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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学60巻2号

2009年04月発行

雑誌目次

特集 感染症の現代的課題

一見収まったかに見えるHIVでの問題点

著者: 岩本愛吉

ページ範囲:P.90 - P.97

 原稿依頼を頂いた当初,引き受けるべきかどうか思案した。タイトル「一見収まったかに見えるHIVでの問題点」に引っかかったのである。しかし,この表題が世間一般の印象を代弁しているのだろうと思い直し,タイトルはそのままにして引き受けることとした。実際には日本のHIV感染報告数は,右肩上がりに増えている。筆者自身,厚生労働省エイズ動向委員長として3ヵ月に一度,動向委員会の終了後に,最近とみにテレビによく映る厚生労働省内の記者会見場で毎回記者会見をしている。通常,翌日の一般新聞には小さいながら動向委員会の報告記事が出る。12月1日の世界エイズデイや6月初旬のHIV検査普及週間前後には,地下鉄その他にキャンペーンのポスターが洪水のように張り出されるので,きっと目にしている方が多いはずである。現在の新型インフルエンザキャンペーンには及ぶべくもないが,報道やポスターばかりでなく,テレビやラジオにおいてもHIV/AIDSは感染症の中ではよく取り上げられているはずである。なのに,である。本稿では,臨床をしながら研究しているという自分の専門性からは外れるが,日本を中心にHIV/AIDSの疫学動向について整理してみたい。

Mycoplasma pneumoniaeの滑走運動

著者: 宮田真人 ,   中根大介

ページ範囲:P.98 - P.102

 近年流行している“マイコプラズマ肺炎”は小学校高学年の子供がよくかかる病気で,マイコプラズマ=ニューモニエ(Mycoplasma pneumoniae)(以下,ニューモニエと略)(図1)という細菌によって起こる1)。この肺炎は,症状が比較的軽く,患者が通常の生活を送れることから,英語ではwalking pneumoniaと表現される。しかし,マイコプラズマ肺炎は肺炎全体の約1割を占め,あなどれない存在である。“マイコプラズマ”は系統上は“モリキューテス綱”に含まれる。クロストリジウムと同じグラム陽性菌のhigh AT branch groupに属するモリキューテス綱は200以上の種を含み,ほとんどの種類は宿主の組織に接着するための仕組みを発達させている。

 さらに,ニューモニエを含む12種は動物細胞やガラスやプラスチックに張り付き,すべるように動く“滑走運動”を行う2-6)。この運動は毎秒1ミクロン,すなわち動いていることが一目で見てとれる速さである。さらに最速種で,淡水魚のエラにネクローシスを起こすMycoplasma mobile(マイコプラズマ=モービレ,以下,モービレと略)では毎秒4ミクロンにも達する7-9)。モリキューテス綱は系統上四つに分かれるが10,11),そのうちニューモニエが属するPneumoniaeグループと,モービレが属するHominisのグループに滑走する種が見つかっている。これまでに滑走能を持つ数種のマイコプラズマのゲノム構造が決定されたが,そこには細菌の運動メカニズムとして知られているべん毛や線毛の遺伝子も,真核生物の運動のほとんど全てを担っているモータータンパク質(たとえばミオシンのような)の遺伝子も見つからなかった12)。このことは,この現象が現在の生物学では説明できない“ミステリー”であることを意味している。本稿では,ニューモニエの滑走運動について現在における理解を概説する。

MRSA VREの最近の動向

著者: 平松啓一 ,   椿下早絵 ,   桒原京子 ,   本郷勇 ,   馬場理

ページ範囲:P.103 - P.109

 近年,抗生物質多剤耐性グラム陽性球菌が増加し,その対策が医療現場で大きな問題となっている。その代表であるVREとMRSAの最新の話題を提供する。

 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus:MRSA)は,1961年にその最初の株が英国で発見されて以来,現在に至るまで,半世紀にわたってわれわれに身近な感染症の原因菌として蔓延している。MRSAはペニシリン,セフェムなどのβ-ラクタム薬がすべて無効である黄色ブドウ球菌である。1961年におけるMRSAの検出頻度は,テストした黄色ブドウ球菌臨床分離株の1000分の1程度であった1)。今世紀に入ると,単に黄色ブドウ球菌の一部として抗生物質の効かない(多剤耐性の)MRSAがあるというレベルを越えて,病院におけるメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)とMRSAの比率は逆転し,むしろMRSAがはるかに優勢である。1970年ころからMRSAは全世界の病院に蔓延し,今世紀になると病院外にも見出され,とくにここ数年はアメリカなどで病院外で爆発的に感染症を多発し,MRSAは市中感染症の原因菌として認識を新たにしている。この市中感染型のMRSAはcommunity-associated MRSA(CA-MRSA)と呼ばれている。

細菌のエフェクター輸送システムはどれだけわかっているのか

著者: 阿部章夫

ページ範囲:P.110 - P.116

 細菌の細胞質は膜構造と細胞壁を含む菌体表層構造によって保護されているが,一方では多様な分泌装置を保持しており,毒素,付着因子,エフェクター,DNAなど様々な物質が菌体外に分泌される。エフェクターは広義で細菌毒素に分類されるが,後述する分泌装置によって宿主細胞内に注入されることではじめてその機能を発揮する。また,病原細菌は多種類のエフェクターを宿主に注入し,エフェクターと宿主側因子の相互作用により宿主シグナル伝達系が攪乱され感染が成立する。エフェクターの宿主移行に関与する分泌装置は時空間的に制御されており,環境の変化,生体内への侵入によってダイナミックに変化する。例えば腸管病原性大腸菌(enteropathogenic Escherichia coli;以下EPECと略す)においては,栄養に富んだ環境下ではべん毛により積極的に運動しているが,生体内環境に近い条件ではべん毛の発現は減少し,病原性発揮に関わるⅢ型分泌装置(type Ⅲ secretion system;以下T3SSと略す)の発現が増大する1)。また,タンパク質の分泌のヒエラルキーについても厳密に制御されていることがT3SSの研究で明らかとなり,その制御機構について分子レベルで解明されつつある。

 グラム陰性菌の細胞質は細胞質膜(内膜)と外膜で被われており,タンパク質が菌体外に分泌されるためには,この二つの膜構造を越える必要がある。このような膜構造をもつために,グラム陰性菌では多様な分泌装置が発達してきた(図1)。一方,グラム陽性菌は外膜をもたないために,一つの膜構造(内膜)を越えるだけでタンパク質は菌体外に分泌される。このため,Sec膜透過装置が直接分泌装置として機能しているが,他の分泌装置については長い間謎であった。しかしながら,新たな分泌装置が結核菌で発見され,その後,他のグラム陽性菌にも保存されていることが明らかとなり,現在ではⅦ型分泌装置として総称されている。本稿では,まず初めに分泌装置の全体像を述べ,エフェクターの宿主移行に関与するT3SSにおける最近の知見を紹介したい。

細菌感染症におけるクオラムセンシング機構の役割

著者: 舘田一博

ページ範囲:P.117 - P.121

 細菌の産生するホルモン様物質(autoinducer)を介した情報伝達機構,すなわちクオラムセンシング(Quorum-sensing)が微生物学・感染症学・化学療法学の分野で注目されている。これはビブリオ属細菌における菌数依存的な蛍光物質産生という現象から見つかってきたシステムであるが,その後,緑膿菌をはじめとする多くの病原細菌が本機構を用いて病原因子発現をコントロールしていることが明らかとなっている。また最近では,このautoinducer分子が生体細胞に対しても多彩な影響を及ぼしていることが報告され,菌側と生体側の両面から感染症の発症に関与する因子として注目されている。ここでは緑膿菌のクオラムセンシング機構に焦点を当て,その基本構造と特徴を概説するとともに,本機構の感染病態形成における役割,クオラムセンシングをターゲットとした新しい感染症治療の可能性について述べてみたい。

胃癌は感染症か―ヘリコバクター・ピロリの発癌性をめぐって

著者: 畠山昌則

ページ範囲:P.122 - P.130

 ウイルス,細菌,寄生虫などの感染を基盤に発症する癌(感染癌)は,感染性因子の除去により発癌プロセスの進展阻止が可能であり,癌予防の観点からも社会的に重要な意味を持つ。本総説が主題とするヘリコバクター・ピロリ感染症としての胃癌を含め,ヒトの癌全体の20-30%はこうした感染性因子が原因となって発症すると推定されており,胃癌は全癌死亡の10%,B型/C型肝炎ウイルスによる肝細胞癌は6%,パピローマウイルスによる子宮頸癌は5%を占める。ピロリ菌感染と胃癌との関連は1990年代前半の臨床疫学研究から指摘され1-3),この結果をもとに,世界保健機構(WHO)の下部組織である国際がん研究機関(IARC)は1994年にピロリ菌をたばこと同じグループⅠ発がん因子(definitive carcinogen=確実な発癌因子)に認定した。90年代後半に入り,スナネズミ(Mongolian gerbil)へのピロリ菌感染実験において胃癌の発症が報告され4,5),両者の関連はより明確なものとなった。2001年,Uemuraらは,平均7.8年間にわたるピロリ菌陽性者1,240名ならびに陰性者280名のコホート調査結果を発表し,ピロリ菌陽性者集団から38名の胃癌患者が発症した一方,陰性者集団からは1名の胃癌発症者も認めなかったことを報告した6)。この報告は,ピロリ菌感染が胃癌発症に必要不可欠であることを示している。しかしながら,両者をつなぐ具体的な分子機構の理解が進まない状況の下,はたしてピロリ菌がヒト胃癌発症に決定的に重要な役割を担う主役なのか,あるいは胃癌の発症・進展を促進する脇役として働いているのか,という重大な疑問は最近に至るまで残されたままであった。

 疫学調査の結果から,大多数の胃癌の発症には先行するピロリ菌の持続感染が必要条件であると考えられるが,一方では,すべてのピロリ菌感染者が胃癌に罹患するわけではない(胃癌発症は全感染者の5-10%程度)。胃癌発症のプロセスには,ヒトならびにピロリ菌の双方に存在する遺伝的多型が複雑に関与していると推察される。事実,胃癌感受性に関与するヒト側の遺伝的要因として,IL-1βなど胃酸の産生・分泌を制御するサイトカイン遺伝子に存在する一塩基多型(SNP)の重要性が示唆されている7)

感染症から見たTLR

著者: 清川貴志 ,   高村(赤司)祥子 ,   三宅健介

ページ範囲:P.131 - P.137

 哺乳類の感染防御機構は自然免疫と適応免疫の2種類のシステムからなっている。病原体が侵入するとまず自然免疫が応答する。自然免疫は危険を察知し,いち早く排除するためのシステムである。その後適応免疫が起こる。自然免疫は適応免疫が機能し始めるまでの数日間,抗菌ペプチドや補体による溶菌,貪食細胞(樹状細胞,マクロファージなど)の貪食・殺菌などにより病原体の増殖を食い止める。

 適応免疫はリンパ球(T細胞,B細胞)が担っている。リンパ球の抗原受容体は遺伝子再構成を行うことによりあらゆる外来抗原に対応する。そして,適応免疫は一度ある抗原に免疫が反応すると記憶され,一度感染した病原体に対して抵抗性が獲得される。一方,自然免疫には適応免疫のような免疫記憶という現象は認められないが,その代わり一度も感染したことのない病原体が侵入してきたとしても,病原体に共通の構造(Pathogen-associated molecular patterns;PAMPs)を認識し,外界から侵入してきた病原体に対して迅速に応答する。

ワクチンで防御可能なウイルス性疾患―麻疹,風疹,おたふくかぜ

著者: 加藤篤

ページ範囲:P.138 - P.144

 今のわが国では戦後の荒廃は遠い過去のものとなり,衣食住,上下水道,医療などの公衆衛生上の社会的基盤が整い,健康な生活を送ることがあたりまえの時代になった。そんな中,2007年春に起った麻疹(はしか)の発生による大学休講のニュースは記憶に新しい。そこで本稿では感染症の現代的課題として“なぜ今,大学生に麻疹が?”を理解するために予防接種について考えてみよう。

 さて,戦後しばらくは衛生環境が悪く,シラミが媒介するリケッチアを原因菌とする発疹チフスの発生を防ぐため,進駐軍が持ち込んだ有機塩素化合物DDTの白い粉を頭から降りかけられるような状態であった。そのような状況を鑑み,終戦から3年後の1948年にGHQの強い関与のもと感染症対策として予防接種法が制定され,12の疾病が予防対策対象になった(図1)。その後,法は幾度も改正され,2007年の改正により,現在ではその対象疾患はジフテリア,百日咳,破傷風(以上3種混合DTPおよび2種混合DPワクチン),麻疹,風疹(以上2種混合MRワクチン),ポリオ,日本脳炎(ただし北海道を除く,また現在は積極的勧奨は停止中),インフルエンザ(65歳以上の者,毎年1回),結核(BCGワクチン,生後6ヵ月に至るまでの者1回)の9の疾病となっている。

連載講座 中枢神経系におけるモジュレーション・12

自然界のグルカンによる歯状回LTPの発現調節

著者: 枝川義邦

ページ範囲:P.145 - P.150

 中枢神経系における活動性の調節因子として,これまでにも数多くの活性物質が見いだされてきた。それらの多くは中枢神経系に直接作用するものであり,神経細胞がもつ受容体などへの直接的な作用か,中枢に存在する他の媒介因子への間接的な作用をすることにより中枢神経の活動性を調節するものとして報告されている。

 しかし,生体をひとつのシステムと捉えた場合,中枢神経の調節要因が中枢だけに限局して存在しなければならないことはなく,末梢に存在する活性因子が強く寄与する場合も想定できる。最近では,ヒトの意志決定をはじめとする脳の神経活動に依存した現象が末梢からの強い調節系に左右されることも知られてきており,ますます末梢から中枢へ向かう調節系の重要性が認められてきている。

実験講座

プロテオミクスによるタンパク質リン酸化の解析

著者: 山内英美子 ,   石野洋子 ,   小西博昭

ページ範囲:P.151 - P.157

Ⅰ.リン酸化タンパク質の解析(実験編)

1.質量分析によるリン酸化解析の概略

 近年,プロテオーム解析技術の発達に伴い,タンパク質リン酸化についても,より高感度,高精度また網羅的な解析が可能となり,従来では考えられなかったような多量のリン酸化部位の同定が可能になった。そのため,現在では特定のタンパク質に着目した個別解析に加え,細胞,組織レベルでの詳細なリン酸化の変動についても網羅的解析を行うことで,その巧妙な調節メカニズムや多様性が明らかになりつつある。このように質量分析法によるタンパク質リン酸化解析は,詳細な個別解析,網羅的解析いずれにおいてもプロテオミクス解析だからこそ得られる多くの情報が魅力といえる。ただし,個別にみればウエスタンブロット,あるいはRIを用いる場合に比べ検出感度は低い場合が多いことを念頭に置いておいた方がよい。

 通常,プロテオミクスによるリン酸化の解析では,様々な方法を用いてまずリン酸化タンパク質あるいはペプチドを単離・濃縮した後,質量分析を行う手順となる。これに加えて,各種刺激や病態による変化などの変動解析を行う場合,一方のリン酸化ペプチドを安定同位体元素で標識し,標識体と非標識体とのピーク比を元にリン酸化の増減を定量する方法が用いられる。また,リン酸化を特異的に検出する質量分析手法を活用するのも有効である。本稿では,これらについて順に概説する。

研究のあゆみ

眼球運動から眼球運動まで―運動制御の中枢神経機構のシステム神経生理学的研究

著者: 篠田義一

ページ範囲:P.158 - P.169

 卒業試験をボイコットして大学闘争に入った後,昭和44年になんとか大学を卒業して研究者となりましたが,それから約40年間の研究生活のうち30年を東京医科歯科大学で過ごし,昨年の3月に定年となりました。

 学生時代はサッカーに明け暮れた生活でしたが,それでも全学のESSでは3人だけの理工系の部員の一人として,癌の会では国立がんセンターに入りびたって胃カメラに熱中し,江橋節郎先生の教室では遠藤実助教授にお願いして,Hodgkin,Huxleyの全ての論文の輪読会をしてもらい,休みの時には脳研の時実利彦教授にお願いし,久保田競講師の指導のもと,大脳に筋紡錘からの入力があるかを調べる実験をさせていただきました。5年生の時に,当時,核間麻痺と呼ばれていた患者さんに出会いました。どの教科書も文献もみな違うことが書いてあって納得がいかず,神経眼科石川哲講師(北里大眼科)に質問に行くと,その研究をして米国から帰ってきた先生が耳鼻科にいると教えて頂き,M. Bender教授の所でPPRFを発見されて戻ったばかりの小松崎篤助手(医科歯科大耳鼻科)にお会いました。早速,切替一郎教授にお許しをえて,神経耳科外来の鈴木淳一講師(帝京大耳鼻科)のグループに加わり,小松崎篤,坂田英治両先生(埼玉医大平衡神経科)に,前庭系,眼球運動系の臨床を徹底的に教わりました。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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