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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学64巻3号

2013年06月発行

雑誌目次

特集 細胞接着の制御

基材の構造力学的性質による細胞機能の制御

著者: 荏原充宏 ,   宇都甲一郎 ,   青柳隆夫

ページ範囲:P.194 - P.198

 一般に,細胞機能の制御を司る主要3大因子として,① 生化学的要因,② 物理化学的要因,③ 構造力学的要因が知られており(図1),これらの要因が時間的・空間的に複雑にかかわり合うことで生命システムの設計・制御が成り立っている。生化学的要因としては,ホルモン,サイトカイン,ペプチド,成長因子,ステロイドなどの液性因子や細胞外マトリックスや細胞-細胞間ジャンクションなどが挙げられる。例えばヒトおよびマウスの胚性幹(embryonic stem;ES)細胞は,デキサメタゾン,レチノイン酸,ジメチルスルフォキシドなどの添加によってニューロン,β細胞,脂肪細胞,肝細胞,骨細胞様へと分化することが知られている1)。これらの作用は濃度勾配やリガンド・レセプターの結合数によって規制されるため,距離と共に指数関数的に減少していく。

 物理化学的要因としては,温度,pH,荷電,電場,磁場,O2およびCO2濃度,表面エネルギーなどが挙げられる。例えば酸素濃度を低下させることで間葉系幹細胞(MSC)の未分化状態を維持し増殖を促進できることが報告されている2)。また,MSCの温度上昇に伴うアポトーシス活性の減少や,心筋細胞の電気刺激に応答した収縮などが知られている3)。温度や電場,磁場などの刺激に関しては,時間・空間的に自在に制御することは可能ではあるが,特別な装置のセットアップが必要である。これらの要因に加えて,近年幹細胞nicheの研究などから,弾性率,マイクロ・ナノトポグラフィー,張力,シェアストレス,ポアサイズなどの構造力学的要因が細胞の増殖・分化,細胞周期,細胞運動などに極めて重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた4)。本稿では,これらの構造力学的要因を時空間的に制御可能なスマートマテリアルの設計と細胞機能制御について概説する。

Notchシグナルを用いた人工遺伝子回路による細胞パターンの作製

著者: 松田充弘 ,   戎家美紀

ページ範囲:P.199 - P.205

 多細胞生物は細胞間のコミュニケーションによって,様々な細胞パターンを形成する。模様のような細胞のパターンは,どのようにして形成されているのだろうか。われわれは遺伝子回路に注目し,細胞内に遺伝子回路を組み立て,細胞パターンを再構成することによって,遺伝子回路がどのようにして細胞パターンを実現しているのかを理解しようと考えた。近年,このような構成的な立場からのアプローチが盛んになってきており,大腸菌を用いた実験系で,拡散リガンド分子による細胞間コミュニケーションを用いて,目玉模様や縞模様を作ったという仕事が有名である1,2)。しかし,多細胞生物の細胞を用いて細胞のパターンを作った例はこれまでにほとんどなかった。

 そこでわれわれは哺乳類培養細胞を用い,多細胞生物に特有の,細胞接着依存的な細胞間のコミュニケーションによって,細胞のパターンを作製した。本稿ではシグナル伝播の挙動を示すような,Delta-Notchシグナル伝達を用いた細胞間ポジティブフィードバック回路の再構成について紹介する3)

ネクチンによる細胞間接着の制御機構

著者: 丸尾知彦 ,   萬代研二 ,   高井義美

ページ範囲:P.206 - P.215

 哺乳類の組織と臓器は多様な細胞から構成され,そこでは同種細胞間と異種細胞間の細胞間接着が形成される。それらの接着によって,一様な細胞からなる上皮や市松紋様状の細胞構築など,多様な細胞構築がなされている。このように細胞間接着は組織と臓器の発生に重要な機能を果たしているが,組織の修復・再生や維持にも必須の役割を果たしている。また,その破綻はがんや精神疾患などの疾患の発症にかかわり,さらには組織修復・再生の失調を招くことから,その分子機構の詳細を知ることは重要である。

 細胞間接着には少なくとも三つの様式,すなわち同種の細胞間の対称的な接着様式,同種の細胞からなるが非対称的な接着様式,異種細胞間の非対称的な接着様式が存在する(図1A)。

肥満細胞と感覚神経の接着におけるCADM1とネクチン-3の関与

著者: 中西守 ,   古野忠秀

ページ範囲:P.216 - P.219

 免疫系と神経系は生体内の独立したシステムであるかのように考えられてきた。しかし,免疫学や神経科学の急速な進歩により,免疫系と神経系との間に密接な相互作用(クロストーク)が存在し,両者の相互作用により生体の恒常性が維持されていることが示唆されるようになってきた。

 “病は気から”という言葉があるように,神経系と免疫系や内分泌系との関与は古くから指摘されてきた。具体的には神経活性化がホルモンの分泌を介して身体の免疫系や免疫臓器を制御する遠心性の相互作用と,逆に末梢に存在する免疫細胞が環境変化を中枢の神経系に伝達する求心性の相互作用である。これは免疫系が,いわば生体の環境変化に対するアンテナの役割を果たし,生体内の環境情報を中枢に伝達し,その情報を受けて環境変化に対応するための指令や制御が,中枢から末梢の免疫系へ伝達されることを示している。その様子を模式的に示したものが図1である。

Rhoグアニンヌクレオチド交換因子によるタイト結合の制御

著者: 伊藤雅彦

ページ範囲:P.220 - P.225

 上皮細胞が相互作用して形作るシート状の上皮組織は,生体の内外を隔て,様々な臓器・器官を構築し,各々に固有な生理機能を可能にする,多細胞生物にとって極めて重要な基本要素の一つである。シート状構造の形成には上皮細胞間の頂端部に存在する細胞間接着複合体(apical junctional complex)の存在が必須である1)。Apical junctional complexを構成するタイト結合とアドヘレンス結合は共に細胞内でアクチン・ミオシンフィラメントと連結し,それぞれに特異的機能を発揮して上皮組織シート状構造の形成・維持において中心的な役割を果たしている2)。このうちタイト結合は細胞間の最も頂端部に位置し,隣接する細胞の細胞膜同士を密着させ,水・イオンなどの小分子から細菌・細胞といった生命体まで様々な物質の細胞間透過を制御する選択的バリアとして機能する。同時にまた,個々の細胞を管腔に面する頂端側(apical)と側基底部側(basolateral)に区画化して極性を確立するフェンスとして作用する。タイト結合がこうした働きするためにはアクチン・ミオシンフィラメントとの相互作用が必要不可欠であること,Rhoシグナル経路が関与することが示されてきたが,近年その調節分子機構の実体がより詳しく明らかにされてきている。本稿ではRhoシグナル経路によるタイト結合および連結するアクチン・ミオシン細胞骨格の制御に関する研究について,最近の筆者らの成果3)を中心に概説する。

Wnt 5aシグナルによる細胞の極性と遊走・接着の制御

著者: 松本真司 ,   菊池章

ページ範囲:P.226 - P.231

 Wntは分子量約4万の分泌性糖蛋白質で,ショウジョウバエから哺乳動物に至るまで生物種を超えて保存され,初期発生や形態形成,出生後の細胞の増殖・分化・運動などを制御する。Wntシグナル伝達経路にはβ-カテニンを介して遺伝子発現を制御するβ-カテニン経路と,β-カテニン経路とは独立して主として細胞骨格系を制御するβ-カテニン非依存性経路が存在する。Wnt 5aはβ-カテニン非依存性経路を活性化する代表的なリガンドであり,細胞の極性や運動,接着など多彩な細胞応答を制御する。Wnt 5aのノックアウトマウスは顔面や四肢,尾の短縮や肺および心臓の形成異常といった多彩な表現型を呈して胎生致死となることから,発生過程におけるWnt 5aシグナルの重要性が明らかになってきた。さらにWnt 5aシグナルの過剰な活性化が細胞の接着や運動の制御を介してヒトがんの悪性化にも密接に関与することが明らかになりつつある。本稿ではWnt 5aが細胞の極性や運動,接着を制御する分子機構について,筆者らの研究結果や最近の知見を概説する。

接着斑の群島構造モデルと形成機構―1分子イメジングによる解明

著者: 柴田明裕 ,   楠見明弘

ページ範囲:P.232 - P.238

要旨

 接着斑(focal adhesion)は,細胞膜上に形成されるミクロンサイズの構造体で,細胞が動いたり止まったりするときの足裏の働きをする。細胞は接着斑を足がかりにして細胞外基質に結合し,細胞内の筋肉を働かせて,動いたり停止したりする。このため,接着斑は組織形成,癌細胞の転移や浸潤,創傷治癒など生理・病理学的過程に重要な働きをしている。細胞移動時には接着斑は進行方向で形成され,後方で分解され,これらは10-20分間程度で生起する。一方,接着斑には10種類以上のタンパク質が集まっているが,従来,接着斑はこれらのタンパク質の大規模集積体(数ミクロンサイズ)と考えられてきた。このようなタンパク質の大規模集積体を,10分間という時間スケールで形成・分解するのは不可能のように思われる。この問題は長年,細胞生物学の大きな謎であった。われわれは最近,1分子追跡法により接着斑はタンパク質が集積した単一構造体ではないことを見出した。それに基づき,われわれは接着斑の“群島モデル(archipelago model)”と接着斑形成のモデルを提案した。すなわち,“タンパク質が集合した小さな島が群島のように集まって,接着斑という膜領域を形成する。そのため,分子の拡散によって,すべての島で同時に形成・分解が起こるため,接着斑の素早い形成と分解が可能になる”というモデルである。これは接着斑の重要分子であるインテグリン,Rac1,PIXの1分子挙動の追跡によって支持された。

細胞接着斑タンパク質Hic-5による足場依存性細胞増殖の制御機構

著者: 柴沼質子

ページ範囲:P.239 - P.243

 接着性の体細胞は接着(足場)を喪失すると,通常,増殖を停止するか細胞死を誘導し,浮遊状態や本来の組織以外での増殖を阻止する。この機構は,がん細胞の場合,その破綻が転移に直結することから,がん領域を中心にその機構の解明が進められてきた。その結果,G1期サイクリン依存性キナーゼ(CDK)の活性が増殖シグナルとともに接着シグナルに依存していることが示され,接着を喪失すると十分なCDK活性が得られなくなるために細胞周期がG1/Sで停止すると結論付けられた1)。しかし,この説明が適応できるのは,主に線維芽細胞であり,上皮細胞や内皮細胞では,増殖停止よりもむしろ細胞死(anoikisと呼ばれるアポトーシス)が誘導される。このように接着喪失に対する細胞応答には多様性がみられ,線維芽細胞のように細胞周期の推進力が単純に不足して増殖が止まる場合もあれば,上皮細胞のように脱接着状態での生存を阻止する機構が積極的に誘導されることもある。まだ未知の機構が存在する可能性もあり,細胞増殖の足場依存性制御機構に関する研究は発展途上にあると思われる。

 筆者らは,細胞接着斑タンパク質Hic(hydrogen peroxide-inducible clone)-5を単離し,機能解析を進めてきた2)。その結果,最近,Hic-5が,脱接着に応答して細胞周期を停止させる新規のfailsafeシステムを形成していることを見出した。Hic-5は構造的には細胞接着斑LIMタンパク質paxillinファミリーに属する。そのため,主に細胞接着斑においてインテグリンシグナルのアダプター分子として機能すると考えられがちである3)。しかし,Hic-5は接着斑に加えて,アクチン骨格上や核内にも局在可能であり,さらに細胞質と核間をシャトルしていることから(後述),多様な細胞応答にかかわる可能性を秘めている。本稿ではHic-5機能について,筆者らの最近の成果を紹介する。

細胞の接着・遊走を司る偽足突起の単離とプロテオミクス―先端レーザー微細加工技術の応用

著者: 伊藤彰彦 ,   萩山満 ,   細川陽一郎

ページ範囲:P.244 - P.248

 生体内に存在する細胞の多くは,他の細胞や細胞外基質に接着している。ある種の細胞は,その接着を足場として自らの存在場所を移動させる(遊走する)。この細胞の接着・遊走という現象は個体発生において非常に重要な役割を果たすので,生命の根幹を担う生理現象として基礎生物学の領域で盛んに研究されてきた。しかし一方で,細胞の接着・遊走は様々な病理学的な局面において病変形成や病態形成の鍵として作用しているので,臨床医学の分野でも重要な研究対象である。

 細胞接着・遊走が病変形成の鍵となっている最も典型的,かつ医学的に重要な局面は,癌が浸潤し転移するという現象である。癌の浸潤・転移に関する分子機序についてはまだ不明な点が多いが,最近の研究成果によると,癌浸潤の初期段階における上皮-間葉移行(epithelial-mesenchymal transition)能の獲得とそれに伴う遊走能の上昇が重要視されている。癌細胞が上皮性の性格を失い間葉系細胞の性格を獲得することにより,基底膜を越えて浸潤し,結合織内を遊走するとの考え方である。癌細胞の遊走能を規定する重要な要素は種々の走化性因子に対する反応性であり,癌細胞は走化性因子の濃度勾配に従って,細胞質を突起状に伸長することにより,その方向へと移動する。この構造物は偽足突起と呼ばれ,癌細胞が細胞外基質と接着し結合織内を浸潤性に遊走するために必須の構造物と考えられている。

神経分化に伴うN-カドヘリンの細胞内分布と機能の変化

著者: 鈴木えみ子 ,   来栖光彦

ページ範囲:P.249 - P.253

 神経系の形成過程において,細胞接着分子は様々な局面を制御している。なかでも神経系に広く分布している細胞接着分子N-カドヘリンは,神経上皮から神経管が形成され神経細胞(ニューロン)が生み出される神経系の初期発生段階から,ニューロンの移動や軸索伸長,神経束形成といった神経回路の基本構造の形成過程,ニューロン同士が互いにシナプス結合を形成して神経回路を確立する過程,さらには学習/経験などにより神経回路が再編成される過程といった,ニューロンの発生から最終分化にわたる様々な過程を制御している1-3)。線虫やショウジョウバエなどの無脊椎動物にも相同のN-カドヘリンが存在し,神経回路形成において様々な機能を果たしていることから,N-カドヘリンは下等動物から高等動物まで神経系に共通で重要な役割を持っていると考えられる2)

 では,その広範な機能はどのように制御されているのだろうか? これまでに組織レベルでの研究から,哺乳類神経系では異なるN-カドヘリンが複数存在し,特定の脳領域や局所回路で特異的に発現することで,固有の機能を果たすことがわかってきた2)。また,分子レベルの研究からN-カドヘリンと直接あるいは間接的に結合して,その作用を調節するタンパク質も報告され,これらがN-カドヘリンの機能の多様性に寄与することが示唆されている2)。一方,個々のニューロンの分化過程においてN-カドヘリンの分布や多様な機能が時空間的にどのように制御されているのかという問題は解明されていない。われわれはこの問題に取り組むため,分子遺伝学の研究が容易なモデル動物であるショウジョウバエの神経系を用いて研究を行っている。本稿ではショウジョウバエN-カドヘリンの発現と機能の細胞レベルでのダイナミックな変化とその制御について,われわれの最近の研究結果を紹介する4)

細胞接着分子による神経細胞移動と大脳皮質形成の制御

著者: 石井一裕 ,   仲嶋一範

ページ範囲:P.254 - P.258

 大脳皮質層形成過程においてカドヘリン(cadherin),インテグリン(integrin)をはじめとした細胞接着分子の発現量とその発現パターンはダイナミックに変化する。そのため,これらの分子が大脳皮質形成に重要な役割を果たしていることは想像に難くない。実際にカドヘリンが神経細胞のシナプス形成や軸索ガイダンスなどの神経回路形成に必要であることや,神経上皮細胞同士の接着を担っていることはこれまで多くの研究で示されてきた1,2)。神経細胞移動においても細胞接着分子の関与を示唆する研究が多数報告されている。しかし,これらの分子が神経細胞移動と大脳皮質形成をどのように制御しているかを直接調べた研究は少なくまだ未解明な部分が多い。本稿では,N-カドヘリンとインテグリンに焦点を当て,これら細胞接着分子が神経細胞移動,大脳皮質層形成にどのように働いているのか最近の知見を基に概説したい。

遺伝子ZEB1による上皮細胞接着分子の発現と細胞増殖の制御

著者: 佐藤光夫 ,   長谷川好規

ページ範囲:P.259 - P.264

 ZEB1(別名TCF8,δEF1,ZFXH1A)はZEB2(別名SIP1,ZFXH1B)と共にZEBファミリーを構成するzinc finger転写因子である。ZEB1により,多くの遺伝子が発現抑制もしくは一部は発現誘導される。ZEB1の主な働きとしては,接着分子であるE-cadherinを抑制することにより,上皮間葉細胞転換(epithelial to mesenchymal transition;EMT)を誘導するEMT誘導転写因子としての機能がある。EMTは当初,胎生期の組織,臓器形成を制御するプログラムとして発見されたが,後に創傷治癒,臓器線維化,癌の浸潤,転移にも関与することが明らかとなってきた1)。これらのEMTにおいて,ZEB1は中心的な役割を果たしている。特に癌においては抗癌剤抵抗性,癌幹細胞性など浸潤,転移以外の様々な悪性形質獲得にも寄与することが示されつつある2-9)。本稿では,特にZEB1による上皮細胞接着分子の発現と細胞増殖の制御についてわれわれの報告も含めた最近の知見を中心に概説する。

細胞接着に関与する硫酸化糖鎖とその発現調節

著者: 神奈木玲児 ,   佐久間圭一朗 ,   井澤峯子

ページ範囲:P.265 - P.272

 近年,セレクチン(selectin)やシグレック(siglec)などの糖鎖認識分子とその糖鎖リガンドを介した細胞接着において,しばしば硫酸化糖鎖が特異的リガンドとして機能していることが知られるようになった。セレクチン・ファミリーの細胞接着分子はは従来,フコースとシアル酸を含有する糖鎖をリガンドとすることが知られ,シグレック・ファミリーの糖鎖認識分子はは主としてシアル酸残基を認識するとされてきた。これに糖鎖リガンドの硫酸化の有無という因子が加わることによって,セレクチンやシグレックを介した細胞間相互作用にいっそうの多様性がみられるようになった。また,これらの分子による細胞間相互作用の調節においても,糖鎖の硫酸化が重要な役割を演じる局面があることが明らかになってきた。本稿では筆者らがこれまで行ってきた大腸癌にかかわるセレクチンやシグレックを介した細胞接着を中心に,細胞接着に関与する硫酸化糖鎖とその発現調節機構の研究の現状について紹介したい。

シアリダーゼによる細胞接着の制御

著者: 高橋耕太 ,   塩崎一弘 ,   宮城妙子

ページ範囲:P.273 - P.278

 動物細胞の表層はタンパク質や脂質に結合した糖鎖で密に複雑に修飾されている。生体内のシアル酸のほとんどはこの表層膜から細胞外へ突き出す糖鎖の末端に位置し,そのかさ張った疎水性や負電荷性などの性質によって多くの糖鎖分子の機能に影響を与えている。したがって,糖鎖からシアル酸を脱離する糖分解酵素であるシアリダーゼは,糖鎖分子の異化分解を促進するだけでなく,糖鎖分子のコンホメーションや分子間や細胞間の認識機構を変化させることにより,細胞の接着や免疫機構などの重要な細胞現象に深くかかわっている。細胞接着には細胞-細胞間と細胞-細胞外マトリックス間の2種があり,接着分子の分子間相互作用や細胞外マトリックスとの接着構造形成によって接着が起こる。細胞膜に存在する多くの糖タンパク質が接着分子として働いているので,シアリダーゼによってこれらの膜タンパク質糖鎖からシアル酸が脱離されると,細胞接着が変化を受けることになる。

 現在,動物細胞では細胞内局在や基質特異性の異なる4種のシアリダーゼ(NEU1-NEU4)が同定されているが,事実,これらの酵素の特徴に応じて,直接的に,あるいは間接的に細胞接着を制御していることがわかってきた。本稿では主な接着分子として知られているインテグリン,セレクチン,神経接着分子(NCAM)による細胞接着について,シアリダーゼがその下流分子のシグナリングの修飾などを介して制御するという筆者らの最近の研究結果を中心に紹介したい。

肺がん細胞の骨転移に関与する遺伝子の探索

著者: 後東久嗣 ,   柿内聡司 ,   西岡安彦

ページ範囲:P.279 - P.282

 肺がんは近年の診断および治療法の進歩にもかかわらず,治療成績は他臓器のがんと比べ改善されているとは言い難い。肺がんは診断時に骨,脳,肝,腎などへ既に転移していることが多く,これらの多臓器への好転移性が肺がんの難治性の理由として挙げられるだろう。特に骨転移は病的骨折やがん性疼痛を惹起することで患者のquality of life(QOL)を著しく阻害する。近年の分子生物学的手法の発達により,がん転移のメカニズムが徐々にではあるが解明され,転移関連因子を標的としたいわゆる分子標的治療薬が開発されている。がん骨転移に対しても,receptor activator of nuclear factor-κB ligand(RANKL)を標的としたdenosumabやビスホスホネート製剤が日本でも承認され実施臨床で使用されているが,がん骨転移を十分にコントロールするには至っていない。そのため,今後も骨転移関連遺伝子を探索,検証していくことは重要な課題と言える。本稿では,ヒト肺がん細胞株によるマウス多臓器転移モデルとcDNAマイクロアレイを用いた骨転移関連遺伝子プロファイリングについて,われわれの試みを中心に概説する。

連載講座 細胞増殖・3

S期の開始におけるサイクリンAの役割

著者: 千葉櫻拓

ページ範囲:P.284 - P.291

 真核生物の細胞周期進行においてはサイクリン依存性キナーゼ(cyclin dependent kinase;CDK)という高度に保存された制御タンパク質がエンジンの役割を果たしており,CDKによる標的因子のリン酸化が細胞周期を進める原動力になっていると考えられている。CDKは単独では不活性であり,サイクリンというアクセル役の制御タンパク質が結合することによって活性化される1)。さらに,サイクリンはCDKがリン酸化する標的タンパク質を選別する機能を有する2)。サイクリンは周期的に現れるタンパク質という名前のとおり,細胞周期の各時期において異なるタイプのものが発現しており,それぞれが特定のCDKパートナーと結合することにより,時期特異的に異なるサイクリン-CDK複合体が機能している(図1)。

 これらのサイクリンがそれぞれ標的タンパク質を選別することにより,細胞周期の各時期において異なる標的タンパク質がリン酸化され,細胞周期が秩序だって進行すると考えられている3)。すなわち,複数のサイクリンがエンジンのギアを変えるように働いて,細胞周期の各ステップを進んでいくと例えることができる。しかしながら,各サイクリン-CDK複合体が時期特異的にリン酸化する標的因子については,解明されているものはわずかであり,エンジンからギアを経て実際に細胞周期を進行させる車輪に繋がる分子経路についてはいまだ不明な点も多い。本稿では細胞周期の重要なステップである染色体DNA複製を行うS期への移行と進行に関与するサイクリンAを取り上げ,S期開始過程におけるその役割について,筆者らの研究成果を紹介しつつ概説する。

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次号予告/財団だより

ページ範囲:P.283 - P.283

あとがき

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.292 - P.292

 細胞接着は古くから生物学・医学の重要なテーマでした。細胞接着の制御は正常の細胞の増殖,組織の形成,がん細胞の転移にとって重要な現代的課題であり,それらについての研究も進歩を続けております。本誌「生体の科学」は遺伝子から神経科学までを特集テーマとして取り上げてまいりましたが,なかでも細胞生物学は本誌の主要なテーマで,今回の特集で「細胞接着の制御」,63巻3号で「細胞極性の制御」を,増大号で「細胞核―構造と機能」(2011年)および「細胞の構造と機能―核以外の細胞小器官」(2012年)を取り上げてきました。この流れの一貫として今年2013年度の増大号は「細胞表面受容体」を特集テーマとして予定しております(64巻5号)。

 現在の国内経済は“アベノミクス”で塗りつぶされている感があります。“異次元の”緩和によって円安・株高が誘導されています。しかし,銀行の貸出が伸びず,生保が外債投資を増やすなど,まだ景気が良くなってはいないようです。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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