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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学62巻2号

2011年04月発行

雑誌目次

特集 筋ジストロフィーの分子病態から治療へ

特集に寄せて―骨格筋研究の見通し

著者: 武田伸一

ページ範囲:P.78 - P.78

 1960年代から80年代にかけて,筋生物学が生物学全体をリードしていた時代があった。その動きは,1980年代終わりのH. Weintraub博士らによる筋分化制御因子であるMyoDファミリーの発見とL. Kunkel博士らによる遺伝性筋疾患の代表であるDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)の原因遺伝子(DMD/ジストロフィン遺伝子)の発見時に頂点を極めたといえる。前者の背景としては,1982年「筋発生の細胞生物学」の冒頭で岡田節人博士が正しく指摘されたように,試験管内での培養技術および分化のマーカーが最初に確立されたのが筋細胞であったことを挙げることができるだろう。後者の背景としては,80年代後半に分子遺伝子の爆発的な進歩があり,筋ジストロフィーの代表的な病型について,原因遺伝子を追究することがその格好の課題となった。また,この時期を契機として極めて多くのnon-MD/PhDが筋ジストロフィーの研究分野に参入したことも特筆される。

 例えば,骨格筋を構成している最も重要な分子であるミオシンについても,ウイルス感染のレセプターであることが明らかにされるなど,最近はnon-muscle cellでの役割が注目されている。それでは筋研究はどのように現代の生物学に貢献できるのだろうか。その一つは幹細胞の研究分野であり,もう一つは筋疾患に関する治療研究分野であろう。前者の例として非筋細胞への強制発現により筋細胞への変換が可能なMyoD遺伝子の発見はiPS細胞研究の先駆けとなっていた例を挙げることができる。後者の例として,DMDを主たる対象として開発が進められてきたアンチセンス核酸(AO)を用いたエクソンスキップ治療がある。最近,AOはDMDの治療のみでなく,脊髄性筋萎縮症(SMA)に対するexon inclusion治療,筋強直性ジストロフィーに対するprotein displacement therapy,さらには筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する治療にも応用されようとしている。

ゼブラフィッシュを用いた筋ジストロフィー研究手法

著者: 川原玄理 ,  

ページ範囲:P.79 - P.82

1. モデル動物としてのゼブラフィッシュ

 現在,多くの研究分野において,ゼブラフィッシュ(Danio rerio)が使われるようになってきている。飼育の容易さ,多産であること,世代のサイクルが短いことが遺伝学研究に適していると考えられる。特に,疾患モデルとしてのゼブラフィッシュは,近年めざましい発展を遂げている。主に,心臓,腎臓や血管形成などの突然変異体の作製,そしてその原因遺伝子の特定を目的に用いられ,疾患モデル動物として用いられている。発生初期胚が透明であることから,心臓や筋肉の器官形成の観察,遺伝子発現やタンパク質発現を解析することが比較的容易である。また,初期発生の速度の早さもその利点の一つとして挙げられる。

 今回,主に取り上げる骨格筋組織の発生に関しては,体節形成開始は受精後約10時間後であり,ほとんどの器官原基と同じように24時間後にはその構造は完成され,その形成機序についても発生学的な解析が可能である。他の組織と同様,筋肉組織においてもゼブラフィッシュの器官は形態,機能の面でヒトとよく類似しており,突然変異体の作製とその解析がヒトにおける疾患の原因解明,治療開発に役立つと注目されている。さらに,ゼブラフィッシュの成体が小型であることから,動物の管理が他のモデル動物と比べると難しくなく,その費用が安価であることも広く使われるようになってきている理由である。ここでは,主に筋疾患モデルフィッシュについて,そしてゼブラフィッシュを用いた筋疾患研究において用いられる解析法について述べていく。

α-ジストログリカノパチーと糖鎖

著者: 遠藤玉夫

ページ範囲:P.83 - P.87

 α-ジストログリカノパチーは,α-ジストログリカン(α-DG)の糖鎖異常に起因する疾患群である。福山型先天性筋ジストロフィー(FCMD),muscle-eye-brain病(MEB),Walker-Warburg症候群(WWS),先天性筋ジストロフィー1C型(MDC1C)やその対立遺伝子疾患である肢帯型筋ジストロフィー2I型(LGMD2I),先天性筋ジストロフィー1D型(MDC1D)である(表)。α-DGの糖鎖が正常に付加されないために基底膜の異常が生じ,それが筋ジストロフィーや脳奇形の原因となると考えられる。遺伝的に異なるこれら疾患群に対して,共通の病態であるα-DGの糖鎖を標的とする治療法の開発が期待される。本稿では糖鎖の面からα-ジストログリカノパチーについて概説し,病態解明と治療法開発に向けた一助としたい。

α-ジストログリカンの機能異常と筋ジストロフィー

著者: 斉藤史明 ,   松村喜一郎

ページ範囲:P.88 - P.90

 Dystrophin糖蛋白複合体は細胞外基底膜と細胞骨格を結合する細胞膜上の蛋白質複合体であり,ジストログリカン(dystroglycan;DG)はその中核をなす蛋白質である。この蛋白質複合体の構成蛋白質の欠損により,Duchenne型筋ジストロフィーをはじめとする多彩な筋ジストロフィーが発症することが知られる。近年,この蛋白質複合体の新たな崩壊機序が明らかにされ,注目を集めている。それは,一群の糖転移酵素と考えられる蛋白質をコードする遺伝子の変異によりα-DGの翻訳後修飾に異常が生じ,その結果α-DGの機能不全が生じ筋細胞の変性壊死が惹起されるというものである。本稿では,このα-DGの機能およびその異常により引き起こされる筋ジストロフィーの分子病態について解説する。

福山型筋ジストロフィー症の成因

著者: 金川基 ,   戸田達史

ページ範囲:P.91 - P.94

 福山型先天性筋ジストロフィー(Fukuyama-type congenital muscular dystrophy;FCMD)は,1960年福山らにより発見された常染色体劣性遺伝疾患である。わが国の小児期筋ジストロフィー中ではデュシェンヌ型の次に多く,日本人の約90人に1人が保因者と計算される。日本に1,000~2,000人くらいの患者が存在すると推定され,日本人特有の疾患とされていたが,近年海外からの報告が相次いでいる。本症は重度の筋ジストロフィー病変とともに,多小脳回を基本とする高度の脳奇形(敷石(Ⅱ型)滑脳症)が共存し,さらに最近は近視,白内障,視神経低形成,網膜剝離などの眼症状も注目されている。すなわち,本症は遺伝子異常により骨格筋-眼-脳を中心に侵す一系統疾患である1)。本稿では,福山型の原因遺伝子,分子病態を中心に解説する。

肢帯型筋ジストロフィーの発症機構

著者: 反町洋之 ,   小野弥子

ページ範囲:P.95 - P.99

 肢帯型筋ジストロフィー(Limb-girdle muscular dystrophy;LGMD)は,主に近位筋に症状が出る筋ジストロフィーで,多くは常染色体劣性遺伝を示す。LGMDの発症率は2万人に1人程度であるが,その中では2A型が最も頻度が高い(30~50%,本邦では2B型と同程度で30%)。現在までに18種類の多様な責任遺伝子と4種の遺伝子座が同定されている(表)。そこにコードされるタンパク質は大別すると四つに分類でき,構造タンパク質,タンパク質分解酵素,糖鎖修飾酵素,イオンチャネルとなる。構造タンパク質には,lamin A/Cのように核膜を裏打ちするもの,sarcoglycanのように筋細胞膜を裏打ちするもの,caveolin-3やdysferlinのように膜機能に関与するもの,そしてmyotilin,T-cap/telethonin,connectin/titinのように筋原線維を構成するものが含まれる。また,タンパク質分解酵素にはCa2+-要求性細胞質システインプロテアーゼであるcalpainとユビキチン(Ub)リガーゼであるTRIM32が含まれる。これらの筋ジストロフィーは,各分子機能が欠損することで病態を発症するということで,さらに臨床的に他の疾患として分類される例もあることを考慮して分子名に“-opathy”を付加して呼ばれることも多い。

新たな肢帯型筋ジストロフィー

著者: 林由起子

ページ範囲:P.100 - P.102

 肢帯型筋ジストロフィー(limb girdle muscular dystrophy;LGMD)は,近位筋優位の筋萎縮・筋力低下を進行性に示し,筋線維の壊死・再生を主病変とする遺伝性筋疾患の総称である。常染色体優性(LGMD1),常染色体劣性(LGMD2),そしてX染色体性の遺伝形式を示すものがあり,これまでにLGMD1は三つ(LGMD1A-1C),LGMD2は15(LGMD2A-2O),X連鎖性に一つの原因遺伝子が同定されているが,原因の明らかでないLGMDも多い。本稿では,近年その原因や病態の明らかとなったLGMDを中心に,関連疾患も含めた最近の知見を紹介する。

筋強直性ジストロフィーの成因

著者: 石浦章一

ページ範囲:P.103 - P.105

 筋強直性ジストロフィー(DM)は,筋強直,精巣萎縮,白内障,耐糖能異常などを特徴とする全身性疾患である。わが国の筋ジストロフィーの中では一番多い疾患で,致死ではないものの,QOLの観点からも治療法の開発が望まれている。いちばん多い1型(DM1)の責任遺伝子は第19染色体にあるDMPKで,その3'非翻訳領域にあるCTGリピートの伸長が病気の直接の原因である。また最近,筋強直性ジストロフィー2型(DM2)も発見されたが,これは第3染色体にあるZNF9遺伝子中のイントロン1にあるCCTGリピートの伸長であることが判明した1)。また海外の研究結果によれば,伸長したリピートだけを発現させたマウスでも筋強直などヒトと同じ症状が見られる2)ことも,このリピート原因説が有力になる証拠の一つとされた。

先天性筋無力症の分子基盤

著者: 手塚徹 ,   山梨裕司

ページ範囲:P.106 - P.111

 神経筋接合部(neuromuscular junction;NMJ)は運動神経による骨格筋収縮の支配に必須のシナプスである。運動神経の興奮に伴い,NMJでは運動神経軸索末端の前シナプス領域からシナプス小胞内のアセチルコリン(acetylcholine;ACh)がシナプス間隙に放出される。放出されたAChが骨格筋中央部の後シナプス領域に凝集しているイオンチャネル型のACh受容体(AChR)に結合すると,AChRの開口により終板電位(endplate potential;EPP)が生じ,活動電位の発生を経て筋線維の収縮が起こる。先天性筋無力症候群(congenital myasthenic syndromes;CMS)はNMJの形成・維持や機能の制御に重要な分子の先天的な異常により,骨格筋の筋力低下と易疲労性を来す難治性の疾患である。

 CMSは原因となる遺伝子異常などの要因により多様な病態を呈する疾患であり,後述するスローチャネル症候群以外のCMSはいずれも劣性の遺伝病として知られている。さらに,本疾患は病因となる異常の部位により,前シナプス型,シナプス型および後シナプス型に分類され,その約80%を後シナプス型CMSが占める。本稿ではこれら3種の類型について,それぞれの分子基盤を概説する。なお,最新の知見として比較的詳しく紹介するDok-7,MuSK,Agrinの遺伝子異常によるCMS以外については,既に他の総説にて詳細な記述がなされている1-5)

横紋筋肉腫の分子病理

著者: 細山徹 ,  

ページ範囲:P.112 - P.116

1.横紋筋肉腫とは

 米国国立癌研究所の指針によると小児癌は12種類に大別され,1/3を急性骨髄性白血病に代表される白血病(Leukemia),次いで神経膠腫(Glioma)や髄芽腫(Medulloblastoma)などの脳腫瘍と,横紋筋肉腫(Rhabdomyosarcoma)や骨肉腫(Osteosarcoma)などの軟部肉腫が占める1)。いずれも腫瘍細胞の増殖は総じて速く,転移能の高いものも多く,早期発見・早期治療が必要とされる。

 ギリシャ語で「杖」を意味するRhabdos,「筋肉」を意味するmys,「果肉」を意味するsarkosを語源とする横紋筋肉腫は,小児軟部肉腫のおよそ50%を占める最も頻発する腫瘍であり,米国では年間約350症例が報告される(日本では年間30症例ほど2))。病理学的所見から横紋筋肉腫は胎児型(Embryonal)と胞巣型(Alveolar)に大別され,それぞれ横紋筋肉腫患者の約50%および20%を占める。また,紡錘細胞型やブドウ肉腫型といった種々のサブタイプも存在し,それぞれに違った病理所見を示すことや特定の分子マーカーが未同定なことなどが横紋筋肉腫の診断をいっそう困難なものとしている。

筋疾患に対する遺伝子治療

著者: 水上浩明

ページ範囲:P.117 - P.120

 筋ジストロフィーをはじめとするさまざまな筋疾患の病態が遺伝子レベルで解明されるようになり,原因に対する根源的な治療法として遺伝子治療が待望されるようになった。骨格筋は早期から遺伝子導入の標的組織として有望視され,数多くのベクターを用いた検討がなされてきており,現在では有効な条件がほぼ明らかにされてきている。一方,遺伝子導入に伴う免疫反応はマウスなどではあまり問題にならなかったが,イヌやサルなどの動物を用いた実験が進むにつれて注目を浴びるようになり,ヒトにおいても重要な問題と認識されている。免疫反応に関する理解はまだ十分とはいえないが,投与法の改良を含めてさまざまな方策が検討されている。

人工核酸による遺伝子制御

著者: 関根光雄

ページ範囲:P.121 - P.124

 DNAやRNAの核酸には塩基対形成能と塩基識別能という核酸だけがもちえる特異な性質があり,いい換えればこの二つの能力によってDNA-DNA,RNA-RNA,DNA-RNAのような同一核酸同士や異種核酸間で二重らせんが形成できる。この特異的な性質を利用して,人工的に合成された核酸を用いて,ある特定の遺伝子と選択的に結合させることによってその遺伝子の機能を制御したり不活化することで,その遺伝子の機能を調べたり,遺伝子疾患による疾病を治療することができる。とくに,特定の遺伝子をin vivoでノックアウトするために,最近ではRNA干渉を用いた鎖長21量体程度の短い2本鎖RNA(siRNA)を用いる研究が盛んに行われている1,2)。これは細胞質に存在するmRNAを標的とする遺伝子制御法である。

 人工核酸による遺伝子制御法は,もともと1本鎖からなる人工核酸が使われてきた。同じ細胞質内のmRNAを標的として,標的のmRNAと人工核酸が結合し,強く結合することによって物理的にリボゾームによるタンパク合成を阻止したり,さらに細胞内のRNAaseH活性により二重鎖形成後標的のmRNAを非可逆的に切断することによって遺伝子の機能を阻止する3,4)。この方法をアンチセンス法という。一方,細胞内のDNAを直接標的とする三重鎖形成能をもつアンチジーン核酸を用いる遺伝子制御法をアンチジーン法と呼ぶ5)

低分子化合物を用いてエクソンスキップを誘導するDuchenne型筋ジストロフィー治療

著者: 西田篤史 ,   松尾雅文

ページ範囲:P.125 - P.127

 Duchenne型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy;DMD)は,ジストロフィン遺伝子の異常に起因するジストロフィン欠損を特徴とする。このジストロフィンを発現させる方法として,われわれは世界で初めてアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いたエクソンスキップ誘導治療を臨床応用した。現在,この方法は世界標準の治療法となりつつある。一方,このエクソンスキップ誘導治療をより一般化するためには,低分子化合物を用いてエクソンスキップを誘導する治療戦略が有望と考えられる。本稿では低分子化合物によりエクソンスキップを誘導する治療の可能性について紹介する。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するエクソンスキップ療法

著者: 青木吉嗣 ,   武田伸一

ページ範囲:P.128 - P.133

 筋ジストロフィーのうち,最も患者数が多く重症のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)に対する新しい治療法として,アンチセンスオリゴヌクレオチド(antisense oligonucleotide;AO)を用いたエクソンスキップ療法が近年有望視され,治療対象となる患者数が最も多いエクソン51を標的にしたエクソン51スキップの国際共同治験phase Ⅲが日本,フランス,ドイツなどで開始された。本稿では,DMDの新規治療法の中で最も臨床応用に近いと期待されているAOを用いたエクソンスキップ療法について,どのように研究が進められ,臨床への展開が期待されているのかを中心に述べたい。

筋ジストロフィーに対するリードスルー治療

著者: 塩塚政孝 ,   松田良一

ページ範囲:P.134 - P.137

1. リードスルー治療とは

 ナンセンス変異によるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne Muscular Dystrophy;DMD)では,ジストロフィン遺伝子エクソン内で点変異により一つの塩基が置換し,本来の翻訳終結部位より上流に未熟終止コドン(premature termination codon)が生じることで,機能的な全長ジストロフィンタンパク質が合成されずに遺伝子欠損症状を呈す。この未熟終止コドンを薬物により抑制し翻訳を進行させ,正常機能を有するタンパク質分子の発現を回復させることで症状の改善を目指す治療法がリードスルー療法である。ナンセンス変異症例はDMDでは本邦において19%を占め,2,400種を超えるナンセンス変異型遺伝性疾患の存在が明らかにされるとともに,それらの包括的化学療法としてもリードスルー治療は注目されている。

筋ジストロフィーと血管拡張制御

著者: 安原進吾

ページ範囲:P.138 - P.141

 筋ジストロフィーの中でも代表疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne Muscular Dystrophy;DMD)は,dystrophin遺伝子の変異に起因する単一遺伝子疾患である。病理学的には骨格筋細胞の破壊と再生を繰り返しながら,数年にわたって筋力低下などの病状が進行することが知られている。筋破壊のメカニズムに関しては多くの病態生理モデルが提唱されてきたが,中でも,血流調節異常が関与しているとする「血流理論」の研究の潮流は,近年,新たな薬理学的治療への可能性を提示してきた。本レビューでは筋ジストロフィー研究における血流理論の歴史と,5型フォスフォジエステラーゼ(PDE5)阻害剤による治療研究の最新の知見,その臨床応用に向けての将来的な課題などを取り上げたい。ここでは,筋ジストロフィーの中でも最も研究の歴史が古く,代表疾患であるDMDを中心に取り上げるが,その他の筋ジストロフィーに関しても,末尾段落で言及する。

遠位型ミオパチーの治療法開発

著者: 野口悟 ,   西野一三

ページ範囲:P.142 - P.145

 縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー(distal myopathy with rimmed vacuoles;DMRV)は,15~35歳で発症する常染色体劣性の筋疾患である1)。臨床的には,遠位筋である前脛骨筋が好んで侵され,強度な筋萎縮と筋力低下を特徴とする2)。近位筋である大腿四頭筋は発症初期には侵されない3)。比較的ゆっくりと進行し,平均で発症から12年間で歩行不能となる。罹患筋の病理所見の特徴は,縁取り空胞と萎縮した小角化線維の存在と筋線維内にアミロイド様タンパク質が蓄積していることである。電子顕微鏡観察では縁取り空胞はタンパク質の蓄積とそれを取り巻く自己貪食空胞の集合である。日本には約150-400人の患者数と推定されている。

 2001年に連鎖解析により,欧米で遺伝性封入体ミオパチー(hereditary inclusion body myopathy;hIBM)と呼ばれている,DMRVとよく似た臨床・病理症状を示す遺伝性筋疾患が,ウリジン二リン酸(UDP)-N-アセチルグルコサミン2-エピメラーゼ/N-アセチルマンノサミンキナーゼをコードするGNE遺伝子の変異によって引き起こされることが報告された4)。その後,日本人のDMRV患者でもGNE遺伝子に変異が見出され,両者は同じ疾患であることが明らかとなった5)。原因遺伝子はシアル酸合成に関わる酵素をコードするので,この発見は非常に意外なものであった。本当にシアル酸合成不全が筋疾患を引き起こすのか,この遺伝子には他の機能があるのか,議論の的であった。

マイオスタチンの発現抑制による治療

著者: 川上恵実 ,   田中栄二 ,   砂田芳秀 ,   土田邦博 ,   野地澄晴

ページ範囲:P.146 - P.150

 新しいTGF-βファミリーに属するペプチド性増殖因子の一つとして,Growth Differentiation Factor 8(以下GDF8と略す)が1997年に発見された。GDF8遺伝子ノックアウトマウスの表現型は全身骨格筋の著しい肥大であったことから,GDF8は骨格筋増殖抑制因子という意味で,マイオスタチン(Myostatin;以下Mstと略す)と呼ばれるようになった1)。また,自然界でもMst突然変異による筋過形成の家畜牛が発見されている。そのMst遺伝子を解析した報告によると,PiedomonteseではMst遺伝子の1056番目のグアニンがアデニンに突然変異した結果,Mst蛋白の成熟領域内313番目のシステインのチロシンへの置換という変異が検出され,Belgian BlueではMst遺伝子の937番目から947番目までの11塩基欠失によるフレームシフトによりストップコドンが生じ,Mst蛋白の成熟領域を欠失していた2-4)。西ら5)は,Belgian Blueと同様のフレームシフト変異によるMst変異型トランスジェニックマウスを作製し,このマウスの骨格筋が野生型マウスと比較すると明らかに増大していることを報告した。

 Mstは2回の蛋白質分解による切断過程で活性化される。最初にシグナル配列(N末端側の先頭の約20残基のアミノ酸残基)が除去され,次に4ヵ所の塩基性切断部位(RSRR)で切断される。Zhuら6)は,Mstの切断部位RSRRをGLDGに改変したドミナントネガティブ型のMstを発現したトランジェニックマウスを作製し,筋肉の過形成hyperplasiaは生じないが,肥大hypertrophyが生じることを報告した。これらの結果は,骨格筋増殖抑制因子のMstを抑制すれば骨格筋形成が促進することを示唆しており,Mstをターゲットとした抑制による筋ジストロフィー症の治療の可能性があることが示唆された。さらに,ヒトMst遺伝子異常症例が発見され7),症例では筋容積や筋力の増加が認められたことから,Mst抑制による筋ジストロフィー治療応用が期待されてきた。これまで,Mstをターゲットとした基礎研究が行われ,さらに治療法に関する研究が行われ,様々な方法が開発されてきたので,それらについて紹介し,この治療法について議論する。

筋サテライト細胞の分子基盤

著者: 渡部秀一 ,   朝倉淳

ページ範囲:P.151 - P.156

 成体の組織には,組織の再生修復に関与している幹細胞が存在していることが知られている。生後の骨格筋中には,細胞分裂休止状態にある骨格筋の幹細胞であるサテライト細胞(筋衛星細胞)が存在し,生後の筋肉の成長および再生に関与している。自己複製能を持つサテライト細胞は,筋肉トレーニング・筋破壊などの刺激によって活性化され,細胞分裂状態にある筋前駆細胞に移行し,最終的には分裂を止め,互いに融合し,多核の筋管細胞に分化し新たな筋形成を行う。分化した筋管細胞は成熟して筋線維となり,筋再生を行う。このときに一部の筋前駆細胞は融合することなく単核の細胞の状態を維持し,最終的にはサテライト細胞に戻る(自己複製)。この稿では,サテライト細胞の分化・自己複製・筋疾患についての分子基盤に関して,最新の知見を含めて概説する。

骨格筋内在性の間葉系前駆細胞

著者: 上住聡芳 ,   深田宗一朗 ,   土田邦博

ページ範囲:P.157 - P.160

 ジストロフィン欠損を原因とするDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)では,筋再生を上回る筋壊死が進行し,筋組織はやがて脂肪組織によって置換されてしまう。骨格筋に形成された異所性の脂肪組織は筋力低下の要因となるばかりでなく,筋細胞への栄養素供給の妨げとなり病態の進行に寄与し,さらには治療物質(遺伝子治療における導入遺伝子や細胞移植治療における移植細胞など)の筋細胞への到達を妨げ,治療効率を低下させるとも考えられ,解決しなければならない問題である。異所性の脂肪組織がいかにして生じるか不明であったが,筋再生を担う筋衛星細胞の分化異常により発生することが示唆されてきた。しかし,われわれは最近,骨格筋間質に筋衛星細胞とは異なる間葉系前駆細胞を同定し,この細胞が骨格筋内に見られる異所性脂肪組織の起源となることを突き止めた。また,筋ジストロフィーでは骨格筋の線維化も顕著であるが,間葉系前駆細胞が線維化にも寄与することが明らかになってきた。この新たに見出された間葉系前駆細胞の特性と,間葉系前駆細胞を標的とした筋ジストロフィー治療の可能性について紹介する。

多能性幹細胞による筋ジストロフィー治療

著者: 櫻井英俊

ページ範囲:P.161 - P.164

 人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)は,体細胞に特定の遺伝子を導入,発現させることにより,胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES細胞)と同等の能力を持つようになった多能性幹細胞である1)。これらの多能性幹細胞は高い増殖力があり,理論上あらゆる体細胞へ分化することが可能であるため,細胞移植治療のソースとして期待されている。iPS細胞はES細胞に比べ,(1)患者自身の細胞から作り出すことができるため拒絶反応が回避できる,(2)受精卵を破壊しないため倫理的な問題が少ない,といった利点があり,脊髄損傷やⅠ型糖尿病など多くの難治性疾患に対するiPS細胞を用いた細胞移植治療研究が進展している。本特集で詳述されている筋ジストロフィーもまた難治性疾患であり,根治療法としての細胞移植治療が待ち望まれている。本稿では,筋ジストロフィーに対するこれまでの細胞移植治療研究の概説と,ES細胞およびiPS細胞を用いた細胞移植治療研究の現状を述べる。

実験講座

セルソーターの脳科学領域への応用

著者: 太田和健之 ,   俣賀宣子

ページ範囲:P.165 - P.170

 脳は主に神経細胞(ニューロン)とグリア細胞(アストロサイトやミクログリア)から構成される。なかでも神経細胞は種類によって形や働きが大きく異なる。例えば,形の違いでは投射型ニューロンと介在性ニューロン,働きの違いでは興奮性ニューロンと抑制性ニューロンがよき例である。これら個性を持った神経細胞は軸索と呼ばれる神経突起を伸ばし,他の神経細胞の樹状突起などと接合することにより電気信号(活動電位)を神経伝達物質による化学信号に変えて情報を伝達する。胎生期には遺伝情報により,また,生後には遺伝情報に加え環境情報に応じて形成された複雑な神経回路は,上述の接合部位・シナプスを介して正常な脳機能の調節・制御のために維持されている。そこで,記憶や学習などに代表される高次機能や精神疾患の病態に関わる神経回路を構成する個々の細胞の役割を知るために,免疫組織化学,電気生理学,細胞分子生物学など多くの手法を用いた研究が進められている。しかし,これらの方法では神経回路に散在する同種の細胞に発現する遺伝子やタンパク質群の機能を網羅的に調べることは容易ではない。

 この問題解決法のひとつとして,筆者らは,近年神経系領域においても神経幹細胞の分離や解析で用いられるようになってきたフローサイトメトリーと呼ばれる技術を,細胞の特性解析や純化の方法として注目している。細胞の大きさや蛍光標識により識別できる細胞群を自動的かつ大量に分取分析できるフローサイトメトリーは,免疫学の分野では古くから浮遊細胞の解析に用いられてきた技術である。ここでは,フローサイトメトリーの特徴とこの技術を用いてマウスの脳組織から標的神経細胞を分離する方法について紹介する。

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お知らせ

ページ範囲:P.150 - P.150

お知らせ

ページ範囲:P.156 - P.156

財団だより/次号予告

ページ範囲:P.171 - P.171

あとがき

著者: 野々村禎昭

ページ範囲:P.172 - P.172

 難病中の難病デュシェンヌ型筋ジストロフィー症は,発症小児男子が成人までに確実に死に至る疾患として両親,特にキャリヤーである母親にとっては苦難の疾患であった。どう攻めてよいかも分らなかった時に,ハーバード大のクンケル博士による原因遺伝子,ジストロフィンの発見は事態を一変させた。治療など夢と考えられていたこの疾患の治療法がいくつか考えられるようになったのである。その中で日本の研究者の貢献も目覚ましいものがある。一つの方法の導入で国際的にも中心的な役割を果たしている武田博士にお願いして,この特集を組んでいただいた。特集はデュシェンヌ型以外の筋ジストロフィーも多少含んでいる。最新の知見を集めようとした結果,テーマ数は予想以上に増えてしまった。原稿の到着は意外と早く,待っていたクンケル教授からの原稿も最後に届き,これでやれやれと思った。

 そして2011年3月11日,巨大地震と未曾有の津波が東北関東の太平洋側を襲った。私は現在,定職を離れ気ままに東大駒場で実験をさせてもらっているが,この時の地震はただごとではないという感じで外へ飛び出した。同室者が車にテレビを持っていたのですぐNHKを見たが,驚いたことに地震のことは一言も言わず,ただ「津波がきます。直ぐ逃げて下さい。高い方へ逃げて下さい」と流し続けていた。2万以上の方々の命を奪ったのは確かに大津波であった。その意味ではNHKはよくやったと思うが,現地の方々は地震による崩壊と断線でテレビなど見られなかったのだ。さらに福島第一原発の事故が,地震,津波に続く第三の広範囲の責め苦としてわれわれにのしかかっている。この原稿を書いている今も,この事故がどうなるかわからない,命がけの修復努力が続けられているが,最小の被害で収束することを祈るばかりである。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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