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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学65巻2号

2014年04月発行

雑誌目次

特集 細胞の少数性と多様性に挑む―シングルセルアナリシス

特集によせて

著者: 松田道行

ページ範囲:P.100 - P.100

 技術革新なくして生命科学の進展なし。本号では新しい技術分野としてシングルセルアナリシスを特集した。これまで,生命科学の多くの分野では培養細胞と遺伝子工学技術を駆使して研究が進められてきた。今,研究は次の段階へと進みつつある。すなわち,異なる細胞種が多数集まって構成する組織・生体において,それぞれの細胞種がどのように機能し,そして全体としての生命の働きを制御しているのかを探求することがテーマである。この目的のためには,多様な細胞が混在している組織で一つ一つの細胞の働きを研究していく必要がある。これがシングルセルアナリシスの一つの顔である。もう一つの顔は同一と定義されてきた細胞集団において,細胞の個性を見いだすという側面である。細胞集団の中に無限増殖するものと分化して増殖を停止するものがあるとする幹細胞の概念が最もわかりやすい一例であろう。

 本特集は,シングルセルアナリシスに対応する技術解説から始まっている。一つ一つの細胞を生きたまま解析する手段としては蛍光タンパク質を顕微鏡で観察することが最も簡便である。最近の蛍光タンパク質技術を使えば,単に解析するだけではなく,細胞を光操作することも可能となっている(松田らの項)。細胞機能を観察するFRETバイオセンサーを使うと,均一と思われている培養細胞集団においても細胞が様々な個性を見せ,お互いに情報交換していることがわかる(青木の項)。一方,NMRあるいは質量分析といった分子構造を解析する技術もシングルセルレベルの解像度を達成しつつあり,新しい発見が期待されている(高岡らの項)。また,シングルセルアナリシスとシングルセルマニピュレーションは表裏一体で進むべきものであり,そのためのデバイス開発(馬渡らの項),遺伝子組換え技術の開発(葛西らの項)も急速に進みつつある。シングルセルアナリシスにかかわる技術開発の中でおそらく最もインパクトが大きいことは1細胞レベルでの核酸シーケンス技術である。1細胞レベルでmRNA発現(山田らの項),ゲノムDNA(角田らの項),DNAメチル化解析(伊藤の項)などが次世代シーケンサーを使って達成されつつある。

A.シングルセルアナリシスへ向けた技術開発

光スイッチング機能プローブで挑む細胞の個性

著者: 松田知己 ,   永井健治

ページ範囲:P.101 - P.106

 生体を構成する多数の細胞が協調することで成し遂げられる形態形成や恒常性の維持の機構を明らかにするためには,生きた生物の中で起こる細胞集団の振る舞いと個々の細胞で起こる現象の関係性を理解する必要がある。近年のライブイメージング技術の進歩により培養細胞内で起こる現象を可視化することに関しては敷居が低くなってはいるが,個体・組織中で多細胞の中に埋もれている個々の細胞の振る舞いや細胞内現象を抽出して解析することは依然として挑戦的な研究内容である。生化学的手法のように何万個もの細胞をすり潰して解析する方法では見いだしえない,一つひとつの細胞の振る舞いの違い(個性)がライブイメージングによって観察可能になったものの,得られた画像情報から個性を評価する方法が未発達だからである。本稿では細胞の個性にまで踏み込むことを可能にする,多細胞内の特定1細胞ライブイメージング技術の現状と蛍光タンパク質性光スイッチング機能プローブを紹介すると共に,細胞個性の研究に必要不可欠な解析方法について筆者らの私見を述べる。

FRETバイオセンサーによるERK活性の単一細胞解析

著者: 青木一洋

ページ範囲:P.107 - P.112

 日本人の死因の第一位は悪性新生物(癌)であり,癌の征圧は世界的にも喫緊の課題である。ほとんどの癌はゲノム上の遺伝子に変異が入って引き起こされる1)。Ras-Raf-MEK-ERK情報伝達系を構成する遺伝子は多くの癌で変異が入ることが知られており,この情報伝達系を構成するタンパク質を標的とした抗癌剤がすでに治療に使われ始めている。しかしながら,現状では多くの分子標的薬による治療と同様に癌の根治には至っていない。その原因の一つとして,オリジンを同じとする癌細胞が不均一性(heterogeneity)を獲得し,癌幹細胞としての性質や薬剤に対する耐性を内在的に示すということが考えられている。このように,癌に対して単一細胞レベルでアプローチする必要性が増してきている。

 ERK(extracellular signal-regulated kinase)分子はRas-Raf-MEK-ERK情報伝達系の出力部位に位置するセリン・スレオニンキナーゼである。ERK分子は成長因子などの細胞外刺激に伴い,活性化ループのスレオニン,チロシン残基がMEK分子によってリン酸化され活性化する。その後,転写因子などの下流の基質分子をリン酸化し,遺伝子発現を誘導・抑制することで細胞の増殖や分化といった様々な表現型を制御する2)。このような多様な表現型はERK分子の活性化の持続時間による違いによって引き起こされると考えられている。例えば,ラット褐色細胞腫PC12細胞やヒト乳腺上皮MCF-10A細胞では,一過的にERK分子が活性化されると細胞が増殖し,持続的にERK分子が活性化されると細胞分化が引き起こされる3,4)。しかしながら,ERK分子活性の時間変化がどのようにして細胞機能へと変換されるのかは議論の余地が残っていた。また,これまでの先行研究の多くは生化学的手法により,数百万個の細胞を使ってERK分子の活性の平均値を測定してきたが,一つの細胞の中でERK分子の活性がどのように変動するのか,また,その機能的な役割についても不明であった。

In Cell NMRに向けた化学―生物学的アプローチ

著者: 高岡洋輔 ,   浜地格

ページ範囲:P.113 - P.118

Ⅰ.原子レベルの解析に適したNMR

 天然のタンパク質は,その構成要素である20種類のアミノ酸の複雑な相互作用に基づいて,厳密に制御された三次元立体構造を形成する。このような複雑な分子の構造と機能を,原子のレベルで解析できる手法が,核磁気共鳴法(nuclear magnetic resonance;NMR)である。核スピンを有する原子が置かれた環境を厳密に識別できるため,古くから有機化合物の同定のみならず,タンパク質の三次構造解析に汎用されてきた。現在,溶液中のタンパク質の動的な挙動を原子レベルで観察するうえで,NMRが最も強力な手法であることは疑いようもない。

 これまでタンパク質の構造解析では,主に試験管に取り出し精製したものが観察対象であった。それによって酵素反応などの様々な生化学的反応のメカニズムが明らかにされてきたが,細胞という本来タンパク質が働く舞台において,それがどういう構造をしているかは,これまで原子レベルの精度を有する解析法が未成熟であったため不明な点が多く残されていた。細胞内は非常に高密度に種々の生体高分子が濃縮された状態であり,この分子込み合い(molecular crowding)の効果は,分子の拡散のみならず,タンパク質の構造や活性に直接影響を与える要因となっていることが最近続々と報告されつつある1,2)。このような状況において,生細胞中のタンパク質の動的構造を高い原子分解能で解析できれば,複雑な生命現象を原子/分子のレベルで語るための一歩として,非常に魅力的である。ただし,細胞のなかには無数の分子が存在する夾雑系であるため,目的の分子だけを抽出して解析するのは困難が伴う。ここではタンパク質のIn Cell NMRの最近の進歩を簡単に紹介したい。

質量顕微鏡による単一細胞解析―イメージング質量分析の試み

著者: 鶴山竜昭 ,   矢島由佳

ページ範囲:P.119 - P.126

Ⅰ.光学顕微鏡における観察からイオンによるイメージングへ

 質量分析(mass spectrometry;MS)は,対象物質を電荷に対する質量比(質量電荷比:m/z値)により分離,同定する分析法である。この分析法の新しいアプリケーションとして,直接,生物学的サンプルにおける代謝物,脂質,ペプチドおよびタンパク質の二次元分布を可視化するイメージング質量分析(imaging mass spectrometry;IMS)が注目されている。実際に二次元分布データは試料の組織学的情報(癌細胞集団の分布など)と照合することで,例えば癌細胞に特有の生体物質(バイオマーカー)を同定することが期待されている。さらに進んで単細胞レベルでの解像度を得る“質量顕微鏡”が開発され始めている。

 IMSのワークフローは試料調製,質量分析,データ解析,可視化などのプロセスからなる(図1)。質量分析の段階では,① 高い空間解像度を得ること,② 脱離イオンの分離および同定,が行われる。質量分析部ではハード・ソフトの進歩が著しいが,こうした試みは成書に多くを譲り,この総説では主に,イメージングにおける様々な試み,前処理によるシグナル強度を増加させる試みなどについて述べる。

拡張ナノ空間を用いたaL-fL高機能分析デバイスの開発

著者: 馬渡和真 ,   北森武彦

ページ範囲:P.127 - P.132

 分析システムを数センチメートル角の基板に集積化するマイクロ化学チップの研究がここ10年で急速に進展して,微量・高速・高機能な化学・バイオデバイスが実現した。また,一部ではマイクロ化学チップを搭載したシステムが実用化されるに至っている。さらに最近では,分析場を数十-100nmの空間,すなわち拡張ナノ空間へ集積化する研究が進展している(図1)。拡張ナノ空間は従来のナノテクノロジーが対象としてきた孤立分子とマイクロテクノロジーが対象としてきた通常の凝縮相液体をつなぐ過渡的領域であり,液体の特性が発現する領域として非常に興味深い領域である(図1)。しかし,波長よりも短く極微小空間となる拡張ナノ空間は,加工・流体制御・検出などいずれも非常に困難であり,これまで未開拓な領域であった。

 そこで当研究室は世界に先駆けて拡張ナノ空間化学・流体の基盤技術を確立してきた。例えば,ガラス加工・低温接合,aL液体・fL/秒の流体制御,非蛍光性分子zmolの検出などが挙げられる1)。これら新しい研究ツールを用いて拡張ナノ空間の溶液物性を調べた結果,バルクとは異なるユニークな溶液物性を数多く見いだしてきた。例えばプロトン拡散速度の上昇,粘度の上昇,誘電率低下,酵素反応速度の加速,化学平衡のシフトなどが挙げられる。いずれも流路のサイズが数百ナノメートルになると発現するという共通の傾向を示した。これらの結果を総合して,壁面から50nmの領域で水が緩やかに構造化したプロトン移動相モデルを提案してきた。従来の吸着相・バルク相に加えてプロトン移動相を考慮することで溶液全体の平均物性を説明するモデルである。

ゲノム編集による遺伝子改変技術の革新

著者: 葛西秀俊 ,   饗場篤

ページ範囲:P.133 - P.137

 近年,次世代の遺伝子操作技術としてゲノム編集法が注目されている。この方法はゲノム上の任意の標的に二重鎖切断を引き起こすことができる人工ヌクレアーゼの開発に基づいており,現在までにZFN(zinc finger nuclease),TALEN(transcription activator-like effector nuclease),CRISPR/Cas(clustered regularly interspaced short palindromic repeat/CRISPR-associated)などのシステムが開発されている。これらのシステムに共通するメリットは,極めて高い効率でゲノムに変異を導入することが可能であるという点である。さらにこのメリットを個体レベルにおいて応用することによって,従来遺伝子ターゲティングが困難であった動物種においても短期間でノックアウトやノックイン動物を作製することが可能となった。本稿ではCRISPR/Casシステムを中心に,ゲノム編集の有用性と問題点を概説する。

B.次世代シーケンサーを用いた細胞多様性の解明

生体リズム・発生現象における1細胞シーケンスを用いた細胞多様性の解明

著者: 山田陸裕 ,   洲﨑悦生 ,   上田泰己

ページ範囲:P.138 - P.143

 次世代シーケンシング技術の汎用化と低コスト化,さらには近年の高精度な1細胞シーケンス技術の開発により,1細胞ごとの細胞種の同定や,同種細胞間での遺伝子発現揺らぎをゲノムワイドに解析することが可能となってきている。本稿では概日リズム中枢の細胞種同定や,初期胚における細胞系譜分離の内部表現を明らかにする研究を例に,1細胞シーケンスを用いた細胞の多様性獲得機構の解明について紹介する。

単一細胞の全遺伝子発現解析

著者: 角田弘之 ,   神原秀記

ページ範囲:P.144 - P.148

 同じ細胞集団でも遺伝子発現は個々の細胞で異なり,細胞ごとの遺伝子発現解析が細胞集団の行動を理解するうえで重要であるとの認識が広がり始めている。これまで遺伝子発現解析はDNAチップを用いて行うことが主流であったが,決められた特定の遺伝子の発現情報だけでなく次世代DNAシーケンサーを用いてすべてのcDNAを配列解析して網羅的に遺伝子発現情報を得る方法が発展してきた。当初は一度の実験で測定に必要な細胞数は数万と多かったが,最近では1細胞を対象としたシーケンス方法が開発され,発展してきている。ここではわれわれの研究室で開発した方法を中心に1細胞遺伝子発現解析の現状を紹介する。

シングルセルメチロミクス

著者: 伊藤隆司

ページ範囲:P.149 - P.153

 エピジェネティクスとは細胞が内因性のシグナルや外部環境の変化に応じて同一のゲノムを多様に読み分け,それぞれの読み取りパターンを安定に保持・継承する仕組みである。細胞が取り得る遺伝子発現パターンの範囲を規定するエピジェネティクスは細胞の個性・多様性を探る1細胞解析においても注目されている。既にエピジェネティクスの主要な分子機構であるDNAメチル化やヒストン修飾を特定の遺伝子座について1細胞レベルで調べた例も報告されている1,2)。さらに,次世代シーケンサー(next generation sequencer;NGS)によるエピジェネティクスのゲノムワイド解析(エピゲノム解析)を1細胞レベルで行うことにも,期待と関心が高まっている。本稿ではそれらのうちDNAメチル化をゲノムワイドに調べるメチロミクスについて考察する。

C.シングルセルアナリシスで見えること

単細胞技術に基づくiPS細胞の標準化

著者: 山根順子 ,   丸山徹 ,   藤渕航

ページ範囲:P.154 - P.158

 これまでの生物学の常識を大きく覆した人工多能性幹細胞(iPS細胞;induced pluripotent stem cell)の発見がなされたのが2006年のことである1)。iPS細胞はES細胞と異なり作製段階にヒト胚を破壊する必要がないことから,ES細胞を用いた研究において大きな障壁となっていた倫理問題が生じず,再生医療を一気に加速させる夢の細胞として登場した。体細胞にわずか数因子を導入するのみで多能性を持った細胞を生み出すことができるという報告はあまりにセンセーショナルであり,それ以降様々な細胞種由来のiPS細胞の樹立や,より安全かつ効率的な樹立法が次々に見いだされた。また,iPS細胞を用いた幹細胞生物学としての基礎研究や再生医療,創薬へ向けた応用研究など,多数の報告がなされている。世界中で樹立が試みられ報告されているiPS細胞は,樹立された数だけ質の異なる細胞になっている可能性が指摘され,今度は質の良いiPS細胞を選別する手法を開発するという新たな研究の方向性も生まれた。

 iPS細胞は通常コロニー(細胞集団)として維持培養される。しかしながら,コロニーのなかでも均一な状態ではなく細胞の個性があることがわかっており,集団レベルでiPS細胞の解析を続けていくだけでは標準化を目指すことは難しい。そこでわれわれはより解像度を上げた解析が必要になると考え,従来のような“細胞集団”として遺伝子発現レベルを調べるのではなく,“個”としての細胞,つまり“シングルセルレベル”での遺伝子発現を調べ,標準化に向けた試みを行った。

母体血中胎児有核赤血球を用いたシングルセルアナリシス

著者: 高林晴夫 ,   北美紀子 ,   関沢明彦 ,   北川道弘

ページ範囲:P.159 - P.163

 胎児DNA診断法として従来から羊水穿刺,絨毛採取および臍帯穿刺が広く行われているが,これらの方法は,ときとして母体,胎児への危険を伴うことがあり,染色体異常や遺伝子異常などの発症リスクの高い症例の出生前診断に適用されているのが現状である。そこで無侵襲的な手法として母体血中に存在する胎児由来細胞を使った胎児DNA診断法が研究・開発されるようになった。母体血中に胎児由来細胞が出現するのは妊娠6週ごろからであると報告されている1)。出現する胎児細胞の中でも最も有用とされているのが有核赤血球である(図1)。有核赤血球は比較的半減期が短く,核があるので胎児のDNAも保存されていると考えられ,形態的にも識別が可能である。一方,母体血漿中に胎児由来のcell-free DNAが比較的高濃度で認められることも知られるようになり,このcell-free DNAによる出生前診断も新しい無侵襲的な方法として注目されている2)。ここでは有核赤血球を用いたシングルセルアナリシスおよびcell-free DNAを使ったDNA分析の現状と近未来について紹介する。

固形がんにおける循環がん細胞

著者: 上野貴之

ページ範囲:P.164 - P.170

 がんの血行性転移の過程で,循環血液中にがん細胞が流入すると考えられているが,その循環血液中のがん細胞(circulating tumor cell;CTC)を検出する様々な方法が考案されている。最初の報告は1869年に転移性がん患者の剖検で,血液中に腫瘍と同じ細胞が認められたという論文に始まる1)。その後,様々な検出法が考案されたが,CTCは1億-10億個の血液細胞中に1個程度しか存在しないと考えられているため,その検出方法の開発がネックとなっていた。しかし,CTCは採血という比較的侵襲の少ない方法で得られるがん細胞であるため,liquid biopsyの一つの方法として診断,治療法決定(蛋白質発現,遺伝子増幅,遺伝子変異),治療モニタリング,再発モニタリング,耐性メカニズムの検出,治療ターゲットの探索など,がんの存在のみでなく,がんの性質を捉える方法として注目されている。本稿では検出方法の最近の進歩と,臨床的意義,臨床応用の可能性,CTCのシングルセルアナリシスの現状について概説する。

患者血液とFRETバイオセンサーを用いた薬剤効果予測

著者: 大場雄介

ページ範囲:P.171 - P.175

 緑色蛍光タンパク質GFP(green fluorescent protein)の発見とcDNAの単離以来1,2),GFPを用いた生細胞イメージングは生物学研究の必須ツールになっている。シグナル伝達のネットワークにおいては構成要素であるタンパク質の局在のみならず,他のタンパク質との相互作用,リン酸化をはじめとする翻訳後修飾,構造変化や酵素活性など質的変化がダイナミックに生じている。これらの動的イベントの可視化を可能にする技術の一つが,フェルスターの蛍光共鳴エネルギー移動(Förster/fluorescence resonance energy transfer;FRET)である3)。しかしこれまで,これらの技術利用は純粋な基礎研究分野に限られていた。本稿では,われわれが開発したFRETバイオセンサーを用いた体外診断試薬と,その臨床検査手法としての適応や有用性について紹介し,それにより何が見えるかを紹介したい。

連載講座 細胞増殖・7

長期放射線被曝とサイクリンD1

著者: 志村勉 ,   欅田尚樹

ページ範囲:P.176 - P.181

 サイクリンD1は細胞外からの増殖刺激を受けて発現量が増加し,サイクリン依存性キナーゼCDKと複合体を形成して,細胞周期の進行を制御する。われわれは,これまでヒト細胞を用いて長期放射線被曝影響を解析し,単回照射と長期分割照射では異なるサイクリンD1の放射線応答を明らかにした。高線量急性照射では,サイクリンD1は分解され,細胞周期を停止させる。一方,長期分割照射では,サイクリンD1の核外排出と分解経路が抑制され,サイクリンD1は核に蓄積する。この長期分割照射によるサイクリンD1タンパク質の安定化は,正常細胞ではがん遺伝子の活性化によりゲノム不安定性を誘導し,がん細胞においては放射線治療で問題となるがんの獲得放射線耐性にかかわる。本稿では単回照射と長期分割照射で異なるユニークなサイクリンD1の放射線応答を紹介し,その分子機構と生物影響ついて述べる。

仮説と戦略

マイナス鎖にコードされるヒトT細胞白血病ウイルス1型の病原性遺伝子

著者: 松岡雅雄

ページ範囲:P.182 - P.186

 ヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus type 1:HTLV-1)はGalloらによって1980年にT細胞株から発見された最初のヒトレトロウイルスである1)。この発見後,HTLV-1は1970年代に高月らによって日本で新たな疾患として提唱された成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia;ATL)2)の原因ウイルスであることが明らかになった3)。吉田らによるHTLV-1全塩基配列の決定により,このウイルスはlong terminal repeat(LTR),gag,pol,envというレトロウイルスに共通の構造以外にenvと3'側LTRの間にpX領域という特殊な配列を有し,複数の調節遺伝子,アクセサリー遺伝子を有することが明らかにされた4)。調節遺伝子であるtaxは,その多彩な転写活性化能と発がん活性によってATLの責任遺伝子であると推測されたが,ATL細胞でTaxは,しばしば発現できない変化が起こっていることから,他のウイルス遺伝子の関与が疑われてきた。本稿ではHTLV-1プロウイルスのマイナス鎖にコードされるHTLV-1 bZIP factor(HBZ)遺伝子のHTLV-1関連疾患病態における役割に関して概説する。

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お知らせ

ページ範囲:P.118 - P.118

お知らせ

ページ範囲:P.126 - P.126

次号予告/財団だより

ページ範囲:P.187 - P.187

あとがき

著者: 松田道行

ページ範囲:P.188 - P.188

 本誌の編集委員になり初めて特集を組みました。多忙な中,執筆いただいた先生方に心からお礼を申し上げたいと思います。御蔭様でシングルセルアナリシスの現状を概ね俯瞰できたのではないかと自負しております。ただ,この特集に入れられなくて残念に思っていることがあります。それは数理科学・情報科学のシングルセルアナリシスに対する寄与です。シングルセルアナリシスが意味するところは一つの細胞を解析する,ということではありません。膨大な数の細胞を一つずつ解析する,ということなのです。したがって,この研究領域には画像解析・情報抽出・モデル化など,実験屋の能力を超える多くの仕事が発生します。実験・計測と情報・数理の研究者間の協力をいかに進めていくかが喫緊の課題だと思います。

 冬季オリンピックも無事に終わりました。今回も選手たちの悲喜こもごものドラマを観ました。期待に応えられなくてすいません,というコメントをした選手がいましたが,こちらが勝手に期待したのだから謝る必要はないのです。研究もそうだと思います。頑張っても成果が出ないのはやむを得ないことです。卒業の時節です。成果の優劣はあるにせよ,胸を張って社会に出てほしいと思います。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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