特集 現代医学・生物学の仮説・学説2008
4.シグナル伝達系
スパイクタイミング依存シナプス可塑性のシステム生物学
著者:
黒田真也1
浦久保秀俊1
所属機関:
1東京大学大学院理学系研究科生物化学
ページ範囲:P.416 - P.417
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ニューロンの発火情報を他のニューロンに伝達するシナプスは,容易にその伝達強度を変える性質がある。これをシナプス可塑性と呼び,生物の記憶や学習の要素であると考えられている。シナプス可塑性を誘導する方法は多数あるが,多くは人工的な方法であり,現実の生体内では生じにくいものであった。そんな中,1997年にHenry MarkramとBert Sakmannにより,自然な頻度のプレ・ポストシナプスニューロン(プレ・ポスト)の発火により誘導され,しかもその極性がプレ・ポスト発火のmsec単位のタイミングに依存するシナプス可塑性が報告され,注目を集めた1)。これをスパイクタイミング依存シナプス可塑性(spike-timing-dependent synaptic plasticity;STDP)と呼ぶ(図A)。STDPにおいて,プレ→ポストのタイミングで発火する場合は長期増強(long-term potentiation;LTP)が,ポスト→プレのタイミングで発火する場合は長期抑圧(long-term depression;LTD)が誘導される。このSTDPのメカニズム,特にmsec単位のタイミングを検知し,長期間つづく可塑性へとコードするメカニズムを明らかにすることは,現在の神経科学の重要なテーマである。
STDPのタイミング検知メカニズムを明らかにするために,新たに詳細な実験をデザインすることは至極まっとうな方法である。しかし,シナプス可塑性やSTDPの実験的研究はすでに大量に行われており,STDPのタイミング検知メカニズムについてのシナリオも提案されている。そこで,われわれはこれまでの実験で得られた膜電位のデータ・分子間相互作用のデータを元に詳細な膜電位・分子モデルを作成し(図B),コンピュータシミュレーションすることでSTDPのメカニズムの理解に迫ろうとした2)。