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文献詳細

雑誌文献

生体の科学65巻6号

2014年12月発行

文献概要

特集 エピジェネティクスの今

神経変性疾患とエピジェネティクス

著者: 岩田淳12

所属機関: 1東京大学医学部附属病院神経内科 2科学技術振興機構 さきがけ

ページ範囲:P.591 - P.594

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Ⅰ.神経変性疾患とは

 神経変性疾患とは病理学的に炎症でも血管障害でもない一群の中枢神経疾患を指す。名称が提唱された時代にはその原因が全く不明であったため,“degeneration;変性”と命名されたことが歴史的経緯だが,現在に至っても確立された治療法が存在しない数多くの難病性疾患が含まれる。この中でもアルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD),パーキンソン病(Parkinson's disease;PD)といった疾患は患者数が多く社会的には重要度が高い。AD,PDはまれな場合を除き通常は50歳以上,多くは65歳以上の高齢で発症することが多く,加齢が危険因子の一つとなる。大半は孤発例だが,ごくまれに家族性に発症する場合があり,原因遺伝子が同定されている(表1)。家族例は発症年齢が孤発性よりも若いことを除けば臨床,病理ともに孤発性と区別のつかない症例が多く,共通の分子メカニズムに基づく発症が想定されている。具体的には,家族性ADで発見されたPSEN1PSEN2APPの遺伝子異常はすべてAPPを切断して産生されるAβ42という易凝集性ペプチドの産生を増加させ,家族性パーキンソン病で発見されたSNCA遺伝子の変異はその遺伝子産物であるα-シヌクレインの凝集性を増強させる。一方で,Aβ42もα-シヌクレインもこれらの遺伝子異常を有さない孤発例でも中核となる病理所見として凝集し,脳内に蓄積するため,これらの遺伝子産物は孤発例と家族例を結び付ける重要な因子であると考えられている。このため,孤発例でも家族性遺伝子の関与が何らかの形で想定はされるが,孤発例では変異が見いだされることはほとんどない。ではどのような関与が考えられるのだろうか。遺伝子の配列には異常がなくてもその制御機構,すなわちエピゲノムに異常がある可能性はないのだろうか。

 近年,ごく少数の症例ではあるが,若年(20歳代から40歳代)発症のAD1)や,PD2,3)で遺伝子の重複保持例が発見された(表2)。これらでは,APP(amyloid precursor protein)もしくはα-シヌクレインの発現量が遺伝子量の増加に伴って1.5-2倍と増加している。また,ダウン症候群で重複する21番染色体上にはAPP遺伝子があるため,APPの発現量が増加し,ダウン症候群の成人患者では高率にADと同様の病理所見がみられる。つまり,1.5倍程度の遺伝子発現量の増加が“早期発症”のAD,PDの原因となることが想定される。孤発例では高齢で発症するという点を考慮すればAPPやα-シヌクレインの発現量が1.5倍未満でも十分発症の原因となる可能性があることになる。しかし,死後脳を使用したメッセンジャーRNA解析では発現増加とする報告,発現低下とする報告があり,一定した結論は得られていない4-6)。これは死後のメッセンジャーRNAが不安定であることや死戦期の影響が排除できないこと,また,症例ごとに発現の増加が発症とかかわる場合とかかわらない場合がある,など様々な原因があるのだろう。

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掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1883-5503

印刷版ISSN:0370-9531

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