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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学65巻1号

2014年02月発行

雑誌目次

特集 精神疾患の病理機構

特集“精神疾患の病理機構”によせて

著者: 吉川武男 ,   岡本仁

ページ範囲:P.2 - P.2

 精神疾患は,1950年代にserendipitousに見いだされた治療薬の薬理作用から“うつ病のモノアミン仮説”,“統合失調症のドーパミン仮説”が提唱され,それから病理機構の解明に向けた具体的な取り組みができるようになったとも言える。しかし,その後順調に発展できたわけではなく,ゲノム科学や神経科学,モデル動物研究の裾野の広がり,イメージングテクノロジーの進歩など,周辺科学や学際分野の進展によって,1990年代ごろから急速に知見が集積してきたように思う。

 本特集では,現時点までに蓄積された生物学的エビエンス,疾患解明の切り口,期待できる治療戦略,今後の展望に至るまで,各分野のエキスパートに丁寧に解説していただいた。物事の本質に辿り着くためには,“森も見て木も見る”ことが大切であると思われる。精神(神経)疾患の理解,想定される分子病理に対して,俯瞰に重点を置いた総説,できる限り分子・生理の連鎖まで踏み込んだ総説,その両方のバランスを取った総説のそれぞれが本特集には揃っており,読者の理解に役立つことが期待される。疾患の発症には遺伝的素因(G),生育環境(E),それらの相互作用(GxE)が寄与する(その他に“偶然”も)。よってテーマとしては,原因の最上流に想定されるゲノムに重きを置いて,田渕,仲西・内匠,廣井,近藤・池田・岩田,池亀ら,加藤(忠),塚越・西道の諸先生が執筆してくださった。環境,あるいは原因と結果(疾患)の間にある“中間表現型(シナプス・回路を含む)”を主に意識した総説は,河西ら,相澤,宮本・鍋倉,加藤(隆)・神庭,那波・湯川,古屋敷の諸先生方が執筆してくださり吉川・前川も加えさせていただいた。GxEは各総説にちりばめられている。

シナプスと自閉症

著者: 田渕克彦

ページ範囲:P.3 - P.6

 自閉症は社会的相互作用の障害,コミュニケーションの障害,興味の範囲と行動の著しい限局性を特徴とする神経発達障害であり,3歳ごろまでに,これらの症状の出現により診断されるが,根本的治療法が存在しないため,患者および家族は一生涯自閉症と付き合っていくことになる。自閉症の罹患率は年々増加傾向にあり,近年の統計では100人中3-4人という報告もある。この数字は実際に患者数が増えたのか,自閉症に対する認識の高まりにより診断数が増えたためか議論の余地が残る。自閉症の原因は不明のままだが,一卵性双生児の自閉症罹患率が高いことなどから,遺伝学的素因との関係が指摘されてきた。自閉症は症候群性のものと非症候群性のものに分けられる。症候群性の自閉症には脆弱X症候群,Prader-Willi症候群,Angelman症候群,結節性硬化症,Rett症候群などがあり,これらは広範な発達障害の中に自閉症症状が合併するもので,多くのものは原因となる特定の遺伝子ないしは遺伝子領域が突き止められている。一方,非症候群性のものでは,明確にメンデル型遺伝を示すものは一部であり,多くのものは多因性遺伝性だと考えられている。自閉症の分子病理像を捉え,診断,治療法の開発に役立てようと考えた場合,自閉症そのものの病態が単独で存在する非症候群性自閉症の原因を解明することが重要である。このため,単独で非症候群性の自閉症を起こし得る遺伝子を同定することが課題とされてきた。

樹状突起スパイン異常と精神疾患

著者: 河西春郎 ,   長岡陽 ,   葉山達也 ,   野口潤 ,   柳下祥 ,   石井一彦 ,   林(高木)朗子

ページ範囲:P.7 - P.11

 大脳皮質や海馬のスパインシナプスと精神神経疾患の関係は1970年代から人間の死後脳の研究で示唆されてきたが,それらの研究では死後変化や向精神薬投与の影響が除外できず,スパインの異常と精神障害を結ぶ具体的証拠も少なかった。21世紀になり,2光子顕微鏡による樹状突起スパインシナプスの生きた状態での実験から,スパイン形態と機能の関係が解明された1)。また,疾患遺伝子解析から,精神疾患関連遺伝子がシナプスに発現していることが多いことがわかってきた2)。更に,シナプス分子や精神疾患原因遺伝子の変異マウスにおいてシナプスの機能や形態の異常が相次いで報告された3)。このような異常は正常範囲の知能と結び付きそうだが,動物行動実験の結果から,通常の記憶課題より精神疾患様の認知機能異常を起こすことが示されてきた。このことは,大脳の神経回路の正常範囲の動作ですら,シナプスの動態が鋭く規定されている必要性があることを物語っている。すなわち,シナプスレベルの学習異常は正常範囲の知能より精神病理との関係が強いことになる。特にシナプスの形態異常は,精神疾患を説明する重要な因子として認められてきた。本稿では,この点についてわれわれの研究を紹介しながら解説する。

うつ病の病態生理における手綱核神経回路の役割

著者: 相澤秀紀 ,   崔万鵬 ,   田中光一 ,   岡本仁

ページ範囲:P.12 - P.15

 うつ病は生涯有病率6.5%と広くみられる疾患であり,社会的・物理的ストレスにより増悪する代表的な精神疾患である。しかし,うつ病の症状は意欲低下や食欲低下,不眠など多岐にわたるため,その病態生理の分子的解明は進んでいない。

 近年の機能画像研究やうつ病動物モデルを用いた研究から,手綱核のうつ病病態における役割が注目を集めている。手綱核は進化的に高度に保存された脳部位であり,セロトニンやドーパミンなどモノアミン神経系の制御中枢として知られてきた1)。一方,抗うつ薬におけるモノアミン神経系賦活作用などから,モノアミンのうつ病病態への関与はこれまで数多く報告されている2)

コピー数多型と精神疾患

著者: 仲西萌絵 ,   内匠透

ページ範囲:P.16 - P.19

 ヒトの遺伝的多型として,最も普遍的に知られるものはSNP(single nucleotide polymorphism)であるが,近年遺伝子コピー数多型CNV(copy number variation)と呼ばれる新たな多型が発見され,研究が進められている1,2)。CNVとは,遺伝子領域の欠失,重複などにより,ある領域を1コピーしか保有していない,あるいは,一つ余分に3コピー保有したりする事象を言う。すなわち,ある遺伝子領域を,通常2コピー持つところを,異なるコピー数保有することである。CNVが起こるゲノム領域は一般に巨大であり,キロベース(kb)サイズから,メガベース(Mb)サイズにわたる。そのため,領域内には一つの遺伝子が含まれるとは限らず,複数の遺伝子が含まれることも多い。このCNVは,まれに起こりうる現象ではない。最近の解析ではヒトのゲノムの12%もの領域においてCNVが認められると報告されており,健常者も通常有する多型である3)。CNV研究の進展に伴い,ある特定遺伝子領域のCNVが,自閉症を含む精神神経疾患の発症と強く関連することが明らかとなっている。本稿では自閉症を含む精神関連疾患と関連するCNVの概略と,モデルマウスを用いた研究について概説したい。

22q11.2CNVのマウスモデルからみた精神疾患

著者: 廣井昇

ページ範囲:P.20 - P.27

Abstract

 これまで調べられてきたどの遺伝子変異よりも精神疾患を高い頻度で起こす,数メガベースにも及ぶ染色体の欠損や重複の存在が最近の研究で明らかになってきた。これらのcopy number variants(CNVs)と呼ばれる染色体欠損重複は,同一のCNVでも自閉症,統合失調症,知的障害,注意欠陥多動性障害など臨床上多岐にわたる疾患を引き起こし,それが個々人では異なる。しかしながら,個々のCNVが1個以上の,多くのケースでたくさんの遺伝子を含むため,CNVに含まれる遺伝子がどのように精神疾患に関与するかのメカニズムの解明が遅れている。われわれの研究チームは22q11.2欠損重複と統合失調症や自閉症の連鎖の研究をマウスモデルで発展させ,22q11.2に含まれる30以上の遺伝子すべてが平等には種々の表現型に作用せず,しかも各々の遺伝子の行動表現型の発現は生まれてからの発達上の時間軸でプログラムされており,環境因子や背景遺伝子での塩基配列多型によって表現型の種類や強度が変わっていくことを解明してきた。このメカニズムが他のCNVsの一般説明概念になりうるか,また,特定遺伝子とマウスの行動表現型との関連がヒトにも敷衍しうるかはこれからの研究に俟つが,CNVと精神疾患のメカニズムの解明が分子レベルでの精神疾患の新しい分類および治療法の開発に資することが期待される。

Genome-wide Association Study(GWAS)による双極性障害研究

著者: 近藤健治 ,   池田匡志 ,   岩田仲生

ページ範囲:P.28 - P.31

 双極性障害は気分の高揚や活動性の増加といった躁状態と,抑うつ気分や意欲の低下といったうつ状態とを交互に繰り返す精神疾患である。その有病率は疫学的調査によって,0.5-1%とばらつきがあるものの,決して低いものではない。

 先行する疫学的研究ならびに双生児研究などにより,双極性障害の遺伝率は約80%と推定され,もう一つの代表的な精神病性障害である統合失調症と同程度の遺伝率を示している。したがって,遺伝的要因が発症感受性に大きな役割を果たしていると考えられており,双極性障害感受性遺伝子の探索は広く行われてきた。

ミクログリアとシナプス

著者: 宮本愛喜子 ,   和気弘明 ,   鍋倉淳一

ページ範囲:P.32 - P.36

 シナプスの異常が精神疾患に大きな影響を与えることがこれまでの研究で明らかになってきている1,2)。これまでシナプス前部における小胞の膜結合に関する分子の発現異常3),シナプス前部と後部を結合する分子の異常4)など,神経細胞間の伝達異常が精神疾患の発症にかかわっていることが示唆されている。一方で,近年ミクログリアが生理的条件下においてシナプスに対して様々な影響を及ぼしていることが知られてきており,ミクログリアの異常によってシナプス伝達に異常を来し,精神疾患に影響を及ぼす可能性が考えられる5)。ミクログリアは中枢神経系において免疫機能を担っているグリア細胞で中枢神経系内の細胞のうち10%程度を占める6,7)。これまで,傷害・病態時のミクログリアは活性化し,傷害・病態部へ遊走,死亡した細胞や細胞片などを貪食によって取り込むなどの役割があることが明らかとなっている8)。一方で正常時においても,これまで“非活性型”と言われてきたラミファイド型ミクログリアが活発にその突起を動かし9-11),シナプスと接触する様子が観察されていて10,11),正常脳におけるミクログリアの働きが明らかになりつつある。本総説ではミクログリアのシナプスに対する影響に焦点を当て,近年のミクログリアとシナプスに関連する報告について解説する。

ミクログリアと精神疾患

著者: 加藤隆弘 ,   神庭重信

ページ範囲:P.37 - P.42

 1950年代にハロペリドール・クロルプロマジンに抗精神病作用が発見され,これらの薬剤が神経ドーパミンD2受容体拮抗作用を有するというエビデンスから,神経伝達の異常こそが精神疾患における病態基盤であるという説がドグマとなり,本仮説に基づく生物学的精神医学研究が進められてきたが,いまだ,その病理機構は十分には解明されていない。脳内には神経伝達の主役ニューロン(神経細胞)以外にも,アストロサイト・オリゴデンドロサイト・ミクログリアといったグリア細胞が生息しており,実際にはニューロンよりもグリアのほうが圧倒的に多く存在している。従来,脇役とみなされていたグリア細胞が精神疾患の病態に関与するという可能性が近年注目されており,筆者らはミクログリアに着目した精神薬理学的研究を進めてきた。興味深いことに,ミクログリア活性化抑制作用を有する抗生物質ミノサイクリンによる向精神作用が国内外で報告されており,ミクログリアが精神疾患研究の新たなターゲットになりつつある。本稿では精神疾患におけるミクログリア仮説を国内外の最新の研究知見と共に紹介する。

統合失調症と炎症性サイトカイン

著者: 那波宏之 ,   湯川尊行

ページ範囲:P.43 - P.47

 炎症は生体防御における統合的システムであり,多種多様な細胞群が協調的,かつ系統的に駆動することで,生体防御を成し遂げる。例えば,皮膚損傷が起こると,血液凝固と共に血小板から放出されたロイコトリエンやケモカインが白血球を呼び寄せ“腫脹”を起こし,そこから放出されたインターロイキン類は血管透過性を亢進させて“発赤”を起こし,更に血清中から分解産生されたブラディカイニンが知覚神経を刺激して“疼痛”を誘発し,血小板中に含まれていた細胞増殖性サイトカインが組織の修復を促す。細菌やウイルスの感染でも,その成分分子が局所のTOLL様分子を刺激して同様なことが起こり,このような炎症システムが駆動するのである。このように一連の組織だった生体防御反応を多種多様な細胞群に命令し,統合的な炎症反応を引き起こさせる分子群こそが“サイトカイン”なのである1)

 サイトカインは,通常アミノ酸数30-500程度の比較的大きなポリペプチドに該当し,アミノ酸数30以下のペプチドを除外することが多い。また,その機能性から大きく三つに分類される。炎症を駆動させる炎症性サイトカイン,逆に炎症を沈静化させる抗炎症性サイトカイン,細胞増殖をも促す増殖性サイトカインである。炎症性サイトカインにはインターロイキン類やケモカインなどがあり,抗炎症性サイトカインには内在性のインターロイキンアンタゴニストやその受容体の細胞外ドメインなどがある。一部のサイトカインには上皮細胞や線維芽細胞に対し,強い細胞増殖能を持つ細胞増殖性サイトカインがある。これらの炎症生体防御システムには,大きな副作用も随伴するため,平常時では厳密にコントロールされている必要がある。通常,抗炎症性サイトカインや副腎髄質ホルモンが炎症生体防御システムの暴走を防いでいる。しかし,いったん,この制御システム自身が崩壊すると,リウマチ熱,喘息,クローン病といった慢性の炎症疾患に見舞われてしまうのである2)

ストレスにおけるアラキドン酸由来生理活性脂質の役割

著者: 古屋敷智之

ページ範囲:P.48 - P.54

 うつ病など精神疾患の発症には,遺伝的素因と共に社会や環境から受ける心理ストレスが重要である。過度のストレスやストレスの遷延化は抑うつ,不安など情動変容を引き起こすが,この機序は不明である。近年の動物研究からストレスによる情動変容にアラキドン酸由来の生理活性脂質,プロスタグランジンE2(PGE2)と内因性カナビノイド(endocannabinoid;eCB)の重要性が示されている1-4)。これら生理活性脂質の情動への関与はヒトを対象とした臨床報告でも示唆されている。例えば,PG合成を阻害する非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs;NSAIDs)の一つcelecoxibの併用は既存の抗うつ薬の治療効果を促進されることが示されている5)。一方,抗肥満薬として期待されたカナビノイド受容体CB1の阻害薬rimonabantは不安やうつのリスクを増大させることも報告された6)。本総説では,ストレスにおけるPGE2とeCBの役割について,動物研究からの最新の知見を紹介する。紙面の制約で引用文献が十分ではないが,ご容赦いただきたい。

統合失調症におけるエピジェネティクス解析

著者: 池亀天平 ,   文東美紀 ,   笠井清登 ,   岩本和也

ページ範囲:P.55 - P.59

統合失調症ゲノム解析の現状

 統合失調症は青年期ごろから前駆症状が出現し,幻覚妄想や自我障害といった陽性症状を主体とした進行期を経た後,意欲低下や感情の平板化が前景の慢性期に至るといった進行性の病像変化を認める。疫学研究から統合失調症の遺伝率は60-80%と言われており,遺伝学的連鎖解析からは10以上の遺伝子が候補遺伝子として報告された。しかし,単一遺伝子変異に基づく病態解明は困難なことから,統合失調症は疾患貢献度(オッズ比)の小さな遺伝子変異が集積することで発症に至るcommon disease common variantという概念が一般に受け入れられてきた。この概念に基づきゲノム上に多数存在する一塩基多型(SNPs)をマーカーとして疾患脆弱性領域を探索する,全ゲノム関連解析(genome-wide assosiation study;GWAS)に注目が集まり,その結果,幾つかの有望な統合失調症関連SNPsが同定された。また,マイクロアレイや次世代シークエンサー技術の登場により,稀な遺伝子変異であるが高いオッズ比を示すコピー数変異の存在などが報告された。しかし,これまでの検出された遺伝リスクをすべて考慮しても,80%近い遺伝率とは大きな解離があり“missing heritability”と呼ばれる大きな議論となっている。

栄養と統合失調症

著者: 吉川武男 ,   前川素子

ページ範囲:P.60 - P.64

 統合失調症は生涯罹患率が約1%と,決して少なくない精神疾患である。思春期あるいは思春期以降に顕在発症するが,いったん発症すると再然,寛解を繰り返し,早期介入の啓蒙が進み治療薬の改良が進んだ現在でも,慢性に経過し発症前の社会的機能の欠損が残る(残遺状態)ことが多い(図1)1)。このような理由により,罹患者およびその家族の苦悩ばかりでなく,疾患による労働力低下は今後の少子高齢化社会において改善すべき重要な課題の一つである。しかし,現状では発症メカニズムについては未解明な点が多い。

 統合失調症をはじめ精神疾患は,他の“ありふれた身体疾患”と同様,多数の遺伝的要因と環境要因が複雑に相互作用して発症すると考えられている。統合失調症の遺伝要因に関しては,全ゲノム関連(single nucleotide polymorphism;SNP,一塩基多型)解析,ゲノムコピー数多型(copy number variation;CNV)解析,新生変異(de novo mutation)解析,エピゲノム解析と,近年飛躍的に発展したが,① 一つひとつの遺伝要因の発症に対する効果は弱い,② 記述診断の“病名”間に共通する遺伝要因がある,③ 関連するSNPだけで8,000以上あると推定されるが2),天文学的な数のサンプルを収集して解析する以外すべてを同定するのは不可能である,つまり純粋遺伝学的アプローチだけでは現実的に全貌解明は不可能,④ 統合失調症の遺伝率は80-90%3)とされるが,現在の方法論では推計を混じえてもそれらを全部説明できる遺伝要因が見つからない(missing heritability),など具体的な複雑性が浮かび上がっている。統合失調症は精神疾患全体の一つの“extremity”と考えるのが妥当であろう。一方,発症率を上げる環境リスク要因は,脳の発達期(胎児期,周産期)の微細侵襲が多く(図2),統合失調症の関連遺伝子が神経発達に関係したものが多い事実と合わせて,統合失調症の“神経発達障害仮説”の根拠となっている4)。つまり,統合失調症は脳の発達期における軽微な障害が素地となって,その後のセカンドヒット,サードヒットなどが重なって,思春期以降の顕在発症に繋がるシナリオが考えられている。一つひとつの環境要因の効果も弱いが,栄養の面を切り口に考えた場合,病因異質性の大きい統合失調症の,病理集約点の一つを見いだせる可能性も考えられるため,本稿ではわれわれの未発表データを含めて栄養,特に脂質の面から考えてみたい。

双極性障害の原因解明の現状

著者: 加藤忠史

ページ範囲:P.65 - P.68

 近年,自閉症および統合失調症の原因にコピー数変動(copy number variation;CNV)やde novo点変異が関与していることが明らかにされ,自閉症の動物モデルが次々と作製されるなど,精神疾患の原因解明に大きな手がかりが得られつつある。

 そのような現状の中で,双極性障害研究については,それほどの大きな手がかりが得られているとは言いがたいのが現状である。双極性障害ではCNVの関与は大きいとは言えず,de novo点変異の関与についてもいまだ明らかにされていない。ゲノムワイド関連研究でも,統合失調症に比べるとヒット数が少ない。

アミロイドβ代謝の分子機構から紐解くアルツハイマー病

著者: 塚越かおり ,   西道隆臣

ページ範囲:P.69 - P.73

 アルツハイマー病は認知症の主要疾患であり,進行性かつ根本治療の手だてがない難病である。アルツハイマー病による病的な健忘は,加齢である程度生じる健忘(いわゆる“もの忘れ”)とは全く異なるものであり,多くの場合,社会性の喪失や人格の変貌を伴う。加齢に伴い発症率が高まることがわかっており,既にわが国をはじめとした高齢社会化した世界各国において,患者数は年々増加の一途を辿っている。したがって,アルツハイマー病の制圧は全世界における喫緊の課題である。

 アミロイドβ(Aβ)は40残基前後の長さのペプチドであり,病理学的解析ならびに遺伝学的解析から確立されてきたアルツハイマー病発症における重要な因子である。Aβの脳内蓄積はアルツハイマー病発症への引き金とも言える病理学的変化であり,Aβ異常を防ぐことは予防的な効果も含め,有効なアルツハイマー病の治療策に繋がると期待される。しかし,幾つものAβ分子標的薬が臨床試験で評価されているが,残念ながらまだ特に優れた薬効を示すものは見つかっていない。これは薬剤の投与時期が“遅すぎる”ことが一因であると考えられている。アルツハイマー病検査の多くは,問診を通して患者の認知機能障害の程度を判定し,アルツハイマー病以外の認知症を除外していくことで行われる。しかし,健忘などの臨床症状が顕在化した段階では,既に回復不可能なほど神経細胞の変性や細胞死が生じている。先手を打つために開発された分子標的薬を,後手に回ったタイミングで投与していることが推測され,この場合,当然ながら効果は得られるはずもない。発症機序が徐々に明らかになると共に,分子標的治療を目指した創薬が行われてきたが,臨床試験の成績が振るわないという事実は,アルツハイマー病の本質的な理解と,それに基づく取り組みの必要性を強く示唆している。そこで本稿ではアルツハイマー病におけるAβの分子病態について解説を行うと共に,Aβに関する基礎研究から立脚した治療戦略として,われわれの最新の研究成果を紹介したい。

連載講座 細胞増殖・6

miRNA-195によるサイクリンE1の発現抑制

著者: 河田則文

ページ範囲:P.74 - P.79

 マイクロRNA(microRNA,miRNA)は蛋白質へ翻訳されないノンコーディングRNA(non-coding RNA)の一つであり,近年,その細胞内での機能解析が急速に進展している。その一方,比較的安定であるmiRNAをバイオマーカーとして用いたり,核酸医薬品の一つとして開発応用する動きがある。筆者らは以前から肝臓の炎症反応や線維化反応の分子機構を研究してきたが,その過程でmiRNAが肝構成細胞の一つである肝星細胞の増殖やコラーゲン産生を調節することを見いだして報告してきた。前者においてサイクリンE1(Cyclin E1)発現を制御するmiRNAとしてmiR-195を同定し,そのメカニズム解析を行ってきた。本稿ではmiRNAと肝病態に関してこれまでに筆者らが得た知見を基に概説する。

解説

ヒト・マイクロRNA遺伝子ファミリーの進化と起源推定

著者: 岩間久和

ページ範囲:P.80 - P.90

 マイクロRNA(miRNA)は,約22-24塩基の一本鎖RNAとして機能するnon-coding RNAの一つである。転写された後,タンパク質に翻訳されず,RNAとして機能する。マイクロRNAはmRNAの3'UTRに相補的に結合することにより,mRNAがタンパク質に翻訳される過程を抑制する。発生過程,細胞周期,神経系の機能など多様な細胞・生体機能の制御にかかわるものが多くある。

 線虫(Caenorhabditis elegans)でlin-4がマイクロRNAとして初めて発見されて以来1,2),20年という短い期間で膨大な知見が集積されてきた。遺伝子制御にかかわる機構の探求,そして,疾患の病因とその診断・治療への応用と幅広い関心を集めている。同時に,生物,特にヒトのように複雑な機能を担う生物において,多様なネットワークの中でマイクロRNAの担う働きと,それがいかに進化の過程で生じ,組み込まれてきたかという点について,新たな研究の見地を与えている。

仮説と戦略

バゾヒビンファミリーとその医学応用

著者: 佐藤靖史

ページ範囲:P.91 - P.97

 血管は角膜や軟骨などわずかな例外を除き,全身のあらゆる臓器に分布し,それぞれの臓器の機能維持に不可欠の重要な役割を果たしている。その血管は血管内皮細胞とその周囲を取り囲む壁細胞(平滑筋細胞,ペリサイト)や細胞外基質によって構築されている。このうち血管内皮細胞は血管の内腔面を敷石状に覆う単層の細胞集団であり,通常は細胞周期の静止期にあって,血流や血液中の様々な刺激を受容するインターフェイスとして血管壁の恒常性を維持しているが,必要に応じて活発に遊走・増殖し,血管を新生する能力を有している。

 血管新生とは,既存の血管の血管内皮細胞が新たな血管網を形成する現象であり,本来は子宮内膜や胎児・胎盤形成,創傷治癒などに限定してみられるが,がん,眼内血管新生病(加齢黄斑変性症,糖尿病網膜症),慢性炎症(粥状動脈硬化症,関節リウマチなど)など様々な病態の発症・進展とも深くかかわっている。

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次号予告/財団だより

ページ範囲:P.79 - P.97

あとがき

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.98 - P.98

 ゲノム科学の進展は精神疾患研究に革命をもたらした。GWASやCNVと言った略語は,もはや精神疾患研究では欠かせないものとなっている。このように,遺伝的素因の解明が急速に進展する一方で,精神疾患の発症のもう一つ原因である環境的要因に関しても,新しい進展が開けようとしている。本特集では,炎症や栄養やストレスがどのようにかかわっているのか,新しい視点から解説をお願いすることができた。更に,環境とゲノムが交差するエピジェネティクスに関しても,論じていただくことができた。これらの要因は,最終的には,脳の神経回路やシナプスの病変として反映されるはずであり,これに関しても,総説をお願いすることができた。最後に,他の精神疾患と比べて歴史的にも一歩先んじているアルツハイマー病研究の最前線を紹介していただき,治療が視野に入ってきている現状を紹介していただいた。これらを通じて,現在の躍動する精神・神経疾患研究の状況を眺望できる,新年号に相応しい夢のある特集号になったのではないかと思っている。更に,本号では,miRNAとバゾヒビンファミリーに関して,熱のこもった総説をいただけた。執筆いただいた諸先生方と,特集号編纂に当たって共同の労を取っていただいた吉川先生に深い感謝と敬意を表します。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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