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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学62巻1号

2011年02月発行

雑誌目次

特集 摂食制御の分子過程

特集に寄せて

著者: 桜井武

ページ範囲:P.2 - P.3

 長い進化の歴史を通じて,生物は常に飢えにさらされ続けてきた。摂食行動の制御システムは必然的に飢えによく対応できるように進化してきた。人類にとってもありあまる食物に囲まれたような環境は,進化の歴史から見ればつい最近,限られた文明国において見られるようになったに過ぎない。飢餓の時代に対応してきた生体システムが対応できるはずもなく,現在,先進国を中心に肥満とそれに伴うメタボリックシンドロームの脅威が広がりつつある。一方,生活スタイルや価値観の多様化のなか,神経性食欲不振症をはじめとする中枢性摂食異常症も増加傾向にあり,この15年ほど中枢による食行動の制御機構はこうした社会的要請も背景にして大きな注目を集めつづけてきた。

 とくに1994年,ロックフェラー大学のフリードマンらによるレプチンの発見以来,その視床下部における作用機構の解明が急速に進展し,神経ペプチドを中心にそこで働く神経伝達物質および神経調節因子の機能解明が進んできた。わが国は,大村らによる視床下部のグルコース感受性ニューロン(glucose-sensing neurons)およびグルコース受容ニューロン(glucose-receptive neurons)についての先駆的研究をはじめとして,視床下部による摂食調節の生理学において世界をリードする研究をしてきた歴史がある。また,一方で生理活性ペプチドの研究においても世界に冠たる特色ある研究がなされてきた。視床下部における神経ペプチドの作用が重要な働きをしている摂食行動の制御機構に関しても,必然的に日本の研究者は大きな貢献をすることになった。

レプチンの基礎から臨床応用まで

著者: 日下部徹 ,   海老原健 ,   中尾一和

ページ範囲:P.4 - P.10

 1994年,Friedmanらによって遺伝性肥満ob/obマウスの原因遺伝子が同定され,その遺伝子産物はギリシャ語で「やせる」を意味するleptosにちなんでレプチン(leptin)と命名された1)。レプチンは脂肪組織から分泌され,視床下部に発現するレプチン受容体に作用することで強力な摂食抑制とエネルギー消費亢進をもたらし体重を減少させる。視床下部と脂肪組織は,レプチンを介して体重を一定に保つフィードバックループを形成していると考えられる(図1)。ob/obマウスでは,レプチン遺伝子の点突然変異により正常に機能するレプチンが産生されず,著しい肥満を呈している。

 ob/obマウスの表現型の解析,レプチン投与の実験,われわれが作製したレプチントランスジェニックマウスの解析などから,レプチンは摂食抑制やエネルギー消費亢進による体重減少作用だけではなく,糖脂質代謝亢進作用,性腺機能調節作用,血圧調節作用,免疫調節作用など多彩な生理作用を有することが明らかになってきている。また,ヒトにおけるレプチンおよびレプチン受容体の遺伝子異常による肥満症の発見により,げっ歯類だけではなくヒトにおいても,レプチンがエネルギー調節において極めて重要な役割を果たしていることが明らかになった2,3)

視床下部におけるAMPキナーゼの摂食・代謝調節作用

著者: 箕越靖彦

ページ範囲:P.11 - P.16

 AMPキナーゼ(AMP-activated protein kinase;AMPK)は,酵母から植物,哺乳動物に至るほとんどの真核細胞に発現するセリン/スレオニンキナーゼである。AMPKは細胞内エネルギーレベルの低下(AMP/ATP比の上昇)によって活性化し,代謝,イオンチャネル活性,遺伝子発現を変化させてATPレベルを回復させる1)。このことからAMPKは“metabolic sensor”または“fuel gauge”と呼ばれている。また,近年の研究により,AMPKはメトホルミンなどの糖尿病治療薬,運動,レプチンやアディポネクチンなどのホルモン,自律神経によって活性化して,糖・脂質代謝を調節することが明らかとなった1-4)。さらに,視床下部AMPKがレプチン,グルコース,グレリンなどの神経細胞内でのシグナル分子として働き,摂食を調節することが示された1,4-6)

 AMPKは様々なイオンチャネル活性を制御するとともに,遺伝子発現を調節する。従って,これらの機能を介して神経活動を制御し,摂食を調節することが考えられる。しかし,最近の研究によると,AMPKが末梢組織と同様に神経細胞においても脂肪酸代謝を変化させ,これを介して摂食を調節することが明らかとなってきた。すなわち,AMPKは栄養素やホルモン,神経伝達物質から情報を脂肪酸代謝において統合し,摂食行動,代謝を調節すると考えられている(図1)2,4-6)。本稿では,AMPKを介する視床下部でのエネルギー感受機構と,それによって制御される摂食調節作用について概説する。

摂食調節におけるNeuropeptide YとAgRPの役割

著者: 小木曽和磨 ,   浅川明弘 ,   乾明夫

ページ範囲:P.17 - P.25

 近年になって摂食調節機構の解明が進み,摂食亢進のメカニズムとして視床下部におけるニューロペプチドY(neuropeptide Y;NPY)およびアグーチ関連タンパク(agouti-related protein;AgRP)を含むNPY/AgRPニューロンが重要な役割を果たしていることが明らかとなっている。本稿では摂食亢進作用に中心的な役割を果たしているNPYおよびAgRPについて概説する。

POMC/CART(視床下部におけるFoxO1とSirt1)

著者: 北村忠弘 ,   佐々木努

ページ範囲:P.26 - P.30

 摂食は中枢からのシグナルと末梢臓器からのシグナルにより複雑に制御されているが,特に重要な役割を果たすのが視床下部である。視床下部では弓状核,腹内側核,背内側核,室傍核,外側野などの神経核が摂食調節にかかわるが,特に弓状核には,摂食を促進するorexigenicな神経ペプチド(NPY/AgRP)を発現するニューロンと,摂食を抑制するanorexigenicな神経ペプチド(POMC/CART)を発現するニューロンが混在しており,摂食調節において中心的な役割を果たす。食事をすると,脂肪組織からはレプチンが,膵β細胞からはインスリンが分泌され,ともに弓状核に作用してNPY/AgRPの発現量を減少させ,逆にPOMC/CARTの発現量を増加させることで,摂食に抑制的に働く。本稿では,まずPOMC/CARTについて概説した後,インスリン/レプチンによって摂食調節神経ペプチドの発現が調節される分子メカニズムを,FoxO1とSirt1を中心に,筆者らの最近の成績も加えて解説したい。

オレキシン―摂食行動と覚醒システムをリンクする物質

著者: 原淳子 ,   桜井武

ページ範囲:P.31 - P.36

 エネルギーバランスは覚醒レベルに強い影響をあたえる。一方,摂食行動には適切な覚醒が必要であり,エネルギー恒常性と覚醒は相互に強く関連している。オレキシンはこの両者を結び付ける物質として注目されている。オレキシンは1998年に同定された神経ペプチドであり1),摂食中枢とされる視床下部外側野に局在する。マウス,ラットを絶食させると,オレキシンの発現量は増加する。また,ラット,マウスへのオレキシンの脳室内投与によって,摂食量の増加が観察されたため,当初,摂食行動の制御因子として報告がなされた。オレキシン神経はエネルギーバランスが負に傾いた時に活性化され,ドーパミン系,セロトニン系,ノルアドレナリン系,そしてヒスタミン系などを活性化することによって覚醒維持に関与する。絶食時のオレキシン系の興奮は食物探索行動も活発にする。一方,オレキシン産生神経の変性は,睡眠障害の一つであるナルコレプシーの病因であることが明らかとされており,オレキシンは覚醒制御とも深く関与していることが明らかとなっている。オレキシンは生命にとって必須である睡眠・覚醒の維持・摂食行動の関係を取り持つ物質であると考えられる。

メラニン凝集ホルモン-MCH

著者: 長崎弘 ,   斎藤祐見子

ページ範囲:P.37 - P.43

 MCH(melanin-concentrating hormone;MCH)は1983年にサケ脳下垂体から抽出された神経ペプチドである1)。硬骨魚類ではMCHは色素細胞中のメラニン顆粒の凝集を引き起こし,皮膚体色変化を引き起こす。1989年にはラット脳から哺乳類MCHが単離された2)。その受容体は長い間不明であったが,1999年に脳に高発現し,ソマトスタチン受容体と全体で40%のホモロジーを持つオーファンGタンパク質共役型受容体(GPCR)がMCHの受容体であることが報告された3,4)。受容体同定により選択的アンタゴニストの開発が可能となり,現在ではMCH-MCH受容体系は摂食調節・エネルギー代謝機構に深く関わることが明らかになりつつある。さらに,うつ不安,覚醒剤における嗜癖形成,睡眠,体温調節そして末梢においてはアレルギーや炎症との関連も注目されている。本稿では,MCH研究において最も研究が進んでいる摂食とエネルギー代謝調節を中心に,MCHニューロンの入出力系についての知見を交えながら概説する。

最新のグレリン研究

著者: 細田洋司 ,   寒川賢治

ページ範囲:P.44 - P.50

 肥満は過食と運動不足により脂肪細胞に中性脂肪が過剰蓄積した状態で,これによって脂肪細胞の機能異常が引き起こされ,メタボリックシンドロームの病態基盤となる。そのため,摂食調節やエネルギー代謝調節機構の解明は,肥満およびメタボリックシンドロームの予防・治療につながる。この10数年余りで,分子生物学的手法を用いた分子レベルでの摂食エネルギー代謝調節機構の解明が飛躍的に進んでいる。筆者らが発見したグレリン(Ghrelin)1)は,脳および消化管に分布する生理活性ペプチドで,成長ホルモン(growth hormone;GH)分泌や摂食亢進作用,脂肪蓄積効果,糖脂質代謝調節など多彩な作用を有する。本稿では,最近のグレリンに関連する遺伝子改変動物から得られた解析結果も踏まえ,グレリンの生理的意義について概説する。

ニューロメジンUとニューロメジンS

著者: 森健二 ,   寒川賢治 ,   児島将康

ページ範囲:P.51 - P.56

 摂食とは生物が生きていくための基本的行動の一つであることから,その制御機構は多くの研究者の興味の対象である。一方,肥満により健康状態が悪化するだけでなく,関連する医療費の高騰が財政を圧迫するなど深刻な社会問題が生じているため,近年では肥満をコントロールする重要性が指摘されている。肥満はエネルギーの摂取(摂食)と消費(運動)のバランスの破綻により発症することからも,その一翼を担う摂食の制御機構の解明が求められている。古くからの研究により,摂食調節が脳で行われる中枢説と,胃などが関与する末梢説とが提起され,さらには脳の領域破壊や電気刺激実験により,視床下部に満腹中枢と摂食中枢が存在することが示されたが,分子レベルでの制御機構は長らく不明であった。しかしながら,最近になり視床下部における神経ペプチドネットワークによる中枢性調節,胃および腸管で産生されるペプチドホルモンによる末梢性調節などが示され,摂食調節機構の全貌が明らかになりつつある。

 本稿では,われわれがこれまでに発見してきた神経ペプチドであるニューロメジンU(neuromedin U:NMU)とニューロメジンS(neuromedin S:NMS)について,摂食・エネルギー代謝調節における役割を解説する。

新規摂食抑制因子nesfatin-1の発現とその作用機序

著者: 大井晋介 ,   森昌朋

ページ範囲:P.57 - P.62

 近年,わが国のみならず諸外国においてもメタボリックシンドロームの概念および診断基準が確立されつつあるが,その根本を成す肥満症の拡大は全世界で認められるため,その克服は今日的な人類の大きな課題の一つといえる。ハイリスク肥満症である内臓脂肪蓄積型肥満は,末梢組織におけるインスリン感受性の低下とそれに起因する心臓および脳血管系の動脈硬化性病変を高頻度に合併することから,2型糖尿病をはじめとして,高血圧症,脂質異常症といった肥満関連代謝疾患のキーファクターと考えられている。内臓脂肪の蓄積,つまり,肥満症発症のトリガーが末梢脂肪組織そのものの増大によるものであるか,あるいは脳,中枢組織におけるエネルギーバランス調節機構の破綻によるものであるのかは依然として不明である。しかし,肥満症の進展に関していえば,慢性的な摂食量過多による摂取エネルギー亢進と運動量の減少によるエネルギー消費減少の結果として捉えられ,これらの調節に重要な役割を果たしているのが脳視床下部領域である。

連載講座 老化を考える・5

老化と癌化におけるテロメア長

著者: 田久保海誉 ,   相田順子 ,   仲村賢一 ,   石川直 ,   新井冨生 ,   下村七生貴

ページ範囲:P.63 - P.68

 加齢に伴い癌の発生率は急激に増加する。東京都健康長寿医療センター(旧,東京都老人医療センター)では,最近の病理解剖5667例の平均年齢は80歳(通常の病院より20-25歳程度高齢)であり,これらの全症例の病理解剖時の担癌率(癌を体内に持っている率)は61%である。以上は通常の肉眼的,組織学的検索の結果である。さらに詳細な組織学的研究からは,前立腺では約半数に癌を見出し,乳腺でも5%以上に臨床的に知ることのできなかった癌が剖検時に発見される。厚労省統計によると,年齢階級別死亡率において悪性腫瘍が第1位でなくなるのは90-94歳である。高齢者ではきわめて高頻度に癌が発生し,癌が原因で死亡するが,90歳以上では担癌状態でも他の死因で増加することがわかる。なぜ高齢者に癌が好発するのか。単に加齢に伴う遺伝子変異の蓄積が閾値を超えることが原因とは考えられてはいない。なぜなら,小児には肉腫が高頻度で癌腫(9%)が少なく,成人では癌腫の頻度が高い(86%)。単なる変異の蓄積ではこの頻度の逆転を説明することができない。この原因としては,テロメア機能不全,DNAメチレーションや微小環境の変化があげられている。

 われわれは,高齢者に担癌率の高い原因を加齢に伴うテロメアの短縮による染色体の不安定性に求めたいと考えている。われわれ以外の多くのグループからも,老化と癌化を直接的に結びつけるものとして,テロメアとテロメレースが注目されている。本総説では,テロメアと加齢,老化と発癌の関係について述べ,あわせていくつかのテロメア長測定法の紹介を通じて,われわれの原著論文を紹介したい。

解説

mRNAの核外輸送と細胞内局在化機構

著者: 片平じゅん ,   米田悦啓

ページ範囲:P.69 - P.74

 真核生物では,転写の場である核とタンパク質翻訳の場である細胞質が核膜により物理的に隔てられている。そのため,転写されたmRNAの核外輸送は遺伝子発現において必須の過程となる。また,ある種の遺伝子のmRNAは核外輸送された後ただちに翻訳されるわけではなく,翻訳の鋳型として不活性な状態に保たれたまま細胞質内の適切な場所へ輸送され,適切なタイミングで活性化され,翻訳される。近年の研究から,mRNAの核外輸送,局在化の各過程は核内における転写やプロセシングの過程において結合するmRNA結合タンパク質の働きにより制御されることが明らかにされつつある。核内で結合したタンパク質が特定のmRNAを標識する“分子タグ”として機能し,細胞質における遺伝子発現の諸過程にも影響するのである。本稿では,mRNAの核外輸送,細胞内局在化の分子機構について,転写やスプライシングといったmRNAプロセシングとの共役機構を中心に概説する。

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財団だより/次号予告

ページ範囲:P.75 - P.75

あとがき

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.76 - P.76

 本号では,最近進歩の目覚ましい「摂食制御の分子過程」の特集をお届けします。「特集に寄せて」をお書きいただいた桜井武教授に企画案を頂いて内容の充実した特集になりました。多種類のペプチドを駆使して行われる視床下部の精妙な行動制御の中で,摂食制御は代表的なものであり,以前からその細胞機構に興味が持たれてきましたが,最近は分子過程の解明が特段に進み,それを土台として視床下部という特異なシステムのメカニズムが浮かび上がってきました。本特集にその目覚ましさを読み取っていただければ幸いです。

 桜井先生を始め執筆者各位に厚くお礼申し上げます。なお本号のために,テロメアについてと,mRNAについての興味深い解説を頂きました。8名の執筆者に厚くお礼申し上げます。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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