではないであろう。さらに,生体内にあるECMは見事なほどに制御された構造体を形成することから,ECMの生理的機能は単なるリガンドだけでないことも明らかである。ECMは同一成分で形成されていても全く構造・物性のことなる組織を構築する。例えば,コラーゲンは同一のType Ⅰであっても靱帯・腱や真皮とでは繊維化構造が大きく異なるため物性・力学的強度が全く異なり,その組織の機能を特徴づけている。このようなリガンドとしての存在だけではないECMの機能も含めて生体外環境に復元することは容易ではない。

連載講座 中枢神経系におけるモジュレーション・7

視索上核ニューロンのオピオイドによる前シナプスモジュレーション

著者: 稲永清敏

ページ範囲:P.151 - P.156

 視床下部視索上核にはバゾプレッシンとオキシトシンを分泌する神経分泌ニューロンが存在する。下垂体後葉より血中に放出され,オキシトシンは乳腺に働いて乳汁分泌を促進し,分娩時には子宮に働いて子宮を収縮し分娩を促進する。バゾプレッシンは,腎臓の集合管に働き水の再吸収を行うとともに血管を収縮し血圧を上昇させる。

 オキシトシンやバゾプレッシンの下垂体からの放出は,神経分泌ニューロンの活動に依存している。神経分泌ニューロンの神経活動は,様々な神経伝達物質あるいは修飾物質により調節されている。これらの物質のひとつがオピオイド類であり,バゾプレッシンおよびオキシトシン分泌ニューロンの神経活動はオピオイドによって抑制を受ける。オピオイドは前シナプス性および神経分泌ニューロン自身に作用し,ニューロンの活動を抑制する1-4)(レビューとしてBrownら,20005))。視索上核には,他の脳領域からオピオイド線維の投射や6,7),オピオイド受容体が多く認められている8)。さらに神経分泌ニューロンには,オキシトシン分泌ニューロンはエンケファリンと,バゾプレッシン分泌細胞はダイノルフィンとの共存が観察され9),オピオイドによるオートクライン作用も示唆されている5,10,11)。本稿では,神経分泌ニューロンに対するオピオイドの直接作用について述べ,次にオピオイドによる前シナプス性の抑制作用について述べる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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