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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学59巻4号

2008年08月発行

雑誌目次

特集 免疫学の最近の動向

特集「免疫学の最近の動向」に寄せて

著者: 宮坂昌之

ページ範囲:P.250 - P.252

 免疫学は「二度無し」(同じ感染症に二度かかることは少ない)の原理を説明するための学問として発展してきたが,その興味の主な対象は,特定の抗原に対する特異的な反応としての免疫,すなわち,適応免疫反応に関するものであった。事実,免疫学とノーベル賞との関わりを見ると,このことがよくわかる。免疫学が学問として広く認められたのは,1901年にEmil von Behringがジフテリアに対する血清療法でノーベル生理学・医学賞を受賞して以来であり,以後,免疫学の分野では幾多のノーベル賞が出ているが,いずれも抗原や抗体(あるいは抗原レセプター)に関するものであり,適応免疫機構に関する研究に関するものが主であった。たとえば,1908年のPaul Ehrlichの側鎖説(免疫細胞の表面には抗原レセプターが存在するという仮説),1930年のKarl Landsteinerの血液型の発見(赤血球に対する凝集素〔=抗体〕の発見),1960年のMacfarlane BurnetとPeter Medawarの免疫寛容の研究(自己,非自己の区別,および自己抗原,自己抗体という概念の提唱),1980年のBaruj Benacerraf,Jean Dausset,George SnellのMHCの研究(免疫細胞の反応性を遺伝的に規定する分子群の発見),1984年のNiels Jerne,Georges Köhler,Cesar Milsteinによるクローン選択説とモノクローナル抗体,1987年の利根川進による抗体の多様性生成機構に関する研究,1996年のRolf ZinkernagelとPeter DohertyによるT細胞のMHC拘束性に関する研究は,いずれも,免疫系がどのようにして抗原特異的に反応を行い,それがどのように制御されるのか,という適応免疫機構に関わるものであった。

 しかし,1990年代後半に一連のToll様受容体(Toll-like receptor:TLR)が発見され,引き続いてTLRの作用機序が明らかにされたことから,免疫学の考え方が大きく変わり,これまで非特異的免疫としてしか注目されてこなかった自然免疫の役割が大きくクローズアップされることになった。そして,自然免疫反応が適応免疫反応の始動に大きな役割を果たし,自然免疫と適応免疫の両者が相まって働くことにより初めて有効な免疫反応が始まり,感染防御が可能になることが明らかになったのである。

キラーT細胞の教育に必要な酵素,胸腺プロテアソームの発見

著者: 村田茂穂

ページ範囲:P.253 - P.259

 病原体や異物に特異的に対処することによってそれらの排除と再感染防止を行うのが,免疫応答の中でもとくに適応免疫(あるいは獲得免疫)とよばれるシステムである。適応免疫応答はおもにT細胞とB細胞とよばれる2種類のリンパ球によって担われる。B細胞は活性化すると抗体を産生・分泌する形質細胞に分化する。T細胞はさらに2種類に分類され,ウイルス感染細胞などを直接攻撃するCD8T細胞(細胞傷害性T細胞,キラーT細胞とも呼ばれる)と,B細胞やマクロファージなど別の細胞を活性化するCD4T細胞とに分けられる。T細胞もB細胞も,骨髄(胎生期には肝臓)由来の造血幹細胞から発生するが,B細胞はそのまま骨髄(Bone Marrow)中で分化するのに対して,T細胞は胸腺(Thymus)という心臓にかぶさるように存在する特殊な臓器の中で分化する。未熟なT細胞は,胸腺の中を移動しながら非自己と反応しうる有用な細胞を選別する「正の選択」と自己と反応する細胞を除去する「負の選択」をうける。このうち「正の選択」はこれまで,特別なメカニズムが存在するかどうかさえ不明であったが,胸腺に発現する特殊なプロテアソームが「正の選択」に関与していることが最近明らかになった。本稿では,胸腺におけるT細胞の分化機構を概説しつつ,最近筆者らが発見した新しいT細胞分化機構について紹介する。

抗原提示:ダイレクトプレゼンテーションとクロスプレゼンテーション

著者: 今井純 ,   矢原一郎

ページ範囲:P.260 - P.267

 MHC(major histocompatibility complex)分子は,マウスの組織移植時に,拒絶反応を決定する主要な抗原として同定された。MHC分子は膜糖タンパク質で,細胞内で抗原となるタンパク質が分解されて生成した8-15アミノ酸長のペプチドを結合して細胞表面に発現する1,2)。このMHC複合体はT細胞によって認識され,免疫応答において中心的な役割を果たす。T細胞が大きくCD4T細胞とCD8T細胞の2種類に分けられることに対応し,MHC分子もCD8T細胞によって認識されるMHCクラスⅠ(MHCⅠ)とCD4T細胞によって認識されるMHCクラスⅡ(MHCⅡ)の2種類に分けられる。MHCⅠはほとんど全ての有核細胞の細胞表面に,細胞内で合成されるタンパク質(内在性抗原)がユビキチン・プロテアソーム系によって分解されたペプチドを結合して発現,自己非自己のマーカーとして機能し,細胞性免疫発動の鍵となる(direct presentation;DP)。これに対して,MHCⅡは抗原提示細胞(antigen presentating cells;APC)にのみ発現し,CD4T細胞に対して,細胞外から取り込んだタンパク質(外来抗原)をエンドソーム/リソソームに局在するカテプシンなどのプロテアーゼで分解したペプチドを提示し,主に液性免疫の発現を調節するほかに,細胞性免疫の機能を補完する。

 このように,MHCⅠとMHCⅡは,生体内で局在の異なるタンパク質を局在・特異性を異にするプロテアーゼで分解し,生成する異なった種類のペプチド群を異なる機能を持つT細胞に提示する役割を果たしている。したがって,同じタンパク質由来のペプチドであっても,MHCⅠに提示されているペプチドとMHCⅡに提示されているペプチドとでは種類,機能共に異なっている。ところが,近年,MHCⅡに提示されるはずの外来抗原がMHCⅠに提示されるクロスプレゼンテーション(cross presentation;CP)経路が存在し,このCP経路が細胞性免疫の活性化に必須な役割を果たしていることが明らかとなった。DPとCPは表裏一体となって,細胞性免疫による感染細胞や癌細胞の駆除に不可欠な役割を果たしている(図1)。本稿では,この両者を対比しつつ,MHCⅠへの抗原提示の機序を最新の知見を交えて紹介する。

腸管でのIgA生産を司るTNF/iNOS生産性樹状細胞とその作用機構

著者: 手塚裕之 ,   安部由紀子 ,   樗木俊聡

ページ範囲:P.268 - P.274

 細菌やウイルスなどの病原体の多くは粘膜を介して感染することが知られている。粘膜ではこれら病原体の侵入に対して,全身免疫系とは異なる独自の生体防御機構(粘膜免疫系)を備えており,その主体がIgAである。IgAは血清中に存在する単量体IgAと,涙液,母乳,および消化管粘液などの外分泌液中に存在する分泌型(二量体)IgAに分類され,特に後者は病原体や腸内常在菌などの微生物の粘膜上皮細胞への付着・定着の阻止,あるいは微生物の生産する毒素を中和することにより粘膜面の感染防御に重要な役割を担っている1)。また,IgAは生理的条件下,生体内で最も多く生産される免疫グロブリンであり(40-60mg/kg/day;ヒト),そのほとんどが粘膜面において分泌型IgAとして存在する。事実,生体内における全形質細胞の80%が粘膜に局在しており,その80%がIgA生産性形質細胞で占められる1)。このことからも,粘膜がIgA生産に特化した組織であることが理解できる。

 しかしながら,IgAの半減期(26.6時間)は他のアイソタイプよりも短い(IgGは280時間,IgMは35.4時間;ヒト)ことから2),粘膜ではIgA生産を効率的に誘導する機構や,それを維持する微小環境が構築されていることが予測される。その一つに腸内常在菌が挙げられる。事実,腸内常在菌叢を欠く無菌マウスでは分泌型IgA生産が著明に低下しており,また通常の常在菌叢をもつSPFマウスにおいて生理的に生産される分泌型IgAは腸内常在菌成分を認識する3)。しかしながら,IgA生産が粘膜関連リンパ組織(mucosa-associated lymphoid tissue;MALT)で他のリンパ組織よりも選択的かつ効果的に誘導される分子機構の詳細は依然として不明である。われわれは,TNF/iNOS生産性樹状細胞(Tip-DC)がMALTや小腸粘膜固有層に多く存在しており,生理的なIgA生産誘導に重要な役割を担っていることを明らかにした4)。本稿では,粘膜Tip-DCによるIgA生産誘導機構について紹介したい。

Aryl hydrocarbon receptorによるTh17細胞の分化制御機構

著者: 木村彰宏 ,   岸本忠三

ページ範囲:P.275 - P.279

 ヘルパーT(Th)細胞にはこれまで,細胞性免疫に関与している1型ヘルパーT細胞や液性免疫に関与している2型ヘルパーT細胞の存在が確認されていた。ところが近年,IL-17を産生する新たなTh細胞のサブセットとしてTh17細胞が発見された。Th17細胞は自己免疫やアレルギー反応などで重要な役割を果たしていることが報告されてきており,注目を集めている。Th17細胞はIL-6とTGF-βの刺激により誘導され,retinoid-related orphan receptor γ(RORγ)やRORαがTh17細胞の分化を誘導する転写因子として同定されたが,その分化制御機構には未だ不明な点も多く残されている。今回われわれは,ダイオキシンレセプターであるAryl hydrocarbon receptor(Ahr)がTh17細胞分化を制御していることを発見した。本稿では,Th17細胞の分化機構を概説していくとともに,AhrによるTh17細胞の新たな分化制御機構について紹介する。

Th17誘導性気道炎症とマスト細胞

著者: 大保木啓介 ,   大野建州 ,   梶原直樹 ,   斎藤博久 ,   中江進

ページ範囲:P.280 - P.288

 喘息は日本でおよそ200万人,世界でおよそ3億人にのぼる人々が罹患している呼吸器系の慢性炎症疾患である。遺伝子欠損マウスを用いた喘息モデルの解析から,喘息の発症および病態形成のメカニズムの解明や治療法の確立に大きな進歩が見られているものの,喘息病態の多様性は完全に理解されるに至っておらず,ステロイドの効かない重症喘息や喘息死を含め,喘息はいまだ難治性疾患として認知されている。

 これまで,血中の高IgE値と好酸球の気道浸潤を伴う病態(アトピー型)が喘息の特徴とされてきた。しかし近年,血中IgE値の上昇は認められず,好酸球ではなく好中球の浸潤を伴う病態(非アトピー型)の喘息患者が存在することが明らかとなった1)(図1)。また,アトピー型患者も均一集団ではないことが指摘されており,重症度と炎症像(好酸球/好中球の浸潤数)によってさらに分類される。軽症および中等症の患者は好酸球優位の炎症像を呈し,重症患者では好中球優位の炎症像が観察される2)(図1)。重症患者は,さらに好中球優位の患者と好酸球/好中球の両方の浸潤を認める患者に分類され,後者の好酸球/好中球複合型の方がより重症度が高い。好酸球優位の炎症像を呈する軽症および中等症の患者ではステロイド投与による症状の寛解が顕著であるのに対し,好中球優位の炎症像をもつ重症患者では,ステロイドによる治療効果が低い3)

転写因子FoxP3を中心とした制御性T細胞の分子メカニズム

著者: 小野昌弘

ページ範囲:P.289 - P.295

 制御性T細胞(regulatory T cells;Treg)とは,生体に不適切な免疫反応を抑制し,免疫疾患の発症回避に必要不可欠な生体維持機構である1)。Tregは免疫反応抑制に特化したCD4 T細胞であり,抗原刺激により活性化して,周囲のT細胞の活性化・増殖を抑制する活性(Tregの抑制活性)を発揮し,免疫反応を抑制する1)。Tregは,正常免疫系にも相当量存在する自己抗原・環境中アレルゲン・腸内細菌などに反応する潜在的病原性T細胞の活性化・増殖を抑制することで免疫系のホメオスタシスを保つ。実際に,Tregを先天的に欠損する患者(IPEX症候群,下記)は,病原性T細胞の活性化を抑制できないことから自己免疫病・アレルギー・炎症性腸疾患などの免疫制御異常を呈する。

 Tregは自己免疫病を抑制する一方で,がん免疫や抗病原体免疫といった有用な免疫反応も抑制することが明らかになってきている1)。Tregは,こうした広範な免疫反応における抑制活性をもつことから免疫療法の標的として期待され,近年研究が盛んに行われている。最近,Tregの分子メカニズムはTregの表現型形成に必要とされる転写因子FoxP3を中心に明らかになりつつある。本稿では,FoxP3を中心としたTregの分子メカニズムについて最近の知見を紹介したい。

重症アトピー性皮膚炎を合併する免疫不全症の原因遺伝子同定

著者: 峯岸克行

ページ範囲:P.296 - P.301

 日本におけるアレルギー疾患(花粉症・アトピー性皮膚炎・喘息)の罹患率は30%に及ぶと推定され,その免疫学的背景となるスギやダニなどのアレルゲンに対する感作率も年々増加しており,いまや日本においてアレルギー疾患は国民病の様相を呈している。以前からアレルギー疾患は遺伝することが知られており,ヒトゲノムプロジェクトの進展により,アレルギー疾患関連遺伝子の同定も大きく進展し,100以上の遺伝子がアレルギー疾患と関連することが明らかにされた。しかしながら,すべての遺伝子に関して,ある特定の対象においてはその遺伝子とアレルギー疾患との関連を否定する報告が見られ,多因子疾患の遺伝的解析の方法論的困難さを示している。

 そこでわれわれは,単一遺伝子異常により浸透率100%で,重症のアトピー性皮膚炎を発症する免疫不全症に注目し,その原因遺伝子を同定することにより,アトピー性皮膚炎の発症メカニズムを検討した。その結果,この型のアトピー性皮膚炎の発症には,Jak-STATを介したサイトカインシグナル伝達が重要な役割を果たしていることが示唆された。

Tunneling nanotubule(TNT)と免疫細胞間相互作用

著者: 長谷耕二

ページ範囲:P.302 - P.306

 免疫系は複数の免疫担当細胞と間葉系・上皮系細胞によって構成されている。免疫担当細胞の分化やリンパ組織の形成,外来抗原の認識と免疫応答とその終結など,あらゆる局面において,免疫系を構成する細胞間の情報伝達が重要な役割を果たしている。そのため,免疫ネットワークはこうした細胞間情報の制御を基盤として成り立っているといえよう。免疫担当細胞間における情報の伝達手段はこれまで複数報告されている。代表的なものとして,サイトカインの傍分泌(paracrine)によるシグナリングや,エキソソーム(exosome)や免疫シナプスを介した抗原提示およびco-stimulationが挙げられる1,2)。この他にも上皮細胞間に形成されるgap junctionは,ウイルス抗原ペプチドの輸送に重要と考えられている3)

 最近の研究で,離れた細胞間に細長いチューブル(membrane tubule)が形成されることで,細胞間相互作用が促進されることが報告されている。この細胞と細胞を繋ぐ細管はtunneling nanotubule(TNT)と呼称され,免疫細胞における新たな情報伝達手段として注目されている4,5)。本稿では,筆者らの実験結果を含めてTNTに関する最新の知見を紹介したい。

連載講座 中枢神経系におけるモジュレーション・9

シナプス前性化学受容体,イオンチャネル,2ndメッセンジャーによるファーストトランスミッター遊離の制御

著者: 赤池紀生

ページ範囲:P.307 - P.312

 中枢神経系シナプスにおいて,ミリ秒単位の生体信号伝達を行う代表的化学伝達物質として三つのアミノ酸があげられる。興奮性のグルタミン酸(Glu),抑制性のγ-アミノ酪酸(GABA)とグリシン(Gly)である。これらの化学伝達物質は,シナプス後膜側の各々の受容体・イオンチャネル複合体を介し脱分極(内向き電流)や過分極(外向き電流),すなわち興奮性シナプス後電位または電流(EPSP/EPSC)や抑制性シナプス後電位または電流(IPSP/IPSC)を発生させる。いわゆるシナプス後興奮やシナプス後抑制を起こすことが知られている。ところで,このようなGlu,GABAやGly作動性シナプス前神経終末からのこれら化学伝達物質の過剰な遊離は下記の模式図(図1)に示す仕組みで直接または間接的に制御されている。すなわち,1)Autoreceptors(自己受容体),2)Axo-axonic synapses(Presynaptic inhibition:軸索間シナプス/シナプス前抑制),3)Spill-over/retrogrande regulation(逆行性調節),4)Voltage-dependent ion channels:Na,K,Ca2+,Cl(電位依存性イオンチャネル),5)2nd messengers:cAMP,PKA,PKCなど(2ndメッセンジャー),6)Ion co-transporters(イオン共輸送)。

 本稿では,特にファーストトランスミッターであるGlu,GABAやGlyの遊離を制御する各々のシナプス前終末部膜上に存在する自己受容体とシナプス前抑制を惹起する軸索間シナプスに焦点をあて,神経終末部からの化学伝達物質の過剰遊離の制御機序と,これに関与するイオンチャネルの機能的役割について最新のデータも含めて解説する。

実験講座

細菌由来基質結合蛋白質を用いた人工転写調節因子の設計

著者: 坂口あかね ,   山崎智彦 ,   谷口彰良

ページ範囲:P.313 - P.319

 動物細胞内の標的分子をリアルタイムでモニタリングできる細胞内センシング技術は,疾患メカニズムや代謝経路の解明,薬物応答の評価など医学・生化学・創薬など広い分野において注目されている。細胞内センシング法として,これまでに標的分子を特異的に認識する発光,または蛍光プローブを用いた検出法や蛍光蛋白質を融合したレセプターを用いた検出法などが報告されている1)。また,近年では動物細胞そのものをセンシング素子として用いる研究が行われており,標的分子応答性の発現プロモーターの下流にgreen fluorescence protein(GFP)などのレポーター遺伝子を導入した遺伝子発現制御機構に基づくセンシング技術が報告されている。筆者らはこれまでに,細胞ストレス応答蛋白質の遺伝子の転写調節領域(cytotoxicity responsive element;CRE)とルシフェラーゼ遺伝子(luc)を融合した遺伝子を構築し,ルシフェラーゼの活性を指標とした高感度なストレス起因物質の細胞内センシング技術を開発している(図1)2-4)。しかし,このような細胞内センシング技術はプロモーターの標的分子応答性に依存していることからモニタリングできる標的分子に制限がある。すなわち,既存の方法では標的分子ごとに標的分子に特異的に応答するプロモーター領域をスクリーニングし同定する必要がある。

 一方,細菌の持つsubstrate binding proteins(SBPs)は単糖類,アミノ酸,ペプチド,金属イオンなど比較的低分子量のリガンドに高い親和性(Kd値10-8~-7M)を示し,いずれも二つの領域がヒンジ領域につながれた共通の構造を持つ(図2左)5)。また,リガンドの結合により起こるSBPsのコンフォメーション変化は,蛍光標識することで直接検出できることから,SBPsは光学バイオセンサの分子認識素子として注目されている。これまでに筆者らは,SBPsのリガンド認識特性の改変,さらには標的分子を認識する新規SBPの検索法を報告し,SBPに基づくバイオセンサ素子の開発を行ってきた6-9)。また,分子エネルギー計算を基にSBPsのリガンド結合部位に変異を導入することで,元々リガンドではなかった分子に特異的な結合能を示す新規SBPの構築についての報告がある10)。これらの知見により,SBPを用いることで多様な標的分子を認識する分子認識素子の構築が可能である。また,SBPsの立体構造は,細菌に広く存在するLacⅠ型転写調節因子(LacⅠ-family transcriptional regulator;LTR)のリガンド結合領域(ligand binding domain;LBD)と高い相同性を示す(図2右)11)。さらに近年,LacⅠを転写調節因子に用いた動物細胞での遺伝子発現制御技術が実用化されている。以上より,SBPsとLTRを融合することによって,動物細胞において,多様な標的分子に対応する発現制御因子およびそれらを用いた発現制御システムが構築できると期待される。

解説

視床下部におけるAMPキナーゼの機能

著者: 窪田直人 ,   門脇孝

ページ範囲:P.320 - P.324

 AMP-activated protein(AMP)キナーゼは,以前より肝臓や骨格筋などにおいて細胞内のエネルギーセンサーとして作用していることが報告されていた。AMPキナーゼは細胞内のATPが減少しAMPが増加してくると活性化されるセリン/スレオニンキナーゼであり,ATPを消費するような同化作用,例えば脂肪合成やコレステロール合成,タンパク合成,糖新生などを抑制し,逆にATP産生を増加させるような異化作用,解糖系や脂肪酸酸化などを促進させる。最近,AMPキナーゼは単に細胞のエネルギーセンサーとして作用しているだけでなく,視床下部において個体のエネルギーセンサーとしても作用し,摂食やエネルギー代謝を調節していることがわかってきた。視床下部AMPキナーゼ活性は絶食によって上昇し,摂食後に低下する。さらに,アデノウイルスベクターを用いてAMPキナーゼ恒常活性型変異を視床下部に特異的に発現させると摂食量と体重が増加し,逆にAMPキナーゼの不活性型変異を発現させると摂食量と体重が減少することから,視床下部AMPキナーゼは生体のエネルギー状態をモニターし,摂食行動を調節していることが明らかとなった1)。実際,視床下部AMPキナーゼを活性化させる栄養素や薬物,ホルモンはいずれも摂食を促進し,逆にAMPキナーゼ活性を低下させるような薬物やホルモンは摂食を抑制することが複数の研究より報告されている2-5)。本稿では,視床下部におけるAMPキナーゼの摂食やエネルギー代謝における役割とその調節機構についてわれわれの知見を中心に概説したい。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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