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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学7巻6号

1956年06月発行

雑誌目次

巻頭言

科学の次元

著者: 真島英信

ページ範囲:P.273 - P.273

 科学には実にさまざまの種類があるが,その間に自らより高次のものと低次のものとの区別があるようである。人間の集団を扱う社会学や心理学は最も高次なものであり,個体や器官を対象とする医学や器官生理学はそれより次元が低い。更に細胞を対象とする一般生理学や,その代謝様式を扱う生化学は一層低次である。しかしこれらの科学も無機物を扱う科学に比べたら一段と高次なものである。又同し医学の内にも種々の次元があり,大まかにいつて臨床医学は基礎医学に比して次元が高いと考えられる。このような科学の次元の存在は単なる感じではなく,それぞれの次元における世界像の成立が可能であつて,認識論的にも方法論的にも認めないわけにはいかない。そうして次元の低い科学の方が高いものに比べて,より単純であり基礎的であることは否めない。
 ところで学者の間には,より低次な科学程根本的であり,正確であり,確定的であつて,高次な科学における法則などはいい加減なものであるという誤解がありはしないだろうか。基礎的な科学が進歩することによつて始めて高次の科学も進歩するのだとすれば,学者たるものは高次の科学に対する研究は暫く止めて,最も基礎的な数学や物理学をやつた方がよいということになるかもしれない。そうではなくて真理や法則性は次元毎に存在するようである。水素や酸素の性質を究め盡しても分子としての水の性質は又別であつて,水は水として研究に値する。

綜説

筋細胞膜

著者: 玉重三男

ページ範囲:P.274 - P.281

 17世紀にコルクの組織を検べていたRobert Hookeによつて「生物の構造と機能の単位は1個1個の生きた細胞である」事が知られた。この「細胞」とは何かと言うような極めて初歩的なしかし今尚不思議な疑問から繰返し考えせられる事がある。
 生きた原形質はその外界の生きていない物とは非常に違つて居り,この違いはこれらの間に境界があるからこそ存続している。即ち細胞膜と呼ぶ袋に包まれているからこそである。この膜が細胞の生きている事に必要である事を誰でも知つているが,しかしその他の事は余り知られてはいない。例えば,その膜は一体何で出来ているのか,構造はいかになつているのか,またどれ位の厚みを持つているのか,と言うような簡単な疑問さえなおも抱かれ続けている。

酸化還元電位の意味するもの

著者: 押田勇雄

ページ範囲:P.282 - P.289

 生体酸化還元の問題は,生体における多くの複雑な現象のうちで,最も早く現代物理化学の光を浴びる部分の1つであると私は信じている。それは後者の根幹をなしているエネルギー論に直接つながるものであるからである。最近10年の生化学,生理学のこの方面におけるはなばなしい進歩は,ますますとの感を強める。生体酸化還元の機構が本当に明らかになつた時には,生化学者や生理学者のみならず化学者や物理学者でさえもそのことから何か大きなプラスを得そうな気がする。その日が早く来るようにと念じながら話を進めよう。

Phosphagenについて

著者: 服部信

ページ範囲:P.290 - P.295

 エネルギー代謝の研究過程に於いて,エネルギー源の探求は,筋收縮機序等の本質的な生理学的問題の解明に重要な鍵を与えるに到つた。恰も一国の政策をば,其の財政のみの検討で,大略了解し得るが如きものである。筋のエネルギー代謝を追求して,糖の研究が行われ,次に解糖酸化の解明に源を発してHill-Meyerhofは筋收縮時にはGlykogenが分解して,乳酸を生じ,恢復過程に於いて,乳酸の一部が,酸化を受けて燃焼し,之のエネルギーを以て,残余の乳酸がGlykogenに戻る事実を明らかにした。かくてPasteur Fletcher and Hopkinsに始つた解糖現象の機序の研究は完全に明確となつたかの如くであつた。
 一方燐酸代謝,筋Kreatin研究より,1927年,Eggleton夫妻1)及びFiske and SubbaRow2)等は,殆んど時を同じくして,従来無機劃分中に入れられていた内に,実は,,酸性で極めて不安定な為に,一見無機燐の如く見えるもののある事を見出し,之をPhosphagenと命名した。之が即ち,Kreatin燐酸である。EggletonはBa鹽として粉末状に得たがFiske and SubbaRowは猫の筋肉より,之をCa-塩として結晶状に取出した。従来Gustav Embden等に依り,無機燐として報告された値の半分以上は,実にKreatin-燐酸だつたのである。

紹介

Adrenochromeとその誘導体の生体に対する影響

著者: 田多井吉之介

ページ範囲:P.296 - P.301

 近年ヨーロツパとくにベルギーを中心にして,アドレナリンの酸化物であるadrenochromeおよびその誘導体の生体反応に及ぼす影響に関する研究が盛んである。しかしながら,日本ではごく最近までこれを入手することが困難であつたため,これに関する報告は殆んど見出されなかつたが,幸い現在これがえられるようになり,臨床的応用の道も開かれたので,この機会に,adrenochromeおよびその誘導体の生体に対する影響を,生理病理学的立場から紹介することも決して無意義ではあるまい(日本におけるadrenochromeに関する紹介は,おそらく本年の春あらわれたとの(医学のあゆみ(19:211)が最初のものと思われるが,これは化学に重点を置いて述べられている)。
 アドレナリンからadrenochromeへアドレナリンはbicarbonate bufferがあると,酸化剤のいかんに関せずadrenochaomeになるが,ノルアドレナリンは多少異り,K3Fe(CN)6を酸化剤に用うる時のみnoradrenochromeになると報告されている(Chaix & Pallaget'52)。

報告

微小電極法に関する技術的事項2,3

著者: 古河太郞 ,   後藤徹

ページ範囲:P.302 - P.309

 まえがき
 筆者の一人が本誌に『細胞内記録に使用する増幅器に就て』7)と題する小文を書いてから,既に3年半になる。その間,勝木教授及び須田教授等の御盡力もあつて現在では微小電極法は相当な普及を見るに至っている。この度前文の続報を書く様編集部から依頼を受けたのであるが,前号に伊藤正男氏の直接結合増幅器に関する詳細な論文8)が掲載された直後であるので,内容の重複をさける様注意しながらここでは微小電極法の技術的事項の2,3について述べて責をふさぎたいと思う。ただお断りしておきたいのは筆者はここで綜説を試みるつもりは毛頭なく内容を土として筆者等の日常の実験室に於ける経験或は工夫に限つたことである。この小文がこれから実験を始められる方に何等かの参考となれば幸である。

高温に於けるGlycerol筋のATP収縮とその可逆性

著者: 丸山俊蔵

ページ範囲:P.310 - P.312

 Varga1)によればglycerol筋のATP収縮と温度の間に密接な関係があり,伊藤2)はこの事実を追試確認した。A. Szent-Györgyi3)はVargaの成績に基き,この関係を収縮状態並びに弛緩状態にあるcontractile unit間に成立する熱力学的平衡をもつて説明し,斯る観点からactomyosin(AM),ATP反応をもつてする筋収縮学説を提唱した。然しこれは今日Weber4),Hill5),永井6)等によつて批判された。永井7)はA. Szent-Györgyiの学説に対し,筋収縮はAMの収縮過程と弛緩過程間に成立するSteady state cycleによるものとしている。
 A. Szent-Györgyiの学説の一基礎をなした温度による収縮の可逆性については,低温(0〜20℃)ではVarga1)及び伊藤2)によつて見られたが,高温(20〜50℃)に於ける可逆性については未だその成績を見ない。Weber9)は高温に於ける成績に対してAMの不可逆的変性を疑つている。湯田坂10)によればAM・ATPase活性は少くも40℃までは温度上昇と共に増強する。従つてWeberの云う如く高温部に於ける成績を単純な変性と解する事は出来ない。著者は永井の学説に於けるこの点の重要性から,高温部に於ける収縮の可逆性を検討した。

白鼠肝サイクロフォラーゼによるP32 labeled ATPの調製法

著者: 野原広美 ,   緒方規矩雄 ,   守田トミ

ページ範囲:P.313 - P.315

 アデノシン・三・燐酸(ATP),殊にその高エネルギー性燐酸は燐酸代謝で重要な役割を演じているのみでなく,諸種生化学的合成反応に力源として直接関与している事が知られており,その重要性はいくら強調してもしすぎる事はないと云えよう。そこで燐酸代謝の詳しい研究や生体内合成反応における高エネルギー性燐酸の役割等に関する研究では,P32で標識したATP(P32-ATPと略)を作成し,それを用いて実験する事が望ましい。
 このようなP32-ATPの作成については初めFlock and Bollman1)により後Dounce等2)により報告されている。彼等は何れも動物にP32を注射し,その筋肉よりATPを抽出精製するという方法を採用した。然し,かゝる方法では,生化学的実験に供し得る程度の高い比放射能を持つものが得られなかつた。然し,最近Hems and Bartley3)はATPの末端の2つの燐酸が呼吸している組織の浮遊液で容易に無機燐と交換するというKrebs等4)の実験に基づいて,in vitroの酵素標本を用いて初めて高い比放射能をもつP32-ATPを調製した。彼等は酵素系として後述の理由で羊の心臓ホモヂエネートを用いているが,これは少くも我々には容易に入手し難い。

甲状腺内の沃度化合物

著者: 中野稔

ページ範囲:P.315 - P.319

 甲状腺内の沃度化合物の研究は放射性同位元素I131,ペーパークロマトグラフの併用により1949年以来急速な進歩をとげ在来のThyroxine Diiodotyrosineの他新にMonoiodotyrosine(Fink等1),Taurog等2),Roch等3),Triiodothyronine(Gross等4)5),Iodohistidine(Roche等3)6))と次々に発見された。最近甲状腺機能を研究する上に甲状腺内沃度化合物分劃の変化を追及する必要が多くなりつつある。しかし本研究を施行するには必ず加水分解と云う過程を通らなければならず,その方法如何が沃度分劃に差異を生ずると共に,破壊物質の生成を考慮せねばならない。現在之等諸点について詳細な報告に劣しい。私は2種の水解法,クロマトグラフイを用いて沃度分劃を測定し種々検討を加えると共に,その際生ずる未知沃度化合物の追究を行つたのでこゝに報告する。

研究室から

私たちの研究室から—千葉大学医学部薬理学教室

著者: 小林龍男

ページ範囲:P.319 - P.320

 お茶の水から千葉までは国電で55分,バスに乗つてかなり急な坂をのぼりつめるとそこに私たちの医学部が展開している。
 古風な木造の基礎教室と近代的な病院の建物とが2つの丘に対照的に立つていて,その間は両側の谷間に野球場とテニスコートのある連絡道路で結ばれている。松の緑に囲まれて都会の騒音からは全く離れたこのあたりの風景は野のまろさ天のまろさに冬霞むさとし麦の芽に佇ち麦の芽の丘つづく重太郎と教室の俳人たちが表現しているほどにほのぼのとしたものである。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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