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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学64巻2号

2013年04月発行

雑誌目次

特集 特殊な幹細胞としての骨格筋サテライト細胞

骨格筋サテライト細胞研究の背景

著者: 橋本有弘

ページ範囲:P.98 - P.104

 昨年(2012年),ロンドンオリンピックが開催された。テレビニュースでアスリートたちの激しいトレーニング風景を目にされた方も多いことだろう。適度な負荷を与えることによって筋力が増強するという現象を,誰もが当然のことと受け止めている。筋力の増加は筋量の増大に依存し,筋量の増大は骨格筋細胞系譜の最終分化細胞である筋線維の体積増大(肥大)と細胞数の増加に依存している。しかし,どのような仕組みで筋線維が太くなり,あるいは新たに形成されるのかについて,われわれが理解できているのは,いまだごく一部にすぎない。

 骨折が直った後,ギブスを外してみて,筋肉がすっかり痩せ衰えてしまったのに驚いた,という話を耳にされたことはないだろうか。寝込んでしまった老人が,寝ている間に筋肉が痩せ衰えてしまい,ケガは治ったのに歩けなくなることがある。また,宇宙ステーションから地球に帰還した宇宙飛行士は,筋力を回復するために,ときには何か月にもわたるリハビリテーションを必要とすると言う。なぜ,筋肉は使わずにいるだけで細く弱ってしまうのだろうか。今日においても,このような骨格筋に関して誰もが知っている経験的事実(現象)と,われわれの理解との間には大きな隔たりがあると言わなければならない。

筋サテライト細胞の多分化能

著者: 橋本有弘

ページ範囲:P.105 - P.110

 多分化能を有することは組織特異的幹細胞(成体幹細胞)に共通な特徴の一つであると考えられている。例えば神経幹細胞は,神経細胞およびグリア細胞に分化し,単一の細胞から神経組織の基本構成単位を構築することができる。骨格筋特異的幹細胞である筋サテライト細胞は分化刺激に応じて筋線維,骨芽細胞および脂肪細胞に分化することから多能性幹細胞の一つであると言われている。しかし,筋サテライト細胞が発生・成長の過程で筋線維以外の細胞に分化するという証拠はなく,むしろ非筋細胞への分化は厳密に抑制されている。筋サテライト細胞の示す非筋細胞への分化能は筋組織の正常な発生,成長,再生においては顕在化しない,あくまでも潜在的な分化能力である。では筋サテライト細胞はなぜ,何のために非筋細胞への分化能力を保持しているのだろうか。

 筋サテライト細胞の多分化能は,“BMPによる骨格筋における異所性骨分化の誘導”と“胚性線維芽細胞における多分化能の誘導”という二つの発見を基盤として解析が進められてきた。しかし,最近の研究成果は,これらの先行研究を筋サテライト細胞の多分化能と結び付けて解釈すること自体に疑問を提示している。筋サテライト細胞が生体内において単能性細胞としての動態を示す以上,筋サテライト細胞の有する潜在的多分化能の生理的意味については,改めて検討する余地がある。

筋サテライト細胞の維持機構

著者: 渡邉洋子 ,   山口賢彦 ,   深田宗一朗

ページ範囲:P.111 - P.116

 筋サテライト細胞の研究は1961年にMauro博士が電子顕微鏡を用いてカエル骨格筋標本を観察し報告したことによって幕を開けた1)。Mauro博士は筋線維を取り囲む基底膜の内側に単核の細胞を発見し,筋サテライト細胞(Muscle satellite cell)と命名した。特筆すべきことに,Mauro博士は筋サテライト細胞の発見当時から筋サテライト細胞が骨格筋の再生を担う本質的な細胞であることを予想していた。しかしながら20世紀後半には,骨格筋に分化可能な細胞が筋サテライト細胞以外にも多数報告されたことから,筋サテライト細胞は筋再生を担う本質的な細胞であるのか? また,幹細胞であるのか,それとも筋前駆細胞であるのか? など大きな議論を呼んだ。しかし,この約10年間の研究から筋サテライト細胞は紛れもなく生理的に骨格筋を構築する幹細胞であることが再認識された。つまり,Mauro博士の予想が正しかったことが実験的に裏付けられた。

 筋サテライト細胞は生体内で生理的に筋線維に分化する幹細胞であり,今までに報告された細胞の中では,最も筋形成能力が高い。Collinsらは筋サテライト細胞を筋線維に接着した状態で移植すると,1個の筋サテライト細胞が推定で約4,000個もの娘細胞を生み出すことができると報告している2)。このように,筋サテライト細胞の筋形成能力は非常に優れていることから,筋ジストロフィーなどの筋疾患治療に対する細胞移植源として期待されている。しかし,現実的には移植に必要な細胞数の確保が困難であるため,いかに筋サテライト細胞に近い能力を持った細胞をiPS細胞や線維芽細胞から分化誘導するかが鍵となっている。また,筋サテライト細胞の数や能力の低下は筋ジストロフィーなどの筋疾患の病態進行に直接かかわっている。さらに加齢による筋萎縮(サルコペニア)では同じく筋サテライト細胞の数や能力の低下がみられる。これらのことから,筋サテライト細胞と筋疾患との関連は現在非常に注目を集めている。しかし,なぜこれら筋疾患において,筋サテライト細胞の数や能力が減少するのかはほとんど理解されていない。さらに言えば,正常な状態において筋サテライト細胞を維持する分子機構が理解されていないのが現状である。そのため,筋ジストロフィーやサルコペニアの病態進行機序の理解だけでなく,iPS細胞や線維芽細胞から筋サテライト細胞様細胞を創製するうえでも,筋サテライト細胞を維持する分子機序を明らかにすることは急務の研究課題として挙げられている。

骨格筋内在性間葉系前駆細胞の機能

著者: 上住聡芳 ,   土田邦博

ページ範囲:P.117 - P.121

 骨格筋は優れた再生能を有するにもかかわらず,脂肪化や骨化,線維化を来す場合がある。こうした病態は間葉系前駆細胞に起因することが明らかになった。間葉系前駆細胞は脂肪や骨,軟骨といった間葉系譜への多分化能を有しているが,骨格筋へは分化しない。一方,筋衛星細胞に多分化能はなく筋系譜にコミットした幹細胞であることも明らかとなってきた。間葉系前駆細胞は病態に寄与するだけでなく,筋再生においては筋衛星細胞と互いを制御し合い,筋再生を支持する。2種類の細胞のバランスのとれた相互作用が骨格筋の健全性を規定している。本レビューでは間葉系前駆細胞に焦点を当て,その骨格筋の病態や再生における役割について紹介する。

衛星細胞による運動神経支配の再構築制御仮説

著者: 辰巳隆一

ページ範囲:P.122 - P.131

 骨格筋の肥大・再生は,① 衛星細胞の活性化・増殖・分化・損傷部位への融合による筋細胞(細長い巨大な細胞なので“筋線維”と呼ばれる)の修復,および衛星細胞(サテライト細胞)同士の融合による新しい筋線維(新生筋線維)の形成,② 運動神経末端の筋線維への接着,③ 疲労耐性やエネルギー代謝などの筋特性に深くかかわる筋線維型(速筋型・遅筋型)の決定,④ 毛細血管網の再構築,の四つの現象を基盤としている。① は衛星細胞の重要な機能として古くから多くの研究対象になっており,筆者らの研究グループは衛星細胞の活性化・休止化機構に関して,物理刺激で作動する時系列制御機構を明らかにした(概要は後述)。

 一方,これらの研究過程で,分化期に移行した衛星細胞が神経軸索成長ガイダンス因子,semaphorin 3A(Sema3A)を合成・分泌することを見出し,上記 ② に関して,運動神経末端がいつ・どこに・どのように再生筋線維や新生筋線維に接着するかを衛星細胞が能動的に制御している可能性を初めて提起した1,2)。本稿では,この着想に至った実験データの概略を紹介する。また,Sema3Aの発現・分泌が,衛星細胞の活性化・休止化因子である肝細胞増殖因子(HGF)で特異的に誘導されることから,“物理刺激を引き金として,筋線維構造と運動神経支配の回復がHGFにより時系列的に協調進行する”という“プログラムド メカノバイオロジー”についても併せて概説する。

サルコペニアにおける非構造性細胞外マトリクスタンパク質SPARCの役割

著者: 中村克行 ,   山内啓太郎 ,   西原真杉

ページ範囲:P.132 - P.138

 高齢化が叫ばれて久しいわが国では高齢者に対する社会的負担の増加が問題視され,その解決が急務となっている。なかでも加齢に伴う骨格筋機能の低下はサルコペニアと呼ばれ,高齢者の転倒や骨折,それによる寝たきりを引き起こす要因である1)。これまでの報告から,骨格筋に起こる加齢性変化として骨格筋量の減少や筋力低下に加え,筋線維直径が減少することや筋線維型については速筋型が減少し遅筋型が増加すること,損傷時における筋再生の遅延,さらに間質における膠原線維の増加(fibrosis)や脂肪細胞の浸潤など多岐にわたる現象が引き起こされることがわかってきた。

 骨格筋には組織幹細胞として古くから知られる筋衛星細胞(サテライト細胞)が存在し,筋損傷時に増殖し筋管へと分化することで筋組織の修復を担う。この筋衛星細胞についても加齢に伴い,その性質は変化し,老齢個体の骨格筋ではその数は枯渇し,多核の筋管を形成する筋分化能が低下する2)。骨格筋には筋衛星細胞以外にも脂肪分化能を有したFAP(fibroadipogenic progenitor)と呼ばれる脂肪前駆細胞群が存在する。実際にラットやマウス骨格筋から単離した骨格筋初代培養細胞(skeletal muscle primary cells;SKM-PC)を脂肪分化誘導条件下で培養すると多核の筋管以外にも成熟した脂肪細胞が出現する。加齢に伴いSKM-PCの脂肪分化能が亢進することが以前から報告されており3),このことは高齢者の骨格筋でしばしば脂肪浸潤がみられる知見と合致する。これらのSKM-PCの加齢性変化を指標に,若齢個体と老齢個体の血流を共有させる並体結合(parabiosis)実験や4),若齢個体から単離した細胞を老齢個体に生着させる移植実験などから5),SKM-PCでみられる骨格筋再生能低下などの加齢性変化は,その細胞自体に起因するだけでなく,ニッチと呼ばれる細胞外の環境に大きく左右されることが明らかとなってきた。幹細胞ニッチは血流に由来する,または支持細胞ならびに幹細胞自身から分泌される成長因子をはじめとした液性因子と,その支持を担う構造性細胞外マトリクスからなり,このそれぞれについてその加齢性変化とその分子メカニズムが研究されている。しかし,ニッチには非構造性細胞外マトリクス因子も存在し,本稿ではその一つであるSPARCについて,これまでの知見に加え,われわれのin vivoin vitro両方面から行ったサルコペニアとの関連性に関する研究結果を紹介する。

筋サテライト細胞の活性化

著者: 長田洋輔 ,   松田良一

ページ範囲:P.139 - P.143

 成体の骨格筋は安定な組織であり,上皮組織でみられるような日常的な細胞の入れ替わりは起こらないが,損傷などを受けた場合には目覚ましい再生能を発揮する。骨格筋の再生能を担うのは筋サテライト細胞である。筋サテライト細胞とは筋線維に密着し,基底膜によって筋線維とともに包まれる単核の細胞のことであり,解剖学的な位置関係から名前が付けられた1)。平静時の骨格筋に存在する筋サテライト細胞はヘテロクロマチンに富む核を持ち,細胞質はわずかでオルガネラも少なく2),細胞分裂を停止している3)。これらの特徴から休眠状態にあると考えられている。筋線維に過負荷や損傷,伸展刺激などが加わることによって筋サテライト細胞は活動を開始する4)。活動を開始した筋サテライト細胞は損傷部位に遊走し,細胞分裂を繰り返して多数の筋前駆細胞を産出する。骨格筋における筋サテライト細胞核の割合はわずか数パーセント程度にすぎない2,3)が,一つの筋サテライト細胞が供給できる筋前駆細胞は数千にも及ぶ5,6)。その後,筋前駆細胞は最終分化の過程に移行し,細胞融合によって損傷筋線維の修復や新たな筋線維の形成を行う(図1)。

 休眠状態の筋サテライト細胞が活動を開始する過程は活性化と呼ばれる。成体で起こる骨格筋形成(筋再生,損傷修復や筋肥大など)は筋サテライト細胞の活性化によってスタートする。筋サテライト細胞の活性化は,細胞質の肥大や多種多様な遺伝子の発現を伴うダイナミックな過程である。

骨格筋幹細胞による筋ジストロフィーの治療

著者: 本橋紀夫 ,   朝倉淳

ページ範囲:P.144 - P.148

 筋ジストロフィーとは筋線維の変性・壊死を主病変とし,筋再生を繰り返しながら次第に筋萎縮および筋力低下を呈する遺伝性疾患である。Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)は,最も頻度が高く,出生男子の約3,500人に1人の割合で発生する,重症かつ進行性の遺伝性筋疾患である1)。DMD患者はX染色体短腕に存在するジストロフィン遺伝子に変異を持つため,ジストロフィン蛋白質が形成されない2,3)。筋細胞膜直下に局在するジストロフィンの欠損により,筋形質膜が機械的な刺激に対して脆弱であることがDMDの主病因であると考えられる。現在DMDに対する根本的治療法は見つかっていないが,1990年代初期からDMD患者に対する治療法の一つとして,ジストロフィンを発現する細胞を移植することが試みられている。当初,筋サテライト細胞を培養して得られる筋芽細胞移植が試みられたが,治療まで直結できるような効果は得られなかった。その後,筋芽細胞に代わる新たな移植細胞源として,骨格筋分化能を有する様々な幹細胞が用いられ,現在研究が行われている。

 本稿では,DMDに対するこれまで行われてきた細胞移植治療を解説したうえで,細胞移植源として期待されている新たな幹細胞を用いたDMD治療に関する最新の知見を紹介する。

iPS細胞からのサテライト細胞誘導

著者: 櫻井英俊

ページ範囲:P.149 - P.153

 人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)は,体細胞に特定の遺伝子を導入,発現させることにより,胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES細胞)と同等の能力を持つようになった多能性幹細胞である1,2)。これらの多能性幹細胞は,高い増殖力があり,理論上あらゆる体細胞へ分化することが可能であるため,細胞移植治療のソースとして期待されている。iPS細胞はES細胞に比べ,① 患者自身の細胞から作り出すことができるため,拒絶反応が回避できる,② 受精卵を破壊しないため,倫理的な問題が少ない,といった利点があり,加齢黄斑変性や脊髄損傷など多くの難治性疾患に対するiPS細胞を用いた細胞移植治療研究が進展している。

 骨格筋の領域では,筋ジストロフィーなどの難治性筋疾患に対し,根治療法の一つとしての細胞移植治療が期待されている。本誌で特集されている成体での骨格筋幹細胞であるサテライト細胞も,細胞移植治療において極めて有望な細胞源であるが,現段階では生体内で認められる幹細胞の再生寄与能力を維持したまま治療に足るだけの細胞量を確保する増殖・培養法が確立されていない。今のところサテライト細胞は培養によって筋芽細胞へと分化してしまい,再生能力は限られたものになってしまうため,そのままでは細胞移植治療に応用できない。一方,発生学的にサテライト細胞の起源となるような骨格筋前駆細胞を移植することで,生体内で正常なサテライト細胞へと分化させ,ホストの骨格筋に生着させる研究も進んでいる。この骨格筋前駆細胞を生み出す源として,ES/iPS細胞などの多能性幹細胞が注目され,生体内でのサテライト細胞の誘導に関していくつかの研究成果が報告されている。ES/iPS細胞由来の骨格筋前駆細胞が,移植された骨格筋の中でサテライト細胞となり,再生・増殖を繰り返すことができれば,少ない移植回数でも効果的に筋再生が可能になると考えられている。そのため難治性筋疾患に対する根治療法として,生体内でのサテライト細胞誘導研究は非常に注目を集める分野となっているため,本稿で概説する。

筋サテライト細胞の不均一性

著者: 小野悠介

ページ範囲:P.154 - P.161

 骨格筋は生体の中でも極めて可塑性に富んだ組織であり,過度の身体活動によって筋損傷しても数週間で修復・再生される。この筋修復・再生にはサテライト細胞と呼ばれる骨格筋の組織幹細胞が必須である。従来,サテライト細胞は全身を通して比較的均一な性質を持つと考えられてきた。しかし,近年の研究成果からサテライト細胞は骨格筋の部位によっては遺伝子支配的あるいは機能的に予想よりはるかに不均一であることが明らかになりつつあり,様々な筋疾患で観察される筋障害の部位特異性との関連が注目され始めた。一方,たとえ同一筋内であってもサテライト細胞は機能的に極めて不均一な集団であることもわかってきた。本稿では骨格筋間または同一筋内におけるサテライト細胞の不均一性について焦点を置き,分野の最新動向を概説する。

筋疾患治療へのサテライト細胞の利用

著者: 伊藤尚基 ,   鈴木友子 ,   武田伸一

ページ範囲:P.162 - P.167

 筋ジストロフィーとは,骨格筋線維の壊死と再生を繰り返しながら,進行性の筋力低下,筋萎縮を引き起こす遺伝性筋疾患の総称である。発症年齢,臨床症状や遺伝形式の違いにより,いくつかの異なる病型に分類される。その中でも,最も発生頻度が高く,重篤な経過を示すものが,ジュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy;DMD)である。DMDはX染色体連鎖性遺伝をとり,患者のほとんどは男児である。また,その発生頻度は新生男児3,500人に1人であり,2-5歳ごろから起立・歩行障害などの異常が生じ,筋力低下が進行し,骨格筋の線維化および脂肪化が進むことで,患者の多くが30歳以前で心不全,呼吸障害などによって死亡する。

 DMDはジストロフィン・タンパク質(dystrophin)をコードするジストロフィン遺伝子の変異によって発症する。骨格筋細胞膜には細胞外基底膜と細胞内骨格を繋ぐジストロフィン糖タンパク質複合体が存在し,運動などによって生じる機械的な負荷に対して,筋線維を保護する役割を持っている。ジストロフィン遺伝子の変異によるジストロフィン・タンパク質の欠損によって,ジストロフィンのみならず,ジストロフィン糖タンパク質複合体が骨格筋細胞膜から消失する。その結果,骨格筋細胞膜が負荷に対して脆弱になり,筋変性や筋壊死が引き起こされる。DMDの多くはDNA配列の欠失や挿入により,変異したジストロフィン遺伝子から転写されるmRNAのアミノ酸読み取り枠にずれが生じるアウト・オブ・フレーム変異により発症する。しかし,イン・フレーム変異によって,短縮したジストロフィンが発現する場合は,より軽症であるベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy;BMD)と呼ばれる表現型をとる。

連載講座 細胞増殖・2

細胞周期学序説と卵減数分裂停止(下)

著者: 佐方功幸

ページ範囲:P.168 - P.175

Ⅲ チェックポイント制御

 本稿前号(上)で概説したように細胞周期の進行は様々な因子によって制御されている。しかし,正常な細胞増殖のためにはDNAは正確に複製され,かつ均等に分配されなければならない。このため,細胞はDNAが正しく複製されたか,すべての染色体が分裂中期板に整列したかを監視している。そして,もしこれらに異常があればチェックポイント(checkpoint)と呼ばれる制御機構を発動させ,次の事象(M期への進行や染色体の分配)の開始に歯止めをかける。以下,代表的なチェックポイント制御について述べよう。

解説

肥満炎症説

著者: 菅波孝祥 ,   小川佳宏

ページ範囲:P.176 - P.182

 メタボリックシンドロームは内臓脂肪型肥満を中心に,糖代謝や脂質代謝の異常と血圧上昇が集積して動脈硬化性疾患を起こしやすい状態と定義される。最近では虚血性心疾患や脳血管障害に加えて,慢性腎臓病(CKD)や非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)などもメタボリックシンドロームの合併症と考えられている(図1)。メタボリックシンドロームの病態生理において,脂肪組織は上流に位置しており,肥満に伴う脂肪組織機能の異常が全身に波及してメタボリックシンドロームを惹起すると考えられる1-3)。近年のアディポサイトカイン(アディポカイン)研究の著しい進歩により,脂肪組織は生体内で最大の内分泌器官として多彩な生命現象に関与することが明らかになってきた。したがって,肥満の脂肪組織を起点として,アディポサイトカインの質的・量的な異常を介し,全身臓器の機能障害に至ると想定される(図1)。すなわち,肥満の脂肪組織ではTNFα(tumor necrosis factor-α)やIL-6(interleukin-6),MCP-1(monocyte chemoattractant protein-1)などに代表される炎症性サイトカインが過剰に産生され,これに対して,アディポネクチンに代表される抗炎症性(インスリン感受性)サイトカインの産生は減少し,このようなアディポサイトカインの産生調節異常が全身のインスリン抵抗性を惹起すると考えられている1-3)。一方,動脈硬化性疾患を中心とする生活習慣病や癌,自己免疫疾患,神経疾患など種々の慢性疾患に共通の病態基盤として,慢性炎症の関与が指摘されている1-3)。実際,メタボリックシンドロームの中核をなす肥満の脂肪組織においても,様々な免疫担当細胞の浸潤や炎症性サイトカインの過剰産生が観察され,その病態生理的意義が注目されている。本稿では脂肪組織の慢性炎症(脂肪組織炎症)に焦点を当てて,最近の知見を概説する。

仮説と戦略

アミロイドの構造多形に着目したプリオンの感染と伝播の分子機構

著者: 田中元雅

ページ範囲:P.183 - P.190

 アンフィンゼンのドグマによると,タンパク質は一次構造(アミノ酸配列)に基づいて一つの最安定構造に折り畳まれる。それとは対照的に,タンパク質がミスフォールディングし,凝集するときには異なる構造を持つ様々なアミロイドを形成しうること,つまり,アミロイドには構造多形が存在することが,近年明らかになってきた1)。興味深いことに,構造や物性の違うアミロイドは細胞へ異なる生理的影響をもたらす。その顕著な例として,同一のアミノ酸配列を持つプリオンタンパク質から,異なる表現型を示す“プリオン株”が生じる現象がある2-4)。プリオン感染がプリオンタンパク質のみで引き起こされるとするならば,プリオン株の出現機構の解明はプリオン生物学で最も重要な研究課題の一つである。

 本稿では,同一のアミノ酸配列を持つモノマーのタンパク質から,アミロイドの構造多形が生じる分子機構,およびアミロイドのコンフォメーションの差異が細胞表現型の異なるプリオン株や細胞毒性の違いをもたらす分子機構について,最近,主に酵母プリオンの研究から明らかにされてきた知見を紹介する。これらの研究成果はプリオンの感染,および伝播のメカニズムの解明につながるだけでなく,近年明らかになってきた多くの伝播性神経変性疾患の新たな治療戦略の開発にも道を拓くと期待される。

書評

日本近現代医学人名事典【1868-2011】

著者: 早石修

ページ範囲:P.191 - P.191

 本書は,1868(明治元)年3月に明治政府が欧米医学を公式に採用して以来,2011(平成23)年末までに物故された医療関係者で,特にわが国の医学・医療の発展に貢献された3,762名を選んで,物語風に記録されたユニークな人名事典であります。何分にも膨大な内容であり,私自身,生化学という限られた基礎医学が専攻分野なので,医学・医療全体の問題を議論したり,評価することには必ずしも適任ではありません。それでもまず本書を通読して,最も重要な“人選”が極めて公正で妥当であるという印象を受けました。

 次に個々の記載について,個人的に親しかった方々について詳しく調べました。いずれもおおむね正確な情報に基づいており,しかも専門的な記述以外に本人の性格,趣味,交際,家族など私的な紹介も多く,読物としても興味深いものでした。以下,幾人かを収載人物の例として挙げます(敬称略)。

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次号予告/財団だより

ページ範囲:P.153 - P.175

お知らせ

ページ範囲:P.182 - P.182

お知らせ

ページ範囲:P.190 - P.190

あとがき

著者: 野々村禎昭

ページ範囲:P.192 - P.192

 骨格筋は細胞学的に異常な細胞と言える。巨大な大きさを持ち,多核であり,非常に強い再性能を持つ。この再性能こそ本特集のテーマであるサテライト細胞が存在するおかげである。現在,学問領域は細分化し,その専門領域では周知のことが他領域の研究者にとっては未知のことが増えてしまっている。

 昨年ノーベル賞を受賞された山中伸弥教授のIPS細胞,多目的幹細胞の元たる幹細胞としてのサテライト細胞は比較的早い時期に見出されていたが,哺乳類で本格的に研究がなされてきたのは最近のことであり,他領域の研究者はその内容をほとんど知らないようである。本号では精神神経センターの武田先生と東京大学総合文化研の長田博士のご協力で特集としてサテライト細胞研究の最近の成果を,比較的若い研究者の方々を中心に原稿を依頼した。冒頭に長寿研の橋本先生にサテライト細胞の定義的なこと,その研究史を詳しく執筆していただいた。他領域の研究者はまずここを読んでいただければ概観をつかめると思う。著者の方々には基礎的な問題のほかに疾患,治療についても触れていただいた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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