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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学61巻1号

2010年02月発行

雑誌目次

特集 脳科学のモデル実験動物

ゼブラフィッシュ―行動制御の基本神経回路の作動原理解明のためのモデル実験動物

著者: 岡本仁 ,   青木田鶴

ページ範囲:P.2 - P.10

 脳の発生の仕組みが分子レベルで明らかになるに従って,目的を達成するための行動プログラムを書き込み,状況に応じて読み出すための基本的な神経回路が,全ての脊椎動物に共通して存在するのではないかと考えられるようになってきた。この考えに基づき,できるだけ単純な構造の脳を持ち,遺伝学的手法,分子生物学的遺伝子操作や生体内での神経細胞活動の可視化などが行えるゼブラフィッシュが,この神経回路の作動原理の解明に重要な役割を果たすことが期待されている。

トランスジェニックマウスを使った記憶学習の精緻な理解に向けて

著者: 中沢一俊

ページ範囲:P.11 - P.16

 ヒトを含めた動物が学習し,その結果を記憶することは脳のどこでどのように起きているのだろうか。この根源的な問いに答えるためには,記憶にその持続時間と記憶内容に応じて様々な種類があることに留意して研究する必要がある。

 まず,記憶は短期記憶と長期記憶の二つに分けられる。その長期記憶の研究は,側頭葉内側部の両側切除術を受けた患者H. M. の症例(1957年)から,意識上にのぼる日常生活の長期記憶(宣言的記憶または陳述記憶と呼ばれる)は側頭葉内側部で形成され,しばらく貯蔵されることが示された。これは記憶のエングラム(痕跡)が局在することを示す有力な証拠となった。またこの症例では,短期記憶や手続き記憶は障害されないことから,記憶はその内容によって脳の異なる場所に貯蔵されることが示された。それ以来,脳の特定の部位に障害のある患者を用いたり,脳の特定の部位を薬理学的に破壊した動物で行動実験を行ったりして,どのような長期記憶が脳のどこの部位で形成貯蔵されるかが盛んに研究された。

記憶学習の精緻な理解に向けてのモデル動物:ハエ

著者: 上野耕平 ,   齊藤実

ページ範囲:P.17 - P.23

 新たな餌や配偶者を求めて動き回る動物にとって,環境への速やかな適応は欠かせない能力である。それを支えるのが脳神経細胞による記憶である。記憶には様々な型が存在するが,比較的単純な記憶の一つに連合学習による記憶がある。特定の反応を引き出す非条件刺激(unconditioned stimulus:US)と,そのような反応を引き起こさない条件刺激(conditioned stimulus:CS)を同時に動物に呈示すると,次第にUSによって引き起こされる反応がCSのみでも引き起こされるようになる。これがパブロフによって示された古典的条件付けによる連合学習である。パブロフの犬であれば,餌がUS,唾液の分泌が特定の反応であり,ベルの音がCSである。一度CSのみによって引き起こされるようになった反応は,時間が経過しても失われずに保持される。すなわち記憶される。

 体長わずか数ミリのショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)も連合学習ができることが30年以上前にQuinnらによって初めて示された。彼らは,USとして電気ショック,特定の反応としては忌避行動を,そしてCSとして匂いを用いた。ある匂いと共に電気ショックを与えると,その匂いを忌避するようになるのである1)。匂い条件付け連合学習を用いたショウジョウバエの研究によって,数多くの記憶変異体が同定され,それらの記憶能力を詳細に比較することで,小さなハエの脳が持つ哺乳類に劣らぬ複雑な記憶機構が明らかにされてきた。

ストレスと動物モデル

著者: 高橋琢哉

ページ範囲:P.24 - P.29

 精神神経疾患の客観的診断指標は非常に乏しい。癌などの他の疾患は生化学的マーカーをはじめとした多くの客観的マーカーが存在し,より正確な診断を可能にしている。一方で,精神疾患の診断は基本的に医師が患者を診たときの印象,すなわち主観に委ねられるところが大きい。また,治療法についてもこれといった一貫性がない。現在,精神疾患罹患者の多くは生活保護などの援助をなんらかの形で受けており,精神疾患の効率的な治療は社会の活性化にとって大きな貢献をするものと期待できる。客観的診断基準の乏しさ,統一性のある効率的治療法の欠如は精神疾患の分子細胞メカニズムがあまりに未知であることに起因している。これらの問題点を克服するためにも精神疾患の分子細胞メカニズムを解明する必要があろう。

 精神疾患の分子細胞メカニズムを追及していく際,避けて通れないのが動物,特にげっ歯類を用いた実験系の開発である。しかしながら,客観的診断指標が少ない精神疾患の動物のモデルを考えるのは至難の業である。統合失調症などはモデル動物のトレンドが毎年学会に行く度に変わっていく印象さえ受けるほどである。基礎医学者がいくら動物モデルだと声高に唱えても精神科の医師には失笑されてしまうというのが現実である。完全な動物モデルなど存在しない。この現状でどのようにして動物モデルを考えていけばよいのだろうか。ありきたりのことしかいえないが,やはりまずは遺伝的素因にしても環境要因にしてもなるべく類似性を追求していくことであろう。その中で見つかってきたものをサルなどの人間により近い動物で,そして最終的には人間において検証していくというステップを踏むしかないであろう。

言語起源研究のためのモデル動物:ジュウシマツ

著者: 西川淳 ,   高橋美樹 ,   加藤真樹 ,   岡ノ谷一夫

ページ範囲:P.30 - P.40

 言語はいかにして生じたのであろうか。言語起源の謎を解くための一つの方法は,われわれヒトの脳において言語を実現している神経メカニズムを明らかにし,それを系統発生的に近いチンパンジーやサルなどと比較することで言語進化の道筋を考察することである。言語を持つわれわれヒトを被験者とするなら,倫理的な問題からfMRIに代表される脳機能イメージング技術に頼らざるを得ないが,こうした手法では脳の大まかな機能局在について知ることはできても,脳活動測定上の空間・時間分解能の限界から,微小脳領域における局所回路メカニズムや個々のニューロンや分子レベルについての知見を得ることはできない。しかし,もし言語を司る神経機構を部分的にでも持っている動物モデルがあれば,その動物を用いてニューロンの活動を直接捉える電気生理実験や様々な遺伝子の働きを追う分子生物学実験を行うことにより,より詳細な神経メカニズムを明らかにすることができるはずである。

 本稿ではその有力な候補として,複雑な時系列規則を持った発声を生成・学習できるジュウシマツ(Bengalese finch)という小鳥を用いた研究について紹介する。

神経変性疾患の治療法開発に向けてのモデル実験動物:マーモセットの遺伝子操作

著者: 佐々木えりか

ページ範囲:P.41 - P.46

 遺伝子改変マウスはヒト疾患モデル動物,遺伝子機能の解析などバイオメディカル研究分野で多くの貢献をしている。しかしながら,パーキンソン病などの大脳基底核の疾患モデルマウスではヒトのような症状が観察されない例も多くみられ,マウスのヒト疾患モデル動物で得られた結果をヒトに直接外挿できない場合がある。マウスの遺伝子改変技術がどんなに発達しても「霊長類を用いないとできない」研究があり,有用な霊長類モデルを開発することは神経変性疾患の治療法開発に向けても重要な研究課題となっている。

道具的学習と行動制御のためのモデル実験動物

著者: 小林和人 ,   深堀良二 ,   甲斐信行 ,   岡田佳奈 ,   小林とも子

ページ範囲:P.47 - P.52

1 道具的学習

 動物の行動は学習や経験に依存して環境に適合するために変化する。道具的学習(オペラント学習)は行動の結果得られる強化因子(報酬など)が動物の行動に影響を与える学習の様式であり,反応が強化因子を得るための手段(すなわち道具)になっているという意味から,このように表現される。道具的学習は意思決定,行動選択などの多くの随意的な行動の基盤であると考えられている。この学習のプロセスでは,刺激-結果,反応-結果,刺激-反応の3種類の連合が形成されるというモデルが提唱されている1)(図1)。刺激と結果の連合は古典的条件付けにより形成され,この過程には反応の有無は関与しない。動物は反応と結果の随伴性を学ぶことによって,刺激と反応の連合を獲得し,目標達成型の学習行動が形成される。さらに,訓練を繰り返すことによって,刺激-反応の連合が強まり,報酬を与えない場合でも行動が誘導される刺激-反応学習(習慣学習)の形成に至る。目標達成型と習慣型の学習は,報酬の消去に対する応答によって区別され,前者は報酬の消去によって減弱するが,後者は報酬の消去によっても変化なく維持される2)

 従来の損傷および薬理学的な研究から,道具的学習の獲得と実行にはさまざまな脳領域が関与することが示されてきた1,3)(図2)。特に,反応と結果の連合学習には,腹側線条体(側坐核)と連関する神経回路が重要な役割を持ち,この回路の異常は薬物依存とも深い関係を持つ4,5)。目標達成型行動には,前頭前野皮質や海馬から腹側線条体へ入力する回路6,7)や前頭前野皮質と背側線条体内側部を連関する回路が関与する8,9)。習慣学習には背側線条体の外側部と運動野や感覚運動野皮質と連関する回路が関与する8,9)。最近の研究により,目標達成型行動から習慣学習への遷移は,中脳腹側部と背側・腹側線条体を相互に結ぶスパイラル構造によって媒介される可能性が示唆されている10)

高次脳機能の解明と精神・神経疾患の克服のためのサルモデル

著者: 高田昌彦 ,   井上謙一

ページ範囲:P.53 - P.58

 脳科学を飛躍的に発展させるためには,脳の高次機能とその病態に至るメカニズムの解明を目指した新たな実験技術の創出とともに,個体レベルの研究を格段に進歩させることが必須である。個体レベルの研究推進には有用なモデル動物の開発がきわめて重要な鍵を握る。国内外をとおして,さまざまな発生工学的手法(トランスジェニック法,ノックイン法,ノックアウト法など)による遺伝子改変動物の作出には,従来マウスを中心とするげっ歯類が用いられてきた。マウスは均一な遺伝的背景下ですべての遺伝子の機能を系統的に解析できるだけでなく,繁殖効率や飼育スペースを含むコスト面からも最も現実的な選択肢であった。しかしながら,マウスは高次脳機能や精神・神経疾患の解析に必ずしも理想的な実験動物ではなく,また,脳そのものが小さいため,個体レベルでさまざまな実験操作を自在に加えることが困難である。

 他方,サル類は侵襲的な実験に使用される動物の中で進化的に最もヒトに近縁であり,身体の構造や機能もヒトに類似しているため,医学・生命科学の研究にきわめて重要な役割を果たしている。例えば,エイズウイルスや肝炎ウイルスなど,サル類でのみ感染が成立するような感染症の病因を解明し,治療法や予防法を開発する上でサル類を用いた実験研究は欠くことができない。また,サル類,特にマカク属は高度な認知課題を学習・遂行する能力に優れている。事実,マカク属に分類されるニホンザルやアカゲザル(以下,サルと総称する)では感覚機能や運動機能だけでなく,学習・記憶や認知などのさまざまな高次脳機能や,それらを支える神経回路に関する解剖学的,生理学的知見がかなり集積されている。したがって,高次脳機能の解明とその障害を引き起こす精神・神経疾患の病態解明,さらに画期的な治療法の確立にもサルの実験的利用は欠かせない。

双極性障害モデル実験動物

著者: 笠原和起 ,   加藤忠史

ページ範囲:P.59 - P.64

 精神疾患のモデル動物を開発することは,さまざまな観点から困難な研究課題である。特に,どのように疾患モデルとしての妥当性を実証すればよいのかが,議論の的になる。本稿では,疾患の定義やモデルの妥当性の評価法について述べた後,双極性障害モデルとして発表されている2種類のモデルマウスを紹介すると共に,これらのモデルの意義と限界について議論したい。

発達障害ヒト型モデルマウス

著者: 内匠透

ページ範囲:P.65 - P.70

 自閉症(autism)は,1)社会的相互作用の障害,2)社会的コミュニケーションの障害,および3)限定的,反復的,常同的な行動,興味,活動に代表される広汎性発達障害(pervasive developmental disorders:PDD)である1)。小児の代表的精神行動異常疾患で,半年から1年までには症状がみられ遅くとも3歳までには診断がつくが,その症状は生涯にわたる。現在はアスペルガー症候群(Asperger syndrome)やレット症候群(Rett syndrome)なども含む自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorders:ASD)として広く社会に知られるようになった。米国の児童精神科医であるLeo Kannerが1943年に初めて報告して以来,これまでは1000人あたり数人の発症頻度といわれてきたが,昨今では上述の疾患概念の広範化,医師を含めた社会の認識度の上昇もあり,統計によっては,1%に近いものも現れてきた。原因としては,他の精神疾患や複合疾患同様,環境要因も示唆されているが,勿論遺伝的要素も重要になってきている。例えば,一卵性双生児の研究では,発症の一致率が60~90%(ASDの場合)以上と,統合失調症や躁鬱病といった他の精神疾患に比べて高い割合が報告され,疾患の原因として遺伝的関与が強く示唆されている。現在では,自閉症は脳の発達障害であると考えられている2,3)

 言語の障害に代表される上記の精神行動異常を生物学的に解析することは困難と考えられ,特に動物モデルは難しいものと予想されていた。さらに,自閉症の研究はこれまで生物学的研究というよりもむしろ障害児教育の問題として教育心理学的に問題とされることがほとんどであった。しかしながら,最近の神経科学の進歩とともに,とりわけ,米国においては,自閉症の(生物学的)研究が非常に盛んになってきた。過去数年間のNIHの研究費停滞の状況下においても自閉症研究費は増加し続けてきた。専門誌のみならず主要雑誌にも最近頻繁に自閉症に関するさまざまな論文が掲載され,様々な動物モデルも報告されているが3-6),決定的な動物モデルは存在していなかったといわざるを得ない状況である。今回われわれは,最新の染色体工学的手法を用いることにより,臨床例に基づく自閉症ヒト型モデルマウスの作製に成功した7,8)

統合失調症関連モデル動物

著者: 大隅典子

ページ範囲:P.71 - P.78

 1852年フランスの精神科医モレルによって初めて記載された精神疾患である統合失調症は,生涯罹患率が1%といわれ,日本には約75万人の患者数が推定されている。長期間にわたり入退院を繰り返すケースが多く,社会経済的観点からも大きな問題となっている。1950年代からクロルプロマジンの治療効果が見出されたことにより,薬物療法も可能にはなったが,寛解率は必ずしも高くない。したがって,さらに有効な薬物などの探索が急務であり,そのためには有効なモデル動物が確立される必要がある。本稿では,遺伝子改変マウスを中心とした統合失調症のモデル動物について紹介するとともに,統合失調症および関連疾患の「神経新生仮説」について議論したい。

連載講座 老化を考える・1【新連載】

老いとは何か:老化・老年学序説

著者: 後藤佐多良

ページ範囲:P.79 - P.85

 地球上には1000万種を超える動物種が存在すると推定されている。その生存のあり方は多種多様であるが,個体として不老不死の動物はいない。生殖細胞にも加齢変化は起こるが,次世代に遺伝子を引き継ぐこの細胞は,30数億年前に生まれた原始細胞の子孫として基本的には不老不死である。多細胞動物個体の老化は,体細胞の加齢変化によって進行する。体細胞の一種である幹細胞にも加齢変化は起こる。老化は生物の宿命である。

 連載講座「老化を考える」の第1回は「老化とは何か」を生物学的立場から考え,第2回以降に述べられるであろう主としてヒトの老化の多面的な現れ方を理解する助けとなることを期待したい。

実験講座

新しい蛍光Ca2+センサーG-CaMPを用いた生体Ca2+画像化

著者: 大倉正道 ,   中井淳一

ページ範囲:P.86 - P.92

 オワンクラゲの蛍光蛋白質Green Fluorescent Protein(GFP)を発見したShimomura博士に2008年のノーベル化学賞が授与されたことは記憶に新しい。GFPは青色の光をあてると緑色の蛍光を発する。近年,GFP(本稿ではGFPの改良体や類似の蛍光蛋白質も含めてFPと呼ぶ)を用いた蛍光Ca2+センサーの開発が目覚しく進んでいる。それらはGECI(Genetically-Encoded Ca2+ Indicators,遺伝子でコードされるCa2+指示薬)の通称で知られるようになった。われわれは細胞内Ca2+濃度変化(Ca2+シグナル)に伴って大きな蛍光強度変化を起こすGECI,G-CaMPを開発した1)

 G-CaMPの特長は,G-CaMPがGFPと同様のスペクトル特性を持っているので,標準的な蛍光顕微鏡やレーザー顕微鏡で容易に観察することができる点,およびG-CaMPをコードする遺伝子を細胞に導入することにより,生体内で細胞特異的な発現が可能になる点である。近年,生体内でのCa2+濃度の変化を感知する必要性が以前にも増して高まっている。G-CaMPを含むGECIは,そのような解析を行うのにも適している。実際に,われわれはG-CaMPやその改良体を細胞特異的に発現するトランスジェニック動物を作出し,生体レベルでのCa2+画像化による細胞機能解析を行ってきた。

 本稿ではGECIの歴史,種類を説明しながら,改良型G-CaMPであるG-CaMP2の開発,応用例,今後の課題について順に概説する。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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