特集 細胞死か腫瘍化かの選択
アポトーシス耐性のがんに挑む―V-ATPase阻害剤の新たな可能性
著者:
笹澤有紀子1
井本正哉1
所属機関:
1慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 応用細胞生物学研究室
ページ範囲:P.614 - P.618
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抗がん剤治療は手術,放射線と並んでがん治療の三本柱であり,特に近年その開発は目覚ましい進歩を遂げている。これまでに臨床応用されている主な抗がん剤は,がん細胞のDNAやRNAの合成を阻害することで,あるいは細胞分裂を阻害することで,がん細胞の増殖を阻止したり細胞傷害を与えるものである。しかしこれらは同時に,正常細胞にも作用するため,吐き気,倦怠感,脱毛など患者のquality of lifeを低下させる副作用を伴うものであった。また,抗がん剤が効かないケースも多々あり,患者は長期間副作用に苦しまなくてはならなかった。それに対して,近年盛んに研究開発されているのが「がんの分子標的薬」である。これはこれまでの治療薬とは全く異なる機序で,作用する副作用の少ない抗がん剤として脚光を浴びている。この分子標的薬は,がん悪性化の原因となるタンパク質分子を標的とし,その機能を直接阻害することでがん根治をめざす治療薬である。これらはある種のがんに対しては劇的な治療成績をあげたものの,未だ種類は少なくさらなる開発が求められている。
われわれは,新しいがんの分子標的治療薬の開発を念頭に,その標的分子としてがん遺伝子の一つであるbcl-2,bcl-xLに着目した。これらの遺伝子産物はアポトーシス抑制タンパク質であり,多くのがんで過剰発現している。この過剰発現はがん悪性化に関わるだけでなく,抗がん剤を効かなくする原因にもなっている。そのためこれらの機能を阻害する小分子化合物は強力な抗がん剤となりうると考えられる。本稿では筆者らがbcl-2,bcl-xLの機能を阻害する物質として再発見したV-ATPase阻害剤が,がん細胞にどのようなアポトーシスを誘導するのかを紹介する。