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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学7巻3号

1955年12月発行

雑誌目次

巻頭言

巻頭言

著者: 安田守雄

ページ範囲:P.109 - P.109

尊敬する科学者は?という質問に対してパスツールと答える人が多い。学者としてまた人間としての彼の魅力は殆んど絶対的であるように思う。1892年12月彼の誕生70年の祝賀会がソルボンヌ大学を会場として催された。英国のリスターをはじめ国内国外の著明人は堂に溢れ,それに交つてソルボンヌ大学の学生ハイスクールの生徒も多数同席を許されていた。既に体力の衰えたパスツールが大統領の腕によりかつて会場に姿を現すと,外科の王者リスターは立ち上つて彼をだき抱え,満堂の熱狂と興奮は真に劇的以上であつたという。壇上に立つたパスツールは山上の垂訓を説く聖者にも似たものがあつたと想像できる。演説の終りの方で—それは内外の賓客に対するよりも,会場の一偶に坐を占めた大学生ハイスクールの生徒に主として訴えるかのように—次のように述べている:"先ず自分自身に聞いてみよ,‘自分は自分の専門分野で何をしたか?’次に自己の地位が次第に向上するにつれて‘祖国のために何をなしたか’と自省せよ。そして遂に自分は人類の福祉の増進に何程かの貢献をなしえたと考えうる大ぎな幸福にひたることのできるように……"
 この10数年間ほど医学或いは公衆衛生上の大発見が相次いだ時代はない。

綜説

リボフラビンの生合成

著者: 八木國夫 ,   松岡芳隆

ページ範囲:P.110 - P.120

 リボフラビンが成長に必要な"黄色のビタミン"として見出され,旧黄色酵素の補酵素として分離された黄色色素はその燐酸エステルであることがわかり,その"黄色"であることが,つとに注目された。
 この"黄色"はリボフラビンの構造の主要部分をなすイソアロキサヂン核における共軛二重結合による分子内共鳴現象にもとずくものであるが,リボフラビンがこの部分で水素を受容し共範二重結合を失えば無色となり,酸化されれば再び黄色を呈する。

論述

骨髄及び脾臟の血液凝固促進因子

著者: 牧野堅

ページ範囲:P.121 - P.123

 1932年斎藤1)は家鶏の長管状骨の骨髄より得た抽出液に血液凝固促進作用のあることを見出し,骨髄は斯かる作用を有するホルモン様物質を分泌するのではないかと考えた。其の各骨髄抽出液は臨床上にも血液凝固剤として作用される様になつた。しかし其の有効成分の化学的本質は今日迄明かにされていなかつた。そこでこの問題を教室の洪礼郷君2)に研究する様に課した所以下述べる様な事実が明らかになつた。さて本研究に於て私共が実験材料としたものはmedullanと云う製剤であるが,又次の様にしてつくる事も出来る。先ず新鮮な家鶏の長管状骨の骨髄を取り出し,脂質をアルコール,アセトン,エーテルで除いた後,生理的食塩水で抽出し,抽出液にズノヒフオサリチール酸を加えて除蛋白し濾液から過剰のズルフオサリチール酸を除いたのち濾過するのである。さてメヅラン1ccを体重2.3〜2.5kgの家兎に注射し凝固時間をSahli-Fonio法の田中氏変法3)を用いて調べて見ると正常では19.5分位のものが11〜12.5分位になり明らかに短縮する。よつてメヅラン注射液40ccを50℃で減圧濃縮し最後に真空乾燥器の中で乾固し無機塩類を取るために繰返えしアルコールで処理し,それによつて得られたアルコール溶液を合しこれを濃縮して0.2ccにする。そして有効成分がどの様な部分に含まれているかを研究するためにこれをペーパークロマトグラフイー(PPC)で分劃して見た。

炎症の生化学—蛋白分解酵素の活性化とその意義

著者: 林秀男

ページ範囲:P.124 - P.132

 Ⅰ.いとぐち
 炎症は刺戟(起炎物質)に対する動物組織の最も普遍的な局所反応で,主として形態学,最近では生理学・生化学の立場からもいろいろ研究されている。しかしその複雑さのためにその概念も機序もまだはつきりしない。いろいろの起炎物質—いわゆるanaphylactoid agents,抗原抗体反応も含め—が組織にはたらくと,組織細胞の変性・血管拡張(充血)・毛細脈管の透過性亢進(水,晶質,コロイドの滲出,浮腫)・リンパ管閉塞(代謝産物の蓄積,浮腫)・游離細胞の游出,浸潤,増殖(肉芽組織)という一連の変化がいつもきまつて現われる(緒方氏1),Aschoff2)によれば一定のつよさ以上におこる必要がある)。
 これらの変化は刺戟のつよさ,その作用時間,起炎物質の化学性状のちがい,局所の解剖学的なちがいなどによつて若干ちがつてくる。しかし上述の変化は一つの基本様式としてすべての"炎症"に共通しておこる変化である。

第5回線合医学賞入選論文

加水分解を中心とした澱粉の研究

著者: 久志本常孝

ページ範囲:P.133 - P.147

 まえがき
 私が生化学の研究に入つたのは昭和19年だから,あれから早くも10年の歳月が流れ去つた事になる。当時恩師永山教授から肝臓のGlycogenに関するThemaをいたゞいて欣喜雀躍したのも今は昔である。私は初めにGlycogenの定量の練習を始めた。手持の小金井先生の「生化単微量定量法」にはSimonowitz法が記載されていたので本法に準ずることにした。処がSimonowitz氏法と言うのはGlycogenを加水分解するだけの操作に2時間以上の時間が必要であるため,当時空襲の合間を見て行う実験には自ら不向きと言わねばならなかつた。文献渉猟の結果Sahjun氏法1)と言うのが私の目的に叶つている事を知り此操作の追試と相成つた。
 Sahjun氏法は其原理に於てSimonowitz氏法と格別変つた処はないのだが水解に使用する硫酸の濃度が高いため水解所要時間が15分程度に短縮されるのである。しかし私が当時実験した所ではSahjun氏法で得た値がSimonowitz氏法のそれよりも大約30%も高かつた,多分私の不手際の所産と思うが今日に至るも未だ検討せずにいる。

報告

直接結合増幅器(1)

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.148 - P.152

 1.直結増幅器の現状
 最近生理学の分野では直結増幅器の使用される事が多くなつて来た。近頃盛に行われて居る微小電極を使つた実験では静止電位と活動電位を合せて観察しようとすればどうしても直結増幅器が必要であるし,たとえそうでなくても生体の生ずる電気変動は活動電流の様な速い変動から,脳波,根電位,筋,神経の後電位の様な甚だゆるやかな変動迄種々の時間経過を持つ変動を含んで居るので,零サイクルから10〜20キロサイクル迄,一定の周波特性を持つ事の出来る直結増幅器は,生物学的研究のためには理想的な増幅器であるという事が出来よう。しかしこの様な優れた性能にも拘らず,従来直結増幅器があまり使用されなかつたのは動作が不安定で,製作したり又調整するのが厄介なためであつた。即ち交流結合増幅器では増幅帯域の外にあつて問題にならない様な,B電源,A電源の変動や真空管自身におこるゆるやかな変化等が直結増幅器では内部で増幅され,そのため増幅器の動作点がずらされ,入力と関係のない不正出力を生じて来る。この不正出力は普通"drift"と呼ばれ,そのうち電源の動揺に基くものは,電源自身を安定なものにすると同時に増幅器の構造をその変動を影響されにくい様改良する事によつて,現在大体克服されて来て居るが,真空管雑音特にflicker effectによるものは回路上の工夫によつては充分除く事が出来ず,現在これが直結増幅器の安定度の限界を決めて居ると言う事が出来よう。

動物試験による運動失調症の研究

著者: 清原迪夫

ページ範囲:P.152 - P.157

 Ⅰ.緒言
 生体における運動の調節機序に関して,求心性インプルスの果す役割の重要性については,古くから数々の業績1)が知られており,殊に合目的的な運動の発現系は,運動神経系と感覚神経系の働きとの協調をまつてはじめて可能である。Charles Bell2)の"circle of nerves"という表現をかりるまでもなく,運動系は求心性神経活動の径路(フイードバック回路)と複雑な閉回路をつくつている。筋運動についていえば,運動系の末梢効果器の中にあつて,筋收縮の様相を検出する受容器──筋紡錘,腱受容器──からの求心性インフオーメイシヨンを受けて,反射的に調整されて意志命令に従つた運動が遂行されるわけで,これらの閉回路による自動制御的機序のもとに,運動が起つているとみられる。この"神経の環"のどこがの回路が切断されるとき,運動が全然起らなくなるか,或は起つても合目的的でなくなる所謂運動失調状態になる。最近電気生理学の進歩に伴つて,筋紡錘などの固有受容器の機能的役割が詳かにされ3)4)5)6),随意運動のサーボコントロールの様式が次第に明らかにされてきた。

高橋法よる燐酸定量の技術的検討とカエル縫工筋の酸溶性燐酸分劃

著者: 金井正光 ,   田中公一 ,   関根隆光

ページ範囲:P.157 - P.161

 組織中無機燐真値及びクレアチン燐酸の測定に,無機燐のみを燐モリブデン酸としてイソブタノールに抽出しアスコルビン酸による還元発色を利用する比色法が高橋氏1)により発表され,われわれはこれを筋に応用しようとしてその検討を行つた。その結果2,3の点に注意すれば,精度のよい優れた方法であり,⊿7Pの測定にも応用できる。またP32のspecific activityの測定法についても検討を加えた。

Myosin並にActornyosinの酵素化学的研究(Ⅲ)—Actomyosin-ATPase及びSuperprecipitationに対する温度の影響

著者: 湯田坂八重子

ページ範囲:P.161 - P.163

 Actinとmyosinの結合に関してSzent-György1)は之をendothermicとし,Varga2)の行つたglycerol筋のATP短縮と温度の関係を解析,彼の筋收縮機構の説を立てゝいる。
 之に対して永井3)は吾が教室に於ける多くの実験事実に基ずいてactomyosinの結合はexothermicなりと論じた。

研究室から

私どもの研究室—東北大学第二生理学教室

著者: 本川

ページ範囲:P.164 - P.164

 研究室の歴史が古いと設備までも古めかしくなるのは日本だけではないようである。外国では古いものを棄却して新設備をするのは大変なのでそのまゝにして,少しずつ改造して行くという方法を取つているところが古い大学に見られた。新らしい大学では始めから新設備をするので見かけは大変立派なのが多いが,仕事の方も見掛通りかどうかとあやぶまれる所もあつた。私共の研究室などは日本では古い方に属する。東京大学は一番古い筈であるが,関東大震災で烏有に帰したから,比較的新らしい方である。古いものが残つているのでは,それを更新するために予算が出ない仕組みになつている日本の現状では,教室全体が道具屋の店先のようになつてしまうのも致し方がない。
 何に使用するのかさえわからないような小道具がごろごろしていて塵埃にまみれているが,よく見るとドイツ製で,作りは実によく出来ているのが多い。こんなものまでドイツから買つたのかと思われるようなものがあつて当時の日本の科学的水準が思いやられる。

——

筋化学班研究協議会報告

著者: 岡本彰祐 ,   大沢文夫 ,   江橋節郎 ,   八木康一 ,   名取礼二 ,   菅原努 ,   山添三郎 ,   関根隆光 ,   永井寅男

ページ範囲:P.168 - P.170

1)筋收縮とアンモニア形成
 1)Myosin分子はATP-ase能をもつだけでなく,Adenilic deaminase能をもつ。この事実はAMP→IMP反応がMyosin系のmechanochemistryと無関係でないことを示唆する(Engelhardt 1951)
 2)筋の收縮は無機燐の発生の増加のみでなく,NH4+形成を必ず伴うことが示され(Parnas. 1930年代)その意義は今尚不明である。

Hugo Theorell教授の業績

著者: 佐藤了

ページ範囲:P.171 - P.172

 このたび1955年度のNobel医学および生理学賞は酸化酵素類についてのすぐれた業績に対してスウエーデンのHugo Theorell教授に与えられることに決定した。1953年7月からおよそ1カ年半にわたつてストックホルムの医学Nobel研究所で教授の指導をうける機会にめぐまれた筆者にとつてこの上なくよろこばしいことである。以下簡単に教授の経歴業績について紹介しよう。
 Theorell教授は1903年スウエーデン中南部のリンチエピング(Linköping)市の名高い医師の家に生れ,家業をつぐ目的をもつてストツクホルムの王立医大学であるKarolinska Institutetに入つた。在学中,Berzelius以来の伝統をほこる同大学の化学の伝統と当時新進気鋭の青年生化学者として活躍していたE. Hammbrstenの影響をうけ,臨床家となろうとする志望をすてて生化学に転じた。卒業後,副手(Amanuens)としてHammarstenの教室にのこり,血清のリピド成分についての研究をはじめた(1926年)。1930年,Studien uber Plas. malipoide des Blutesと題する論交で学位を得るとともに講師(Docent)に任命された。教授が28歳のときのことである。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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