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雑誌文献

生体の科学62巻6号

2011年12月発行

雑誌目次

特集 コピー数変異

コピー数多型とその解析

著者: 石川俊平 ,   梅田高呂

ページ範囲:P.514 - P.522

 通常,ヒトの細胞には両親から1コピーずつ継承した2コピーの遺伝子を持つと考えられてきた。コピー数多型(copy number variation;CNV)は,ときには遺伝子をまるごと含むような~Mbp程度の大きな領域において,個体によっては1コピー(欠失),3コピーやそれ以上(重複)といったような数の変動がみられる多型である(図1)。がんにおけるコピー数の異常のような体細胞変異とは区別され,基本的に遺伝性,先天性のものを指す。SNPと同様に,疾患のリスクや薬剤応答性といった個人の体質差を生みだす一因とされ,マイクロアレイやその他のデバイスを用いたゲノムワイドな,またターゲットを絞った臨床診断への応用も拡がりつつある。並列型シーケンサによるより高精度の解析法の普及とともに,より拡張されたSV(structural variation:構造多型)と同時に取り扱われる報告も増えてきた。本稿では解析技術の進歩とともに変遷してきたCNVの概要,発生メカニズム,ヒト疾患・形質とのかかわりについて紹介する。

次世代シークエンサーを用いた日本人ゲノム解読による遺伝的多様性の包括的解析

著者: 藤本明洋 ,   中川英刀 ,   角田逹彦

ページ範囲:P.523 - P.528

 近年の著しいシークエンス技術の発展により,個人の全ゲノムのシークエンスが可能となった。驚くことに,2011年8月現在,300Gbp(ヒトゲノムの100倍)の塩基配列データを2週間程度で得ることができる。全ゲノムシークエンスは世界中で活発に行われており,昨年は1000人ゲノムシークエンスの論文が公開された1)。今後もシークエンサーのデータ産出量が増大することは確実であり,全ゲノムシークエンスは次世代の医学,生物学研究において,きわめて重要な役割を担うと考えられる。

 しかしながら,現在のシークエンサーには,読み取り長(リード長)が短い,エラー率が高いなどの問題があり,現在に至るまで解析手法が確立されているとはいえない。そこで,われわれはシークエンサーからのデータの解析パイプラインの確立を目的として日本人1個体の全ゲノムシークエンスを行った2)。なお,本稿では第2世代シークエンサーを次世代シークエンサーと呼称する。

進化とコピー数変異

著者: 竹崎直子

ページ範囲:P.529 - P.534

 コピー数変異(copy number variation;CNV)とは,染色体の構造変異のうち,通常,数kbpから数Mbpにわたる領域の挿入,欠失,重複と定義される1)。この定義はマイクロアレイによるハイブリダイゼーション法の解像度に依存する操作的なものである。ヒトやマウスでは数千ヵ所のCNV領域が発見されているが2-4),より小さなCNVやその他の構造変異についても1000 Genomesプロジェクト5)などで塩基配列決定により調査が進められている。ハイブリダイゼーション法の解像度の向上により,今後さらなる研究の進展が期待される。

 ヒトではCNVは癌や発達障害,神経疾患,免疫疾患6-9)など様々な疾患の原因となることが知られているが,このような有害なCNV以外にもヒト集団には非常に多くのCNVが存在しており,遺伝子領域にも大きな変異をもたらしている。また,CNVはヒトやマウスだけでなく,ショウジョウバエ,トウモロコシ,イヌ,マカク,類人猿10-12)など様々な生物種のゲノムに共通に存在することが知られている。

疾患とコピー数多型アリルとのケース-コントロール関連検定

著者: 大橋順

ページ範囲:P.535 - P.540

 コピー数多型(copy number variation;CNV)とは,1kbp以上の長さをもつゲノム配列の重複や欠失により,そのコピー数に個体差があるゲノム領域のことをいう。もし,CNVがゲノムの機能単位(遺伝子など)を含めば,個体の表現型に様々なレベルで影響を与える可能性があり,実際に,FCGR3B遺伝子のCNVは全身性エリテマトーデス,顕微鏡的多発血管炎,ウェゲナー肉芽腫症の感受性と関連していることが報告されている1)。CNVのコピー数と疾患感受性とが単純に相関する場合は,各個体の二倍体コピー数(二つのCNVアリルのコピー数の和)を説明変数にもつロジスティック回帰分析を行うことで,疾患とCNVとの関連を検討することができる。また,相関しない場合であっても,疾患の有無と二倍体コピー数からなる分割表に対するカイ二乗検定によって,疾患とCNVとの関連を検討することができる。しかしこれらの手法では,ある特定のコピー数をもつCNVアリルのみが疾患感受性と関連する場合に,そのCNVアリルを検出することはできない。本稿では,疾患リスクと関連するCNVアリルを検出するためのケース-コントロール関連解析の理論と手法について解説する。

コピー数変化を使った早期胃癌の進展リスク評価

著者: 杉原洋行 ,   仲山貴永 ,   向所賢一

ページ範囲:P.541 - P.545

 ここでは癌に関連した遺伝子コピー数の後天的な変化を扱うが,われわれはそれをgermlineでの多型とよく似た形で使っている。一般に癌の発生には遺伝子変化がランダムに蓄積する中で,特定の遺伝子セットに変化が出揃うことが必要で,それらが出揃った時点では他の多くの遺伝子変化が共存している。そのため,同じ種類の腫瘍であってもその中の任意の二つが全く同じ遺伝子構成を示すことはない。したがって,個人に固有のgermlineでの多型を親子鑑定に使うように,われわれは個々の腫瘍に固有の遺伝子コピー数変化のパタンを使って,腫瘍間で系譜がつながっているかどうかを推定することができる1)。また,個人の疾患発症リスクを個人に固有の遺伝子多型情報から解析するように,早期癌の進展リスクを個々の腫瘍に固有の遺伝子コピー数変化から評価することもできるのである。

 しかし,もし早期癌が常に進行癌の早期を反映しているのであれば進展は必然であり,そのような研究にあまり意味はないだろう。実際には胃癌のようなわが国に多い癌でも,早期で見つかるものと進行期で見つかるものとが同じ系譜に属しているかどうかは,まだよくわかっていない。かつて小児の神経芽細胞腫の早期発見のために,尿のスポットテストによるマススクリーニングが広く行われていた2)。しかしその後,マススクリーニングで乳児期に見つかる早期の神経芽細胞腫と,1歳以降に見つかる進行期のそれとの間で,染色体構成や予後が大きく異なることがわかった3)。神経芽細胞腫に関しては,早期がんと進行がんが系譜上不連続であるために,早期がんを減らしても進行がんが減らないことがわかり,このマススクリーニング事業は休止を余儀なくされ,現在に至っている。一方,肺の前癌病変(高度異型腺腫様過形成)と肺腺癌との間や,未分化型胃癌での早期癌(印環細胞癌)と進行癌(低分化腺癌)との間には系譜の連続性が示されている4,5)。ただ,胃癌全体としては,早期での治療が進んでいるにもかかわらず死亡数の減少はあまりみられないという6)。このことがどの程度,早期癌と進行癌との間の系譜の不連続性に関係するのかは興味深い問題である。ここでは,われわれがこれまで行ってきた胃癌のゲノムコピー数変化の解析を紹介し,早期胃癌の中のどのようなものが進展しやすい,あるいはしにくいのかについて考えてみたい。

小児内分泌疾患とゲノムコピー数異常

著者: 深見真紀 ,   緒方勤

ページ範囲:P.546 - P.551

 近年,分子遺伝学的解析技術の進歩に伴い,ゲノムコピー数異常が容易に検出されるようになった。これにより,さまざまな単一遺伝子異常症において疾患発症の原因となる微小欠失や重複が同定された。このようなコピー数異常には遺伝子翻訳領域を包含する欠失や重複だけでなく,翻訳領域から離れた領域の異常が含まれる。本稿では,コピー数異常に起因する小児内分泌疾患の例として,SHOX異常症とアロマターゼ過剰症について概説する。

発がん遺伝子METのコピー数多型と予後

著者: 奥田勝裕 ,   佐々木秀文 ,   藤井義敬

ページ範囲:P.552 - P.555

 近年,分子標的治療が個別治療法として注目されるようになってきており,様々ながんにおいて発がん遺伝子や治療に対する標的遺伝子の解明に向け研究がなされている。発がん遺伝子の活性化を起こす機序としては遺伝子増幅や突然変異などが知られており,発がん遺伝子が活性化されることにより細胞増殖・浸潤・遠隔転移などが起こることが知られている。本稿では肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor;HGF)を特異的リガンドとするMET遺伝子のコピー数多型について最近の知見を概説したい。

乳がんにおけるコピー数変異

著者: 斉藤広子 ,   三木義男

ページ範囲:P.556 - P.559

 乳がんは女性の間では世界的にも最も発生頻度が高いがんで,分子生物学的解析の進歩によりこれまでに乳がんの発生・進展に関与する多くの遺伝子が解明された。乳がんは臨床的経過をみても多様性の大きな病気で,多数の遺伝子からなる複雑な機能調節ネットワークによってその発生・進展が制御されていることは容易に推測される1,2)。また,乳がんを含む複数のヒトがんにおいて,その生物学的特徴を規定する因子の一つとしてゲノムDNAの過剰,欠失,増幅などのコピー数変異(DNA copy number alterations;CNAs)が重要である。comparative genomic hybridization(CGH)法は,全染色体を対象にしてこのような不平衡ゲノム異常のパターンを解析するために広く使われている3-5)。最近の研究ではがん細胞ゲノムの膨大な複雑さを示すために,より分解能の高いアレイベースのCGHを使用し,欠失,逆位やコピー数変異のようなゲノム変異の詳細な検出が進み,さらにその網羅的遺伝子発現解析結果とも併せ,がんの発生・進展における重要な役割の理解が進んできた6,7)

 CGH法では腫瘍および正常組織からのゲノムDNAが,DNA配列プローブを含んでいるマイクロアレイへハブリダイゼーションする。その結果,得られた結合DNAシグナル強度の腫瘍/正常の比率を算出することによって,全がんゲノムにわたるDNAコピー数変異(CNAs)の高解像度分析結果を提供する。現在,市販のCGHアレイと一塩基多型(SNP)アレイ(一塩基多型のみならず,遺伝子コピー数やヘテロ接合性喪失(LOH)の検出が可能)は数十万から数百万ものオリゴヌクレオチドプローブを含み,超高解像度ゲノムプロファイルを生み出す9,10)。このような状況のなか,Kweiらは乳がんのゲノムプロファイリングで,DNAコピー数変異の三つの特徴的なパターンを報告した11)。この知見を中心に,乳がんにおけるDNAコピー数変異を概説する。

有棘赤血球舞踏病におけるVPS13A遺伝子のコピー数変異

著者: 富安昭之 ,   中村雅之 ,   佐野輝

ページ範囲:P.560 - P.564

 有棘赤血球舞踏病(chorea-acanthocytosis;ChAc)は,口腔周囲や四肢躯幹の舞踏運動を中心とする不随意運動と末梢血有棘赤血球症が成人期に発症するまれな遺伝性神経変性疾患である1)。不随意運動としては主に口腔周囲のジストニア,ジスキネジアが強く,多くの患者で自咬症を認める。神経病理学的には尾状核・被殻および黒質に選択的な神経細胞の変性脱落を認め,MRIでも尾状核頭部に萎縮が強く認められ,このような所見はハンチントン病のものと非常に類似している。その他の臨床症状としては,皮質下認知症や強迫症状などといった精神症状,全般性強直間代発作などのてんかん発作,末梢神経障害,ミオパチーによるCKの上昇などを認めることがあり,なかには拡張型心筋症の合併も報告されている。このように症状は多彩で,発症年齢も大きな個人差がみられている。鑑別診断としては,舞踏運動を呈するハンチントン病,神経症状と有棘赤血球症を呈するMcleod症候群,βリポタンパク欠損症が挙げられるが,それぞれ遺伝子診断や血液型物質Kell抗原の検索,βリポタンパクの測定を行うことにより鑑別は可能である2-5)。ChAcの確定診断には遺伝子診断が必要であるが,点変異以外にも遺伝子内にコピー数変異にCNV(copy number variation)に相当すると考えられる大きなdeletionやduplicationが潜んでいることがわかってきた6)。この稿では,単一遺伝子上のCNV解析の例として,有棘赤血球舞踏病病因遺伝子についてわれわれが行った解析6)について解説する。

DNAコピー数異常に基づいたテント上グリオーマのサブグループ分類

著者: 廣瀬雄一

ページ範囲:P.565 - P.569

 脳腫瘍とは頭蓋内に発生する新生物の総称であり,したがってその発生起源となる細胞は脳を構成するニューロン,グリア細胞のほか,神経鞘細胞(末梢神経である脳神経を覆う),髄膜,血管,骨および頭蓋内には存在しないはずのリンパ組織や生殖細胞に由来する腫瘍も含まれる1)。したがって脳腫瘍は組織学的に非常に多岐にわたる腫瘍を含むものであり,遺伝学的異常も様々なものがあると考えられている。ただし,手術による根治あるいは臨床症状進行の抑止が可能な良性腫瘍に関しては遺伝学的解析の有用性が乏しいため,遺伝学的異常に関する知見の多くは治療困難な神経膠腫(グリオーマ)を対象としたものであり,そのなかでも最も悪性度の高い膠芽腫に関するものが大部分を占める。

 そもそもグリオーマの治療方針は病理組織学的診断によって決定されるが,同一の診断分類に含まれていても症例間に臨床経過や治療反応性が異なることがまれならずあり,組織診断の方法に問題があるのではないかということは病理診断医からも問題提起されてきた2)。すなわち腫瘍の発生起源や悪性度の判断が病理医の間で必ずしも一致しないことがあり,また,診断そのものが困難である症例も多いことが治療方針の決定のうえで問題であり,これを解決すべく組織学的に観察すべき点を明確にして,壊死,核異型,分裂像,血管増生の有無により簡易に腫瘍の悪性度を判定する試みなど,形態学的分類による予後判定の発達が追求されてきた3)

特発性正常圧水頭症のリスク遺伝子の探索―SFMBT1遺伝子のsegmental copy number loss

著者: 伊関千書 ,   和田学 ,   加藤丈夫

ページ範囲:P.570 - P.573

 特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus;iNPH)は脳脊髄液の循環動態の異常により歩行障害,認知機能低下や排尿障害などをきたす高齢者の疾患である1)。クモ膜下出血や髄膜炎などの先行疾患がある二次性正常圧水頭症と異なり,iNPHは“特発性(idiopathic)”という語が示すように,現在でもその病因・病態は不明である。神経病理学的検索でもiNPHの病理像は症例ごとに多様であり,iNPHに共通する神経病理学的所見は得られていない1)。したがって,基礎となる病因・病態は多様である可能性があり,最終的に脳脊髄液の循環障害をきたして脳室拡大や神経症状を惹起するという“multietiological clinical entity”仮説が提唱されている。一方,われわれはiNPHと全く区別のつかない臨床像と脳MRI所見を呈するNPHの大家系(家族性NPH)を報告した2)。この家系では3世代にわたり8人の発症者がおり,常染色体優性遺伝形式で病気は伝播していることが示唆された。このことはiNPHと区別のつかない臨床像を惹起するのに一つの遺伝子(あるいは一つのゲノム領域)の突然変異で十分である可能性を示唆している。iNPHは孤発性疾患であるが,上記のように“家族性NPH”が存在する事実は,iNPHの病因・病態にも遺伝的要因が関与している可能性が考えられる。しかし現在まで,iNPHの発症リスクとなる遺伝子多型は明らかにされていない。

 遺伝子多型にはそのサイズにより微小なものから粗大のものまで種々の多型がある。最も微小な遺伝子多型は一塩基多型(single nucleotide polymorphism;SNP)であり,これは個々人により一塩基のみ異なる多型である。最も粗大な遺伝子多型は染色体再構成であり,染色体の一部が欠失・重複・転座したりするもので,光学顕微鏡でも観察可能である。SNPと染色体再構成の中間のサイズがコピー数多型(copy number variation;CNV)であり,最近,多くの孤発性疾患とCNVとの関連が注目されている3-6)。われわれはiNPHとCNVとの関連についてゲノムワイドに解析を行い興味深い結果を得たので,以下に記載する7)

連載講座 老化を考える・8

クロトーマウスにみる肺の加齢変化と呼吸器疾患

著者: 石井正紀 ,   山口泰弘 ,   大内尉義

ページ範囲:P.574 - P.580

 呼吸器系は形態および機能上,加齢による影響を最も顕著に受ける臓器系の一つである。肺を取り囲む胸郭や骨格筋の加齢変化も加わって,例えば日本呼吸器学会の集めた健常な日本人の統計では,20歳台男性の平均肺活量4.96lに対して,70歳台男性の平均肺活量は3.22lになる。身長の要素を除いても,肺活量はおよそ20ml/年のスピードで低下する1)。あわせてCOPDや肺炎,肺癌など多くの呼吸器系疾患が加齢に伴って増加する。

 しかし,肺は外界に直接開口しているため,加齢に伴って生じる生理的老化と喫煙や粉塵などの暴露によって修飾される病的老化をヒトで区別することは極めて困難である。また,ヒトで肺の老化を縦断的に研究する場合には少なくとも40年以上の年月を必要とし,一人の研究者が反復して検討することは困難である。そこで,ヒトの肺の老化の特徴を呈する動物モデルが研究のために重要である。Klotho(クロトー)遺伝子ホモ欠損マウス(クロトーマウス,Klothoマウス)は,約4週間という短期間のうちに骨粗鬆症,動脈硬化,性腺の萎縮,異所性石灰化,皮膚の萎縮などヒトの老化兆候に似た表現型を呈する。本稿では,われわれによるKlothoマウスの肺の解析を通して肺の生理的老化である老人肺について概説し,さらに肺の老化に関する今後の展望を述べたいと思う。

解説

タンパク質の核移行阻害剤―ポリグルタミン病の分子標的治療

著者: 辻省次 ,   伊達英俊

ページ範囲:P.581 - P.586

 病因遺伝子の翻訳領域に存在するポリグルタミン鎖をコードするCAGリピートの異常伸長が遺伝性神経変性疾患の発症原因となっていることが初めて見出されたのは,1991年の球脊髄性筋萎縮症(spinal and bulbar muscular atrophy;SBMA)の病因遺伝子(アンドロゲン受容体)の発見であった1)。次いで,ハンチントン病においても同様の機序が発見されたのが1993年であった2)。これらの発表を契機に,ポリグルタミン鎖をコードするCAGリピートの伸長が数多くの神経変性疾患の発症原因として発見され,これまでに9疾患でCAGリピートの異常伸長が見出され,ポリグルタミン病と総称されるようになった(図1)3-15)

 伸長ポリグルタミン鎖によってもたらされる神経変性の分子機構については,in vitroの研究,細胞を用いた研究,モデル動物を用いた研究などにより,その解明が急速に進んできている。最近の研究では,ポリグルタミン鎖を含む変異タンパクが凝集体を形成する過程で,強い細胞障害を示すことが示されている。トランスジェニックマウスの解析で,神経症状を示すにもかかわらず細胞死が観察されないことから,「神経細胞死」というよりは「神経細胞の機能障害」という考え方が有力になってきている16,17)。さらに,同様にトランスジェニックマウスを用いた研究で,変異huntingtin遺伝子の発現を遮断すると凝集体が消失し,表現型まで改善することが示されたこと18)が注目される。

ヒト全エクソンシーケンスによる希少疾患ゲノム解析

著者: 細道一善 ,   井ノ上逸朗

ページ範囲:P.587 - P.591

 われわれがヒト表現型を理解するうえでゲノム多様性を知ることはきわめて重要である。2007年のJ. Craig Venterのゲノム配列決定以降,個人のゲノム配列が次々と決定され,さらに1000ゲノムプロジェクトの進展とともに各集団におけるrare variantも明らかとなってきている。これは,ひとえに次世代シークエンサーを駆使したパーソナルゲノム配列解析技術の高速化によって,個人ゲノムが数日で決定できることが可能となったことによるものであり,ゲノム研究はいわゆるパーソナルゲノム時代を迎えている。パーソナルゲノム研究の進展はテーラーメイド医療などのシステム医学への本格的な実用化に直結し,臨床への影響も大きい分野である。筆者らはまず家族性希少疾患を対象とし,全エクソンのシーケンスを進めている。全エクソンは長さとしては全ゲノムの約1%を占めるに過ぎないが,タンパク質に翻訳される領域であることから機能的に最も重要なDNA配列である。本稿では,ここ数年で多くの成果を挙げている全エクソンシーケンスによる家族性希少疾患の原因遺伝子検索について概説する。

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次号予告/財団だより

ページ範囲:P.580 - P.580

あとがき

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.592 - P.592

 今回の特集はコピー数変異copy number variation(CNV)です。個体のゲノムで1kb以上の領域が一対(2個)より増えたり減ったりする現象です。集団の1%以上に見られる場合にはSNPにならってCNP(コピー数多型)と呼ばれるようです。CNPが注目されるようになったのは確かな報告の行われた2004年以後のことだそうですが,今後この方面の研究の拡大が期待されます。本特集の成立にお力をお貸しいただいた執筆者の先生方に心よりお礼申し上げます。

 今年はわが国で大地震,それによる津波,原発事故さらに台風による水害などの大事件が次々と起こりました。世界的に見ても各地で大洪水が起きています。しかも,それらと併進する形で世界を襲っているのが経済不安です。中でもギリシアの財政危機に端を発するEU圏の経済的もろさが露呈するという事態が起こりました。アメリカのドル安と円高が対になって進み,日本経済の先行きも懸念されます。失われた10年が再来するのでしょうか。他方,アフリカ北部のアラブ諸国では長く続いた独裁政権が次々と倒れるという世界史規模の大事件が起こりました。来年以後このような世界情勢がどのような展開を見せるのか目が離せません。「生体の科学」は引き続きがんばっていきますので,ご期待ください。

生体の科学 第62巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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