特集 脳と心の謎はどこまで解けたか
報酬のための辛抱強さを調節するセロトニンの役割
著者:
宮崎佳代子1
宮崎勝彦1
銅谷賢治1
所属機関:
1沖縄科学技術大学院大学神経計算ユニット
ページ範囲:P.38 - P.43
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大脳皮質や基底核などに幅広く投射するセロトニン神経は,これまで睡眠-覚醒リズム,呼吸などの生理機能から認知,情動に至るまで多様な機能にかかわることが報告されている1,2)。また,ヒトや動物を用いた複数の行動実験から衝動性の制御にかかわりを持つことが知られている。例えば罰が予測される状況下で,それを回避するために行動抑制が必要なとき,薬理的手法で脳内セロトニン量を減少させるとそれが困難になるといった報告がある3)。このことからDawら4)はセロトニンについて将来的に罰が予測される状況下でその行動を抑制させるという,ドーパミンとopponentな役割を担うとの仮説を示している。その一方,例えばうつ病などの精神疾患に対して処方される抗うつ薬の一つである選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor;SSRI)は脳内セロトニン量を増やすが,その効果を説明するに当たり,これまでの解釈では相容れない部分が残る。更に最近では背側縫線核セロトニン神経活動を光遺伝学(optogenetics)を用いて活性化させると報酬効果が生じるという報告もある5)。このように報酬と罰に関するセロトニンの役割については複数の見解があり混迷した状況にあると言えるが,それは報酬を獲得し罰を回避するという,生物がその生存を維持するために不可欠な基本的行動戦略の中でセロトニンが重要な位置にあることを推測させる。
われわれはセロトニンが“将来の報酬に対する辛抱強さを調節する”という仮説のもとに研究を進めてきた6-11)。これまでラットを用いた背側縫線核の神経活動記録8),細胞外濃度測定7)により,遅延報酬課題を実行中にセロトニン神経の発火およびセロトニン放出が増加すること,また,薬理的にセロトニン神経の発火を抑えると10),報酬を待てなくなるエラーが増加することを示してきた。それらに基づいて実施した最近の実験で,光遺伝学を用いてマウスの背側縫線核セロトニン神経活動を人為的に活性化させると“予測される報酬をじっと辛抱して待っている時間”が長くなるという興味深い結果を得た11)。これら一連の実験結果から,将来の報酬に対する辛抱強さを調節するという新たなセロトニンの役割が見えてきた。本稿では光遺伝学を用いた実験を中心にわれわれの見解を述べる。