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文献概要
特集 脳と心の謎はどこまで解けたか
妬み
著者: 高橋英彦1
所属機関: 1京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座精神医学教室
ページ範囲:P.44 - P.47
文献購入ページに移動 まず,ここで使用する妬み(envy)と嫉妬(jealousy)という用語の定義をしておきたい。両者は日常的には区別なく使用されているが,これは英語圏でも同様である。しかし,心理学・認知科学の分野では両者は異なる情動として扱われることがある。両方の日本語の単語が英語の単語と対応しているわけではないが,ここでは便宜上,妬みはenvyに相当し,嫉妬はjealousyに相当するものとする。両者の違いの最も簡潔な説明は,妬みは登場人物が二人ないしは二つの集団で成立するのに対し,嫉妬は三人の人物を要するということになる。嫉妬には男女間の嫉妬や兄弟間の嫉妬がある。男女間の嫉妬は説明するまでもなく,男女のカップルと恋敵の別の男性(女性)が必要となる。兄弟間の嫉妬とは発達心理学で扱われるテーマである。既に子どもがいる母親に新たに次の子どもが生まれたとき,母親はより手のかかる歳が下の子に注意が向く。歳が上の子は下の子に母親を独り占めされたと嫉妬を感じ,母親の気を引こうと赤ちゃん返りしたりする。この場合も三人の人物が登場する。嫉妬は重要な人間関係が第三者によって脅かされる恐怖と定義することができる。嫉妬そのものは正常な心の反応であるが,嫉妬を抱く人,抱かれる人,いずれかが社会生活に支障を来し病的な状態になると,精神科で遭遇する病的嫉妬と呼ばれる状態となる。病的嫉妬は妄想を伴うタイプや,パートナーの不貞を疑い執拗に確認する強迫が目立つタイプがある。嫉妬妄想はアルコール依存症や認知症などで見かける。ちなみに,20世紀初頭にアルツハイマー博士によって世界で最初に報告されたアルツハイマー病患者アウグステ・データー(女性)の初期の訴えは嫉妬妄想であった。強迫が目立つタイプはストーカー行為や監禁,暴力などに発展し,ときにシェイクスピアの劇・オセロでオセロ王が嫉妬に狂い愛しているはずの妻を逆説的に殺し,自身も自殺するといった破滅的な結末に至ることがあり,このようなケースはオセロ症候群と呼ばれ,司法精神医学で時々問題になる。筆者のグループ1)での男女間の嫉妬に関するfMRI研究は誌面の都合により割愛し,本稿では妬みに関する脳画像研究を紹介する。
参考文献
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