特集 進化と発生からみた生命科学
ゲノムインプリンティングと哺乳類の進化
著者:
金児-石野知子1
石野史敏2
所属機関:
1東海大学健康科学部看護学科
2東京医科歯科大学難治疾患研究所
ページ範囲:P.251 - P.255
文献購入ページに移動
ゲノムインプリンティングは哺乳類特異的なエピジェネティック機構であるが,その哺乳類の個体発生における重要性および学問的な重要性はどこにあるのであろうか? この機構が発見されたきっかけは,マウス受精卵を用いて行われた前核移植実験である。この実験の結果,「哺乳類では雌性単為発生胚,雄性(雄核)発生胚は初期胚で致死性を示し,決して生まれない」という重要な事実が明らかになった。系統進化的にみると,同じ脊椎動物の魚類,両生類,爬虫類,鳥類では,雌性単為発生胚が自然界において観察することができる。実験的にも,魚類は雌性単為発生胚だけでなく雄性発生胚も発生,成長,成熟して生殖能力のある成体となることが知られている。昆虫などでも片親由来のゲノムのみで発生・成長することが知られているため,哺乳類が示すこの個体発生上の制約は,生物界ではまれなことと言える。なお,ゲノムインプリンティングと似た機構は,植物,昆虫にもみることができる。これらは生物進化の中でそれぞれ独立に生じたものであり,関係する分子機構も異なると考えられている。
現在の分子生物学の基盤原理の一つであるメンデルの遺伝法則は,父親・母親由来によらず遺伝子は同等に機能することを前提として成立している。ゲノムインプリンティングにより父親・母親由来のゲノム機能に差異が生じることは,この前提の重大な例外事項にあたる。そのような機構が脊椎動物では哺乳類にのみみられ,ヒトにおいては幾つもの遺伝子疾患に関係している。このように,ゲノムインプリンティングは生物学のみならず医学上の問題としても極めて重要な問題なのである。