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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学66巻3号

2015年06月発行

雑誌目次

特集 進化と発生からみた生命科学

特集「進化と発生からみた生命科学」によせて

著者: 倉谷滋

ページ範囲:P.190 - P.190

 今回の特集は“進化発生学(Evolutionary Developmental Biology)”という,誕生してかれこれ20年を越えようかという研究領域をベースにしている。その前身は19世紀末以来の“比較発生学(Comparative Embryology)”であり,更にそれは“比較形態学(Comparative Morphology)”の一部でもあるのだから,見ようによっては,これは発展の大半を20世紀科学に依った生物学の,他の多くの領野に抜きん出て古い学問と言える。むろん,本来の比較発生学が衰退してから,数多くの技術,概念上の発展があり,それらを取り込んだ現代進化発生学は,もはや単なる比較発生学の発展型では済まない。さりとて,出自から頑なに保持されている幾つかの古典的属性は明らかであり,典型をあえて一括表現するのであれば,とりあえず“アナログ思考”ということになる。アナログそれ自体が古典的なのではなく,“デジタル”が近過去や近未来を代表するからこそ,アナログが古く見えるのである。
 進化形態学や比較発生学が研究として成立するのは,一面,それが検索可能な形でデータベース化されていないことによる。大抵の画像データはおそらくこの世のどこかに保存されているのであろうが,特定の能力がないとそれを本当の意味で検索できない。例えば,末梢神経が描かれた脊椎動物胚の図のうち「三叉神経第2枝が近位で内外に分枝し,内側枝が予定前上顎骨のあたりまで伸びている」ような画像が欲しいとしよう。誰でもわかるように,そのままの検索はまず不可能である。しかし,比較形態学者はそのような極度に専門化した図版を実際に必要とし,その所在をなんとか明らかにせねばならない。かくして,多くの比較形態学者にとって,並の検索機能では目的の情報は手に入らず,それを補完するためにはなんとか独自に図版をアーカイヴ化するしかない。そんな凝り性が多いのも進化発生学の特徴か,筆者自身,暇のあったころは自前の解剖図版データベースを作ってみたりもしたのであるが,実際のところそれは自分の記憶の強化にしか役立たなかった。ところが,誰でも必要とする汎用の解剖図譜は,研究レベルが向上するとあっという間に役に立たなくなる。結局,最良のアーカイヴは研究者各個人の本棚か頭の中だということに落ち着く。一方で,デジタル化が極めて向いている情報もある。ゲノム情報がその典型であり,年々精緻と量を極めつつあるが,それをアナログな表現型とどのように結び付ければよいのかについても,まだ光明は差してこない。それらが全く異なった認識の産物であれば当然である。当然であるが,しかし,その間に何らかの相関があり,しかも両者とも,同じ系統樹の上で連続的に多様化してきたことはホモロジーが保証している。そう,進化発生学は,今も昔もホモロジーをよすがに,ホモロジーの本質を暴くために邁進しているのである。

発生進化の法則性と謎─発生砂時計モデル

著者: 内田唯 ,   入江直樹

ページ範囲:P.191 - P.195

 動物の胚発生では,たった一つの細胞から最終的には魚やヒトのように高度に組織化,複雑化された形態が作り上げられていく。受精卵という単純な形態に前後左右など極性情報が加わり,更にその情報に基づき位置情報などが積み上げられていく。この積み上げ型の過程から考えると,発生初期の分子発生プロセスほど基盤的かつ重要であり,進化的にも変化が少なかったであろうと想像できる。ところが,実際は異なる動物間で最も“似ている”のは発生中期であるらしい。包括的遺伝子発現情報を用いた定量解析により,脊椎動物では発生中期が進化的に最も保存されていることが明らかになった。形態的にもこの時期は類似性が非常に高い。つまり,胚発生の進化的多様性は砂時計のように中ほどがくびれているようなのである。現時点ではなぜそのような法則性がみられるかは不明であるが,解明されれば億年単位の形態進化と発生をつなぎ得る魅力的なトピックとして大きな焦点となっている。本稿では,発生砂時計モデルの概説と,砂時計型の保存性の謎に対して発生過程の性質から説明を迫る試みを紹介する。

脊椎動物頭部の起源

著者: 尾内隆行

ページ範囲:P.196 - P.201

 脊椎動物は大きな脳とそれを包む頭蓋,二つの目,顎などによって構成される明瞭な頭部を持つ。この極めて複雑で神秘的な構造物は人々の興味を駆り立ててきた。古くは古代ギリシャ時代,哲学者のAristotelēsは脊椎動物の形態を『動物誌』1)に記載した。Aristotelēsは動物を大きく有血動物と無血動物に分けた。この分類は,19世紀にフランスの博物学者Lamarckによって脊椎動物と無脊椎動物に修正された2)。19世紀,欧州の動物学者たちは盛んに動物種間の形態的な関連性を追求した。なかでも詩人にして形態学の創始者でもあったドイツのGoetheは,1790年代に当時欧州で隆盛していた理想主義の思想的影響のもと,動物には根源的な原型(ultypus)が存在し,その原型が変化することによってありとあらゆる動物が導出されるという仮説を唱えた3)。この仮説は,1859年に進化論を発表した英国の自然科学者Darwinにも影響を与えたということからも,ゲーテ的な視座で動物の類縁関係を考察するという思考様式は非常に有用な手段であったのであろう。ゲーテ形態学の教義はtransformation(変容)であり,動物の形が生じる現象に非常に動的なイメージを持っていた。また,形に変化を引き起こす自然界の力には,外的なものと個体の内部に宿る内的なものがあると考えた。そして,胚発生過程においてはこのような力が働き形を作り,すべての脊椎動物の形には共通性があると考えた。この共通性は,いまの進化学で言うところの祖先形質として語られる概念であるが,理想主義に傾倒していたGoetheが進化を予見していたのかどうかに関しては,いまだに議論の余地がある4)
 脊椎動物頭部の起源に関するGoetheの仮説には椎骨仮説(1790年)がある5)。Goetheは羊の頭骸骨を観察し,骨の相対的位置関係はそれよりも後の椎骨の分節的構造と似ており,頭骸骨は椎骨が変化することによってできたと考えた。この椎骨仮説は,1857年英国の動物学者Huxleyによって否定される。一方で,Huxleyによる比較骨学を用いたアプローチ法の否定は,更なる方法論を人々に探求させる契機を与える。「そもそも脳神経や頭部筋から構成される頭部は筋節と脊髄神経から成る体幹部のように分節しているのか?」という疑問は,このときから比較発生学をその主要な学とし,様々な胚を観察することで動物学者はその答えを出そうとした。しかしながら,今日に至るまでわれわれが脊椎動物の頭部進化の歴史をはっきりと理解したとは言いがたい。このことは,現在主流である分子還元論的に動物の進化を理解することの意味を改めて考えさせる。本稿では,脊椎動物頭部の起源がGoetheの思想を下敷きにどのように再咀嚼できるのか説明する。

脊椎動物の脳神経系の進化

著者: 村上安則

ページ範囲:P.202 - P.207

 脊椎動物の脳神経系は動物ごとに独自の形態を進化させ,その動物の生理や行動を制御することで,地球上の様々な環境における脊椎動物の適応放散に貢献してきた。このような脳の多様性は,脳の形成にかかわる遺伝子制御機構が,進化の過程で様々に改変された結果生じたと考えられる。したがって,脳の進化を理解するためにはその発生過程を知ることが極めて重要である。

呼吸器系の進化

著者: 辰巳徳史 ,   岡部正隆

ページ範囲:P.208 - P.211

 生命活動に必要な酸素を外界から取り入れ,体内で産生された炭酸ガスを排出するための一連の器官を総称して“呼吸器系”と呼ぶ。現存する多くの水棲脊椎動物の呼吸器官は鰓であるのに対し,陸棲脊椎動物,すなわち四肢動物は肺を使って呼吸を行っている。この呼吸器系の進化は,水中から陸上へ進出を果たすのに必須な非常に重要な変化であり,これまで進化学,比較形態学,発生学などの分野において,その変遷を紐解く研究が盛んに行われてきた。近年のシークエンス技術の進歩によって,種間の遺伝子情報の比較が容易となり,これに関する新たな知見が得られつつある。この稿では,呼吸器系の進化と,肺と鰾の関係について紹介する。

脊椎動物心臓の発生・再生と進化

著者: 伊藤航平 ,   守山裕大 ,   竹内純 ,   小柴和子

ページ範囲:P.212 - P.216

 心臓は動物の発生過程において最も初期に機能し始める重要な臓器であり,多くの動物種に相同な器官として存在する。しかしながらその形態は種により様々で,一本の管という極めて単純な構造を発生初期の共通な形態として有しながらも,その後の形態形成は種により大きく異なる。そして形態の違いだけでなく,心臓損傷時の応答能においても種による違いが認められる。本稿では,脊椎動物の心臓形態の種間の差異について概説したうえで,種による心臓再生能力の違いとそれに関する最新の知見について紹介することにより,心臓発生・再生と進化について考えていきたい。

有袋類の繁殖戦略と特徴的な発生様式

著者: 若松義雄 ,   鈴木久仁博

ページ範囲:P.217 - P.221

 現在みられる哺乳類は,単孔類(原獣類),有袋類(後獣類),有胎盤類(真獣類)の三つの分類群のどれかに含まれる。これらの動物は異なる繁殖戦略を持ち,それを可能にする特徴的な発生様式を進化発達させてきた。本稿においては,有袋類の繁殖様式を概略すると共に,その独特の発生様式を解説する。また,筆者らが近年取り組んでいる有袋類の頭部神経堤と顎の発生について,これまで明らかにしてきたことを紹介する。

脊椎動物の視覚系の進化

著者: 鈴木大地 ,   和田洋

ページ範囲:P.222 - P.227

 視覚はわれわれヒトにとって,他の感覚と比べても特に重要な感覚である。とりわけ現代社会においては,パソコンやスマートフォンの普及によって視覚への依存度が増し,ドライアイや眼精疲労を初めとする“眼の健康”への関心も高まっている。
 視覚というと眼だけに注目しがちであるが,当然それだけで視覚は成立しない。眼から脳に情報を伝える視神経や,その情報を受け取る脳の視覚中枢,そして中枢からの出力を伝える運動系の神経回路が統合的に機能しなければならない。更には,実際に運動を行う器官とも協調して働く必要がある。特に眼を動かす外眼筋は,視覚が効果的に機能するためにはなくてはならない。

カブトムシの雄特異的な角形成

著者: 新美輝幸

ページ範囲:P.228 - P.233

 甲虫の顕著に発達した角は,英国の自然科学者Darwinの性選択に関する著書『The Descent of Man and Selection in Relation to Sex』(1871年)1)にも取り上げられ,古くから多くの研究者を虜にしてきた興味深い形質である。なかでも,コガネムシ科では顕著に発達した角を持つ種が数多く存在している2)(図1)。これらの角は,種間において形,数,形成部位などの点で極めて多様性に富むことが知られ,また,種内においても栄養条件により角の大きさが著しく異なるケースが多々みられる。一層の表皮細胞シートが突出した構造である角は,既存の器官の改変からではなく独自に獲得された“新奇形態”である。角の進化をめぐっては,興味深い謎の多くが未解明のままである。例えば,「角という新奇形態はどのようなメカニズムにより獲得されたのか」,「近縁種間で異なる角の多様性はどのような発生メカニズムの改変によりもたらされたのか」,「角は多くの系統で独立に獲得されているが,それぞれの系統で異なる発生メカニズムによって獲得されたのか,あるいは系統は異なっていても角の獲得メカニズムは同じなのか」などが挙げられよう。このような進化学上の謎を解き明かすことを目指して,筆者らはカブトムシをモデルに角形成メカニズムの解明に取り組んでいる。

進化発生学で探る哺乳類中耳の形態進化

著者: 武智正樹 ,   北沢太郎 ,   栗原裕基 ,   倉谷滋

ページ範囲:P.234 - P.239

 哺乳類は地球上の多様な環境へ適応放散した動物群の一つであるが,この成功の一因には頭蓋顎顔面領域の形態進化がある。哺乳類の頭蓋顎顔面領域は,鼻腔と口腔を仕切る二次口蓋,一枚骨から成る下顎,三つの耳小骨を有する中耳など,他の動物群にはみられない独自の形態と機能を獲得しており,これらが咀嚼力の向上,効率的なエネルギー代謝,内温性の獲得といった多様な棲息環境への適応能力と密接にかかわっている。哺乳類の獲得形質がいかに進化してきたのかについてはまだ謎の部分が多いが,これまでの比較解剖学,比較形態学,古生物学などの知見に加えて,現生動物同士の分子発生学的な比較解析,いわゆるEvo-devo領域での研究が進みつつある。ここでは一例として中耳の形態進化を取り上げたい。

カメの甲の起源と初期進化

著者: 平沢達矢

ページ範囲:P.240 - P.245

 脊椎動物進化に対するこれまでの進化発生学研究の多くは,化石記録にみられる進化的変遷について,発生学者がその背後にある発生学基盤の変化を解明していくものであった。つまり,問題提起は古生物学でなされ,その解決をするのはもっぱら発生学的アプローチであったと言えるであろう。進化発生学は,一見,古生物学と最近の発生学の間にまたがる複合領域のようにみえるが,実際のところは両領域間のアイデアの流れはほとんど“一方通行”であったのではないかと,学位取得まで古生物学が専門であった筆者には思える。
 では,これからの進化発生学で,古生物学と発生学から双方向的にアイデアを得るような研究は出てくるのであろうか? 筆者には古生物学から発生学へと研究手法を拡張してきた経緯があり,まさにそのあたりを狙う研究について幾つか構想を練ってきたが,今回はそのような戦略からカメの甲の謎を探る試みを紹介したい。カメの甲の骨格(図1)は背甲骨格と腹甲骨格から成り,それらは共に体の表層にあって内臓や筋を覆っている。このような他の現生脊椎動物とはかけ離れた形態が,どのように進化してきたのかという難問への挑戦である。

哺乳類における頭蓋構成の進化─Williston's Lawふたたび

著者: 小薮大輔

ページ範囲:P.246 - P.250

 哺乳類が哺乳類型爬虫類の一群から起源した過程で,哺乳類型爬虫類において40個ほどの要素骨が構成していた頭蓋は,哺乳類で28個の要素骨に減少したことが知られている1)。これら10数個の骨は,哺乳類に至る系統で完全に進化的に喪失したと考えられてきた。しかし筆者の研究によって,失われたと従来考えられてきた骨は果たして本当に失われたのかが疑わしくなってきた2)。本稿では,哺乳類の頭蓋構造の進化についての新知見を振り返りながら,新たに拓けてきた哺乳類の頭蓋形態学研究のフロンティアについて紹介したい。

ゲノムインプリンティングと哺乳類の進化

著者: 金児-石野知子 ,   石野史敏

ページ範囲:P.251 - P.255

 ゲノムインプリンティングは哺乳類特異的なエピジェネティック機構であるが,その哺乳類の個体発生における重要性および学問的な重要性はどこにあるのであろうか? この機構が発見されたきっかけは,マウス受精卵を用いて行われた前核移植実験である。この実験の結果,「哺乳類では雌性単為発生胚,雄性(雄核)発生胚は初期胚で致死性を示し,決して生まれない」という重要な事実が明らかになった。系統進化的にみると,同じ脊椎動物の魚類,両生類,爬虫類,鳥類では,雌性単為発生胚が自然界において観察することができる。実験的にも,魚類は雌性単為発生胚だけでなく雄性発生胚も発生,成長,成熟して生殖能力のある成体となることが知られている。昆虫などでも片親由来のゲノムのみで発生・成長することが知られているため,哺乳類が示すこの個体発生上の制約は,生物界ではまれなことと言える。なお,ゲノムインプリンティングと似た機構は,植物,昆虫にもみることができる。これらは生物進化の中でそれぞれ独立に生じたものであり,関係する分子機構も異なると考えられている。
 現在の分子生物学の基盤原理の一つであるメンデルの遺伝法則は,父親・母親由来によらず遺伝子は同等に機能することを前提として成立している。ゲノムインプリンティングにより父親・母親由来のゲノム機能に差異が生じることは,この前提の重大な例外事項にあたる。そのような機構が脊椎動物では哺乳類にのみみられ,ヒトにおいては幾つもの遺伝子疾患に関係している。このように,ゲノムインプリンティングは生物学のみならず医学上の問題としても極めて重要な問題なのである。

全ゲノム重複に伴うシス調節配列の進化

著者: 荻野肇

ページ範囲:P.256 - P.260

 1970年,米国City of Hope National Medical Centerの大野乾博士は,著書『Evolution by Gene Duplication』の中で,脊椎動物の祖先種で全ゲノム重複が繰り返し起き,それが進化を促進したという全ゲノム重複説を提唱した1)。彼はヒトやヤツメウナギ,ナメクジウオ,ホヤなど様々な種について,細胞当たりのDNA量をフォイルゲン染色によって調べ,ゲノムDNAの倍増化が複数回起きたと考えたのである。その後21世紀を迎え,ゲノムプロジェクトの進展により全ゲノム重複説が裏付けされたが,ビッグデータが声高に叫ばれる現在,彼が染色実験という簡単な手法で大胆かつ先見的な仮説を立てたことに,あらためて驚かざるを得ない。
 これまでの研究によれば,全ゲノム重複は5億5千万年以上昔,脊椎動物の祖先種がナメクジウオなどの頭索類と分岐した後で,かつヤツメウナギなどの円口類と分岐する前に2回起きたと考えられている2-3)(R1およびR2,図1)。その後,肺魚やシーラカンス,四肢動物を含む肉鰭類が分岐した後,条鰭類に含まれる真骨類(ゼブラフィッシュやメダカのような,一般的なサカナ)の祖先種においてもう一度起きた(R3)4)。本稿では,これら全ゲノム重複に伴うシス調節配列の進化について,最近の知見を紹介する。

植物と動物の発生における相違点と類似点

著者: 長谷部光泰

ページ範囲:P.261 - P.266

 陸上植物は約5億年前に緑藻類から分岐した単系統群で,コケ植物タイ類,コケ植物セン類,コケ植物ツノゴケ類,小葉類,シダ類,裸子植物,被子植物を含んでいる。後生動物と陸上植物は,生物の中で多細胞化することによって複雑化した系統である。両者は,共通の祖先単細胞生物から後生動物の祖先単細胞生物と陸上植物の祖先単細胞生物が分岐し,そこからそれぞれ独立に多細胞化することで形成された。したがって,多細胞体制に関してほとんどの点が異なっており,両者の比較は多細胞生物の進化可能性,すなわち,地球上で生物が多細胞化して進化するときに,どんな手段を取り得たのかを理解することにつながっている。そして,どちらかの分類群では常識的なことが,他の分類群では非常識ということも多くみられる。また,両者は独立に進化したにもかかわらず,“仕組み”として類似している点もある。本稿では,最近の知見を交えて,両者の類似点と相違点を考えてみたい。

アゲハの擬態紋様

著者: 藤原晴彦

ページ範囲:P.267 - P.271

 われわれの身の周りには多様な昆虫が生息しているが,傍らの虫に気づかないことも多い。昆虫は周りの植物に身を隠し目立たないようにする一方,毒々しい紋様や体色により捕食者に警告するような虫もいる。何かに似せて捕食者をだますような生存戦略は,総称して“擬態”と呼ばれる。本稿では,われわれの身近にいるアゲハ蝶の多様な擬態紋様の形成メカニズムを紹介すると共に,進化研究において蝶の紋様がクローズアップされつつある現状にも触れる。
 アゲハ蝶の仲間(アゲハチョウ上科)は世界に500種類ほどいるが,その中でもアゲハチョウ科(Papilionidae)に属するナミアゲハ(Papilio xuthus)やキアゲハ(Papilio machaon)は日本人にも馴染み深い。われわれがこれらの蝶を研究している主な理由は,近縁種の間で多様な紋様変異がみられ,更に幼虫,蛹,成虫の各発生ステージでユニークな擬態を呈するからである。それぞれの擬態紋様と形成機構をみてみたい。

進化で医学を理解する─適応的防御機構についての考察

著者: 北沢太郎 ,   栗原裕基

ページ範囲:P.272 - P.276

 進化という話題は,生物学では最も興味深い領域の一つであるにもかかわらず,少なくともわが国では医学とのかかわりは薄い分野と言える。高校時代にどれだけ生物学を学んだかにも多少左右されるであろうが,通常医学部で教育を受けた場合は,進化生物学にまつわる講義はほとんど行われないまま卒業を迎えることになるはずである。進化生物学も医学も生命科学という大きな括りでは一見して近そうに思えるが,実際的には,現在の医学教育では進化という学問分野の基礎的な素養を身に付ける機会はほぼ皆無である。しかし,本稿では医学に進化生物学の適応論的視点を取り入れた進化医学という学問分野を紹介することで,将来の医学教育,研究,臨床の方向性について新たな可能性を提示できればと考えている。

連載講座 生命科学を拓く新しい実験動物モデル-3

マーモセットによる新たな行動実験

著者: 中村克樹

ページ範囲:P.277 - P.281

 これまでは,マウスやラットなどの齧歯類が,実験心理学の豊富な行動データおよびその繁殖力に基づく系統化と遺伝学的解析の発展により,生命科学や医科学の研究に貢献してきた。しかしながら,病原体に対する宿主反応性や免疫系の特性,更には中枢神経系の構造や機能は,ヒトと齧歯類では大きく異なっている。そのため,齧歯類における研究成果を直接ヒトへ外挿するのは困難である。実際に薬剤などのスクリーニングにおいて,マウスやラットは最適の実験動物ではない。高次脳機能の研究や社会行動の研究,更に精神疾患の研究では,遺伝的にヒトに近縁であり,中枢神経系の構造や機能も類似している霊長類を対象とした研究が強く求められている。本稿では,実験動物として近年特に注目を集めている小型霊長類であるコモンマーモセットを紹介し,コモンマーモセットで可能な研究を考えてみたい。

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お知らせ

ページ範囲:P.266 - P.266

次号予告/財団だより

ページ範囲:P.282 - P.282

あとがき

著者: 栗原裕基

ページ範囲:P.284 - P.284

 最近いろいろなところで文理融合や学際研究が盛んに推進されていますが,「進化」の問題は生命科学から哲学・宗教に至る広い領域で関心を集め,数多くの論争の中心にもなってきた,まさに学際領域の典型であると言えます。この「進化」という長い時間軸の問題を,「発生」という短い時間軸の覗き窓を通して見渡し,さらにそこから発生の神秘にメスを入れる進化発生学は,ゲノムサイエンスやさまざまな技術革新の力を得て,それ自体が学際的に進化し続けている複眼的領域とも言えるでしょう。本号の特集ではこの領域を黎明期から牽引してこられた倉谷滋先生をゲストエディターにお迎えし,実にさまざまな生物種を対象として最先端で活躍されている方々に将来の展望も含めて解説していただいています。進化の謎,発生の神秘がこれからどのように解き明かされようとしているのか,興味の尽きないところです。
 本号では,連載講座の新しい実験動物モデルとしてマーモセットが紹介されています。霊長類研究は,本誌の本年第1号で特集された「心の営み」に踏み込んだ脳の高次機能やヒト疾患の解明などに,今後もさらに威力を発揮することでしょう。こちらも学際領域を切り開くツールとして,益々目が離せない実験動物となりそうです。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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