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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学61巻4号

2010年08月発行

雑誌目次

特集 miRNA研究の最近の進歩

特集「miRNA研究の最近の進歩」に寄せて

著者: 伊庭英夫

ページ範囲:P.288 - P.289

 1990年代初頭に線虫でmicroRNA(miRNA)が発見されて以来,多くの多細胞生物でmiRNAが見出され,ヒトでは,現在1000種余りのmiRNAが記述されるに至っている。miRNAとはnoncoding RNAの一種で,多くの場合,通常のcoding遺伝子と同様にRNA polymerase Ⅱによりゲノムから転写をされ,その一次転写産物であるpri-miRNAから最終的には21塩基前後の一本鎖RNAである成熟miRNAが作られる。このmiRNAは単独で機能するのではなく,いくつかのタンパク質とRNA-induced silencing complex(RISC)と呼ばれる複合体を形成し,自身と相補的な配列をもつ標的mRNAの翻訳の抑制や不安定化を誘導してその発現を負に制御する。

マススペクトロメトリーを用いたmiRNAの直接解析

著者: 鈴木勉

ページ範囲:P.290 - P.296

 microRNA(miRNA)は動物と植物が共通に持つ約20塩基長の一本鎖RNAであり,標的となるmRNAの3'非翻訳領域(UTR)と相補鎖を形成することでタンパク質合成を抑制する働きを担っている。miRNAは,組織特異的かつ細胞の分化状態に応じて時空間的にその発現プロファイルが変動することが知られ,発生,分化,形態形成などの高次生命現象に関わっていることが知られている。また,癌をはじめとする疾患で,その発現が大きく変化することが報告され,診断マーカーとしての活用が期待されている。したがって,miRNAをより簡便にかつ定量的に測定する手法が求められている。筆者らは,高感度質量分析法を用いたRNAマススペクトロメトリー(RNA-MS)を開発している。本稿では,miRNAの直接プロファイリングや,miR-122の選択的安定化機構の発見など,RNA-MSを用いた最近の成果について解説する。

ヒトのRISC形成過程

著者: 依田真由子 ,   泊幸秀

ページ範囲:P.297 - P.301

 近年,様々な生物種を対象にした生体分子情報の網羅的解析,いわゆるオミックス解析が急速に進展している。ヒトゲノムの解読結果では,タンパク質をコードする領域はゲノム全体のわずか2%程度であり,遺伝子数は予想されていたよりもはるかに少なく,線虫やショウジョウバエとほとんど変わりがなかった1)。さらに,トランスクリプトーム解析の結果では,ゲノムの大部分の領域が転写されており,転写産物のほとんどがタンパク質をコードしないnon-coding RNA(ncRNA)であることが明らかとなった2)。ncRNAの種類は生物の複雑性に比例して増加する傾向がある3)。また,最近の研究によりncRNAは様々な方法で遺伝子発現の制御を行っていることも明らかになってきており,ncRNAが高次生命現象に深く関与している可能性が指摘されている。

ヒト細胞におけるmiRNA経路と代謝

著者: 平野孝昌 ,   塩見美喜子

ページ範囲:P.302 - P.307

 1993年,線虫において初めてmicroRNA(mi RNA)が発見された。その後,miRNA研究は次第に進み,例えば,miRNAは線虫に限られた抑制分子ではなく,植物や動物,さらにはある種の単細胞やウイルスまでもmiRNAを発現し,そのmiRNAが標的mRNAの発現(翻訳抑制および安定化)を制御する機能を有することがわかってきた1)。近年の次世代シーケンサーなどによる解析から,様々な生物種で数多くのmiRNA種が同定され,現在データベースには,マウスで590種,ヒトでは940種類のmiRNAが登録されている(miRBase ver. 15)。miRNAは21-23塩基長という特徴をもつが,これらmiRNAは全てArgonauteタンパク質と結合することによってmiRISC複合体(miRNA-induced silencing complex)を形成する2)。続いてmiRISCは,miRNAの配列依存的に標的mRNAに結合し,一般にそのmRNAの発現を阻害する3)。1種類のmiRNAを細胞に導入することにより,細胞内プロテオームは大きく変化するため,miRNAは複数種の遺伝子を標的とすると考えられる4)。miRNAの機能としてはこれまで,細胞周期制御やアポトーシス,細胞運命決定,さらにはがん化促進あるいはがん抑制が知られている5)。また,miRNAの生合成過程は,様々な因子によって複雑に制御されていることも近年明らかとなってきた。本稿では,miRNAの生合成および遺伝子抑制機構,またmiRNA生合成制御と分解過程に関して解説する。

microRNA発現の転写後調節機構

著者: 河原行郎

ページ範囲:P.308 - P.314

 microRNA(以下miRNA)は,21塩基前後の長さのnon-coding RNAの一種で,遺伝子発現を転写後レベルで抑制する機能性RNAである。ヒトでは現在700種類程度同定されているが,多くのmiRNAの発現は時間的・空間的に制御されており,ある発生時期だけ,あるいは特定の臓器・細胞だけに発現しており,細胞の発生・分化や機能維持に必須であることが明らかとなってきた。また同時に,miRNAの発現や機能の異常は様々な疾患の病態メカニズムとも深く関わっており,診断や治療のターゲットとして臨床的にも注目度が高まってきている。このため,現在,miRNA全体からより個々のmiRNAへと焦点を絞った発現制御機構の解明へと研究がシフトしている。本稿では,これらのmiRNA発現を調節するさまざまなメカニズムを,特に研究の進展が著しい転写後レベルを中心にして紹介する。

機能スクリーニング系によるがん抑制的miRNAの単離

著者: 泉谷昌志 ,   土屋直人 ,   中釜斉

ページ範囲:P.315 - P.320

 miRNAは細胞分化・増殖などの正常の生命現象のみならず,がんをはじめとする疾患との関連についても注目されている。さらには,miRNAを用いたあるいは標的とした治療への応用も試みられている。その一方で,数百あるmiRNAのうちから特に疾患と関連したものを同定する作業は必ずしも容易ではなく,miRNA発現解析のみでは十分な手がかりを得られない場合も多い。われわれは,miRNA発現解析と相補的なアプローチとして,miRNAを細胞へ導入し,形質に与える影響を半定量的に検出する「miRNA機能スクリーニング系」を構築し,数百のmiRNAから新規の大腸がん抑制的miRNAを同定することができたので,スクリーニングの概要と合わせて紹介したい。

がん診断のマーカーとしてのmiRNA―分泌型miRNAの機能と診断への応用

著者: 小坂展慶 ,   井口晴久 ,   落谷孝広

ページ範囲:P.321 - P.325

 細胞の分化や増殖,個体の代謝や発生など様々な生命現象を“fine tuning(微調整)”する遺伝子発現制御分子であるmicroRNA(miRNA,マイクロRNA)は,1993年に線虫で発見されて以来1),動植物を含む様々な生物種で報告され,さらに2004年にCalinらによりB細胞慢性リンパ球性白血病の原因遺伝子としてmiR-15とmiR-16が同定された2)。この研究以降,miRNAとがんの関係が精力的に研究され,miRNAにはがん遺伝子と呼べるmiRNAと,がん抑制遺伝子として機能するmiRNAが存在することが明らかとなった。

TuD RNA発現ベクターを用いたmiRNAの活性阻害による機能解析

著者: 原口健 ,   櫻井浩平 ,   伊庭英夫

ページ範囲:P.326 - P.331

 miRNAは内在性に発現される小さな(20~25ヌクレオチド)調節性の非コードRNAである。ヒトにおいてはこれまで1000種類近くのmiRNAが見つかっているが,一つのmiRNAが抑制するmRNAは1種類ではなく100種を越える場合もあることから,ヒトコード遺伝子の60%以上がmiRNAの標的となっていると予想される1)。これまでに,miRNAは相補配列をもつ標的mRNAの発現を主として翻訳レベルで抑制することにより固有の遺伝子ネットワークを形成し,発生,分化,および感染に対する細胞防御などにおいて重要な役割を果たしていることが報告されている。各々のmiRNA遺伝子は,pol Ⅱ制御下のプロモーターから転写され,その発現は発生,分化過程で厳密に制御されていることが知られる。がんをはじめとする多くのヒト疾患において,特定のmiRNAの発現異常が知られるようになり,最近ではその異常が患者の血液中のエクソソーム内に検出されるmiRNAの量比に反映されることがあることが示され,疾患の診断の有力なマーカーとして注目され,使用されつつある2,3)

多能性幹細胞とmicroRNA

著者: 小柳三千代 ,   山中伸弥

ページ範囲:P.332 - P.337

 胚性幹細胞(embryonic stem cells;ES細胞)と人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)は,無限の増殖力と様々な細胞へと分化できる能力を持った多能性幹細胞として,細胞移植治療をはじめとする様々な応用が期待されている。一方,microRNA(以下miRNA)は,タンパク質をコードしない19~25塩基からなる小さなRNAであり,近年,多様な生命現象と関わることが明らかになっている。本稿では,ES細胞において現在までに報告されているmiRNAの役割と,多能性幹細胞,特にiPS細胞の臨床応用へ向けてmiRNA研究がいかに貢献し得るかについて述べる。

合成核酸類縁体によるRNA干渉

著者: 上野義仁

ページ範囲:P.338 - P.342

 2001年にTuschlらにより,21塩基長の短鎖二本鎖RNA(small interfering RNA;siRNA)を用いることで哺乳類細胞でもRNA干渉(RNA interference;RNAi)が起こることが見出され1),今日では,RNAiを利用した遺伝子ノックダウン技術は生命現象や疾患にかかわる遺伝子の機能を解析するためのツールとして不可欠なものとなっている。siRNAは,疾患に関与する遺伝子の塩基配列が明らかであれば,siRNAを論理的に設計・合成できることから,新しい治療薬としての期待が高い。しかし,天然のRNAは細胞内でヌクレアーゼにより容易に分解されてしまうため,siRNAを核酸医薬として用いるためには化学的に修飾し,siRNAの安定性を高める必要がある。本稿では,これまでに報告されている化学修飾したsiRNAおよびmicroRNA(miRNA)の性質について概説する。

RNA干渉を利用した創薬の現状

著者: 篠原史一 ,   吉田哲郎

ページ範囲:P.343 - P.348

 RNA干渉(RNAi)は,標的mRNAを特異的に切断可能な転写後遺伝子サイレンシング機構であり,RNAウイルス感染防御を目的とした,真核生物の生体防御機構の一つである。このRNA干渉は,1990年代初めに植物(ペチュニア)で確認され,1998年には動物である線虫でも存在することをMelloとFireが報告し,この発見により二人はノーベル医学生理学賞を2006年に受賞している。RNAiは発見からわずか10年あまりの間に広く浸透し,今や遺伝子機能を解明する上で必須のリサーチツールとなっている。その上,低分子や抗体と比較して効率よく低コストに医薬品開発が可能なポテンシャルを秘めていること,また治療薬開発が難しいとされる転写因子やアダプタータンパク質といったいわゆるアンドラッガブルな遺伝子をも標的とし得ることから,新しい創薬技術基盤としても注目され,すでにいくつかのsiRNA医薬が臨床試験入りしている。一方で,まだsiRNAを医薬品とするためにはデリバリーや免疫刺激性といった解決すべき課題が残っている。本稿では,その課題解決に向けた取り組みにも触れながら「RNA干渉を利用した創薬の現状」を概説する。

植物におけるmiRNAの生合成経路

著者: 渡辺雄一郎

ページ範囲:P.349 - P.354

 最初,簡単に生命の歴史を語ることをお許しいただきたい。46億年前に誕生した地球上に,物質の化学進化を受けて,38億年前ごろに最初の生物が現れたと想像されている。しばらくして光合成を行うシアノバクテリアが現れ,大気にあった二酸化炭素を同化し始め,酸素を放出し始めた。有機物も増加した。以後20-30億年ほどかけて,現在のような酸化的大気が生まれた。途中,原始真核生物の一部にシアノバクテリアが共生を始めた系統として植物がうまれ,光合成をする生物がさらに地球上に広がった。植物と動物の分岐は,約15億年前水中での単細胞時代,有性生殖を始めた後である(図1)。酸素の蓄積は,大気の外回りに自然の紫外線バリアとなるオゾン層を作り出した。そのおかげでようやく5-6億年前に植物,つづいて動物が陸上にあがった。

 今回の特集で話題となっているsiRNA,miRNAの生成機構,あるいはその作用機作の起源は,その共通性から前者の起源は原始真核生物,後者の起源は植物と動物の分岐近くまでさかのぼるものと考えられる(図1)1)

small RNAによるレトロエレメントの抑制機構

著者: 宮川-倉持さとみ

ページ範囲:P.355 - P.358

 レトロエレメント(レトロトランスポゾン)は,様々な生物種のゲノムDNAに組み込まれて存在している「動く(転移する)」遺伝子配列である。個体間で感染する外来性レトロウイルスが宿主の遺伝子に組み込まれた場合にも,その遺伝子はレトロエレメントではあるが,通常は内在性のレトロトランスポゾンをさす。レトロトランスポゾンは,自らがコードする逆転写酵素の働きにより自身のコピーを作り,ゲノム内に挿入されてゲノムDNAを変化させる。よって,レトロトランスポゾンの活性化は多様性や突然変異を生み出す原動力となる。実際,神経前駆細胞において,レトロトランスポゾンの転移により遺伝子発現の違い,すなわち細胞の多様性を生み出していることが報告されている1)。一方,このゲノムDNAの変化が生殖細胞で生じ次世代に伝わることにより,レトロトランスポゾンは進化に大きな役割を果たしてきたと考えられている。しかし,通常の配偶子形成においては,過度の活性化は種の保存にとって脅威となる。したがって,生殖細胞におけるレトロトランスポゾンの制御は,体細胞よりもはるかに厳密でなければならない。

 雄の生殖細胞形成過程においては,生殖細胞特異的に発現しているpiRNA(Piwi interacting RNA)とそれに結合するPIWIファミリータンパク質が,レトロトランスポゾンの抑制に重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた2-5)。また,雌の卵形成過程においては,piRNAに加え内在性のsiRNA(endo-siRNA;endogenous small interfering RNA)が発現し,レトロトランスポゾンの抑制に関与していることが明らかとなっている6,7)。本稿では,マウスの精子形成過程におけるpiRNAとPIWIファミリーを介したレトロトランスポゾンの抑制機構,および,卵形成過程におけるpiRNAとendo-siRNAについて紹介したい。

連載講座 老化を考える・3

臨床医学から見た老化の分子生物学

著者: 楽木宏実 ,   荻原俊男

ページ範囲:P.359 - P.363

 われわれは,老年内科を診療する立場にたって,老年医学研究を続けている。25年ほど前,筆者らが研修医ならびに主治医の関係で診療をした患者に,Hutchinson-Gilford Progeria(HGP)症候群の患者がいる。繰り返す重症心不全と重症高血圧で44歳で入院され,45歳という世界最高齢まで存命されたが,急性心筋梗塞で逝去された症例である1)。当時は原因不明の疾患であり,なぜ平均寿命が12歳程度とされる本症で45歳まで生存できたのかも不明であった。この10年あまりの間に原因遺伝子が特定され,本症例でも遺伝子変異が確認され,臨床症状からだけでなく,遺伝子レベルでも診断が確認された2)。このような進歩は,まさに分子遺伝学の進歩に負うところが大きい。本稿では,われわれがこれまで関与してきた老化に関連する臨床病態について,特に臨床医からの興味を中心に分子生物学的側面を概説する。

解説

フィジオーム・システムバイオロジー

著者: 村上慎吾 ,   倉智嘉久

ページ範囲:P.364 - P.371

 近年,生命科学の研究に対する関心と期待がこれまでにないほど高まっている。今まで,いわゆる物質科学が人類の発展を担ってきたが,すでにかなりの研究・開発が行われており,これからの発展の限界が予想される。一方,いまだ謎が多い生命科学分野は今世紀まで残されている数少ない人類未踏の地であり,次世代を担う分野である。そして,前世紀後半での生命科学の急速な発展がもたらした驚きと無限の可能性への期待は,研究者のみならず一般の人々まで惹きつけている。その生命科学分野の中に,これからの生命科学のひとつの重要な方向性を指し示すものとして,フィジオームとシステムバイオロジーと呼ばれる新しい分野がある。本解説ではフィジオームとシステムバイオロジーについて心臓の例を出しながら,概観を示したいと思う。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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