特集 顕微鏡で物を見ることの新しい動き
細胞骨格のin vitroでの運動を三次元的に追跡する
著者:
西坂崇之1
藤村章子1
加藤孝信1
矢島潤一郎2
所属機関:
1学習院大学 理学部 物理学科
2東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系
ページ範囲:P.558 - P.563
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タンパク質の研究は,今や1分子のレベルで調べることが可能になっている。試験管の中にあるバルクとしての酵素活性や挙動を調べる代わりに,対象とするタンパク質たった一つを基板に固定し,その性質を調べることができる。この技術の先駆けは細胞骨格に沿って運動する分子モーターであり,ミオシン(myosin),キネシン(kinesin),ダイニン(dynein)といった真核細胞における3大役者の動作する様子が,in vitroの状態,すなわち精製された再構成系において,ありありと捕らえられたのである。これを可能にしたのは光学顕微鏡技術の発展であり,そして物理の技術・知識を得意とする優れた研究者の生物物理学への参入が不可欠であった。この20年の間に,数々の成果が世界から報告され,1分子生物物理学(single molecule biophysics)という分野が確立したが,その中で日本の研究者が果たした役割も決して小さくはない。
分子1個を対象にして,その運動がつぶさに調べられる時代になったにもかかわらず,数十年にわたる未解決の問題が分子モーターにはある。そう言われると,読者の多くは意外に思われるかもしれない。それが本稿で紹介する“分子リニアモーターの回転”という不思議な現象である。