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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学66巻1号

2015年02月発行

雑誌目次

特集 脳と心の謎はどこまで解けたか

特集「脳と心の謎はどこまで解けたか」によせて

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.2 - P.2

 本誌では1995年新年1号に「神経科学の謎」という特集号を発行いたしました。それから20年経った今日までに,脳科学は目を見張る進歩を遂げ,かつては心理学や哲学の対象でしかなかった,様々な心の営みの脳科学的な基盤を明らかにすることができるようになってきました。

 このような進歩は,様々な技術的発展に支えられています。人間の脳活動は,fMRIやPETといった技術の誕生によって精密に計測できるようになりました。一方,実験動物の脳を対象として,多重電極や多光子励起顕微鏡などによって,様々な条件のもとで行動する実験動物から,多数の神経細胞の活動を同時計測する技術が生まれました。更には近年,光遺伝学や様々なウイルスベクターといった技術が誕生し,動物の脳の,特定の神経回路の活性だけを自由に制御できるようになり,脳科学においても他の科学と同じく,実験対象に人為的擾乱を与えることによって精密に因果律を検証できる時代になりました。また,CRISPRなどの技術の誕生によって,基本的な技術基盤である遺伝子操作の対象となる動物の種類の幅が一挙に広がりました。

海馬における時間の表現

著者: 藤澤茂義

ページ範囲:P.3 - P.6

 時間は脳の中でどのように知覚されているのであろうか? おそらく,外界を感知するための感覚機能(視覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚)によって知覚されているのではない。外部からの感覚刺激に頼っていないのであれば,脳の内的に生成された活動によって時間を知覚しているのであろうと考えられる。近年,海馬のニューロン群(セル・アセンブリ)の発火活動が時間の表現に関係するのではないかと報告されてきており,本稿ではそのような海馬での時間表現研究の進展について解説したい。

エキスパートにおける直観

著者: 田中啓治

ページ範囲:P.7 - P.13

 世の中にはいろいろな分野にエキスパート(熟達者)と呼ばれる人たちがいて,通常の人の能力をはるかに超える優れた問題解決能力を示す。そしてエキスパートの優れた能力の重要な部分に直観的に問題を解決する能力がある。直観は正確に定義された心理学用語ではない。通常の人にはかなり難しい問題に対する回答をほとんど無意識に短時間で得ることを一般に直観と呼んでいる。インスピレーションと直観は違う。インスピレーションは滅多に起こらないが,エキスパートの直観はいつも起こる。本稿ではチェスや将棋などのボードゲームにおける直観を直接の対象とするが,医学臨床における診断,幾何学などの数学の問題解決,複雑なコンピューターシステムの故障診断,会計監査における問題点の指摘など直観が働く認知分野は多様である。エキスパートの能力は分野特異的であり,エキスパートになるには真剣な訓練を毎日3-4時間10年以上続ける必要があると言われている。

習慣の神経メカニズム

著者: 吉田純一 ,   礒村宜和

ページ範囲:P.14 - P.18

 新しいパソコンを買ったとき,キー配列が以前のものと違って戸惑ったことはないであろうか。そんなとき,最初は若干ぎこちない操作になってしまう。しかし,そのパソコンを使い続けているといつの間にか滑らかにキー操作ができるようになり,そのキー配列でタイプすることが習慣になってくる。だが,あまりにそのキー配列に慣れすぎてしまうと,別のパソコンを使うときにいつもの癖が出てしまい困ってしまうこともある。例えば,Ctrlキーを押そうとしてFunctionキーを誤打してしまう,といった具合である。
 学習した行動が習慣化されることで,われわれはそれほど意識せずとも,正確で素早い行動ができるようになる。一方で,習慣化された行動が固定化してしまい,いわば癖になってしまうと,柔軟に行動を変化させることが難しくなる。行動を習慣にするメカニズムは,われわれの生活を効率的にしてくれるものであるが,適切な制御を欠けば著しい弊害にもなる。

やる気─内発的動機づけの神経科学

著者: 村山航 ,   松元健二

ページ範囲:P.19 - P.23

 やる気の問題は多くの人の心を悩ますところである。“生徒のやる気がなくて困っている”“部下のやる気をもっと高めたい”という話はよく聞くし,“自分のモティベーションをどのように保てばいいのか”という悩みも多いし,私自身もよく悩む。どうしたらやる気を高めることができるのであろうか。この問いに対して,つい最近までの神経科学の答えはシンプルであった。それは“外的な報酬を与えればよい”である。外的な報酬とは,金銭や食べ物などのことである。こうした外的な報酬は,脳内の報酬系(図1)を賦活させ,外界への注意を促進し,やる気を高める作用があることが多くの研究で明らかになっている1,2)。実際,神経科学の研究で“動機づけを操作する”と言うと,被験者を空腹にさせたり,お金を与えたりすることがほとんどである3,4)

“嫌な出来事を避ける”ための神経基盤─外側手綱核と前部帯状皮質の役割

著者: 川合隆嗣 ,   山田洋 ,   佐藤暢哉 ,   高田昌彦 ,   松本正幸

ページ範囲:P.24 - P.28

 動物は過去の経験に基づいて行動を柔軟に変化させる。特に,失敗や怪我といった嫌な出来事を経験した際に,同じ行動を繰り返さないように学習する。この経験に基づく行動修正の神経基盤を明らかにするために,これまでヒトや動物を対象に様々な研究が行われてきた。その結果,期待していた報酬が得られない,または痛みを受けるといった嫌悪的な事象が起こったときに,脳の複数の領域が協調して活動することが明らかとなってきた。本稿では,そうした脳領域の中でも,特に“外側手綱核”と“前部帯状皮質”に着目する。これら二つの領域のニューロンは,共に嫌な出来事に対して強く反応することで知られる。そうした反応は,嫌な出来事を避ける行動を生み出す基盤であると考えられている。更に,外側手綱核と前部帯状皮質は解剖学的に結合してネットワークを形成しており,最近の研究によって,この外側手綱核-前部帯状皮質ネットワークの働きが嫌な出来事を避ける行動の制御に重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた。以下の項では,まず,外側手綱核と前部帯状皮質のそれぞれの機能を説明し,続いて外側手綱核-前部帯状皮質ネットワークの機能を概説する。

恐怖と不安─脅威に対する動物の適応行動選択とその克服

著者: 相澤秀紀 ,   崔万鵬 ,   田中光一

ページ範囲:P.29 - P.32

 動物が外界の環境に適応し生き残るためには,不快な経験を記憶し予期することを可能にする神経機構が不可欠と考えられる。恐怖や不安は,危険,脅威および葛藤などにより惹起される情動であり,回避や無動などの適応行動を引き起こす。これらの情動は過去の経験を基に行われる価値判断という側面を持ち,最適な行動選択を行ううえで有用なだけでなく,あらゆる動物の生存に必須のものと考えられる。
 恐怖と不安は共に不快であるものの,異なった要因が引き金となる情動として理解されている。恐怖は差し迫った脅威や特定の危険事象に対して起こる情動であり,切迫の度合いや回避の可能性に応じて逃避や無動などの行動を選択する。一方,不安は不特定の潜在的な脅威や危険性に対して引き起こされる情動で,大胆な行動を控えたり危険に備えて警戒態勢の強化を引き起こす1)

予測─大脳新皮質のベイジアンフィルタ仮説

著者: 船水章大 ,   銅谷賢治

ページ範囲:P.33 - P.37

 われわれの脳は目,耳,鼻などへの感覚入力から自らの運動出力まで,不確実な情報から状況を予測・推定し行動を決定する。心理物理学の研究で,人間や動物の状況予測は不確実性を最適に扱うベイズ推定に従うことが示唆されている1,2)。ベイズ推定は現在の状況sの推定を,経験した感覚情報xで更新・修正する。
 Psx)= PxsPs)/∫PxsPsdsPxsPs)…(1)
 ここで,Ps)は状況sがどれだけありうるかを表す事前確率,Pxs)は状況sのもとで感覚xがどれだけ起こりうるかに応じた尤度,Psx)はその両者の統合による状況sの事後確率を表す。式1は,単一の感覚情報による推定だが,実世界では時々刻々と得られる感覚情報をもとに,変化する状況を予測し推定することが重要である。これは逐次的な推定様式を持つ,ベイジアンフィルタ(Bayes filter)で実装できる2)

報酬のための辛抱強さを調節するセロトニンの役割

著者: 宮崎佳代子 ,   宮崎勝彦 ,   銅谷賢治

ページ範囲:P.38 - P.43

 大脳皮質や基底核などに幅広く投射するセロトニン神経は,これまで睡眠-覚醒リズム,呼吸などの生理機能から認知,情動に至るまで多様な機能にかかわることが報告されている1,2)。また,ヒトや動物を用いた複数の行動実験から衝動性の制御にかかわりを持つことが知られている。例えば罰が予測される状況下で,それを回避するために行動抑制が必要なとき,薬理的手法で脳内セロトニン量を減少させるとそれが困難になるといった報告がある3)。このことからDawら4)はセロトニンについて将来的に罰が予測される状況下でその行動を抑制させるという,ドーパミンとopponentな役割を担うとの仮説を示している。その一方,例えばうつ病などの精神疾患に対して処方される抗うつ薬の一つである選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor;SSRI)は脳内セロトニン量を増やすが,その効果を説明するに当たり,これまでの解釈では相容れない部分が残る。更に最近では背側縫線核セロトニン神経活動を光遺伝学(optogenetics)を用いて活性化させると報酬効果が生じるという報告もある5)。このように報酬と罰に関するセロトニンの役割については複数の見解があり混迷した状況にあると言えるが,それは報酬を獲得し罰を回避するという,生物がその生存を維持するために不可欠な基本的行動戦略の中でセロトニンが重要な位置にあることを推測させる。
 われわれはセロトニンが“将来の報酬に対する辛抱強さを調節する”という仮説のもとに研究を進めてきた6-11)。これまでラットを用いた背側縫線核の神経活動記録8),細胞外濃度測定7)により,遅延報酬課題を実行中にセロトニン神経の発火およびセロトニン放出が増加すること,また,薬理的にセロトニン神経の発火を抑えると10),報酬を待てなくなるエラーが増加することを示してきた。それらに基づいて実施した最近の実験で,光遺伝学を用いてマウスの背側縫線核セロトニン神経活動を人為的に活性化させると“予測される報酬をじっと辛抱して待っている時間”が長くなるという興味深い結果を得た11)。これら一連の実験結果から,将来の報酬に対する辛抱強さを調節するという新たなセロトニンの役割が見えてきた。本稿では光遺伝学を用いた実験を中心にわれわれの見解を述べる。

妬み

著者: 高橋英彦

ページ範囲:P.44 - P.47

 まず,ここで使用する妬み(envy)と嫉妬(jealousy)という用語の定義をしておきたい。両者は日常的には区別なく使用されているが,これは英語圏でも同様である。しかし,心理学・認知科学の分野では両者は異なる情動として扱われることがある。両方の日本語の単語が英語の単語と対応しているわけではないが,ここでは便宜上,妬みはenvyに相当し,嫉妬はjealousyに相当するものとする。両者の違いの最も簡潔な説明は,妬みは登場人物が二人ないしは二つの集団で成立するのに対し,嫉妬は三人の人物を要するということになる。嫉妬には男女間の嫉妬や兄弟間の嫉妬がある。男女間の嫉妬は説明するまでもなく,男女のカップルと恋敵の別の男性(女性)が必要となる。兄弟間の嫉妬とは発達心理学で扱われるテーマである。既に子どもがいる母親に新たに次の子どもが生まれたとき,母親はより手のかかる歳が下の子に注意が向く。歳が上の子は下の子に母親を独り占めされたと嫉妬を感じ,母親の気を引こうと赤ちゃん返りしたりする。この場合も三人の人物が登場する。嫉妬は重要な人間関係が第三者によって脅かされる恐怖と定義することができる。嫉妬そのものは正常な心の反応であるが,嫉妬を抱く人,抱かれる人,いずれかが社会生活に支障を来し病的な状態になると,精神科で遭遇する病的嫉妬と呼ばれる状態となる。病的嫉妬は妄想を伴うタイプや,パートナーの不貞を疑い執拗に確認する強迫が目立つタイプがある。嫉妬妄想はアルコール依存症や認知症などで見かける。ちなみに,20世紀初頭にアルツハイマー博士によって世界で最初に報告されたアルツハイマー病患者アウグステ・データー(女性)の初期の訴えは嫉妬妄想であった。強迫が目立つタイプはストーカー行為や監禁,暴力などに発展し,ときにシェイクスピアの劇・オセロでオセロ王が嫉妬に狂い愛しているはずの妻を逆説的に殺し,自身も自殺するといった破滅的な結末に至ることがあり,このようなケースはオセロ症候群と呼ばれ,司法精神医学で時々問題になる。筆者のグループ1)での男女間の嫉妬に関するfMRI研究は誌面の都合により割愛し,本稿では妬みに関する脳画像研究を紹介する。

人の心を汲み取るとは─社会知性の脳計算

著者: 中原裕之

ページ範囲:P.48 - P.52

 われわれの日常生活の大半は何らかの社会行動である。つまり,“ヒトである”ことの多くはその社会行動の中に表れると言える。したがって,この社会行動をつかさどる神経基盤の解明は,すなわち“ヒト”を理解することにつながると言えるであろう。脳神経基盤の解明は脳科学の重要目標であると同時に,広汎な諸科学の発展を促す壮大な目標でもある。脳科学の発展は著しい。100年前,あるいは50年前,10年前に比べると実験技術の進展は目覚ましく,新たな知見も急速に増している。とは言え,この究極の目標までの道のりは今はまだ遠いかもしれない。しかし,筆者はいつかそこにたどり着くことができると信じている。
 ここで筆者の構想をまず述べておきたい。社会行動の根幹には,人々が互いの心や行動を推断する社会知性がある。この社会知性の脳メカニズムを,大胆な捨象を経て“自己システム+他者システム”の観点から解明する。それには実験と理論の融合研究が必要であり,社会知性の脳計算の基本構成要素を徹底的に明らかにすることが最初の重要な一歩となる。このような話をされても何のことやらさっぱり,と思う方もいるであろう。本稿では,この構想の源流を述べたうえで,筆者の研究室の最近の研究成果を紹介し,今後の展望について簡単に述べたい。

利他愛

著者: 森島陽介

ページ範囲:P.53 - P.57

 利他的行動とは自分の不利益を省みず他者の利益になる行動のことを指す。他者の利益になる行動とは養育や寄付,臓器提供など様々な形の行動があるが,狭義の利他的行動では自分へのお金,時間,労力,名声などの金銭的,非金銭的な利益が全く期待できない状況にもかかわらず,お金,労力,時間などのコストを使い他者の利益になるような行動を指す。より広い意味では,他者に利益をもたらすような行動一般を指すが,本稿ではまずは狭義の利他的行動に着目して論を進めたいと思う。

父性愛と母性愛─親心の脳神経基盤

著者: 黒田公美

ページ範囲:P.58 - P.65

 母性愛,父性愛というと崇高・神聖なイメージで動物実験とはなじまない印象があるかもしれない。しかし,親の子育ては哺乳類に共通する重要な繁殖行動の一部であり,自然界で哺乳類の親たちは自発的に,外部からの強制なしに進んで犠牲を伴う子育てを日々行っているものである。本稿では動物実験においてどのように原始的な“親の愛”を定量し研究するのか,その一つの方法を紹介したい。

絆,そして浮気の行動神経内分泌学─哺乳動物のペア形成と下垂体後葉ホルモン系

著者: 西森克彦

ページ範囲:P.66 - P.71

 動物の向社会性行動における“絆”行動は,直訳すれば(social) bonding behaviorとなり,ヒトにおいてのbonding behaviorは母子・親子間のinfant-mother relation,夫婦など異性間のペア形成行動(pair bonding),家族や兄弟の家庭への帰属意識,あるいは団体組織や地域,社会などに属するメンバー間で持つ同志的感情,共感性などを含む様々な絆行動が考えられる。しかし,ヒトのこれら高度な絆行動を支える脳神経機構とその回路基盤に関する詳細な神経科学的解析は少なく,モデル動物を用いた侵襲的,解剖・組織化学的,生理学的研究に至ってはほとんどその例をみない。
 一方,母子間のinfant-mother(parents) relationにおけるbonding behaviorは,親から子への養育行動であるparental behaviorあるいはmaternal behaviorと,子から親に対するbonding behaviorに分けて考えることができる。親の子に対する養育行動,なかでも一般的なmaternal behaviorは解析研究のよく進んだ領域である一方,父親による子育て行動,paternal behaviorについては,特に哺乳動物綱において父親が“pair形成と継続的な家族の維持”にかかわる動物種が例外的であることからも,詳細な神経科学的解析はmaternal behavior解析研究に比べて少ない。しかし,マウスにおける父親の子育て行動の誘導に母親からの超音波シグナルが必要であることを示した興味深い報告などもある1)

社会的階層と集団サイズ

著者: 則武厚 ,   磯田昌岐

ページ範囲:P.72 - P.75

 社会的階層は,多くの動物種において認められる。特に霊長類(ヒトやサル)では,他の哺乳類と比べ集団サイズが大きく,複雑な社会的階層構造が存在する。また,霊長類の大脳新皮質の体積も,他の哺乳類と比べ増加しており1),“より複雑な社会的要求に対処するために脳は増大していった”という社会脳仮説2)など,興味深い説が提唱されている。しかし,社会的階層と関連する情報処理が,具体的に脳のどこでどのように行われているかを明らかにした研究は現在も少ない3)。本稿では,霊長類の中でも比較的研究が進んでいるマカクザルにおける社会的階層と集団サイズの神経機構に関する最近の知見を紹介し,今後の研究の方向性を述べてみたい。

連載講座 生命科学を拓く新しい実験動物モデル-1【新連載】

多光子顕微鏡を用いた生きたマウスでの分子活性イメージング

著者: 上岡裕治

ページ範囲:P.76 - P.81

 近年,生体イメージング技術の進歩によって,マウスに代表される実験動物で生きた細胞の動態をリアルタイムに観察することが可能になってきた。更に,細胞の形態のみならずタンパク質の局在や活性,あるいはタンパク質間相互作用を生きたマウス生体の中で解析することも可能になっている。特に2光子(多光子)励起顕微鏡を用いた蛍光生体イメージングは,①多色イメージングができる,②目的に応じた遺伝子組換えマウスを利用できる,③細胞レベルの高解像度で断層像撮影できる,といった利点があり,発生,脳,免疫・炎症,癌といった様々な研究分野で近年活躍している。2光子励起顕微鏡を用いて生体イメージングを行う際には,観察対象の細胞やタンパク質を蛍光標識しておき,適切な方法で対象臓器を動かないように固定する必要がある。本稿では,2光子顕微鏡を用いた生体蛍光イメージングにおける技術的な課題とその解決法などを紹介すると共に,蛍光タンパク質を用いて目的タンパク質の活性を測定するFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)を利用したバイオセンサーと,FRETバイオセンサーを発現する遺伝子組換えマウスを用いたイメージング例を紹介する。

仮説と戦略

転写ファクトリー仮説

著者: 井上剛 ,   和田洋一郎

ページ範囲:P.82 - P.90

 次世代高速シークエンサーの発達・普及とそれを用いた手法の開発によって,核内で起こっている様々な現象を観察することが可能となった。転写のメカニズムについても新しい知見が得られつつある。われわれは長年にわたる動脈硬化にかかわる遺伝子発現メカニズムの研究を通じて,従来大腸菌で考えられていたように,RNAポリメラーゼがDNAの上を滑りながら転写を行うモデルではなく,哺乳類ではRNAポリメラーゼがたくさん集まっている“工場”にDNAが取り込まれてRNAが作られるというモデルを提唱している。本稿では,これまでわれわれが得てきた知見を中心に転写ファクトリー仮説に関して概説する。

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次号予告/財団だより

ページ範囲:P.91 - P.91

あとがき

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.92 - P.92

 2014年度のノーベル生理学・医学賞は「動物の位置情報処理にかかわる神経細胞群の発見」を行ったロンドン大学のJohn O'Keefe教授と,そのお弟子さんであるMay-Britt & Edvard Moser夫妻に授与されました。本特集号でも藤澤先生には,海馬で場所を記憶するための機構が,経験した出来事が要した時間を何十倍にも圧縮して,神経細胞群の連続発火として記憶するのに役立っていることを解説していただきました。20世紀初頭の物理学は相対性理論の誕生によって,物理学的に時間と空間の関係を論じることを可能にしました。現代の脳科学は,時間と空間の中で起こる出来事を,脳がどのように捉えることができるのかを解明しつつある,と言えます。本特集では,新進気鋭の研究者である著者の先生がたによって,解き明かされつつある心の謎について,力のこもった総説を執筆していただくことができました。ご執筆していただきました先生がたには,年末のお忙しい時期に貴重な時間を割いてくださったことに,深く感謝いたします。
 本特集号で述べられた研究の多くは,特定の心の働きには,脳のどの部分が重要な役割を果たしているのかがわかってきたばかりの段階にあります。ただ,研究の端緒は,確実につかみつつあると言えます。読者の皆様には,2015年の新年に際して,研究者の皆様と共に,脳科学のこれからの躍進への夢を共有していただけたら幸いです。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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