特集 脳と糖脂質
脳神経細胞におけるCK1およびGSK-3βを介する新しいシグナル伝達系の制御機構
著者:
川上文貴1
鈴木敢三1
大槻健蔵1
所属機関:
1北里大学大学院医療系研究科分子生体情報学
ページ範囲:P.194 - P.201
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ヒト全ゲノム配列が明らかにされて以来,生命科学における中心的課題は,ゲノム研究から遺伝子発現により産生されるタンパク質(protein)の生理機能とその制御,そしてその下流にある二次的なシグナル伝達系のネットワークの解明へと移った。ヒトゲノムには,タンパク質をコードする遺伝子数が約32,000種存在すると推定されている。約32,000もの遺伝子から翻訳されるタンパク質は,約10万種の機能性因子に相当すると推定されている。細胞が本来の生理機能を発揮するには,膨大な異なる生理機能を有する因子(gene product)が厳密に制御される必要がある。特に,タンパク質のリン酸化と脱リン酸化は,各種機能性因子のon/offと生理的相互因子の解離・会合の役割を演じている。細胞内タンパク質の約30%がリン酸化による機能制御を受けるとされている。この反応を触媒するタンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ,PKase)は,ヒト全遺伝子の約1.7%(518種)にも相当する。そのため,細胞の分化・増殖のみならず生命現象に関わる多くのプロセスを調節しているPKaseの標的基質分子(protein)を探索し,その制御機構を研究することは,多くの生命現象のメカニズムを理解する上で極めて重要である。
われわれは各種PKaseの活性制御に関する解析を基盤に,異常リン酸化タンパク質の蓄積が共通の病理変化として認められるアルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)などの発症機構に関する研究を行ってきた。本稿では,特にAD発症に係わる2種のPKase[casein kinase-1(CK1)とglycogen synthase kinase-3β(GSK-3β)]の生理機能とその標的分子(機能性因子)の活性制御に関する最新の研究情報をまとめた。