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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学63巻1号

2012年02月発行

雑誌目次

特集 小脳研究の課題(2)

特集に寄せて

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.2 - P.2

 『生体の科学』本号では,昨年の62巻4号に続き小脳研究を再び特集課題として取り上げた。現代の脳科学では,ニューロンに関する分子細胞レベルの知見の集積と,脳の神経回路網についてのシステム的な理解の進歩が平行して進行している。われわれはどこかでこの二つの道が合流し融合して,脳の完全な理解に導くと固く信じているが,そうなるにはまだまだ多くの進歩が必要であろう。

 そのような路線をひた走ってきた小脳研究の今後の発展は,これからの脳研究全体の成功の試金石であるといっても過言ではないだろう。

まだ解かれていない七つの小脳の基本的研究課題

著者: 永雄総一 ,   山崎匡

ページ範囲:P.3 - P.10

 小脳の研究の歴史は19世紀の損傷実験に始まるが,当時から学習と関連する代償機能が注目されていた。微小電極による電気生理学の手法で,小脳皮質の神経回路が明らかになるとともに,計算理論の視点からMarrやAlbusによる運動学習の仮説が提出された。次に,この仮説を検証するために,伊藤らは眼球運動の適応の実験パラダイムを導入し,小脳片葉で運動学習の原因となるシナプス伝達可塑性の長期抑圧を発見した。長期抑圧の分子機構とその生理学的意義は,小脳の研究の現在のトピックスである。本稿では,これまでの小脳の研究のターニングポイントの時期に書かれた小脳のモノグラフを参考にしてこれまでの研究の流れを概説し,現在もなお未解決である基本的な小脳の研究課題を7項目にまとめ,そのポイントを論じる。

孤児受容体が明らかにした新しいシナプス形成原理―Cbln1とGluD2

著者: 柚﨑通介

ページ範囲:P.11 - P.19

 神経回路の基本的な機能は,シナプスを介した情報の伝達と貯蔵にある。したがって,シナプスがどのように形成され,そして神経活動に応じて改変・維持されるかという問題は神経科学の中心的課題の一つである。近年,NeurexinやNeuroliginなどのシナプス形成・維持を制御する分子群(シナプスオーガナイザー)が数多く同定された。精神発達遅滞や自閉症などの数多くの精神神経障害がシナプスオーガナイザーをコードする遺伝子の異常に起因することも明らかになってきており,これらの分子群の機能を解明することの重要性が示されている1)

 小脳は神経回路とともに,個体レベルにおける回路の入出力と行動との関係が最もよくわかっている中枢領域の一つである。小脳失調を示す突然変異マウスや遺伝子欠損マウスも多く存在し,これらのマウスを解析することによって,小脳神経回路のシナプス形成原理についてさまざまな知見が得られている2)。本総説では,平行線維-プルキンエ細胞シナプス形成機構に焦点を当て,特に近年飛躍的に進展を遂げたCbln1によるシグナリングを中心に簡単にまとめる。各分子についてのより詳しい解説については他の総説を参照いただきたい3,4)。さらに,「小脳研究の課題」という特集であることを踏まえ,この研究分野における課題についても考察する。

小脳回路形成の分子機構

著者: 桝正幸

ページ範囲:P.20 - P.25

 小脳は比較的少ない種類のニューロンが整然とした構造を作るため,神経回路形成の研究に適している。さらに,小脳回路に異常が生じると運動失調という目立つ症状が出現するものの致死にはならないため,多くの突然変異もしくは遺伝子改変による小脳回路異常モデル動物が見出され,その発生機序が研究されてきた。一般に,神経回路は神経細胞の分化,移動,軸索ガイダンス,シナプス形成の過程を経て形成されるが,小脳回路は上記の利点を活かした多くの研究により,理解がもっとも進んでいる脳部位の一つである。本稿では,小脳回路形成を制御する遺伝子や分子のうち最近トピックスになったものを取り上げ,複雑な神経回路がどのように形成されるかを概説する。

小脳プルキンエ細胞樹状突起活動のin vivoイメージング

著者: 喜多村和郎 ,   橋本浩一 ,   狩野方伸

ページ範囲:P.26 - P.33

 近年のイメージング技術の進歩により,生体内における神経活動をリアルタイムで直接捉えることが可能となっている。特に,2光子励起顕微鏡と分子プローブを用いた神経細胞内Ca2+動態イメージングは,個々の神経細胞レベルから細胞の微細構造(樹状突起,軸索)レベルまでの活動を計測できる方法として広く用いられるようになっている。本稿では,これらの技術を用いて解析された小脳プルキンエ細胞樹状突起活動の特徴について,筆者らの成果を中心に最近の知見を概説する。

小脳の新しい学習機構:運動学習の記憶痕跡のシナプス間移動による記憶の固定化

著者: 永雄総一

ページ範囲:P.34 - P.41

 日常用いる運動の技の大部分は,訓練を積み重ねることによって脳が学習し記憶したものに由来する。子供のときに何日もかけて訓練し自転車に乗れるようになると,生涯にわたって乗ることができるのがその典型例である。訓練を繰り返すことによって脳に学習が起こり,運動記憶が形成され,それがさらに長期記憶に固定されて使われる。Marr-Albus-Itoの仮説1-3)は,運動記憶のもとになる運動学習の原因が小脳皮質の神経回路のシナプス伝達可塑性であることを示唆するが,眼球反射の適応や瞬膜反射の古典的条件付けを使った実験結果の多くはこれを支持する。さらに,筆者は最近,新たに眼球反射の長期適応のパラダイムを開発し,数時間の学習により小脳皮質に形成された運動記憶の痕跡は,学習を繰り返すと小脳皮質の出力先である前庭(小脳)核の神経細胞に移動し,長期記憶として保持されることを発見した。本稿ではこの記憶痕跡のシナプス間移動について解説する。

TMSによる小脳研究―現状とその将来性

著者: 代田悠一郎 ,   寺尾安生 ,   宇川義一

ページ範囲:P.42 - P.50

 経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation:TMS)は1985年にBarkerらにより初めて報告された非侵襲的脳刺激法である1)。TMSを用いた研究の利点は特定のヒト脳部位を非侵襲的に刺激できることにあり,画像研究その他にはない情報を得ることができる。さらに,反復経頭蓋磁気刺激(repetitive TMS:rTMS)を行うことにより長期増強や長期抑圧に類似する大脳興奮性変化が生じることも知られており,神経・精神疾患の治療応用という点からも注目されている。現状ではTMS研究の多くは大脳皮質に関するものであり,小脳に対するTMSにおいては大脳皮質に対するTMSとは異なる配慮が必要な面がある。本稿ではまず小脳へのTMSの特徴を述べ,次いで,これまでに蓄積されてきたTMSによる小脳刺激検査の知見を一次運動野(M1)興奮性との関連を中心に議論する。最後に,将来の展望という点から治療応用についても言及する。

脊髄小脳変性症の分子病態機序と治療への展望

著者: 辻省次 ,   市川弥生子 ,   伊達英俊 ,   後藤順

ページ範囲:P.51 - P.55

 脊髄小脳変性症は運動失調を主症状とする神経変性疾患の総称である。これまで脊髄小脳変性症の病因は不明であったが,1980年代に開始された分子遺伝学的研究の飛躍的発展により,遺伝性脊髄小脳変性症の多くについて病因遺伝子が発見され,神経細胞変性の分子機構の解明が進み,分子標的治療研究が活発に展開されている。一方,孤発性脊髄小脳変性症については現在でもその病因,病態機序は不明であるが,次世代シーケンサーを用いた大規模なゲノム解析研究により,その手がかりが得られるのではないかと期待されている。

 このように脊髄小脳変性症の病態機序に関する研究の成果に基づき,疾患の進行を阻止する根本的な治療法の実現も夢ではないと考えられるようになってきている。近い将来,脊髄小脳変性症の進行を防ぐような分子標的治療法が実現した場合,その効果を臨床治験(clinical trial)により確認していく必要がある。臨床治験をデザインするうえで,脊髄小脳変性症の自然歴,特に症状の進行についての縦断的な前向き研究の蓄積が今後重要になってくる。

連載講座 老化を考える・9

高齢者頭部外傷の特徴と転帰

著者: 宮城知也 ,   服部剛典 ,   森岡基浩

ページ範囲:P.56 - P.61

 高齢者の頭部外傷は,その解剖生理学的特徴から青壮年とは異なった特異的な病態を示す1)。加齢とともに呼吸循環器系の生理的臓器予備力は低下し,それに加えて種々の全身合併症や既往症が増加する。頭蓋内環境においては,(1)脳のコンプライアンスが低下し,少ない外力の圧迫でも容易に挫傷や出血が生じる,(2)脳の萎縮により軽度の外力でも脳が移動し,損傷が生じやすい,(3)脳血管は硬くて弾力性に乏しく,しかも脆弱である,などの特徴を有している2)。そのため,高齢者の頭部外傷の予後は概して不良であり3-5),高齢化社会を迎えた昨今,大きな社会的問題ともいえる。そこで本稿では,高齢者の頭部外傷の特徴や転帰不良の原因を中心に解説する。

解説

日本におけるデュシェンヌ型筋ジストロフィー患者登録システム―国際的な希少疾病データベースモデルとしてのRemudyの取り組み

著者: 木村円 ,   中村治雅 ,   林由起子 ,   西野一三 ,   川井充 ,   武田伸一

ページ範囲:P.62 - P.68

 筋ジストロフィーを含む多くの遺伝性神経・筋疾患は患者数が非常に少ない,いわゆる希少疾病と呼ばれる疾患である。これらの疾患に対する治療薬は希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ:orphan drug,orphanは孤児を意味する)と呼ばれ,難病などの治療で必要性が高いのにもかかわらず,患者数が少ないため開発が困難とされてきた。しかしながら,近年は遺伝性神経・筋疾患の病態解明が進み,その治療薬開発に向けた研究の進歩は著しく,一部の疾患ではすでに臨床試験/治験(以下,臨床試験)が行われるようになり,より病態に近づいた治療薬が開発される時代が訪れている。

 そのうち最も治療薬開発が進んでいる疾患の一つに,デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)が挙げられる。DMDはX染色体に存在するジストロフィン遺伝子が欠損しているために発症する遺伝性疾患1)である。筋ジストロフィーの中でも頻度が高い病型であり,出生男児約3,500人につき1人の割合で発症し,日本では5,000人前後の患者がいると推測される。運動機能が徐々に低下して,10歳ごろに歩行が困難になり,その後呼吸機能低下や心臓機能低下を来す疾患である。これまで,リハビリテーション,鼻マスクなどによる人工呼吸,心機能低下に対するβ遮断薬やACE阻害薬,ARBによる治療,ステロイド治療などにより運動機能の改善,生命予後の改善が図られてきたが,これらの多くは対症療法的な治療であった。しかしながら,近年はより病態に近づいた治療薬開発が行われるようになっている。

書評

Fifty Years of Neuromuscular Disorder Research after Discovery of Creatine Kinase as a Diagnostic Marker of Muscular Dystrophy

著者: 辻省次

ページ範囲:P.70 - P.71

 『Fifty Years of Neuromuscular Disorder Research after Discovery of Creatine Kinase as a Diagnostic Marker of Muscular Dystrophy』は,杉田秀夫先生が1959年に進行性筋ジストロフィーの特異的なマーカー血清creatine kinase(CK)を発見されてから50年目という節目の年に,東京都内で開催された国際シンポジウム(50th Anniversary Symposium. Discovery of Serum Creatine Kinase as a Diagnostic Marker of Muscular Dystrophy. 2009年1月9-10日)を武田伸一氏が監修された報告記である。

 この本は二つのパートから構成されている。一つは,杉田先生が綴るCK発見の歴史とわが国の筋肉病学に対するメッセージである。もう一つは,“Sugita Schuleの人々”と呼んでもよいと思われる,日本の筋肉病学を担ってきた現役の研究者たち,およびDr. Bushby,Dr. Kunkel,Dr. Hoffmanら,杉田先生と親交の深い国際的な筋肉病学者の寄稿による珠玉の論文集からなる。

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次号予告/財団だより

ページ範囲:P.69 - P.69

あとがき

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.72 - P.72

 本号では「小脳研究の課題(2)」と題して7編の総説による特集を組むことができました。15名の執筆者に厚く御礼申し上げます。もし,さらに機会があれば『小脳研究の未来展望』とでも題して,これから先どのような発展が期待できるのかを論じたいのですが,今回は,永雄・山崎両氏がまだ解かれていない小脳の課題という形で基礎的な問題を論じて下さいました。

 その一つは,小脳が運動だけでなく認知機能にも関与しているという可能性で,最近かなり認められるようになりましたが,一方では,運動情報と認知情報がどのようにして同じ小脳の神経回路で処理されるのかという問題につながり,これは考えてみれば不思議です。小脳は元々運動情報の処理のために発達したのが,進化の過程で身体についた知識(embodied cognition)の処理に拡張され,さらに言語のような知識情報の処理にも拡張されたのではないかと疑われているのが現状です。しかし,物理世界で働く運動情報と心的世界で働く知識情報の間にはまだ超えることのできない大きな溝があり,これを超えるにはアインシュタインが質量とエネルギーを等式で結んだような革命的なことが必要なのでしょう。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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