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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学60巻3号

2009年06月発行

雑誌目次

特集 脳と糖脂質

ニューロンの生存とスフィンゴ脂質

著者: 渡辺俊 ,   平林義雄

ページ範囲:P.174 - P.180

 スフィンゴ脂質は,マイクロドメインあるいはラフトと呼ばれる生体膜において周囲とは異なる微小領域を構成する主要脂質(コレステロールと共存)である。脂質ラフトはシグナル伝達,膜輸送,あるいは種々のセンシング機構に重要な役割を果たしていると考えられている。特に,脳組織はスフィンゴ脂質(ガングリオシドを代表とする糖脂質とスフィンゴミエリン)を豊富に含む臓器であり,古くから神経系におけるスフィンゴ脂質の機能が解析され,発達期における神経突起伸長,神経伝達など神経機能への関与が明らかにされてきた。病理的にも,アルツハイマー病の患者では,GlcT-1(グルコシルセラミド合成酵素)や酸性スフィンゴミエリナーゼの活性に異常が生じており1,2),病態との関連性で注目されている。

 ニューロンの生存を議論する上で,グリア細胞の役割を無視して進めるわけにはいかない。グリア細胞は,大きく分けてオリゴデンドロサイト,アストロサイト,ミクログリアの三種類が存在している。各グリア細胞には特徴的なスフィンゴ脂質が存在し,ニューロンの生存や機能に重要な働きかけを行っていると考えられている。従来のノックアウトマウスを使った手法では,両者の細胞間相互作用の重要性を検証することが困難であったが,組織特異的なマウス遺伝子破壊法が開発されており,ニューロン,グリア細胞それぞれのスフィンゴ脂質合成の役割が議論できるようになった。

三量体Gタンパク質と脂質ラフト

著者: 湯山耕平 ,   鈴木直子 ,   笠原浩二

ページ範囲:P.181 - P.186

 脂質ラフトはスフィンゴ糖脂質とコレステロールに富む細胞膜のミクロドメインである。GPIアンカー型タンパク質,srcファミリーチロシンキナーゼ,三量体Gタンパク質など様々なシグナル伝達分子を結合させることにより膜を介するシグナル伝達の中継点として働き,多くの生命現象を調節していると考えられている1,2)。ショ糖密度勾配遠心分離法によって,低密度でTriton X-100不溶性でスフィンゴ糖脂質,スフィンゴミエリン,コレステロールに富む膜画分が細胞から分離することができ,この膜画分が脂質ラフト画分と考えられてきた。しかし,生きた細胞で脂質ラフトを解析する方法は一分子追跡法や蛍光共鳴エネルギー移動法など限られ,本誌2008年10月号「現代医学・生物学の仮説学説2008」の脂質ラフトの項で詳しく述べられているが,脂質ラフトの実体について一致した見解が得られていない3)。形質膜がフラスコ型に窪みマーカータンパク質カベオリンを持っているカベオラは,ラフトを同じような方法で分離することができ,類似した構成成分を含んでいることから脂質ラフトの一部であると考えられている。

 三量体Gタンパク質はα,β,γのサブユニットから成り,細胞表面のGタンパク質共役受容体から細胞内の効果器にシグナルを伝える分子スイッチとして働いている。刺激のない状態においては,αサブユニットはGDPと結合しており,三量体Gタンパク質は活性を持たない。活性化した受容体から刺激を受けると,αサブユニットに結合しているGDPが離れてそこにGTPが結合する。この交換によって三量体はαサブユニットとβγ複合体の二つの成分に解離する。Gタンパク質共役受容体は多様な三量体Gタンパク質と共役することができるが,多くのGタンパク質共役受容体は特定の三量体Gタンパク質と優先的に共役する。この相互作用はまず第一にGタンパク質共役受容体と三量体Gタンパク質同士が本来持っている親和性によっている。しかし,あるGタンパク質共役受容体は一つ以上の三量体Gタンパク質と共役することができる。最近,Gタンパク質共役受容体と三量体Gタンパク質との共役パターンの重要な決定因子は脂質ラフトであることがわかってきた4)

神経の分化と糖脂質

著者: 古川鋼一 ,   大海雄介 ,   徳田典代 ,   古川圭子 ,   田島織絵

ページ範囲:P.187 - P.193

1 糖脂質の構造と分布

 1930年代にKlenkによってGM2の異常蓄積を示す疾患が報告され,Tay-Sachs病の存在が明らかになって以来,糖脂質,とくにシアル酸を有するスフィンゴ糖脂質(ガングリオシド)が,神経系組織において主要な脂質構成成分であることが判明した。また,その糖鎖部分の多様性が順次明らかにされて,神経系組織の発生,分化,機能において重要な役割を果たしていることが広く認められてきた1)。糖脂質は,その脂質部分の基本構造の差異に基づいて,スフィンゴ糖脂質とグリセロ糖脂質に大別される。すなわち,前者はセリンとパルミトイルCoAから合成されるスフィンゴシン(直接にはスフィンガニン)(一般名:長鎖塩基)と脂肪酸が酸アミド結合したセラミドに糖がグリコシド結合して合成され,後者は1-O-アルキル-2-O-アシル-3-β-ガラクトシルグリセロールに代表されるように,グリセロール骨格のC3に糖が結合して合成される。分子種の多様性や高等動物における発現分布の広さにおいて,スフィンゴ糖脂質の方がよく研究されてきた。

 糖脂質の基本構造として,スフィンゴ糖脂質を中心に要約すると,セラミド部分の構造は比較的少数に限られており,主に糖鎖の伸長度や基本骨格および末端の糖鎖修飾の違いによる多様性に多くの研究者が注目してきた。セラミドに最初に結合する糖としては,グルコースとガラクトースとがあり,大部分の糖脂質は,グルコースが結合したglucosylceramideにガラクトースが結合してできるlactosylceramideを起点として合成される。ガラクトースに結合する糖の種類によって,ガングリオ系列,ラクト/ネオラクト系列,グロボ系列,イソグロボ系列,アシアロ系列などのグループに分岐し,独自の糖鎖伸長と分岐構造が形成される。脊椎動物以外では,glucosylceramideにβ4マンノースが結合して合成されるアルスロ系列やモル系列の糖脂質も存在する(図1)。

脳神経細胞におけるCK1およびGSK-3βを介する新しいシグナル伝達系の制御機構

著者: 川上文貴 ,   鈴木敢三 ,   大槻健蔵

ページ範囲:P.194 - P.201

 ヒト全ゲノム配列が明らかにされて以来,生命科学における中心的課題は,ゲノム研究から遺伝子発現により産生されるタンパク質(protein)の生理機能とその制御,そしてその下流にある二次的なシグナル伝達系のネットワークの解明へと移った。ヒトゲノムには,タンパク質をコードする遺伝子数が約32,000種存在すると推定されている。約32,000もの遺伝子から翻訳されるタンパク質は,約10万種の機能性因子に相当すると推定されている。細胞が本来の生理機能を発揮するには,膨大な異なる生理機能を有する因子(gene product)が厳密に制御される必要がある。特に,タンパク質のリン酸化と脱リン酸化は,各種機能性因子のon/offと生理的相互因子の解離・会合の役割を演じている。細胞内タンパク質の約30%がリン酸化による機能制御を受けるとされている。この反応を触媒するタンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ,PKase)は,ヒト全遺伝子の約1.7%(518種)にも相当する。そのため,細胞の分化・増殖のみならず生命現象に関わる多くのプロセスを調節しているPKaseの標的基質分子(protein)を探索し,その制御機構を研究することは,多くの生命現象のメカニズムを理解する上で極めて重要である。

 われわれは各種PKaseの活性制御に関する解析を基盤に,異常リン酸化タンパク質の蓄積が共通の病理変化として認められるアルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)などの発症機構に関する研究を行ってきた。本稿では,特にAD発症に係わる2種のPKase[casein kinase-1(CK1)とglycogen synthase kinase-3β(GSK-3β)]の生理機能とその標的分子(機能性因子)の活性制御に関する最新の研究情報をまとめた。

ペルオキシソーム病における脳脂質異常

著者: 齋藤真木子 ,   水口雅

ページ範囲:P.202 - P.209

 ペルオキシソーム(peroxisome)は,真核生物に広く存在する直径0.1~1μmの細胞内小器官であり,極長鎖脂肪酸のβ酸化,プラスマロゲンとよばれるエーテルリン脂質の合成や胆汁酸の生合成など脂質代謝において多岐にわたる重要な機能を担っている1)。ペルオキシソームの形成や代謝系に障害をもつ遺伝性疾患を総称してペルオキシソーム病とよぶ。ペルオキシソーム病のすべてを合わせた発症頻度は1:20,000を超える程度とされている2)。ペルオキシソーム病はZellweger症候群(Zellweger syndrome, ZS)のようにペルオキシソームの形成異常による疾患と単一酵素欠損による疾患に分類される1-3)。これらの疾患では筋緊張低下,けいれん,発達遅滞などの中枢神経系の症状を示すことが多い。神経病理学的にはニューロンの遊走障害や分化の異常,分化後の変性,および白質の髄鞘化不全や脱髄が特徴である。脳は他の組織と比べ多彩で豊富な脂質を含み,その組成や量の変化は細胞の機能に大きな影響を及ぼす。ZSは脂質代謝異常症によって奇形や器官形成障害が起こることを示す疾患であり,それゆえ発生期脳の皮質形成における脂質の重要性を改めて提示している。ペルオキシソーム機能障害による脂質代謝異常と中枢神経症状との関連についてこれまでさまざまな研究が進められているが,未だに全貌は解明されていない。本稿ではペルオキシソーム病における脳の脂質異常および,病態の解明に関わる最近の研究動向と知見を中心に述べる。

ガングリオシド蓄積症とシグナル伝達

著者: 檜垣克美 ,   難波栄二

ページ範囲:P.210 - P.216

 ガングリオシドとは,糖鎖上に一つ以上のシアル酸(N-アセチルノイラミン酸)が結合しているスフィンゴ糖脂質の総称である。ガングリオシドは脳の灰白質に最も多く含まれ,細胞の増殖・分化,神経栄養因子,神経突起伸長,神経組織の修復など様々な生理活性を持っている。また,細胞膜に局在するガングリオシドは,種々の成長因子受容体と相互作用し,シグナル伝達に関与するほか,細菌やウイルスに対する受容体の機能や,がんとの関連性も示されている。一方,細胞膜のガングリオシドはエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれ,細胞内小器官であるライソゾーム内の加水分解酵素により分解される。ガングリオシド蓄積症は,ライソゾーム内の加水分解酵素やその活性化蛋白質の遺伝的な欠損により発症し,基質であるガングリオシドが脳や他の臓器に蓄積し,進行性の中枢神経症状を呈する。

 近年,本症のようにライソゾームの障害により発症する疾患をひとまとめにライソゾーム病と称し,この名前で難病指定もされている。β-ガラクトシダーゼ欠損症(β-ガラクトシドーシス)は,GM1-ガングリオシドなどのβ-ガラクトース結合を加水分解する酵素(β-ガラクトシダーゼ)の遺伝的欠損による疾患で,中枢神経系症状を主とするGM1-ガングリオシドーシスと,神経症状がなく全身性骨系統疾患のモルキオB病に分類される。また,GM2-ガングリオシドーシスはGM2を加水分解する酵素(β-ヘキソサミニダーゼ)の遺伝的欠損による疾患で,原因遺伝子の違いによりテイ-サックス病,サンドホッフ病,GM2活性化蛋白質欠損症に分類される。これらの疾患は,主に残存する酵素活性の程度により発症時期と臨床症状が異なる乳児型,若年型,成人型などに分類される。基質合成を抑制(基質枯渇療法)する方法でガングリオシドの蓄積を軽減すると神経症状の一部が改善することが明らかになっており,ガングリオシドの蓄積が症状を引き起こす直接の原因である。しかし,この蓄積だけで病態のすべてを説明することはできない。近年,ライソゾーム病では,ライソゾーム以外の細胞内小器官にもガングリオシドが蓄積し,それが引き金となるシグナル伝達異常が明らかになり,それが神経障害の新たな原因として注目されている。

アルツハイマー病とガングリオシド

著者: 柳澤勝彦

ページ範囲:P.217 - P.221

 先進諸国においては高齢者人口の増加に伴い,認知症の問題が医学の枠を越えた大きな社会問題となっている。認知症の病態を解明し,真に有効な治療法,予防法を開発することは焦眉の急といえる。アルツハイマー病は認知症を代表する疾患であり,わが国の認知症患者のおよそ6割を占める。アルツハイマー病の発症機構に関するわれわれの理解は,この10年の間に確かに深まったものの,その病態生理の全貌には依然不明の点が多い。さて,アルツハイマー病脳において,神経細胞を変性させ,死に追いやる物質的基盤はアミロイドβ蛋白(Aβ)の重合体であり,生理的な産物であるAβがアミロイド線維に重合する分子過程の解明は,アルツハイマー病研究において最も重要な課題の一つである。本稿においては,この課題に対して,筆者らが取り組んできた研究により明らかにされたガングリオシドの役割について紹介する。

アルツハイマー病と糖脂質異常

著者: 武藤多津郎 ,   河村直樹 ,   島さゆり ,   植田晃広 ,   三原貴照 ,   朝倉邦彦

ページ範囲:P.222 - P.227

 アルツハイマー病(AD)をはじめとする認知症性疾患は,高齢化社会を迎えた現代社会にとって緊急に克服すべき疾患として大変注目を集めている。しかし,その病因・病態の全容解明までにはまだ長い道のりが予想されている。家族性本症(FAD)の原因遺伝子が同定され,またそれらのトランスジェニック動物モデルが樹立された現在でも,本症でなぜ神経細胞が細胞死をおこすのか,シナプス機能および形態の異常がなぜ引き起こされるのかなどの根源的な問いに対する明確な答えをわれわれは持っているわけではない。

 一方,最近の神経糖鎖生物学の発展から,神経組織を特徴づける大量に分布するガングリオシドをはじめとする糖脂質が,細胞内外のコミュニケーションを効率的に行わせるためのシグナリングプラットホーム(脂質ラフト)を形成し,スムーズな情報交換を行うのに極めて本質的な役割を果たしていることが明らかになっている。本稿では,こうした個々の糖脂質やその総体としての脂質ラフトの観点から,本症の病態を再検討し,新たな治療法開発の可能性を探ってみたい。

細菌性神経毒素とガングリオシド

著者: 居原秀 ,   小崎俊司

ページ範囲:P.228 - P.233

 細菌感染症の病原因子として研究されてきた細菌毒素は,毒性発現機構の解明が進むにつれて,毒素の構造を巧みに利用した非常に高い特異性を発揮して作用することが明らかになってきた。細菌毒素の多くは,酵素活性を有する部分A(active)サブユニット(またはドメイン)と,標的組織または細胞に結合する部分B(binding)サブユニット(またはドメイン)からなるA-B型毒素の構造をとっている。細菌毒素が毒性を発揮するためには,まず細胞膜表面に結合しなければならず,細菌毒素が微量で特異性の高い作用を示すのは,Bサブユニットが細胞膜上に存在する特定の物質と高い親和性を持って結合するため,毒素が標的組織または細胞内に容易に侵入することができることが主な要因のひとつになっている。

 細菌毒素に対するレセプターが多く報告されているが,その中でも多くの細菌毒素が細胞膜上に存在するガングリオシドをレセプターとして認識する(表1)。自然界で最も強力で,神経系に特異的に作用するクロストリジウム神経毒素(ボツリヌス毒素A-G型,破傷風毒素)とそのレセプターとしてのガングリオシドがよく研究されており,これらの毒素群が同一の祖先分子から進化しているにもかかわらず,ガングリオシドの要求性,認識機構,補因子の種類が異なっていることも明らかになっている。本章では,クロストリジウム神経毒素のレセプターとしてのガングリオシドについて概説する。

GM2ガングリオシド蓄積症モデルマウス脳内への組換え酵素補充効果と蓄積糖脂質の変動

著者: 伊藤孝司 ,   辻大輔

ページ範囲:P.234 - P.239

 GM2ガングリオシドーシスは,複合糖質糖鎖の非還元末端にβ結合したN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)またはN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)残基の分解活性をもつリソソーム性β-ヘキソサミニダーゼ(Hex,EC3.2.1.52)およびその補助因子であるGM2アクチベータータンパクの遺伝子変異が原因で,脳内GM2ガングリオシド(GM2)の過剰蓄積と中枢神経障害を主症状として発症する先天性糖質代謝異常症(リソソーム病)である1,2)

 Hexはαおよびβの二種のサブユニットから構成され,活性発現には二量体形成が必須であるが,その組み合わせによりHexS(αα),HexA(αβ)およびHexB(ββ)の3種のアイソザイムとして存在する。各サブユニットには基質特異性の異なる触媒部位が1ヵ所ずつ存在し,β鎖が中性糖鎖を認識するのに対し,α鎖は硫酸化GalNAc残基などを含む酸性糖鎖に対する選択性が高い。また,生体内では主にHexAとHexBが発現しており,HexSは不安定なためその存在量は少ない。さらに,アイソザイムのうちHexAのみがGM2アクチベータータンパクと協同してGM2を分解することができる1,3)

ガングリオシド研究における質量顕微鏡法の応用

著者: 井上菜穂子 ,   瀬藤光利

ページ範囲:P.240 - P.247

 親水基としての糖鎖と疎水基としてのセラミドを持つ両親媒性のガングリオシドは,多くの脊椎動物の細胞に存在し,細胞の分化や増殖あるいは接着の調節・制御に関わっていると考えられている1-5)。また,微生物やそれらが生産する毒素の受容体でもある。脊椎動物における糖脂質の主要な構成単糖は7種に過ぎないが,糖鎖構造の違いによって400種を越す分子種が知られている。また,同一糖鎖を有する糖脂質分子においても脂質部分に不均一性を示す。脂質構造,特に脂肪酸の分子種は,生体膜上での糖脂質の局在化,コレステロールやリン脂質あるいは受容体タンパク質との相互作用,膜上での糖鎖の配向を考察する上で極めて重要である。また,糖脂質由来の遊離セラミドが細胞機能を調節している可能性もある。つまり分子種それぞれが固有の細胞機能を担っている可能性があり,ガングリオシド分子種の詳細な局在解析が求められている。

 質量顕微鏡法は,質量分析の解析の次元をこれまでの一次元から二次元へと上昇させ,物質の局在と構造情報を同時に知ることを可能にした新しい解析手法である。分離・精製を要さず,一度に数万もの分子の量的・位置的な挙動をターゲットを絞らずモニターできるのが特徴である。

連載講座 中枢神経系におけるモジュレーション・13

不飽和脂肪酸誘導体DCP-LAによるシナプス前終末α7アセチルコリン受容体を標的とした海馬シナプス伝達促進作用

著者: 西崎知之

ページ範囲:P.248 - P.255

 アラキドン酸,オレイン酸,リノール酸,リノレン酸,ドコサヘキサ塩酸(DHA)などの不飽和脂肪酸は,細胞膜の構成成分の一つであるホスファチジルコリンがホスホリパーゼA2によってβ(2)位で加水分解され,リゾホスファチジン酸とともに産生される1,2)。様々な細胞内情報伝達系において重要な役割を担うタンパク質リン酸化酵素C(PKC)は,conventional PKC(PKC-α,-βⅠ,-βⅡ,-γ),novel PKC(PKC-δ,-ε,-η,-θ,and-μ),atypical PKC(PKC-λ/ι for mouse/human,-ζ and-ν)の三つに分類され,不飽和脂肪酸はジアシルグリセロール/カルシウム非依存性にnovel PKCを活性化する1,2)。また,不飽和脂肪酸は活性化されたconventional PKCのC1(cysteine-rich)ドメインに結合することにより,conventional PKCを長時間活性化する働きがある1,2)。興味あることに,不飽和脂肪酸は学習・記憶の細胞モデルとされるシナプス伝達長期増強現象(LTP, long-term potentiation)発現経路において逆行性メッセンジャー(シナプス後細胞で産生され,シナプス前終末に取り込まれて神経伝達物質の放出を刺激する)として働くことが指摘されている3,4)

 アセチルコリン(ACh)受容体は,イオンチャネル型のニコチン性ACh受容体とGタンパク質共役型のムスカリン性ACh受容体に分類されている。ニコチン性ACh受容体の中で,脳ではα7 ACh受容体とα4β2 ACh受容体が豊富に発現しており,シナプス前終末に局在するα7 ACh受容体は高いCa2+透過性を示し,グルタミン酸を含めた興奮性神経伝達物質の放出に関与することが知られている。シナプス前終末α7 ACh受容体はN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体依存性LTP発現経路の一要因であることが示唆されている5)。不飽和脂肪酸はPKCとの相互作用によりニコチン性ACh受容体反応を増強し6-11),シナプス前終末ニコチン性ACh受容体を標的とすることによりLTP発現と共通のメカニズムでシナプス伝達を促進する12-15)。これらの事実は,不飽和脂肪酸が認知機能改善剤として使用できる可能性を示唆している。しかし,最大の問題点はいくら不飽和脂肪酸を経口摂取あるいは末梢注入しても,脳に到達する前に分解されるか脂肪細胞・筋細胞に吸着されてほとんど脳に移行しないことである。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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