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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学63巻6号

2012年12月発行

雑誌目次

特集 リンパ管

リンパ管研究の最近の動向

著者: 平島正則

ページ範囲:P.542 - P.548

 2004年3月に,リンパ浮腫を専門とする循環器内科医Rockson(スタンフォード大学)とリンパ管研究に分子生物学を持ち込んだ研究者Alitalo(ヘルシンキ大学)が協力して,「リンパ管の機能と病気に関する分子機構」に関するゴードン会議が初めて開催された。隔年でこれまでに5回開催され,リンパ管発生,リンパ浮腫,腫瘍リンパ管新生とリンパ節転移,免疫・炎症とリンパ系,脂質代謝などに関する分子生物学的研究が報告されている。本稿では,これらのトピックを中心に最新のリンパ管研究について概説する。

リンパ管形態学の最近の進歩

著者: 大谷修

ページ範囲:P.549 - P.554

 リンパ管は過剰の組織液を吸収し,途中リンパ節を経由して血液循環系に戻すことにより体液の恒常性を維持する。リンパ節ではリンパとともに運ばれてきた抗原性物質に対して免疫応答を開始する。さらに,小腸のリンパ管は脂肪や脂溶性ビタミンを運ぶ。

 本稿では,第1に1622年Aselliがリンパ管を発見して以来のリンパ管研究の歴史を概観する1,2)。第2にリンパ管の構造に関する最近の進歩を概観する。リンパ管は器官特有の形態と分布を示す3)。そこで,第3に横隔膜と胸膜,脊髄神経根周囲の硬膜外表面および肝臓のリンパ管の形態と分布について述べる。

リンパ管形成におけるAspp1の役割

著者: 平島正則

ページ範囲:P.555 - P.560

 ASPPは線虫から脊椎動物まで保存された細胞内ファミリータンパクである。ASPPは最初に明らかにされた機能的側面からApoptosis Stimulating Protein of p53と名付けられたが,タンパクのドメイン構造を示すAnkyrin repeats, SH3 domain, and Proline-rich region containing Proteinの頭文字でもある1)。このファミリーは互いに相同性配列を有するASPP1とASPP2,N末端領域が欠失しているiASPP(inhibitory ASPP)2)で構成される(図1)。本稿では,ASPPファミリータンパクが関与する分子経路とモデル動物を用いた解析結果を概説することを中心に据え,リンパ管形成におけるASPP1の役割について現在までに得られた知見を紹介する。

疾病病態とリンパ管の関連:リンパ管新生のナノ技術アプローチ

著者: 平川聡史

ページ範囲:P.561 - P.563

 生体において血管は極めて重要な器官であり,血管が破綻すれば組織レベルにとどまらず,個体および生命は危機に直面する。一方,血管とともに脈管系を形成するリンパ管は不明な点が多く,その重要性は容易に体感できるものではない。しかしながら,リンパ管も生体機能を維持するうえで必須の器官であり,循環動態の恒常性を保つうえでは極めて重要である。そこで本項では,① 生体におけるリンパ管の重要性,② 分子生物学によるリンパ管研究の発展,③ 病的環境における「リンパ管新生」,④ リンパ管研究が目指す新たな方向性について言及したい。

病態時のリンパ管新生を制御するプロスタノイドの役割

著者: 馬嶋正隆

ページ範囲:P.564 - P.571

 リンパ管は血管とともに生体内の恒常性の維持や免疫応答など生理的に重要な役割を担っているだけでなく,炎症や悪性腫瘍の転移などの病的状態にも深く関与している重要な器官である。その存在は100年以上前から明らかにされていたにもかかわらず,本格的に生体内生成機構の解明や生体内機能調節に関する研究が進み始めたのはここ10年ほどであり,現在も次々に新しい発見が続くホットな研究領域である。がん治療に伴う二次性のリンパ浮腫に悩む患者の数は多く,保存的な治療も精力的に試みられてはいるが,現在でも同病態の本質的な治療方策は乏しく,病態時のリンパ管新生を制御する生体内活性物質の解析と治療への応用研究の必要性は極めて大きい。

 本稿では,病態時のリンパ管新生を増強する生体内活性物質プロスタノイドの役割について,われわれの成績を中心に最新の知見を紹介したい。

リンパ管の形成におけるTGF-βスーパーファミリーシグナルの役割

著者: 吉松康裕 ,   渡部徹郎

ページ範囲:P.572 - P.576

 近年,リンパ管新生を調節する液性因子として血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)C/DやVEGF-Aなどをはじめとしたリンパ管新生を促進する因子についての研究の進展が目覚ましいが,抑制因子となるとまだあまり報告がない。これまでにtransforming growth factor(TGF)-βとinterferon-γがリンパ管抑制因子として報告されている。本総説ではリンパ管形成におけるTGF-βの役割について概説したい。

集合リンパ管の再生とリンパ流の効果

著者: 大橋俊夫 ,   河合佳子 ,   伊古美文隆

ページ範囲:P.577 - P.583

 リンパ管系は微小循環という視点から見ると,生命維持の基本である内部環境の恒常性維持のために毛細血管・細静脈が血流を介して行っている物質交換の補助的器官であるが,内部環境の生体防御のための恒常性維持という視点,すなわち免疫機構の観点から見れば,リンパ管系こそが真にその機能の王道としての働きを担っている。最近,その免疫機構のうち,特に自然免疫機構の維持に細静脈-組織間隙-リンパ管系を通る血漿アルブミンの再循環機構1)や微小リンパ管壁2,3)やリンパ節4,5)を介するリンパ液のアルブミン濃縮機構の役割が注目され,その生理・病態生理学的意味付けの解明が進んでいる。

 一方,本特集の主題である腫瘍や炎症肉芽組織形成における毛細リンパ管新生現象は,その制御因子である成長因子vascular endothelial growth factor(VEGF)CのAlitalo6,7)らの発見に触発され,現在,世界中で活発に研究が行われている。その反面,臨床医学的に多用されている癌の転移したリンパ節やそれに結合した輸入や輸出の集合リンパ管の郭清後におけるその集合リンパ管の再生,あるいはリンパ流路の再疎通の仕組みについての解明はほとんど行われていなかったのが現状である。そこでわれわれの研究グループはここ十数年来,① リンパ節摘出後のリンパ流の再疎通現象8),② 集合リンパ管の再生機構の解明9),③ 集合リンパ管の遺伝子発現を介した生理機構に及ぼすリンパの流れ10,11)の影響について体系的に解析してきたので,本稿ではその研究成果についてわかりやすく解説したいと考えている。

胸管を形成するリンパ内皮細胞の由来とそれを解剖学的構造へ導くメカニズム

著者: 磯貝純夫 ,   下田浩

ページ範囲:P.584 - P.591

 胸管の損傷は乳糜胸症など重篤な合併症を引き起こすことから,癌転移に伴う胸部外科的処置などで変異に富んだ胸管の分布形態には特別な注意が払われるようになった。MRI技術の進歩は造影剤を用いず比較的容易に生体で胸管を三次元的に映像化することを可能とし,その重要性は増している。これらのなかに先天的な胸管の形態形成異常を思わせる症例が含まれており,その解析が行われつつある。しかし,胸管をはじめとする集合リンパ管の形態形成メカニズムは全くわかっていない。リンパ管内皮細胞の起源については大静脈から発芽するとした遠心説と,由来不明の間充織細胞が囊胞を形成して合流し静脈へ二次的に交通するとした求心説,さらにこれらの折衷説がある。分子発生学的な根拠から最近の研究者の多くは遠心説を支持するが,集合リンパ管系の解剖学的構造の形成過程とメカニズムを詳細に探るとき具体性を欠く。遠心説を支持する研究者は末梢リンパ管網からのリモデリングを集合管形成のメカニズムとして挙げるが,発生初期にリンパ流が起こす“ずり応力(shear stress)”がリンパ管内皮の分化とリンパ管内皮あるいはその前駆細胞を解剖学的構造へ誘導するとは考えにくい。“脊椎動物のリンパ管の内皮は何に由来し,どのようなメカニズムで胸管(集合管)の解剖学的基本構造を作り上げていくのか”リンパ管研究のための新しいモデル動物小型魚類を用いてこの謎に挑む。

解説

霊長類の大脳皮質視覚野と連合野で顕著に発現する遺伝子の機能的意義

著者: 山森哲雄

ページ範囲:P.592 - P.598

 大脳新皮質(以下大脳皮質と略記)は6層構造からなる哺乳類固有の構造である。最も基本的な問題として,大脳皮質は全体として機能するのか(全体論),それとも機能的な領域に分けられるのか(局在論)という議論があったが,まず解剖学的解析から組織学的構築が大脳皮質の各部域ごとに異なることが明らかになった1-3)。このなかで特に有名なのはBrodmannの一連の研究であるが,彼は50以上の哺乳類の大脳皮質の細胞構築像を調べ,その結果52の基本的構造があり,ヒトでは48領野に分けられることを示した1,4)。Brodmannらによって大脳皮質の各部域が異なる組織構築の違い(領野)が示されてからも,しかし,なお半世紀ほどはそれらの機能的意義はよくわからなかった。一方,生理学的な機能の局在を探る研究から,HubelとWieselらの一次視覚野での研究に引き続いて大脳皮質各領野で機能的局在が次第に明らかになり5),大脳皮質領野の解剖学的研究と生理学的研究が統合されたことにより,大脳皮質の研究がここ半世紀余りの間に急速に進んだ。

 大脳皮質は複雑に折れ曲がった皺を形成し,頭蓋の中に収容されている6層構造から成る1枚のシートである。各感覚系からの入力は視床を介して大脳皮質で統合される。大脳皮質で統合整理された情報は最終的に運動野に送られ,運動野からの下降路を経て筋肉へと出力されることにより運動行動へと変換される。したがって,大脳新皮質領野は感覚情報の入出力を統合制御するのに重要な役割を果たしている。

生きた細胞の光学的研究で解明されたこと

著者: 寺川進

ページ範囲:P.599 - P.605

 光学的研究には幅広いものがあるが,ここでは光学顕微鏡法を神経細胞と分泌細胞の動態の研究に用いたものについて触れたい。筆者の行ってきた研究と,筆者が注目してきた研究について,どのようなことがわかったのかという点を中心に,その背景と意義についてまとめてみた。

仮説と戦略

自律神経系の形成における血管の役割

著者: 齋藤大介 ,   高橋淑子

ページ範囲:P.606 - P.611

 われわれの体には,外部環境の変化(ストレス)によって一時的に体温や血圧などが変化しても,じきにそれらを元の状態へと戻す能力が備わっている。このような機能はホメオスタシス(恒常性の維持)と呼ばれ,生命を維持するうえで欠かせない。ホメオスタシスを実際的に調節する組織は効果器としての心筋,内臓平滑筋,血管平滑筋,および立毛筋などであり,これらが適切に働くこと(収縮や弛緩・拡張など)によって,血流量や代謝などが制御されている。効果器の働きを上流で制御しているものとして,自律神経系と内分泌系がある。自律神経は神経伝達物質を,また,内分泌器官はホルモンを標的器官に届けることでその制御を行っている。つまり自律神経系と内分泌系はホメオスタシスの司令塔といってよい。なかでも重要な役割を果たすのが交感神経(sympathetic neuron)と副交感神経(parasympathetic neuron),そして内分泌器官と交感神経の両方の性質を併せ持つ副腎(adrenal gland)である。本稿では,交感神経と副腎が胚発生の過程でどのように作られるのかについて,われわれが見出した最新の知見を中心に概説する1)

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次号予告/財団だより

ページ範囲:P.613 - P.613

あとがき

著者: 野々村禎昭

ページ範囲:P.614 - P.614

 リンパ管は生体内では重要な役割を果たしているのにもかかわらず,可視しにくいということ,また研究者数も少ないこともあって,研究の進歩が親戚ともいえる血管と比べて非常に遅れていた。事実,合衆国のゴードン会議にリンパ管のセクションができたのも2000年代に入ってからである。

 本特集号は,そのようなわが国の数少ないリンパ管研究者に依頼して健筆を奮っていただいた。平島先生には数回開かれたゴードン会議の中から最新の動向を書いていただいた。これで情報の少ないこの領域の最近の様子が理解できる。大谷先生にはリンパ管形態学の現状を歴史的に書いていただいた。リンパ管研究は最近までは形態学が中心だったので研究史を概観できる。リンパ管の形成,新生,再生はリンパ管研究の大きな問題なので,平島,平川,馬嶋,吉松,渡部,大橋ほかの諸先生にはそれぞれの立場からこの問題を扱っていただいた。磯貝,下田先生にはリンパ管起源の研究史を詳しく書いていただいた。リンパ管形成には特に大事な腫瘍形成との関連を書いていただく予定が間に合わず,残念であった。本号が,現在のわが国で読めるリンパ管研究の最高の総説集になったことは喜ばしく,ご執筆の先生方に改めて感謝したい。

生体の科学 第63巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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