連載講座 生命科学を拓く新しい実験動物モデル−14
ネムリユスリカを使った乾燥耐性機構の研究
著者:
奥田隆12
所属機関:
1合同会社ネムリプロジェクト
2在ケニア国際昆虫生理生態学センター(ICIPE)
ページ範囲:P.175 - P.181
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古いコケの乾燥標本を水に戻したら,標本に付着していたワムシ(輪形動物門),線虫(線形動物門),クマムシ(緩歩動物門)などの微小な生物が動き出したという現象は,300年も前から知られていた。このミクロの生物たちの無代謝での活動休止現象をクリプトビオシス(cryptobiosis)と呼び,冬眠などの低代謝の休眠とは区別して定義された1)。クリプトビオシス現象で着目すべき点は,“多細胞生物の細胞や組織が蘇生可能な状態で数年,あるいは数十年という長期間,常温乾燥保存が可能である”ことを暗示していることである。クリプトビオシスの分子機構,すなわち,極限的な乾燥に伴って生じる様々なストレスから生体成分,細胞,組織がどのように保護されているのか,そのしくみを明らかにし,更に模倣することで,既存の冷蔵や冷凍保存ではなく,エネルギーを必要としない未来型の常温乾燥保存技術の開発や普及が可能になってくるはずである。
筆者らはクリプトビオシス生物のなかで最も大型で高等なネムリユスリカを用いて,その驚異的な乾燥耐性のしくみの解明を進めてきた。本稿では,その成果や応用技術への可能性について紹介することで,このシステムの魅力を伝えたい。