実験講座
細菌由来基質結合蛋白質を用いた人工転写調節因子の設計
著者:
坂口あかね1
山崎智彦1
谷口彰良1
所属機関:
1(独)物質・材料研究機構生体材料センター先端医療材料グループ
ページ範囲:P.313 - P.319
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動物細胞内の標的分子をリアルタイムでモニタリングできる細胞内センシング技術は,疾患メカニズムや代謝経路の解明,薬物応答の評価など医学・生化学・創薬など広い分野において注目されている。細胞内センシング法として,これまでに標的分子を特異的に認識する発光,または蛍光プローブを用いた検出法や蛍光蛋白質を融合したレセプターを用いた検出法などが報告されている1)。また,近年では動物細胞そのものをセンシング素子として用いる研究が行われており,標的分子応答性の発現プロモーターの下流にgreen fluorescence protein(GFP)などのレポーター遺伝子を導入した遺伝子発現制御機構に基づくセンシング技術が報告されている。筆者らはこれまでに,細胞ストレス応答蛋白質の遺伝子の転写調節領域(cytotoxicity responsive element;CRE)とルシフェラーゼ遺伝子(luc)を融合した遺伝子を構築し,ルシフェラーゼの活性を指標とした高感度なストレス起因物質の細胞内センシング技術を開発している(図1)2-4)。しかし,このような細胞内センシング技術はプロモーターの標的分子応答性に依存していることからモニタリングできる標的分子に制限がある。すなわち,既存の方法では標的分子ごとに標的分子に特異的に応答するプロモーター領域をスクリーニングし同定する必要がある。
一方,細菌の持つsubstrate binding proteins(SBPs)は単糖類,アミノ酸,ペプチド,金属イオンなど比較的低分子量のリガンドに高い親和性(Kd値10-8~-7M)を示し,いずれも二つの領域がヒンジ領域につながれた共通の構造を持つ(図2左)5)。また,リガンドの結合により起こるSBPsのコンフォメーション変化は,蛍光標識することで直接検出できることから,SBPsは光学バイオセンサの分子認識素子として注目されている。これまでに筆者らは,SBPsのリガンド認識特性の改変,さらには標的分子を認識する新規SBPの検索法を報告し,SBPに基づくバイオセンサ素子の開発を行ってきた6-9)。また,分子エネルギー計算を基にSBPsのリガンド結合部位に変異を導入することで,元々リガンドではなかった分子に特異的な結合能を示す新規SBPの構築についての報告がある10)。これらの知見により,SBPを用いることで多様な標的分子を認識する分子認識素子の構築が可能である。また,SBPsの立体構造は,細菌に広く存在するLacⅠ型転写調節因子(LacⅠ-family transcriptional regulator;LTR)のリガンド結合領域(ligand binding domain;LBD)と高い相同性を示す(図2右)11)。さらに近年,LacⅠを転写調節因子に用いた動物細胞での遺伝子発現制御技術が実用化されている。以上より,SBPsとLTRを融合することによって,動物細胞において,多様な標的分子に対応する発現制御因子およびそれらを用いた発現制御システムが構築できると期待される。