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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学64巻1号

2013年02月発行

雑誌目次

特集 神経回路の計測と操作

特集によせて

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.2 - P.2

 神経細胞の集団的活動を直接観察し,それらがかかわる神経回路のOn/Offを自由に操作することは,神経科学者の長年の夢でした。

 近年,様々な蛍光色素,2光子レーザー顕微鏡,オプトジェネティックス(光遺伝学)といった新しい技術の発展によって,この夢が現実に可能なものとなり,神経科学は,旧来からの現象に付随する神経活動の記載の段階から,両者の因果関係を実証できる段階へと発展を遂げようとしています。

報酬に基づく学習にかかわる神経回路の詳細な理解に向けて:オプトジェネティクスおよび新しい神経回路トレーサーの役割

著者: 内田光子 ,   内田直滋

ページ範囲:P.3 - P.8

 脳の様々な機能は,多様な神経細胞(ニューロン)が複雑に結合し合い形成される神経回路がもとになっている。これまで,脳の働きの原理を明らかにするうえで,ニューロンの活動を電気生理学的に記録する実験が重要な役割を果たしてきた。しかし,このような実験で,記録している細胞の種類やシナプス結合している相手を知ることは技術的に困難であり,神経回路レベルでメカニズムを理解する妨げとなってきた。近年,電気生理学的手法とオプトジェネティクス,およびウイルスを用いて神経回路を標識する方式を組み合わせることにより,このような限界が克服されようとしている。本稿では,このような新しい方法を用いて行った,動物が報酬に基づいて学習するメカニズム(強化学習)に関する研究を紹介する。

 単一ニューロンの活動を記録すると,脳のいろいろな領域が異なった活動を示すのに加えて,一つの領域からも様々な活動が記録されることに気がつく。一つの脳の領域は,通常,様々な細胞種の集まりである。それぞれの細胞種は例えば,神経伝達物質や遺伝子発現によって分類することができる。あるいは,発現している分子や細胞形態がそっくりであっても,その投射先や受けるシナプス入力が違っているかもしれない。

単一スパインでの情報伝達の可視化

著者: 西山潤 ,   安田涼平

ページ範囲:P.9 - P.13

 神経細胞間の接続部であるシナプスにおいて,一つの神経細胞は1,000-10,000個の入力を受け,それらの情報を軸索に出力する。ほとんどの興奮性神経細胞の入力はスパインと呼ばれる0.1 fl以下の小さな突起様構造で受け取られ,シナプスにおける情報伝達の機能単位となっている。

 シナプスの長期増強(long-term potentiation;LTP)は記憶・学習の細胞モデルであり,その分子機構はこれまで盛んに研究されてきた。現在では,神経活動に伴ってスパインへCa2+が流入することが引き金となり,Ca2+/Calmodulin kinase Ⅱ(CaMK Ⅱ),Ras,Rho,Rabなどのsmall GTPase,extracellular signal-related kinase(ERK)など,多数の分子が関与することがわかっている。しかし,従来の生化学的手法では時間的・空間的な制約が大きく,一つのスパインに入力された信号がどのような機構でLTPに変換されていくのかほとんど明らかにされていなかった。本稿では単一スパインでの情報伝達の可視化を可能にするイメージング技術の進歩,およびそれによって明らかになったシナプス可塑性の時空間制御機構について述べる。

大脳抑制性神経回路の遺伝学的解析

著者: 谷口弘樹

ページ範囲:P.14 - P.23

 大脳は動物の認知,行動,学習,記憶などの高次機能を担う最も重要な器官であり,また,その特殊機能を反映して高度に複雑で精緻な構造を示す。脳内には数百億もの神経細胞が存在し,それぞれの細胞は軸索を伸ばしシナプスを介して互いに結合し,神経回路網を構築している。ここで重要なことは,神経細胞はでたらめに相手を選び,神経結合を行うのではなく,決められた相手と適切な数,強度のシナプスを形成し,機能的神経ネットワークを作り上げているということである。この宇宙の神秘,複雑さにも負けず劣らない,生物進化の過程で得られた最高傑作とも言える脳の作動原理,構築原理を明らかにすることが神経科学に与えられた大きな課題である。

 大脳を構成する領域のうち,大脳皮質は人間を含む高等哺乳類で最も発達した構造であり,脳の高次機能を司る最上位中枢と考えられている。大脳皮質を構成する細胞は大きく分けて二種類存在する。一つはグルタミン酸を神経伝達物質として用い,結合相手の後シナプス部位で興奮性シナプス応答を引き起こす興奮性錐体細胞である。錐体細胞は長い軸索を伸ばし,大脳皮質内の層,領野間,もしくは大脳皮質-皮質外の脳領域間をつなぎ,情報の受け渡しを行っている。この細胞種は皮質全体の神経細胞のうち約80%を占めると言われている。他方,gamma-aminobutyric acid(GABA)を神経伝達物質として用い,軸索投射先の後シナプス部位において抑制性シナプス応答を引き起こす細胞群が,残りの20%を構成する抑制性神経細胞である。抑制性神経細胞は限局した範囲内に軸索を伸ばし,錐体細胞もしくは他の抑制性神経細胞を神経支配し,局所神経回路を形成している。抑制性神経細胞の機能として考えうる最も単純なものは,神経回路が過剰に活動しないよう興奮性入力とのバランスをとることである。したがって,抑制機能の欠陥はてんかんで見られるような神経回路が無秩序に過活動する状態になりうる1)。このような抑制性神経細胞のバランサー的役割は間違いなく重要な機能の一つであるが,より本質的役割は神経活動を時間的空間的に制御し,個々の神経細胞または神経細胞集団の活動にリズムやパターンを与えることにある2)

トランスシナプス標識法と嗅覚系神経回路への応用

著者: 宮道和成

ページ範囲:P.24 - P.28

 われわれヒトの脳の複雑な機能は,多様に特殊化した神経細胞が自らの特異性を踏まえて互いに連結しあい,無数のシナプス接続を形成することによって支えられている。神経細胞のつながり方を正確に記述することは,そこで行われる情報処理の原理を理解する第一歩である。局所的な神経回路は各細胞の樹状突起・軸索を丹念にトレースすることで予測でき,実験動物の脳切片における電気生理学(最近では光遺伝学も用いられる)により検証できる。さらに電子顕微鏡による高解像度の三次元再構成像が得られれば,完全な接続パターンの理解へとつながる。しかし,脳は複数の領域が協調的に働いて初めてその高次機能を発現する。したがって,数mmからcmに及ぶ長距離の軸索投射が作り出す神経回路を正確に記述することが極めて重要である。しかし,従来の方法(色素の細胞外注入など)は解像度が低く,細胞の種類に特異的な接続パターンを明らかにすることができなかった。

 神経回路を記述する理想的な手法は局所的な神経接続だけでなく,脳の全域におけるシナプス接続のパターンを対象としなくてはならない。さらに,安全性(動物にとって病的な環境を作り出さないこと・実験者にとってバイオセーフティー上のリスクがないこと),汎用性(様々な脳領域,細胞の種類,生物種に用いられること),簡便性(各研究室で容易に実施できること・ハイスループット化できること)も求められる。変異型の狂犬病ウイルス(rabies virus;RV)はこのようなニーズを満たすものである。われわれの開発した手法は,任意の脳領域の遺伝学的に同定可能な神経細胞から出発して,その一段階上流のシナプス前細胞群を特異的に標識できる。この標識は局所的な神経回路に限らず,長距離の軸索を経たシナプス接続をも可視化するものである。本稿では,RVを用いたトランスシナプス標識法の最近の動向を解説し,マウスの嗅覚系をモデルとした神経回路の研究について紹介する。

大脳皮質局所回路でのニューロンのダイナミックな相互作用の観測

著者: 藤澤茂義

ページ範囲:P.29 - P.35

 現在,大脳新皮質の研究において一つの重要な挑戦的な課題は,認知行動学レベルでの「脳の機能」に関する研究と,解剖学・細胞生理学レベルでの「局所回路構造」に関する研究をいかに統合していくかということである。新皮質の機能表現については,認知神経科学的観点から多くの重要な研究がなされている1)。一方,新皮質の局所ネットワーク構造を解剖学的および生理学的に丁寧に解きほぐしていく仕事も,近年大きな進展を見せている2,3)。しかし,このような大脳新皮質の認知機能的側面と局所回路構造的側面の両方同時に焦点を当てていく研究は,まだ十分には行われていない。と言うのは,行動中の動物から局所回路におけるニューロンの相互作用や同期活動を直接的に観測することが困難であるからである4-6)。ところが,近年の電気生理学の技術的進展により,動物が行動中でも大脳皮質でのニューロン群の活動を高密度に記録できるようになり,100個というオーダーの数のニューロンの活動を同時に観測することが可能になってきた7)。これらの手法によって,大脳皮質における機能表現と局所回路計算論を関係づける基盤的知識を得られることが期待されている。大脳皮質局所回路の微細構造の中でいかに様々な種類のニューロン群がダイナミックに相互作用をし,高次機能を実現しているのか。本稿では,この認知行動中における大脳皮質の機能と局所回路構造の関係をいかに明らかにしていくかという課題を考察してみたい。

記憶痕跡の可視化と操作

著者: 松尾直毅

ページ範囲:P.36 - P.40

 記憶は脳内のどこで,どのような形で蓄えられるのであろうか。この素朴で本質的な疑問を解き明かす鍵は“記憶痕跡(memory engramもしくはmemory trace)”にあると思われる。記憶痕跡とは経験・学習により脳内に残された何らかの持続的な変化・足跡と定義することができる。つまり記憶という目に見えない実体の捉え難いものを自然科学の言葉で説明するためには,この記憶痕跡という物質的基盤を理解することが有力なアプローチとなると考えられる。これまでに多くの研究者が記憶痕跡を明らかにするため多様な手法を用いて研究を積み重ねてきたが,近年の分子遺伝学,生理学,行動心理学,イメージングなどの融合的研究により,大きな進展がみられるようになった。本稿では主に齧歯類を用いた最近の研究知見を紹介したい。

神経回路の振動計測と光遺伝学的操作による状態遷移

著者: 虫明元 ,   大城朝一 ,   九鬼敏伸 ,   菊池琴美 ,   小山内実

ページ範囲:P.41 - P.46

 神経系は多数の異なる要素から成り立ち,相互に結合し,機能的に依存しており,さらに可塑性がある。これらの四つの特性を有するシステムは一般的には“複雑系”と呼ばれる。“複雑系”の特徴として,要素の単なる合計でない機能が創発することが知られている。また,神経系は興奮細胞と抑制細胞という拮抗した要素が相互作用するシステムでもある。そのため,細胞レベルから局所回路に至るまで基本的に振動しやすく,実際,神経系には広範に振動が観察される1)。さらに,その神経系は非線形システムであるため,その振動には複雑な相互作用が生じ,例えば“共鳴”や“引き込み”などの現象が認められる。

 振動は相互作用の副産物として随伴している可能性があるが,一方で神経系は振動の特性を巧みに利用している可能性もある。例えば複数の細胞が振動を同期させることで通信する“communication through coherence”という仮説がある2)。しかし振動の特性は有用なものばかりではない。多数の神経細胞の振動が同期し過ぎると,いわゆる“てんかん”の病態にもなる。したがって,振動状態の制御は神経系にとって重要な意義がある。このような振動現象に対してオプトジェネティックス3,4)などの技術の出現により,従来の電気刺激などによる操作方法に比べ選択的な光操作が可能になってきたので,以下に検討したい。

膜電位の可視化

著者: 筒井秀和

ページ範囲:P.47 - P.51

 携帯端末や掃除ロボットの話題が世間を賑わせているように,われわれの生活は様々な電気製品に囲まれ,もはやなくてはならない存在になっている。生き物に目を向けると,そこにも電気現象が関与する「仕組み」がたくさんある。バクテリア,ゾウリムシからヒトまで,運動制御,筋収縮,受精,免疫,細胞分化など様々な局面で膜電位変化という電気シグナルが重要な役割を果たしている。究極は脳・神経機能であろう。神経細胞の複雑なネットワークを神経インパルスが行き交い,そのダイナミックな変化は動物の知的で多様な行動の基礎をなしている。電気製品と生き物とでは電気信号の使われ方が大きく異なる。まず速さ。最新のプロセッサではGHzの周波数でクロックが作動しているが,神経インパルスの時間幅は1ミリ秒程度,周波数ではkHzのオーダーであり,電気製品に比べて6桁も劣る。消費電力はこの逆で,神経細胞が情報処理に使うエネルギーはトランジスタのそれと比較して圧倒的に少ないと見積もられている。また,損傷に対する耐久性も大きく異なる。多くの電気製品では素子や配線がわずか一つ,二つと壊れるとたちまち動作しなくなってしまうが,脳神経機能は非常にロバストで,一部の神経細胞や線維が機能不全に陥ったぐらいでは,通常,大勢に影響はない。そこでは電気シグナルはどのように利用され,極めて柔軟な機能を生み出しているのか。そして,このようなシステムは系統発生や個体発生を通していかに獲得された(る)のか。未知なる世界への扉を少しでもこじ開けようと,膜電位シグナルを可視化するための努力が行われだしてから半世紀以上が経つ。本稿では現在まで続く,この古くて新しい挑戦を振り返る。

オプトジェネティクスによる神経細胞光操作

著者: 酒井誠一郎 ,   八尾寛

ページ範囲:P.52 - P.58

 脳というブラックボックスの中でどのような情報処理が行われているのか調べるため,研究者は回路内の神経細胞を刺激し,それに対する応答を記録するという実験を行ってきた。例えば,ホムンクルスで有名なWilder G. Penfieldの行った実験では,患者の脳領域を電気で刺激し,それに対する患者の応答から運動野や体性感覚野の体部位局在を明らかにした。また,シナプス可塑性の研究では,脳スライスに挿入した電極でシナプス前細胞の刺激を行い,その応答の変化を解析するという方法が長年用いられてきた。しかし,細胞外空間に置かれた電極で刺激を行うと,電場は電解質の溶液中に広がっており,さらに神経回路の内部では多様な神経細胞が混在して突起を伸ばしているので,果たしてどの神経細胞を刺激したのかは結局ブラックボックスの中である(図1A)。オプトジェネティクスは光を用いて細胞種選択的に刺激を行うことを可能にし,このブラックボックスの内部を照らし出す画期的な技術として神経科学に登場した(図1B)。オプトジェネティクスという名称は,オプティクス(光学)とジェネティクス(遺伝学)からの造語である。これは光感受性のタンパク質を遺伝学的手法により細胞に発現させ,光学技術を用いて神経活動を計測あるいは操作することに由来する1)

 本稿では,オプトジェネティクスで最もよく用いられているツールであるチャネルロドプシンChRについて解説し,次にオプトジェネティクスによる神経細胞の光操作をどのように行っているのかについて述べる。また,最新のオプトジェネティクス技術の開発についても紹介したい。

霊長類でのオプトジェネティクス

著者: 木下正治 ,   伊佐正

ページ範囲:P.59 - P.64

 光遺伝学(optogenetics)とは,藻類などで見つかった特定の波長の光によって開閉するイオンチャネルやトランスポーターなどの膜タンパク分子を,遺伝子工学の手法を用いて神経系の特定の種類の神経細胞に発現させ,光によってそれらの神経細胞の活動を亢進または抑制する技術である。中枢神経系の特定の種類の細胞の活動をミリ秒オーダーの時間解像度で制御できることから,神経回路機能の解析手法として過去数年間で爆発的に広まった。特に遺伝子改変動物の作製が比較的容易で,小型の動物であるマウス,ゼブラフィッシュ,線虫,ショウジョウバエなどでは特定の細胞種にこれらの光感受性分子を発現するトランスジェニック動物を作製する,ないしはウイルスベクターを用いて遺伝子導入を行うことで行動を制御することが可能となり,従来は解明が困難だった多くの神経回路機能に関する重要な問題が因果律的な論証を伴う形で解明されつつある1,2,3)

 一方で,より複雑で高次な脳機能の解明を目指す研究者や将来ヒトの疾患治療に向けたトランスレーショナルリサーチを推進する立場からは,このような光遺伝学の技術を霊長類モデル動物においても実現したいと考えるのは自然なことであろう。しかし,現実にはマウスのような小型動物で可能であったことを霊長類で実現することは,それほど容易ではないことが広く認識されつつある。一つには,霊長類では遺伝子改変動物の作製が容易ではないので,ウイルスベクターを用いで遺伝子導入を行う必要がある。そこではトランスジェニック技術とは異なり,遺伝子導入効率が問題となる。巨大な脳を有する霊長類において行動制御を行おうとすれば,広い領域の多数のニューロン群に高い効率で遺伝子導入を行い,光感受性膜タンパク質分子を形質膜に発現させる必要がある。また,行動制御にまで至らなくても,特定の細胞種のみに光感受性タンパク質を発現させることができれば,記録している細胞種の同定に使うことができる。しかし,特定の神経細胞種に選択的に遺伝子を発現させるためには,プロモーターの選択が重要であるが,現在汎用されているレンチウイルスやアデノ随伴ウイルスベクターでは,搭載できる遺伝子配列の長さに限界があることから,トランスジェニック技術を用いて可能になっているような細胞種特異性を発揮させるようなことは一部を除いてほとんど実現できていない。

オプトジェネティクスを用いた睡眠覚醒操作

著者: 山中章弘

ページ範囲:P.65 - P.71

 われわれは毎日睡眠覚醒を数回繰り返している。ずっと起き続けていると自然と眠気が生じて脳は眠りに入ろうとする。頑張って断眠(徹夜)すると,起き続けることはできるが,思考,記憶,判断力といった脳の高次機能は著しく低下することが知られている。また,一晩や二晩程度の断眠は可能でも,全く眠らずに活動を続けることは不可能である。動物実験では,長時間断眠させると絶食させたときよりも短い時間で死に至ることが知られている。これらのことから,睡眠覚醒調節は脳自身が自らのために行っており,正常な脳機能を維持するために必須な生理現象であることを示している。1日(24時間)のうち8時間眠るとすると,人生の1/3もの時間を睡眠に費やすことになる。にもかかわらず,睡眠覚醒がどのように調節されているのかについては未だによくわかっていない。睡眠覚醒はすべての神経回路が保存された動物個体でのみ発揮される生理現象である。これまで脳内に無数にある神経細胞の中から,狙った神経の活動を操作する技術が存在しなかったことから,神経活動と睡眠覚醒状態変化を繋げるような実験を行うことが難しかった。しかし,近年開発されて急速に発展している光遺伝学「オプトジェネティクス」を用いることによって,神経活動と行動発現との因果関係について個体を用いて直接解析することが可能となり,その調節の仕組みの一部が解明されつつある。本稿では,オプトジェネティクスを用いた研究で明らかになってきた睡眠覚醒を調節する神経機構について解説する。

連載講座 細胞増殖・1【新連載】

細胞周期学序説と卵減数分裂停止(上)

著者: 佐方功幸

ページ範囲:P.72 - P.79

 周知のように,細胞はゲノムDNAの複製と分配を繰り返すことで増殖し,DNAの複製から分配までの1サイクルを細胞周期(cell cycle)と呼ぶ。真核生物の細胞周期とその制御の実質的な研究は,様々な生物種の細胞を用いて約40年前から始まった1)(図1)。すなわち,1970年代に,酵母では数多くの細胞周期の変異株(CDCまたはcdc)が単離され,同年代初期には,哺乳動物細胞の融合実験でM期の優位性などが示される一方,カエル卵では卵成熟(M期)を誘起するMPF(M phase-promoting factor;M期促進因子)が見つかった。また,1980年代初めには,酵母でG2/M(およびG1/S)期転移に必須なcdc2(CDC28)遺伝子が単離される一方,ウニ卵では細胞周期依存的に量の増減するタンパク質サイクリンA,Bが見つかった。そして,これらの研究が1980年代終わりに合流し,様々な細胞に普遍的なM期促進因子MPFがCdc2(現在のCDK1)とサイクリンBの複合体であることが判明した。この発見を契機に,細胞周期を制御する様々な分子の同定や機構の解明が爆発的に進み(図1),現在では細胞周期の分野は成熟期に近い成長期にあると言える2)

 本稿本号(上)では,脊椎動物(特に哺乳動物)の細胞を中心に,細胞周期とその制御について概説する(Ⅰ,Ⅱ章)。また,本稿次号(下)では,細胞周期の監視機構や筆者の主要テーマの一つである卵減数分裂停止(未受精卵の分裂停止)について簡単に紹介する(Ⅲ~Ⅴ章)。これらの概説が本誌連載講座「細胞増殖」の序説になれば幸いである。

解説

―文部科学省科学研究費・新学術領域研究―「メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤」がめざすもの

著者: 能瀬聡直

ページ範囲:P.80 - P.87

 他の臓器と同じく分子と細胞からなる脳。その脳に,なぜ高度な情報処理能力が宿るのだろうか。本新学術領域(H22~H26)では,比較的少数のニューロン集団からなる「メゾスコピック神経回路(メゾ回路)」を,従来研究が困難であったミクロとマクロの中間層に切り込むことを可能にするモデル機能回路として捉え,その解析を通じて脳の情報処理基盤を探っています。脳の中からメゾ回路を可視化・分析し,さらにモデル化することで,物質の集合にすぎない分子や細胞が,複雑化を通じて情報処理機能を獲得するプロセスを明らかにすることを目指しています。このため,分子遺伝・光生理・数理などの先端技術を融合的に適用した包括的な脳回路研究を推進しています。本稿では,メゾ回路について解説するとともに,対談を通じて最近の話題を紹介します。

 分子や細胞,すなわち物質の集合にすぎない脳になぜ情報処理機能が出現するのかは,生命科学最大の謎の一つです。この謎に迫るには,近年進展している分子・細胞などの脳の物質基盤を対象とするミクロレベルの研究や,脳の各領域を対象とするマクロレベルの研究だけでは困難だと私たちは考えています。なぜなら,ミクロとマクロとの中間の未開拓なメゾスコピックレベルにおいて,謎の本質にかかわる現象,すなわち,「物質基盤から情報基盤への変換による情報処理システムの創出」が起こるからです。そこで,本領域では比較的少数のニューロン集団からなり追跡可能な規模を持つようなメゾ回路を脳から可視化・抽出し,その作動原理を追求することにより,脳の情報処理基盤を探っています(図1)。

仮説と戦略

酵母プリオンで発見された細胞の新たな生存戦略

著者: 田中元雅

ページ範囲:P.88 - P.95

 プリオン研究の歴史は古く,ヒツジのプリオン病であるスクレイピーが感染性疾患であるという報告は1930年代にまで遡る。プリオン病はスクレイピーに加え,ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD),ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(GSS),ウシの海綿状脳症(狂牛病)を代表とする神経変性疾患である1,2)。近年では,北米におけるシカのプリオン病の蔓延が大きな問題になっている。ヒトのプリオン病は世界中にみられ,その発症率は100万に1人前後である。プリオン病には弧発性,遺伝性,そして感染によるものがあり,長期間の潜伏期間の後に発症する。感染によるプリオン病としては,脳硬膜移植による医原性CJDや1980年代後半から英国で大発生した狂牛病の肉をヒトが食したことが原因で発生した変異型CJDが挙げられる3)。このようなウシからヒトへの種の壁を越えたプリオン病の感染は牛肉の安全性の問題とも重なり,プリオン病は大きな社会問題となった。プリオン病は発症すると進行が速い難病であり,残念ながら確立された治療法は存在しない。その病態解明および治療薬の開発はプリオン病を根治するうえで,また,食肉の安全性を維持するという点でも重要な研究課題となっている。

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次号予告/財団だより

ページ範囲:P.71 - P.95

あとがき

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.96 - P.96

 脳科学は長らく,脳の特定の部分で,ごく少数の神経細胞の活動を記録し,行動との相関を論じることによって,個々の神経細胞の役割を論ずるという,いわば“推理”学であった。近年のイメージング技術や光遺伝学技術の発展は,このような旧来の神経科学の研究パラダイムを根底から覆し,神経回路の細胞集団の活動を克明に観察し,操作し,行動にどう反映されるかを観察することを可能としました。神経科学が,遂に他の分野の科学と等しく,因果律を論じられる時代になったと言えるでしょう。

 今回の特集では,現在海外でご活躍されておられる諸先生方にも執筆をお願いでき,世界でのこの分野の進歩と,その中で国内研究者がどのように貢献しているかを,相互補完的に読者にお伝えすることができました。更に,科研費新学術領域研究「メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤」は,このような神経科学の新しい潮流を支える研究領域として注目されている。これを率いる能瀬先生に,その目的を解説いただけたのは時宜を得たテーマであり幸いでした。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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